愛を請うひと

くろねこや

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その後の話

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竜瑚が髪を伸ばし始めてから、そろそろ6ヶ月。

少しずつ変化していく彼の姿。
何故か未だに落ち着かない。


最近街を2人で歩いているとよく振り返られるようになった。以前は目を逸らされていたのに。

彼は背が高くて、厚みがある身体はまるで外国の人みたいだ。
頭がツルツルだった頃はあんなに怖がられていたのに、髪を伸ばした竜瑚は、…なんというか、この前コンビニで見た雑誌のモデルなんかよりずっとカッコいい。40過ぎのおじさんなのにズルい…。

去年の末に彼の実家から電話があって、その時に『夏までに伸ばす』と言ってた。

電話の後、「何で髪を伸ばすの?」って聞いたら、「自由でいるために必要」だと言っていた。


もう一つ気になった言葉がある。
『今度オレの“花”を紹介する』って言ってたんだ。
紹介ってことはたぶん人間だ。
まさか、『花』っていう女だろうか。

以前からオレが風呂に入っている時間に毎夜どこかへ出かけていた。

それがあの電話以降、1時間半くらい帰らなくなった。しかも、帰ってくるとすぐ風呂に入る。


「まさか浮気…?」


その女に会いに行っているのではないか。


オレは風呂に入ったフリをして、竜瑚の後を尾けることにした。


彼は家の駐車場で自分の車から細くて長いバッグを取り出した。
肩にかけると、暗い道を歩き出す。
竜瑚にバレないよう、距離を置いて歩いているから、たまに街灯があるとはいえ少し怖い。


そこは近所の大きな公園だった。
たくさんの木に囲まれ、中央には楕円形の池がある。普段はその周りをランナーが走っているのを見るが、23時を過ぎた今、そこには誰もいなかった。

女と会っているわけじゃなかった。

念入りにストレッチした彼はバッグからオレの身長くらい長い、まっすぐな棒を取り出した。…薄くて先端が斜めに尖ったそれはまるで刀のようだ。
照明を反射しないからたぶん金属ではなく木で出来ているみたいだった。

ヒュンッ、

竜瑚は重そうなそれを片手で振った。

2回ほど軽々振ると地面と水平に構え、走り始めた。円を描くようにくるりと回り、腕を大きく振る。

まるで目に見えない『何か』を斬るような動き。

荒ぶるように時折高く跳躍しながら、もう一度くるりと回り『何か』を斬る。

それは武術……いや、舞なのだろうか。

勇壮で美しいのに、悲しい?

なんでそう思うんだろう。



気がつくと、目の前に息を乱した竜瑚が立っていた。


「……彩人…か?」

『何故ここにいる?』と問われたらなんて答えよう…。

「どうした…、…?! 何かあったのか?!」

彼はオレの頬に手を伸ばす。

「あ……れ?」

涙だ。

「なんで…?」


「……とにかく家に帰ろう」

答えないオレを気遣うように『触れてもいいか?』と聞いて、頷いたオレの背中に手を当ててくれた。

熱い手のひら。

この人を疑った自分が恥ずかしい。





彼とまだ付き合う前。

詩音と一緒に竜瑚が持っていた写真のアルバムを見せてもらっていた時、どこかの山や神社、洞窟の入り口らしきものが写っていて目を奪われた。朝靄あさもやかすむ景色は神秘的で綺麗だった。

