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その後の話
再会 〜施設にて 1
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「君のパートナーは男性?」
清拭を終えて、ほっと息を吐いた時。
ふと、かけられた言葉に心臓が跳ねた。
「……どこか気になる部分がありましたか?」
休み明けに出勤したら、この施設に新しい利用者が入居していた。
67歳男性。
階段からの転落による頚椎損傷…首の骨折と、頸髄損傷…神経に傷がついた状態で、四肢が麻痺している。
完全麻痺ではないため、肩や肘、手首、指までは曲げられる。だが、握力がかなり低下しており、日常の動作がどれくらい出来るようになるかは、これからのリハビリにかかっている。
下肢、つまり脚も麻痺しているため、車椅子での生活と、介助が必要になるだろう。
配偶者とは死別したらしく、ここには娘が付き添って来たそうだ。
彼の名前は涼野さんという。
現状では排泄が自力で出来ず、感覚が麻痺しているため『意識的に寝返り』させないと床ずれが起こりやすい。
日常生活の介助に加えて、全身をマッサージしたり、体温調整に気をつけたりと、気を付けなければならない項目が多い。
この人の身体は、凛によく似ていた。
乳首と肛門に『開発済み』の跡があるのだ。
オレのような人間が見れば、『酷く男に執着された身体』だとすぐわかる。
そして、『スズヤ』という名前。
…この人に覚えがあった。
「ごめんね。プライベートな質問をしてしまった。感覚はほとんどないし、どう拭かれても問題ないよ」
服を着せて、ベッドに座った身体へタオルケットを掛ける。
「ただ、すごく『気を遣ってくれてるなぁ』と思ったから」
頬を掻こうとして、指がぐにゃっと曲がり、思うように動かなかったからだろう。手の甲で頬に触れて、苦笑いしている。
彼の身体に触れながら、彩人の世話をしていた頃を思い出していた。
極力『性』を感じさせないよう、細心の注意を払って、この人の身体をタオルで拭いたから、かえって不自然になっていたようだ。
「ちなみに。お察しの通り、わたしの最後の“相手”は男性だよ。あの人のお陰で…こんな身体に改造されてしまった」
涼野さんは、恥じるように自身の胸を見た。
「ゆうき しおん君?」
オレの首から下がるネームのふりがなを見た後、オレの顔を見つめて、涼野さんは何かを思い出す顔をした。
「はい」
「……君は……8…いや、9年前に、ホテルの部屋で…」
オレは正直に答えることにした。
「はい。オレはあなたに会ったことがあります。派遣先のホテルに、あなたがいて…」
この人を抱いたことがある。
まだ10代だった頃。
『奴隷』以外を抱くことは稀だったから、よく覚えている。
この人の相手は、『自分のものが、他の男達に抱かれ、泣きながら自分の名前を呼んで、助けを求める』のを好む男だったのだろう。
AVの撮影現場で一緒になったことがある『竿役』達と、3人がかりで彼を何度も犯した。
いや、あの男は…オレ達に抱かれて喘ぐこの人を見て、『生きながら腕をもがれた罪人のような顔』をしていた。
本で読んだ時はよくわからない表現だと思ったが、ちょうど『あんな顔』の事を指す言葉だと、今気付いた。
この人が助けを求めて男の顔を見ている時は『不遜な笑み』を浮かべていたのに、快楽に負けてオレ達の背中に腕を回し始めたあたりから様子が変わったのだ。
彩人と竜瑚が凛を抱いている時。
脚本通り、他の男達に凛を輪姦させた時。
『クソイベント』の夜。
凛を『派遣』した夜。
オレも『あんな顔』をしていたのだろうか。
あぁ、あの夜。
この人も、『あの頃』の凛のように
最後は『全てを諦めた顔』をして抱かれていた。
「…そうか。…でも今の君は、あの日と別人のようだね」
『あの頃のオレ』は、凛と出会う前で。
ただ命じられるままに、目の前の人間を犯す『機械』に過ぎなかった。
「あの夜は…すみませんでした」
「…仕事だったんだろう?今は…辞めたんだね?」
「はい。オレの連れ合いが、オレをあの職場から解放してくれました。『結城』という名前も、彼がくれました」
「…『連れ合い』。いいね」
彼は窓の外を見た。
「あの人は、最後までわたしを『連れ合い』にはしてくれなかった…」
『最後』ということは、…あの男は死んだのだろう。あの執着の強さで、この人と『別れた』はずがない。
「わたしも…連れて行って欲しかったよ」
そう呟いて、目を閉じた。
「担当はオレじゃない方がいいですか?」
「いや、君がいい。こんなジジイに発情なんてしないだろう?…かえって女性にこんな身体を見られる方が恥ずかしいかな…」
『ジジイ』というが、正直なところ、その容姿は年齢不詳だ。母さんや、啓一先生より年上のはずだが、凛に出会う前のオレなら『今のこの人』であっても問題なく抱けただろう。
「今のオレはアイツ以外に発情しません。そこは信じていただけるとありがたいです」
「まぁ、こんな老いた身体、見苦しいばかりで誰も何とも思わないか…」
「あなたの身体は綺麗です。…部分的に…その…エロいだけで…」
「……ありがとう……でいいのかな…?」
それから2日経った夜。
夕食の介助が終わり、彼の部屋で口腔ケア…つまり歯磨きをしようとした時だった。
コンコン、とノックの音。
「はい」
「涼野さん、面会ですよ」
主任が部屋のドアを開けて顔を覗かせた。
