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その後の話
証 3
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11月14日。
平日だが、凛とオレは休みをもらった。
朝8時すぎに駅前でレンタカーを借りて、役所へ向かう。
2人とも成人しており、本籍も同じ役所だったからか、思っていたよりあっさりと養子縁組の届出を終えることができた。
役所の帰り、花束と線香を買って2人で凛の両親が眠る墓に行った。
緩く長い坂を登ったところにある、広い霊園。
車を降りると少し強めの風が吹いている。
眼下に街を見下ろす、公園のような明るい場所に、墓石が整然と並んでいた。
初めて来た墓場は、時々カタカタと不思議な音がした。『塔婆』という立てられた細長い板が風で動く音らしい。
凛に教わり、手桶と柄杓を使って緊張しながら墓石に水をかけ、花束を供えた。
『結城家』と彫られた墓の下には、凛の両親と、父方の祖父母も眠っているそうだ。
線香の煙が目に沁みる。
しばらく手を合わせ、心の中で挨拶と謝罪、感謝と誓いの気持ちを伝えた。
ーーー凛だけを生涯愛すると誓います。どうか、一緒にいることを許してください。
オレには死者の声は聞こえなかったが、『きっと2人とも喜んでくれてるよ』と凛が言った。
ミサト先生にも報告に行った。
電話で事前に話していたので、手土産を渡す間もなく『詩音、凛君、結婚おめでとう!』と2人同時に抱きしめられた。
先生はオレに祝福の言葉を囁くと、もう一度抱きしめてくれた。今日が何の日か、先生は覚えてくれていた。
線香の匂いに気づいたのだろう。
凛にも何かを囁き、抱きしめている。
オレ達はミサト先生にも養子縁組の証人になってもらえたらと思っていたが、役所の職員に『2人で大丈夫ですよ』と言われてしまった。
証人になってくれた母さんと山神先生の話をすると、『詩音のご両親かもしれませんからお2人にお願いできてよかったですね』と微笑んでくれた。
それでも、凛とオレにとって先生は、大切な親のひとりだ。
2人で心から感謝の気持ちを伝えると、『幸せになりなさい』と涙ぐんだ先生にまた力いっぱい抱きしめられた。
事前に決めていた通り、レンタカーを返すと、駅で凛と別れる。
「夜7時ちょうどに帰ってこいよ。お祝いにご馳走を用意して待ってるからな」
どうしても入籍祝いの準備を一人でするつもりらしい。
オレも一緒に準備をしたかったが、『お前の“家族”に報告してこい』と背中を押された。
スマホには、母さんと山神先生からお祝いのメッセージが入っていた。
ーーー母さんも忘れないでいてくれたのか。
オレはそのまま電車に乗り、彩人とおっさんへ報告に行った。
「おめでとう!!よかったね…シオン…」
親友も最近涙もろい。
「…おめでとう、詩音。…本当によかったな」
おっさんは手のひらで目元を隠している。
やっぱり泣いているようだ。
……すると、涙を拭った彩人からも報告があった。
「オレも竜瑚さんと付き合ってるんだ」
まぁ、なんとなくそんな気がしていた。
夕飯に彩人の好物が出る頻度の高さとか、おっさんの優しい視線とか、彩人がおっさんを頼りにしてる感じとか。
スキンヘッドの大男が茹でダコのようになっていて笑った。
2人も幸せそうで安心した。
「……じゃあ、今夜も誘えないね」
『寂しいけど…』と彩人が目を伏せた。
毎年この日は3人で過ごしていた。
去年は刑務所にいて、1人だった。
いや、お節介な刑務官が近くにいてくれた。
「『なんでもない日』だっていいだろう。凛とミサト先生、山神先生と詩音のお母さんを誘って、いつでもメシを食いに来いよ」
おっさんが彩人とオレの背中をポンと叩いて笑う。
悲しそうだった親友の顔が、ふわっと晴れやかな笑顔に変わった。
ーーーあぁ。オレもこんなふうに、凛を支えられる『大人の男』になろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜7時。約束の時間にアパートに帰ると、
