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その後の話
浴衣リベンジ 1
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赤い長襦袢を着た凛が物憂げに座っている。
通常、着物の内側に纏うべき薄手のそれは、彼の身体のラインをそのまま見せてくれる。
肘ごと後ろ手に縛られ、その細い麻縄は胸から下半身に向かって繊細な模様を描き、襦袢の布地に食い込みながら細かな皺を作っている。
襟は肩まで引き下ろされ、裾がはだけているせいで、白い首筋から肩、膝から内腿までが露わになっている。
ハァハァと息が荒く、時折僅かに身じろぐ。
当てられたライトが作り出した陰影が綺麗だ。
カシャ、カシャ、とシャッターが切られる度、彼は身体が動いてしまうのを堪えている。
時折、太腿が切なげに擦り合わせられるのは、先ほどナカに挿れた『古風な玩具』のせいだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日は澄んだ青空が綺麗な土曜日。
竜瑚が出してくれた車に、凛、彩人、オレが乗り、のどかな田舎道を走っている。
あと30分もあれば目的地に到着するはずだ。
他に竜瑚の仕事仲間だという2人の男が合流する。
事の発端は、4人で集まって晩飯を食べた日の会話からだ。
食後にソファで寛ぎながら、凛が連れて行ってくれた温泉旅行の話を彩人と竜瑚にしたら、
「じゃあ、浴衣姿の凛とたっぷり『楽しんだ』んだろう?」
と竜瑚のオヤジ発言。
そこで気づいてしまった。
例の事件のせいで、浴衣姿の凛を堪能できなかったことに…。
「まじか、勿体ねぇな。オレなら写真を撮りまくるけどな」
オレはよほどショックを受けたヒドイ顔をしてたんだろう。
「また行けばいいじゃないか」
と凛が背中をぽんぽんしてくれる。
「…先月撮影に行った、あそこ行ったらいいんじゃない?」
彩人が竜瑚に寄りかかりながら言った。
そろそろ眠いのかもしれない。
「『あそこ』?あぁ、あのホテルか」
竜瑚がスマホでホームページのURLを送ってくれる。コンセプトホテルとでも呼ぶのだろうか。
「すごいな。テーマパークみたいだ」
スマホの画面を見た凛が、目をキラキラさせてスクロールしていく。
「ひと月前、一部改装が完了したついでに、ホームページ用の写真を撮り直す仕事をもらったんだよ」
これな?と見せてくれた部屋の写真は、『部屋』というより、まるで洞窟そのもののようだった。鍾乳洞みたいに岩が天井と地面から伸びており、水が溜まっている部分は照明で輝いている。
元々はホテルではなく、オーナーがいろんなコンセプトの部屋を趣味で作り始めたものらしい。
その道のプロとして活躍している友人達を集めて『自分達が作りたいもの』を楽しみながら未だ作り続けているそうだ。
洞窟以外にも、西洋の城、教会、草原、廃墟、森の中、遺跡など、室内もあれば屋外のような場所もある。
川まで本当に流れているらしい。
「コンセプトごとにワンフロア使ってて、本物と錯覚しちまうほど細かく作り込まれてんだ」
なんと天候や星、時間による光の変化も操れるらしい。
