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その後の話
誕生日とクリスマス(前編)
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12月24日。
仕事が終わり、少し急いで家に帰る。
アパートの玄関前に着くと、換気扇からオイルで炒められたニンニクの、香ばしく食欲をそそるいい匂いがした。
「ただいま」
「おかえり」
今日はオレの誕生日だ。
詩音は休みをとり、朝から準備してご馳走を作ってくれていた。
急いで手を洗い、部屋でコートと上着を脱いでダイニングに戻る。
オレが好きな魚介類をたっぷり使ったパスタの大皿と、真鯛がまるごと一尾入ったアクアパッツァが鍋ごとテーブルに載っている。ムール貝もちゃんと入っていて本格的だ。
バースデーケーキにはチョコのメッセージプレートと、2つに切った苺とクリームでできたサンタクロースがたくさん載っていた。チョコペンで愛嬌のある顔が描かれている。
数字の形のキャンドルもかわいい。
カラフルでお洒落なメニューは、氷太刀先生直伝のレシピらしい。
「詩音、すごいな…。料理人になれるよ…」
オレの目が輝いていたのだろう。
「鯛の下処理は魚屋のオヤジがやってくれたから、見た目ほど大変じゃないんだ」
と照れくさそうに口元を覆っている。
氷太刀先生には『食えるのにもったいない』と言われたらしいが、魚は内臓や鱗の処理が大変だからプロにお願いして正解だと思う。
美味しそう!綺麗!と思わず写真を何枚も撮ってしまう。
「あぁ、ハードルが上がった気がする。味をみてから褒めてくれ……」
パスタはトマトスープが苦手になったオレのためにバジルを使ってくれたのだろうか。
緑が鮮やかで、香りがとてもいい。
そういえば、初めて詩音と一緒に食事をした時、頼んだのはジェノベーゼのパスタだった。
詩音が料理を小皿と小鉢に盛り付けてくれた。
彼の誕生日、食べ過ぎて苦しんだオレに気を遣ってくれたのかもしれない。
食前に甘めの白ワインを小さなグラスに一杯だけ飲ませてもらったから、食欲が増してちょうどいい。
「はぁー。美味しい」
ため息が漏れてしまうほど、パスタはもちろん、アクアパッツァも出汁が効いてかなり美味しかった。
魚介は鮮度が高いのか旨味しかない。パリパリに焼かれた鯛の皮も香ばしい。…ミニトマトは2つに切られているから大丈夫だった。
浅めとはいえ大きな鍋だったのに、2人でひと匙も残さず飲み干してしまった。
『作り方を教えてほしい』と言うと、『またオレに作らせてほしい』とキスではぐらかされた。
詩音は顔だけじゃなく、行動までますますイケメンになってしまった。オレの顔が真っ赤になったのはワインのせいだけじゃない。
ケーキはクリームがさっぱりしている。スポンジもシフォンケーキのようにふんわり軽くて美味しい。カットした断面にも苺がたっぷりで飽きずに食べられる。
「どこのお店のケーキ? 美味しいね」
嬉しそうにフォークを口に運ぶオレを見て、詩音はホッとしたような表情を浮かべている。
なんとケーキも氷太刀先生に教わりながら彼が作ったらしい。詩音達が3人で暮らしていた部屋には大きなオーブンがあるそうだ。
「おっさんは高校を卒業してすぐ、カメラと最低限の着替えだけ持って世界を旅してたらしいんだ。金がないから、いろんな店や漁船、農園で働いたり、家の修理を手伝ったりしてたんだって」
(その時の旅が一冊目の写真集になったのか)
その頃の経験で、レストランの本格的な料理から家庭料理まで、幅広く作れるようになったそうだ。
レシピ集を作ったら売れると思う。
「氷太刀先生もすごいけど、詩音もすごいよ。ほんとに美味しかった。ありがとう…」
「オレはお前が作ってくれた唐揚げが一番好きだ」
また作ってほしいと褒めたら、間髪入れず褒め返された。
ーーーあの唐揚げは亡くなった父さんの得意料理だった。
いつもは母さんが料理を作ってくれたが、母の日や誕生日など特別な日に父さんとオレが一緒に作っていたのだ。
父さんが残してくれた味を『好きだ』と言ってもらえて嬉しい…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
