愛を請うひと

くろねこや

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その後の話

娘の回想と、現在、未来。(後編)

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『涼野が屋敷に帰ってくるから、車椅子で暮らせるようバリアフリー化の工事を頼む』

孝彦くんから嬉しそうな電話が来た。

父さんのケアと、介助の仕方を施設で教わることにしたのだという。


『しばらく休む!』とまだ明るい時間に会社を飛び出して行ってから、3時間しか経っていない。

父さんに口止めされていたのに、必死な彼の姿にほだされて、うっかり施設の場所を教えてしまった。

当面の仕事は、副社長の幸彦くんに全部押し付けたらしいから、私は彼の秘書としてしばらく過ごすことになりそうだ。


『介助』と孝彦くんは言ったが、大丈夫だろうか。

父さんは、私が子どもの頃からずっと『肌を見せること』を避けていた。

武彦お父さんに、人に見せられないほど酷い『消えない傷』でもつけられてしまったのだろうか。

…孝彦くんには見せるのかな。




会長が急死して、秘書だった父さんは葬儀の夜、『転落事故』で入院。

孝彦くんが社長として後を継いでいたとはいえ、まだまだ会長の権限は大きかったから、会社は大パニックになった。

しかも、父さんが入院する病院に入り浸りそうな孝彦くんを、会社へ連れ戻すのは大変だった。

父さんが几帳面に、業務日誌や、引き継ぎノートを作ってくれていたから、幸彦くんとも協力して、なんとか乗り切れたのだ。


慌ただしい会社へ、

『仕事があるから』と逃げた。

孝彦くんに愛されてる
父さんと向き合う自信がなくて。

退院後は四肢が麻痺したのを理由に、
本人が希望した通り
施設へ入居させてしまった。


大好きな父さんの手を離して、
施設に入れてしまったこと。


帰ってきたら謝りたい。



あぁそうか。

私は、

大好きな父さんを、

大好きな孝彦くんに取られる気がして、

寂しかったんだ。


私は1人なのだと、

思い知らされてしまうから。




これからこの屋敷で、イチャイチャする2人と暮らしていけるだろうか。

私にも独り立ちの時が来たのかもしれない。


ともあれ、工事業者の手配だ。

屋敷と会社には機密情報もあるから、選定をしっかりしなくては。


私がこの家を出る前に、父さんが安心して帰って来られるようにしておこう。


孝彦くんは『バリアフリー化』と簡単に言うけれど、段差の解消だけじゃない。

父さんの部屋を一階にするか、エレベーターをつけるか。

水回りのリノベーション、ベッドや衣類の新調も必要だろう。

車も『車椅子対応車』に買い替えよう。

まずは明日、施設に行って、父さんのリハビリ状況や、本人の希望、これからの生活に必要な物を確認しないと。

父さんのことだ。
自分で出来ることは自分でやりたいだろうから。



でもきっと孝彦くんは、
自分で何かする必要もないくらい
父さんをドロドロに甘やかすのだろう。



彼なら必ず父さんを幸せにしてくれる。

武彦お父さんがあの世で悔しがるくらい。

ざまぁみろ。







リノベーションを終えた屋敷に、父さんが帰ってきてくれた。


孝彦くんに車椅子を押してもらいながら、時折、彼の顔を見上げる父さん。

その顔を見て嬉しそうに笑う孝彦くん。

『仲睦まじい』とは、まさにこの事だろう。


父さんは私の説明を聴きながら、楽しそうに新しい設備を見て回る。

一部の部屋を潰して、ホームエレベーターを設置したから、活動範囲はほとんど元のままだ。


「夕凪、手配が大変だったでしょう?本当にありがとう」

私の手に触れる、父さんの温かい手のひら。
この前会った時より、握力が強くなった気がする。…リハビリを頑張ってるんだ。


「父さん、ごめんなさい…。帰って来てくれて、うれしい…」

車椅子の横にしゃがみ、優しい笑顔を見ていると、涙が零れた。

久しぶりに、父さんが頭を撫でてくれた。





「…オレ、お前がいないと生きていけない」

屋敷をひと回りした後、中央棟のリビングで。
孝彦くんがおかしな事を言い始めた。

「オレをお前の婿むこにしてくれ!」

「へ?」

「『オレも青海あおみ 孝彦になりたい』って言ったんだけど、涼野が養子にしてくれないんだ」

あぁ…そういうこと…。


「涼野の養子にしてもらえば、お前は自動的について来てくれるんだと思ってた。お前が嫁に行ってしまう可能性を考えてなかった」

自動的に…?嫁?


「オレは大好きな涼野と、夕凪と、同じ墓に入りたいんだ」

「え?」

墓?


「オレの母さんは、聡子お母さんと一緒の墓に入りたかった筈だ。クソ親父だって…」

確かにそうだ。
お母さん達、本当に仲が良かったから。

玲子お母さんは『久住家くすみけ』に。

お母さんは『青海家』の墓に1人で眠っている。

それでも武彦お父さんは、両親の反対を押し切って『久住家』の墓と同じ敷地内に『その墓』を建てた。

『同じ所に入れないなら、せめて側に』

それは玲子お母さんの為だったのか、死後の自分自身の為だったのか。



「『その時』が来るまで、この家に3人で暮らしていけたら、オレは嬉しい。涼野も同じ気持ちだろ?」

父さんは…明るい表情で頷いた。
私がこの家にいると、父さんも嬉しいのか。
邪魔じゃ…ないんだ。

「お前は?」

孝彦くんが『期待に満ちた目』でこっちを見ている。

「…嬉しい」

思わず口が勝手に答えていた。

孝彦くんがニカっと笑った。

「っ!!」

そういえばこいつ、
子どもの頃から『誘導上手のタラシ野郎』だった。43のおじさんになってもこの笑顔は狡い。


「よし!すぐに入籍しよう!家族になって、みんなでずっと仲良くここに暮らすんだ!」


父さん!

『いいね!』みたいな顔するのやめて!

あんたの男が、
あんたの娘にプロポーズしてるんだぞ。

…気持ちがグラつくでしょうが。
せっかく遅い独り立ちを心に決めていたのに。


「じゃあ、決まりだな!」


私は忘れていた。

この男は、あの『久住 武彦』の息子なのだということを。

そして父さんも、『あの男』に飼い慣らされていたのだということを。

このままでは書類上、『夫』が『妻の父』と関係を持つことになってしまう。

『養子』と『養父』が関係を持つのとどっちがマシだろう。

まあ、どうせ『倫理観』なんて言葉、この家には存在しないのだ。


「…あれ?待って。この家、『久住家』じゃなくなっちゃうんじゃ…」

青海家の人間しか居なくなってしまう。

「いいだろ?オレは、因習いんしゅうに凝り固まった、亡霊みたいなクソジジイとクソババアが大嫌いだったんだよ。この『家』をオレ達がぶっ壊してやろう!」

「…盲点だった。…どうしよう。…わたしは玲子さんへの罪悪感で死んでしまいそうだよ…」

父さんは胃の辺りをギュッと押さえた。

「幸彦はこの屋敷が大ッ嫌いだから戻ってこないだろうし。よし!決まりな!」



「え、…ちょっと!勝手に決めないで?!」


私の叫ぶ声が部屋に響きわたった。
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