実際、ホテルとしてだけでなく撮影スタジオとしても貸し出しているらしい。
「それで、これだ」
さらにスクロールして出てきたのは、純和風の空間だった。
フロアは『陽』『陰』で分けられているらしい。
片方は明るい日本庭園と縁側、障子に畳。
テレビの旅番組で見た、有名なお寺の一部か、日本のお城の一部みたいだった。
玉砂利の敷かれた庭には、モミジや松などが植えられていて、滝から流れた水は川から池につながっている。川には小さな石橋が架けられ、池には生きた鯉も泳いでいるらしい。
屋内部分は大きな障子に広い畳の空間が美しい。緑色の新しそうな畳は、この前の旅館で嗅いだいい匂いを思い出させる。
間違いなく、こちらが『陽』だろう。
一方、もうひとつの空間は『遊郭』そのものだ。
図書館で借りた本に出てきた。
色街の『遊郭』にある売春宿で、夜ごと芸と身体を売る遊女と、武家の嫡男が恋に落ちる。結局、周囲の反対に遭い、心中する話だった。
長い廊下と、区切られた狭い部屋がいくつか。細かい格子のついた窓、赤い壁、黒っぽい柱、襖や屏風は煌びやかで派手な色合い。行燈が作り出す光と影が綺麗だ。
ツヤのある布団が敷かれた部屋や、黒い板張りの空間もある。格子の多さと色彩のせいか閉塞感があり、全体的な印象が『エロい』。
こちらが『陰』だろう。
こんな部屋で、凛が浴衣か着物を着てくれたら色っぽいだろうな、と妄想する。
濃い色の着物を着せれば、彼の肌の白さを際立たせるだろう。
風呂やトイレは現代のものなのに、雰囲気を壊さない工夫がされている。コンセントも上手く隠されているらしい。
「わー、なんかエロい部屋だねぇ。ここでいいんじゃない?」
彩人が背中を押してくれる。
「オレが写真を撮ってやるよ」
竜瑚も乗り気だ。
「でも高いんじゃないか?」
凛も興味がありそうだが現実的だ。
「これを見ろ」
無料宿泊チケットだった。10人までOKらしい。
なんと、懐石弁当まで付いてくるらしい。
「オーナーが『プライベートで使うこと』って条件でくれたんだよ」
竜瑚の写真を相当気に入ったらしい。
助手として同行した彩人と、お友達を連れてくるようにと、チケットをくれたそうだ。
「そのホテル、経営大丈夫か…?」
どこまでも現実的な凛だ。でも確かに気になるな。
「元々、『別荘を建てるか~』みたいな感覚だったらしいんだよ。内装にこだわりすぎたせいで『部屋を使わせてほしい』と知り合いから頼まれて、鬱陶しいからホテルにしたんだそうだ」
この国にそんな金持ちがいることに驚いた。
「じゃあ、決まりだな」
と、竜瑚が予約してくれることになった。
到着したホテルは、まるで高級な高層マンションのようだった。看板は入り口にシンプルなものがひとつだけ。
元々商売っ気がない上、田舎で周りには畑と山ばかりだから、案内看板などはいらないのだろう。
ちょうどもう一台、車が横に停まった。
高速を下りてからずっと後ろに付いてきた車だろう。
「こんにちは~」
「…っす」
男が2人降りてきた。
大きなスーツケースを持っている。
「こちらはスタイリストのユウさんと、その恋人で縄師のリョウさんです。彩人と凛は、この2人に着物を着付けてもらってくれ」
『なわし』って何だ?