クリスマスプレゼントは、『お互いにしてほしいことを1つだけ叶える』ことにした。
詩音は11月、オレは当日が誕生日なので、2人で話し合って、物をプレゼントするのはやめたのだ。
そういえば、別れた妻子と過ごした最後のクリスマス。アズにプレゼントを渡し損ねたことを思い出した。
杏には事前に絵本を用意していたのでアズが枕元に置いてくれたはずだ。
だが、詩音に拉致され、初めて男に犯されたショックで、『いつも通りの自分』を演じようとしてアズへプレゼントを渡すのをすっかり忘れてしまった。
彼女は『あなたのお誕生日にわたしがプレゼントを貰えないよ』と言ってはいたが、欲しがっていたピアスを買っておいた。それを机の引き出しに隠したまま、どこかに失くしてしまった。
考え事をしていたオレを引き戻すように、ソファへ連れて行かれた。
詩音からのバースデープレゼントは『アイマッサージャー』だった。アイマスクのように装置し、目を温めながら揉み解してくれるという優れものだ。
仕事柄、本の小さな文字と、パソコンばかりを見ているから、家に帰ると眼精疲労でグッタリしてしまうことが多いからだろう。
『目玉を取り外して、お湯に浸けておきたい』とつい溢してしまうほどにツラい。
詩音がよく、電子レンジで蒸しタオルを作ってくれたが、これで手間をかけずにすむ。
と思っていたら、『家では今まで通り凛の世話をしたい』と詩音が言う。
「お前がいないと生きて行けなくなる」
ソファに座り、隣の詩音にそっと寄りかかると、
「オレはとっくにお前がいないと生きて行けない」
と抱き寄せられ、甘いキスを受けた。
結局、会社で休憩時間に使わせてもらうことになった。
2人でシャワーを浴びた後、詩音の勧めで、今夜だけはマッサージャーを家で試すことになった。
ついでにクリスマスプレゼントのオレからのお願い、『全身をマッサージしてほしい』も一緒に叶えてもらうことにした。
詩音は指の力が絶妙で、凝った筋肉を揉み解すのが上手いのだ。
「そんなの何時でもやるのに」
と詩音は言うが、山神先生の仕事で彼も疲れているのだから頼みづらい。
ちなみに詩音は、『オレの願いは温泉旅館で使わせてもらう』と言っていた。……どんなお願いか不安だ。
仕事が終わり、少し急いで家に帰る。
アパートの玄関前に着くと、換気扇からオイルで炒められたニンニクの、香ばしく食欲をそそるいい匂いがした。
「ただいま」
「おかえり」
今日はオレの誕生日だ。
詩音は休みをとり、朝から準備してご馳走を作ってくれていた。
急いで手を洗い、部屋でコートと上着を脱いでダイニングに戻る。
オレが好きな魚介類をたっぷり使ったパスタの大皿と、真鯛がまるごと一尾入ったアクアパッツァが鍋ごとテーブルに載っている。ムール貝もちゃんと入っていて本格的だ。
バースデーケーキにはチョコのメッセージプレートと、2つに切った苺とクリームでできたサンタクロースがたくさん載っていた。チョコペンで愛嬌のある顔が描かれている。
数字の形のキャンドルもかわいい。
カラフルでお洒落なメニューは、氷太刀先生直伝のレシピらしい。
「詩音、すごいな…。料理人になれるよ…」
オレの目が輝いていたのだろう。
「鯛の下処理は魚屋のオヤジがやってくれたから、見た目ほど大変じゃないんだ」
と照れくさそうに口元を覆っている。
氷太刀先生には『食えるのにもったいない』と言われたらしいが、魚は内臓や鱗の処理が大変だからプロにお願いして正解だと思う。
美味しそう!綺麗!と思わず写真を何枚も撮ってしまう。
「あぁ、ハードルが上がった気がする。味をみてから褒めてくれ……」
パスタはトマトスープが苦手になったオレのためにバジルを使ってくれたのだろうか。
緑が鮮やかで、香りがとてもいい。
そういえば、初めて詩音と一緒に食事をした時、頼んだのはジェノベーゼのパスタだった。
詩音が料理を小皿と小鉢に盛り付けてくれた。
彼の誕生日、食べ過ぎて苦しんだオレに気を遣ってくれたのかもしれない。
食前に甘めの白ワインを小さなグラスに一杯だけ飲ませてもらったから、食欲が増してちょうどいい。
「はぁー。美味しい」
ため息が漏れてしまうほど、パスタはもちろん、アクアパッツァも出汁が効いてかなり美味しかった。