テーブルには、凛が宣言していた通りのご馳走が並んでいた。
カレーにはハンバーグが載っている。
ステーキ、唐揚げ、フライドポテトにソーセージ。
サラダもあるが、全部オレが好きなものばかりだ。
どれだけ手間がかかったことだろう。
その真ん中には、
たくさんのカラフルなロウソクが立てられた
……バースデーケーキ。
オレの名前がチョコで書かれたプレートもある。
「誕生日おめでとう、詩音」
ーーーあぁ。
凛の顔が見たいのに、視界がみるみる滲んでぼやけてしまう。
床にボタボタ落ちていく、涙。
「…り…ん」
「ロウソクの火…吹き消して」
凛の声も揺れている。
目をぐいっと拭い、
ふーーっと火を消す。
ようやく凛の顔が見えた。
「詩音、生まれてきてくれて、ありがとう」
ーーーこれ以上の幸せはないと思っていたのに。
「オレと結婚してくれて、ありがとう」
だから『今日』を選んで凛の籍に入れてくれたのか。
せっかく見えた凛の顔がまた滲んでしまう。
ーーー凛は、こんなにも……。
嗚咽が止まらなくなったオレは、彼に抱きしめられ、瞼に、頬に、唇に口付けをもらった。
カチャリ。
ーーー枷がかけられた音が聞こえた気がした。
オレは目に見える枷にばかりこだわっていた。
だけど、やっとわかった。
彼がくれる言葉が、抱擁が、口付けが、『オレを愛してくれている証』なのだと。
ーーーオレの中にいる黒くドロリとした化け物が、ゆっくりと目を閉じていく。
「凛。…っ…ありがとう…」
凛こそ。生まれてきてくれて、ありがとう。
オレと親友をあの会社から助けてくれてありがとう。
たくさんたくさん許してくれてありがとう。
オレと一緒にいてくれてありがとう。
お前と同じ名前をくれてありがとう。
こんなオレを…、
こんなにも狡くて汚いオレを、
……愛してくれてありがとう。
言葉では言い表せない全ての想いは、おそらく彼に伝わっているのだろう。
ずっと焦がれていた、
心から『愛しい』という気持ちが溢れたような『あの微笑み』が、オレだけに向けられていた。
平日だが、凛とオレは休みをもらった。
朝8時すぎに駅前でレンタカーを借りて、役所へ向かう。
2人とも成人しており、本籍も同じ役所だったからか、思っていたよりあっさりと養子縁組の届出を終えることができた。
役所の帰り、花束と線香を買って2人で凛の両親が眠る墓に行った。
緩く長い坂を登ったところにある、広い霊園。
車を降りると少し強めの風が吹いている。
眼下に街を見下ろす、公園のような明るい場所に、墓石が整然と並んでいた。
初めて来た墓場は、時々カタカタと不思議な音がした。『塔婆』という立てられた細長い板が風で動く音らしい。
凛に教わり、手桶と柄杓を使って緊張しながら墓石に水をかけ、花束を供えた。
『結城家』と彫られた墓の下には、凛の両親と、父方の祖父母も眠っているそうだ。
線香の煙が目に沁みる。
しばらく手を合わせ、心の中で挨拶と謝罪、感謝と誓いの気持ちを伝えた。
ーーー凛だけを生涯愛すると誓います。どうか、一緒にいることを許してください。
オレには死者の声は聞こえなかったが、『きっと2人とも喜んでくれてるよ』と凛が言った。
ミサト先生にも報告に行った。
電話で事前に話していたので、手土産を渡す間もなく『詩音、凛君、結婚おめでとう!』と2人同時に抱きしめられた。
先生はオレに祝福の言葉を囁くと、もう一度抱きしめてくれた。今日が何の日か、先生は覚えてくれていた。
線香の匂いに気づいたのだろう。
凛にも何かを囁き、抱きしめている。
オレ達はミサト先生にも養子縁組の証人になってもらえたらと思っていたが、役所の職員に『2人で大丈夫ですよ』と言われてしまった。
証人になってくれた母さんと山神先生の話をすると、『詩音のご両親かもしれませんからお2人にお願いできてよかったですね』と微笑んでくれた。
それでも、凛とオレにとって先生は、大切な親のひとりだ。
2人で心から感謝の気持ちを伝えると、『幸せになりなさい』と涙ぐんだ先生にまた力いっぱい抱きしめられた。