凛が荷物を運ぶのを手伝っている。
慌ててオレも運ぶ。
竜瑚はカメラバッグと照明機材。
彩人は三脚バッグを持った。
エントランスを入ると、1人のスーツを着た男がオレ達を迎えてくれた。
「先日は撮影をご依頼いただきありがとうございました。この度はお世話になります」
竜瑚が手土産を渡している。
道中食べさせてもらった焼き菓子だろう。
彼の手作りだ。
「竜瑚くん、こちらこそ良い写真をありがとう。よく来てくれたね!」
箱から香る甘い菓子の匂いを嗅ぎ、『この前も美味しかった。君が店を開くなら資金を出すよ』と竜瑚の肩を叩く、『老紳士』といった印象の男がここのオーナーらしい。
「それにしても今日はプライベートのはずだけど、すごい荷物だねぇ」
「3組とも恋人同士なんですよ」
竜瑚がコソコソと男に話をしている。
「なるほど。だから『アレ』を使うんだね?」
男が納得したように頷いた。
「明日の10時チェックアウトとなります」
フロントの女性からカードキーを渡される。
「それでは『よい夢を』」
エレベーターの前でヒラヒラ手を振るオーナーに見送られた。
通常、着物の内側に纏うべき薄手のそれは、彼の身体のラインをそのまま見せてくれる。
肘ごと後ろ手に縛られ、その細い麻縄は胸から下半身に向かって繊細な模様を描き、襦袢の布地に食い込みながら細かな皺を作っている。
襟は肩まで引き下ろされ、裾がはだけているせいで、白い首筋から肩、膝から内腿までが露わになっている。
ハァハァと息が荒く、時折僅かに身じろぐ。
当てられたライトが作り出した陰影が綺麗だ。
カシャ、カシャ、とシャッターが切られる度、彼は身体が動いてしまうのを堪えている。
時折、太腿が切なげに擦り合わせられるのは、先ほどナカに挿れた『古風な玩具』のせいだろう。
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今日は澄んだ青空が綺麗な土曜日。
竜瑚が出してくれた車に、凛、彩人、オレが乗り、のどかな田舎道を走っている。
あと30分もあれば目的地に到着するはずだ。
他に竜瑚の仕事仲間だという2人の男が合流する。
事の発端は、4人で集まって晩飯を食べた日の会話からだ。
食後にソファで寛ぎながら、凛が連れて行ってくれた温泉旅行の話を彩人と竜瑚にしたら、
「じゃあ、浴衣姿の凛とたっぷり『楽しんだ』んだろう?」
と竜瑚のオヤジ発言。
そこで気づいてしまった。
例の事件のせいで、浴衣姿の凛を堪能できなかったことに…。
「まじか、勿体ねぇな。オレなら写真を撮りまくるけどな」
オレはよほどショックを受けたヒドイ顔をしてたんだろう。
「また行けばいいじゃないか」
と凛が背中をぽんぽんしてくれる。
「…先月撮影に行った、あそこ行ったらいいんじゃない?」
彩人が竜瑚に寄りかかりながら言った。
そろそろ眠いのかもしれない。
「『あそこ』?あぁ、あのホテルか」
竜瑚がスマホでホームページのURLを送ってくれる。コンセプトホテルとでも呼ぶのだろうか。
「すごいな。テーマパークみたいだ」
スマホの画面を見た凛が、目をキラキラさせてスクロールしていく。
「ひと月前、一部改装が完了したついでに、ホームページ用の写真を撮り直す仕事をもらったんだよ」
これな?と見せてくれた部屋の写真は、『部屋』というより、まるで洞窟そのもののようだった。鍾乳洞みたいに岩が天井と地面から伸びており、水が溜まっている部分は照明で輝いている。
元々はホテルではなく、オーナーがいろんなコンセプトの部屋を趣味で作り始めたものらしい。
その道のプロとして活躍している友人達を集めて『自分達が作りたいもの』を楽しみながら未だ作り続けているそうだ。
洞窟以外にも、西洋の城、教会、草原、廃墟、森の中、遺跡など、室内もあれば屋外のような場所もある。
川まで本当に流れているらしい。
「コンセプトごとにワンフロア使ってて、本物と錯覚しちまうほど細かく作り込まれてんだ」
なんと天候や星、時間による光の変化も操れるらしい。
実際、ホテルとしてだけでなく撮影スタジオとしても貸し出しているらしい。
「それで、これだ」
さらにスクロールして出てきたのは、純和風の空間だった。