その後ろから、かっちりとしたスーツの男が部屋に入ってきた。
「……どうして」
涼野さんの目が驚きに見開かれた。
清拭を終えて、ほっと息を吐いた時。
ふと、かけられた言葉に心臓が跳ねた。
「……どこか気になる部分がありましたか?」
休み明けに出勤したら、この施設に新しい利用者が入居していた。
67歳男性。
階段からの転落による頚椎損傷…首の骨折と、頸髄損傷…神経に傷がついた状態で、四肢が麻痺している。
完全麻痺ではないため、肩や肘、手首、指までは曲げられる。だが、握力がかなり低下しており、日常の動作がどれくらい出来るようになるかは、これからのリハビリにかかっている。
下肢、つまり脚も麻痺しているため、車椅子での生活と、介助が必要になるだろう。
配偶者とは死別したらしく、ここには娘が付き添って来たそうだ。
彼の名前は涼野さんという。
現状では排泄が自力で出来ず、感覚が麻痺しているため『意識的に寝返り』させないと床ずれが起こりやすい。
日常生活の介助に加えて、全身をマッサージしたり、体温調整に気をつけたりと、気を付けなければならない項目が多い。
この人の身体は、凛によく似ていた。
乳首と肛門に『開発済み』の跡があるのだ。
オレのような人間が見れば、『酷く男に執着された身体』だとすぐわかる。
そして、『スズヤ』という名前。
…この人に覚えがあった。
「ごめんね。プライベートな質問をしてしまった。感覚はほとんどないし、どう拭かれても問題ないよ」
服を着せて、ベッドに座った身体へタオルケットを掛ける。
「ただ、すごく『気を遣ってくれてるなぁ』と思ったから」
頬を掻こうとして、指がぐにゃっと曲がり、思うように動かなかったからだろう。手の甲で頬に触れて、苦笑いしている。
彼の身体に触れながら、彩人の世話をしていた頃を思い出していた。
極力『性』を感じさせないよう、細心の注意を払って、この人の身体をタオルで拭いたから、かえって不自然になっていたようだ。
「ちなみに。お察しの通り、わたしの最後の“相手”は男性だよ。あの人のお陰で…こんな身体に改造されてしまった」
涼野さんは、恥じるように自身の胸を見た。
「ゆうき しおん君?」
オレの首から下がるネームのふりがなを見た後、オレの顔を見つめて、涼野さんは何かを思い出す顔をした。
「はい」
「……君は……8…いや、9年前に、ホテルの部屋で…」
オレは正直に答えることにした。
「はい。オレはあなたに会ったことがあります。派遣先のホテルに、あなたがいて…」
この人を抱いたことがある。
まだ10代だった頃。
『奴隷』以外を抱くことは稀だったから、よく覚えている。
この人の相手は、『自分のものが、他の男達に抱かれ、泣きながら自分の名前を呼んで、助けを求める』のを好む男だったのだろう。
AVの撮影現場で一緒になったことがある『竿役』達と、3人がかりで彼を何度も犯した。
いや、あの男は…オレ達に抱かれて喘ぐこの人を見て、『生きながら腕をもがれた罪人のような顔』をしていた。
本で読んだ時はよくわからない表現だと思ったが、ちょうど『あんな顔』の事を指す言葉だと、今気付いた。
この人が助けを求めて男の顔を見ている時は『不遜な笑み』を浮かべていたのに、快楽に負けてオレ達の背中に腕を回し始めたあたりから様子が変わったのだ。
彩人と竜瑚が凛を抱いている時。
脚本通り、他の男達に凛を輪姦させた時。
『クソイベント』の夜。
凛を『派遣』した夜。
オレも『あんな顔』をしていたのだろうか。
あぁ、あの夜。
この人も、『あの頃』の凛のように
最後は『全てを諦めた顔』をして抱かれていた。
「…そうか。…でも今の君は、あの日と別人のようだね」
『あの頃のオレ』は、凛と出会う前で。
ただ命じられるままに、目の前の人間を犯す『機械』に過ぎなかった。
「あの夜は…すみませんでした」
「…仕事だったんだろう?今は…辞めたんだね?」
「はい。オレの連れ合いが、オレをあの職場から解放してくれました。『結城』という名前も、彼がくれました」
「…『連れ合い』。いいね」
彼は窓の外を見た。
「あの人は、最後までわたしを『連れ合い』にはしてくれなかった…」
『最後』ということは、…あの男は死んだのだろう。あの執着の強さで、この人と『別れた』はずがない。
「わたしも…連れて行って欲しかったよ」
そう呟いて、目を閉じた。
「担当はオレじゃない方がいいですか?」
「いや、君がいい。こんなジジイに発情なんてしないだろう?…かえって女性にこんな身体を見られる方が恥ずかしいかな…」
『ジジイ』というが、正直なところ、その容姿は年齢不詳だ。母さんや、啓一先生より年上のはずだが、凛に出会う前のオレなら『今のこの人』であっても問題なく抱けただろう。
「今のオレはアイツ以外に発情しません。そこは信じていただけるとありがたいです」
「まぁ、こんな老いた身体、見苦しいばかりで誰も何とも思わないか…」
「あなたの身体は綺麗です。…部分的に…その…エロいだけで…」
「……ありがとう……でいいのかな…?」
それから2日経った夜。
夕食の介助が終わり、彼の部屋で口腔ケア…つまり歯磨きをしようとした時だった。
コンコン、とノックの音。
「はい」
「涼野さん、面会ですよ」
主任が部屋のドアを開けて顔を覗かせた。
その後ろから、かっちりとしたスーツの男が部屋に入ってきた。
「……どうして」
涼野さんの目が驚きに見開かれた。
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