事前に決めていた通り、レンタカーを返すと、駅で凛と別れる。
「夜7時ちょうどに帰ってこいよ。お祝いにご馳走を用意して待ってるからな」
どうしても入籍祝いの準備を一人でするつもりらしい。
オレも一緒に準備をしたかったが、『お前の“家族”に報告してこい』と背中を押された。
スマホには、母さんと山神先生からお祝いのメッセージが入っていた。
ーーー母さんも忘れないでいてくれたのか。
オレはそのまま電車に乗り、彩人とおっさんへ報告に行った。
「おめでとう!!よかったね…シオン…」
親友も最近涙もろい。
「…おめでとう、詩音。…本当によかったな」
おっさんは手のひらで目元を隠している。
やっぱり泣いているようだ。
……すると、涙を拭った彩人からも報告があった。
「オレも竜瑚さんと付き合ってるんだ」
まぁ、なんとなくそんな気がしていた。
夕飯に彩人の好物が出る頻度の高さとか、おっさんの優しい視線とか、彩人がおっさんを頼りにしてる感じとか。
スキンヘッドの大男が茹でダコのようになっていて笑った。
2人も幸せそうで安心した。
「……じゃあ、今夜も誘えないね」
『寂しいけど…』と彩人が目を伏せた。
毎年この日は3人で過ごしていた。
去年は刑務所にいて、1人だった。
いや、お節介な刑務官が近くにいてくれた。
「『なんでもない日』だっていいだろう。凛とミサト先生、山神先生と詩音のお母さんを誘って、いつでもメシを食いに来いよ」
おっさんが彩人とオレの背中をポンと叩いて笑う。
悲しそうだった親友の顔が、ふわっと晴れやかな笑顔に変わった。
ーーーあぁ。オレもこんなふうに、凛を支えられる『大人の男』になろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜7時。約束の時間にアパートに帰ると、
テーブルには、凛が宣言していた通りのご馳走が並んでいた。
カレーにはハンバーグが載っている。
ステーキ、唐揚げ、フライドポテトにソーセージ。
サラダもあるが、全部オレが好きなものばかりだ。
どれだけ手間がかかったことだろう。
その真ん中には、
たくさんのカラフルなロウソクが立てられた
……バースデーケーキ。
オレの名前がチョコで書かれたプレートもある。
「誕生日おめでとう、詩音」
ーーーあぁ。
凛の顔が見たいのに、視界がみるみる滲んでぼやけてしまう。
床にボタボタ落ちていく、涙。
「…り…ん」
「ロウソクの火…吹き消して」
凛の声も揺れている。
目をぐいっと拭い、
ふーーっと火を消す。
ようやく凛の顔が見えた。
「詩音、生まれてきてくれて、ありがとう」
ーーーこれ以上の幸せはないと思っていたのに。
「オレと結婚してくれて、ありがとう」
だから『今日』を選んで凛の籍に入れてくれたのか。
せっかく見えた凛の顔がまた滲んでしまう。
ーーー凛は、こんなにも……。
嗚咽が止まらなくなったオレは、彼に抱きしめられ、瞼に、頬に、唇に口付けをもらった。
カチャリ。
ーーー枷がかけられた音が聞こえた気がした。
オレは目に見える枷にばかりこだわっていた。
だけど、やっとわかった。
彼がくれる言葉が、抱擁が、口付けが、『オレを愛してくれている証』なのだと。
ーーーオレの中にいる黒くドロリとした化け物が、ゆっくりと目を閉じていく。
「凛。…っ…ありがとう…」
凛こそ。生まれてきてくれて、ありがとう。
オレと親友をあの会社から助けてくれてありがとう。
たくさんたくさん許してくれてありがとう。
オレと一緒にいてくれてありがとう。
お前と同じ名前をくれてありがとう。
こんなオレを…、
こんなにも狡くて汚いオレを、
……愛してくれてありがとう。
言葉では言い表せない全ての想いは、おそらく彼に伝わっているのだろう。
ずっと焦がれていた、
心から『愛しい』という気持ちが溢れたような『あの微笑み』が、オレだけに向けられていた。
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