フロアは『陽』『陰』で分けられているらしい。
片方は明るい日本庭園と縁側、障子に畳。
テレビの旅番組で見た、有名なお寺の一部か、日本のお城の一部みたいだった。
玉砂利の敷かれた庭には、モミジや松などが植えられていて、滝から流れた水は川から池につながっている。川には小さな石橋が架けられ、池には生きた鯉も泳いでいるらしい。
屋内部分は大きな障子に広い畳の空間が美しい。緑色の新しそうな畳は、この前の旅館で嗅いだいい匂いを思い出させる。
間違いなく、こちらが『陽』だろう。
一方、もうひとつの空間は『遊郭』そのものだ。
図書館で借りた本に出てきた。
色街の『遊郭』にある売春宿で、夜ごと芸と身体を売る遊女と、武家の嫡男が恋に落ちる。結局、周囲の反対に遭い、心中する話だった。
長い廊下と、区切られた狭い部屋がいくつか。細かい格子のついた窓、赤い壁、黒っぽい柱、襖や屏風は煌びやかで派手な色合い。行燈が作り出す光と影が綺麗だ。
ツヤのある布団が敷かれた部屋や、黒い板張りの空間もある。格子の多さと色彩のせいか閉塞感があり、全体的な印象が『エロい』。
こちらが『陰』だろう。
こんな部屋で、凛が浴衣か着物を着てくれたら色っぽいだろうな、と妄想する。
濃い色の着物を着せれば、彼の肌の白さを際立たせるだろう。
風呂やトイレは現代のものなのに、雰囲気を壊さない工夫がされている。コンセントも上手く隠されているらしい。
「わー、なんかエロい部屋だねぇ。ここでいいんじゃない?」
彩人が背中を押してくれる。
「オレが写真を撮ってやるよ」
竜瑚も乗り気だ。
「でも高いんじゃないか?」
凛も興味がありそうだが現実的だ。
「これを見ろ」
無料宿泊チケットだった。10人までOKらしい。
なんと、懐石弁当まで付いてくるらしい。
「オーナーが『プライベートで使うこと』って条件でくれたんだよ」
竜瑚の写真を相当気に入ったらしい。
助手として同行した彩人と、お友達を連れてくるようにと、チケットをくれたそうだ。
「そのホテル、経営大丈夫か…?」
どこまでも現実的な凛だ。でも確かに気になるな。
「元々、『別荘を建てるか~』みたいな感覚だったらしいんだよ。内装にこだわりすぎたせいで『部屋を使わせてほしい』と知り合いから頼まれて、鬱陶しいからホテルにしたんだそうだ」
この国にそんな金持ちがいることに驚いた。
「じゃあ、決まりだな」
と、竜瑚が予約してくれることになった。
到着したホテルは、まるで高級な高層マンションのようだった。看板は入り口にシンプルなものがひとつだけ。
元々商売っ気がない上、田舎で周りには畑と山ばかりだから、案内看板などはいらないのだろう。
ちょうどもう一台、車が横に停まった。
高速を下りてからずっと後ろに付いてきた車だろう。
「こんにちは~」
「…っす」
男が2人降りてきた。
大きなスーツケースを持っている。
「こちらはスタイリストのユウさんと、その恋人で縄師のリョウさんです。彩人と凛は、この2人に着物を着付けてもらってくれ」
『なわし』って何だ?
凛が荷物を運ぶのを手伝っている。
慌ててオレも運ぶ。
竜瑚はカメラバッグと照明機材。
彩人は三脚バッグを持った。
エントランスを入ると、1人のスーツを着た男がオレ達を迎えてくれた。
「先日は撮影をご依頼いただきありがとうございました。この度はお世話になります」
竜瑚が手土産を渡している。
道中食べさせてもらった焼き菓子だろう。
彼の手作りだ。
「竜瑚くん、こちらこそ良い写真をありがとう。よく来てくれたね!」
箱から香る甘い菓子の匂いを嗅ぎ、『この前も美味しかった。君が店を開くなら資金を出すよ』と竜瑚の肩を叩く、『老紳士』といった印象の男がここのオーナーらしい。
「それにしても今日はプライベートのはずだけど、すごい荷物だねぇ」
「3組とも恋人同士なんですよ」
竜瑚がコソコソと男に話をしている。
「なるほど。だから『アレ』を使うんだね?」
男が納得したように頷いた。
「明日の10時チェックアウトとなります」
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