その写真の中に、お爺さんと、孫と思われる3人の青年が写った写真もあった。

その時は『綺麗な田舎の風景』と『家族写真』だな、としか思っていなかったのだが、

後で話を聞いたら、あの時の写真に写っていた人達こそ、彼の家族だという。

オレは、竜瑚に家族がいるという『普通なら当たり前』のことを忘れていたのだ。


その家族写真の中には飛び抜けて背が高い男がいて、それが18歳の竜瑚だという。彼が海外に旅立つ前日に撮ったものらしい。

一緒に写っていたのは、やはり竜瑚のお祖父さんと兄弟達らしいが、みんな背はそこまで高くないし線が細くて、正直あまり彼と似ていなかった。

お父さんとお母さんは写っていなかった。



『さすがに帰らないとなぁ…』

面倒臭そうにそれを見て呟いた竜瑚の実家は、山奥のド田舎にある神社らしい。
といっても、農家と兼業で神社を守っているそうだ。




公園から家に戻ると、

「オレに聞きたいことはあるか?」

竜瑚はオレをソファに座らせた。
目の前の床に膝をついて座り、視線を合わせてくれる。


「……あれは何の練習をしてたの?」

長い木刀を振るう彼は、いつもの彼と違って見えた。目を離すことができないほど、綺麗だった。

「あぁ、あれな? 年末に実家から電話があっただろ?」

彼の故郷には18年に一度だけ行われる祭りがあり、亡くなったお祖父さんとの約束で竜瑚はそれに強制参加らしい。

「村から出る時、祖父さんと兄貴に条件を出されたんだよ。『祭りの夜だけは必ず戻ること』って」

彼には、祭りの最終日に舞台で『あの舞』を神様に奉納する役割があるそうだ。

「以前からほぼ毎日鍛錬してはいたんだが、あの電話で兄貴に脅されてな。念のため練習時間を増やすことにしたんだ」

髪を伸ばしているのは、舞う時に頭から被る衣装をピンで固定するのに必要なのだとか。


「明日から竜瑚の練習について行っちゃダメ?」

「……う~ん。できれば家にいてほしいな」

いつもオレの我儘を聞いてくれるのに、今回はダメなの?


「祭りの夜、『本当の舞』を見てほしいんだ」

竜瑚の故郷に連れて行ってくれるの?


「彩人も一緒に来ないか?」

オレを家族に紹介したいのだと言う。


「本当に…オレでいいの? “花”っていう女を家族に紹介するんでしょ?」

気になっていた名前をぶつけてみた。


「オレの“花”はお前だよ」

『花』というのは、『愛する人』のことで、
彼の故郷の村でだけ、なぜかそう呼ぶらしい。

『愛する人』、と改めて言葉にされると照れ臭いけど嬉しい。


「でもオレは男だよ?反対されない?」

「オレにはもう甥っ子が3人いるし、親父もお袋もあの家から出てる。今さら『孫』とか言われないから大丈夫だ」

…子どもがいなくてもいいの?

別れた奥さんとの間に子どもがいないと聞いて。
家族がいると聞いて。
オレは彼の子どもを産むことが出来ないから不安だった。
彼との関係を反対されるされるんじゃないかって…。

「まぁ、こんな若くて綺麗な男を連れ帰ったら、兄貴や弟に犯罪者扱いされそうだな…」

と苦笑いする。

「……何それ?」

可笑しくて『ふふっ、』と笑えば、その口を塞ぐようにキスされる。



「連れていって…。僕、竜瑚と一緒に行きたい」

オレの口が勝手に『僕』と言った。

慌てて『オレ』と言い直す。

驚いたように一瞬目を見開いた彼は、嬉しそうに笑って頷いてくれた。



その後、眉を寄せ、真剣な表情になると、

「頼むから、夜中に一人で外を歩かないでくれ。不安に思ったら、必ずオレに言うんだ」

オレの両手を包み込むように、祈るように、彼の温かい手のひらが合わされる。

「どうか、自分が魅力的なことを自覚してほしい」

チュッと指に口付けられた。

「っ……!それは竜瑚も同じだよ!」

竜瑚はカッコよくて、男女問わず目を惹きつけるんだ。しかも、あんな綺麗な舞を見せられたら、好きにならない人なんていない。


「ふ…不審者と間違えて通報されたらどうするの?!」

思ってもみなかった言葉が口から飛び出した。


驚いたように目を見開いた竜瑚は、

「ははははは!」

と今まで聞いたことがないほど大きな声で笑った。


「…心配してるのに笑わないで」

腹が立つ。こっちは不安で仕方ないのに。

彼は『嬉しかったんだ、すまない』と謝りながらも上機嫌な顔だ。


「そうだな。わかった。気をつけるよ」


不機嫌にむくれたオレの頭を逞しい胸に引き寄せると、竜瑚さんは真剣な声で『ありがとう』と囁いた。

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