魚介は鮮度が高いのか旨味しかない。パリパリに焼かれた鯛の皮も香ばしい。…ミニトマトは2つに切られているから大丈夫だった。
浅めとはいえ大きな鍋だったのに、2人でひと匙も残さず飲み干してしまった。
『作り方を教えてほしい』と言うと、『またオレに作らせてほしい』とキスではぐらかされた。
詩音は顔だけじゃなく、行動までますますイケメンになってしまった。オレの顔が真っ赤になったのはワインのせいだけじゃない。
ケーキはクリームがさっぱりしている。スポンジもシフォンケーキのようにふんわり軽くて美味しい。カットした断面にも苺がたっぷりで飽きずに食べられる。
「どこのお店のケーキ? 美味しいね」
嬉しそうにフォークを口に運ぶオレを見て、詩音はホッとしたような表情を浮かべている。
なんとケーキも氷太刀先生に教わりながら彼が作ったらしい。詩音達が3人で暮らしていた部屋には大きなオーブンがあるそうだ。
「おっさんは高校を卒業してすぐ、カメラと最低限の着替えだけ持って世界を旅してたらしいんだ。金がないから、いろんな店や漁船、農園で働いたり、家の修理を手伝ったりしてたんだって」
(その時の旅が一冊目の写真集になったのか)
その頃の経験で、レストランの本格的な料理から家庭料理まで、幅広く作れるようになったそうだ。
レシピ集を作ったら売れると思う。
「氷太刀先生もすごいけど、詩音もすごいよ。ほんとに美味しかった。ありがとう…」
「オレはお前が作ってくれた唐揚げが一番好きだ」
また作ってほしいと褒めたら、間髪入れず褒め返された。
ーーーあの唐揚げは亡くなった父さんの得意料理だった。
いつもは母さんが料理を作ってくれたが、母の日や誕生日など特別な日に父さんとオレが一緒に作っていたのだ。
父さんが残してくれた味を『好きだ』と言ってもらえて嬉しい…。
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クリスマスプレゼントは、『お互いにしてほしいことを1つだけ叶える』ことにした。
詩音は11月、オレは当日が誕生日なので、2人で話し合って、物をプレゼントするのはやめたのだ。
そういえば、別れた妻子と過ごした最後のクリスマス。アズにプレゼントを渡し損ねたことを思い出した。
杏には事前に絵本を用意していたのでアズが枕元に置いてくれたはずだ。
だが、詩音に拉致され、初めて男に犯されたショックで、『いつも通りの自分』を演じようとしてアズへプレゼントを渡すのをすっかり忘れてしまった。
彼女は『あなたのお誕生日にわたしがプレゼントを貰えないよ』と言ってはいたが、欲しがっていたピアスを買っておいた。それを机の引き出しに隠したまま、どこかに失くしてしまった。
考え事をしていたオレを引き戻すように、ソファへ連れて行かれた。
詩音からのバースデープレゼントは『アイマッサージャー』だった。アイマスクのように装置し、目を温めながら揉み解してくれるという優れものだ。
仕事柄、本の小さな文字と、パソコンばかりを見ているから、家に帰ると眼精疲労でグッタリしてしまうことが多いからだろう。
『目玉を取り外して、お湯に浸けておきたい』とつい溢してしまうほどにツラい。
詩音がよく、電子レンジで蒸しタオルを作ってくれたが、これで手間をかけずにすむ。
と思っていたら、『家では今まで通り凛の世話をしたい』と詩音が言う。
「お前がいないと生きて行けなくなる」
ソファに座り、隣の詩音にそっと寄りかかると、
「オレはとっくにお前がいないと生きて行けない」
と抱き寄せられ、甘いキスを受けた。
結局、会社で休憩時間に使わせてもらうことになった。
2人でシャワーを浴びた後、詩音の勧めで、今夜だけはマッサージャーを家で試すことになった。
ついでにクリスマスプレゼントのオレからのお願い、『全身をマッサージしてほしい』も一緒に叶えてもらうことにした。
詩音は指の力が絶妙で、凝った筋肉を揉み解すのが上手いのだ。
「そんなの何時でもやるのに」
と詩音は言うが、山神先生の仕事で彼も疲れているのだから頼みづらい。
ちなみに詩音は、『オレの願いは温泉旅館で使わせてもらう』と言っていた。……どんなお願いか不安だ。
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