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独白
ある医師の独白 4
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同窓会に出てからだ。
外回りの診療がキツイ。
オレを医師と知って、同年代の健康相談会が始まってしまったのだが、内容が『肩が痛い』『膝と腰が痛い』『目が悪くなった』『怪我の治りが遅くなった』など、考えてみると最近の自身にも当てはまることだらけだった。自分の年齢と身体の衰えを意識してしまったからなのか、外回りがキツイ。
正確には、患者を持ち上げたり、医院に運んだり、器材を取りに行ったりといったことに無理がきかなくなってきた。
ちょうどそこに、詩音が出所して会いにきてくれた。
刑務所で知り合った刑務官に勧められて高卒認定試験を今年の夏に受験するらしい。
試験が無事終わったら、外回り診療の手伝いをしてくれないか声をかけると、『前科持ちで大丈夫だろうか?』と不安そうだった。
オレの患者にそんなことを気にする小さいヤツはいない。
むしろ、オレや看護師の伊能さんには相談しにくい事も、若い彼になら話し易いという患者もいるかもしれない。
ずっと『先輩』と呼ぶように言って、自分の名前を彼に伝えていなかった事に気づき、『山神』と改めて自己紹介すると、詩音の表情が珍しく変わった。
だが彼は特に何も言わず、オレを『山神先生』と呼ぶようになった。
詩音は、なんと試験に一発で合格した。
刑務所の中にいた頃から勉強していたらしいが、それにしても優秀すぎないか。
案の定、前科があると知っても町のみんなに彼はすぐ受け入れられた。
力が強く、背が高く、顔も良く、あまり喋らないが真面目で優しい。頭もいい。
オレのように煙草臭くもない。
受け入れるどころか、モテてモテて仕方ない。
うちの娘、孫を嫁に、うちの婿に、なんて声も聞く。
こうして見ると、彼はヤツの子どもなんだろうと思う。
ヤツは行動は相当おかしかったが、背が高く、顔が良く、女子にモテていた。
詩音が凛に執着する異常さも、何となくヤツの血を感じさせる。
「いい息子さんで羨ましいわ~」
客観的に見ると、オレと詩音は似ているらしい。最初はいちいち否定していたが、年寄りは思い込むし、すぐ忘れるから、次に会うとまた同じことを言われる。オレも詩音も否定することを諦めた。親子と思われるのは、内心嬉しくもあった。
正直なところ、DNA鑑定で、父親はどっちなのか知りたい誘惑に駆られることがある。
だが、ヤツの子どもだろうと、オレの子どもだろうと、どちらでもいいと思い直す。
ヤツの『オレ達の子ども』発言はかなり気持ち悪いが、それでも別にいい気がするのだ。
間違いなく彼の母親である海砂ちゃんには、息子と会わせてやりたいと思っている。
この町にいれば、いつか再会する日も来るだろう。
ヤツが出所してきたら、詩音と凛にちょっかいを出させないようにしないと。
詩音は刑務所を出て、凛と暮らすようになってから、表情が柔らかくなった。
まるで子供時代からやり直しているかのように、感情表現が豊かになったのだ。
初めて会った頃の、光を失った彼の瞳を忘れられない。二度とあんな暗い顔をさせたくない。
収監された詩音の面会に行った時、『凛を守ってほしい』と頭を下げられた。
やっと彼に頼ってもらえて嬉しかった。
男性の性犯罪被害者をケアできる組織はかなり少なかったが、友人の弁護士がツテを持っていて助かった。
凛に新しい仕事も紹介できた。紹介した会社の社長も『仕事が速いし、真面目でミスがない』と彼を褒めていた。
凛もだが、詩音本人のことも本当はずっと助けたかった。この世には『ヤツの会社』以外にも仕事はあるのだ。殴られ、蹴られ、性行為を強要されている彼を見ているのはツラかった。逮捕されたことが、彼にとって良いリセットのきっかけになったと思う。
凛が勤めていた会社の元社長が、かなり彼に執着しており、逆恨みされている可能性が高いという。他にも危険な思考を持つ者が逮捕されていない男達の中にいるらしい。
詩音は、『凛を守れるように強くなりたい』と言っていた。
うろ覚えだが、前科があっても何年か経てば様々な資格が取れるようになるはずだ。
それまでに町の友人達に協力してもらって、詩音に向いた仕事を見つける手伝いをしたい。
自身を高めることも大事だが、彼にはもっと『人に頼ること』も教えてやりたいと思う。
彼の『父親の1人』として、できる限りの事をするつもりだ。
外回りの診療がキツイ。
オレを医師と知って、同年代の健康相談会が始まってしまったのだが、内容が『肩が痛い』『膝と腰が痛い』『目が悪くなった』『怪我の治りが遅くなった』など、考えてみると最近の自身にも当てはまることだらけだった。自分の年齢と身体の衰えを意識してしまったからなのか、外回りがキツイ。
正確には、患者を持ち上げたり、医院に運んだり、器材を取りに行ったりといったことに無理がきかなくなってきた。
ちょうどそこに、詩音が出所して会いにきてくれた。
刑務所で知り合った刑務官に勧められて高卒認定試験を今年の夏に受験するらしい。
試験が無事終わったら、外回り診療の手伝いをしてくれないか声をかけると、『前科持ちで大丈夫だろうか?』と不安そうだった。
オレの患者にそんなことを気にする小さいヤツはいない。
むしろ、オレや看護師の伊能さんには相談しにくい事も、若い彼になら話し易いという患者もいるかもしれない。
ずっと『先輩』と呼ぶように言って、自分の名前を彼に伝えていなかった事に気づき、『山神』と改めて自己紹介すると、詩音の表情が珍しく変わった。
だが彼は特に何も言わず、オレを『山神先生』と呼ぶようになった。
詩音は、なんと試験に一発で合格した。
刑務所の中にいた頃から勉強していたらしいが、それにしても優秀すぎないか。
案の定、前科があると知っても町のみんなに彼はすぐ受け入れられた。
力が強く、背が高く、顔も良く、あまり喋らないが真面目で優しい。頭もいい。
オレのように煙草臭くもない。
受け入れるどころか、モテてモテて仕方ない。
うちの娘、孫を嫁に、うちの婿に、なんて声も聞く。
こうして見ると、彼はヤツの子どもなんだろうと思う。
ヤツは行動は相当おかしかったが、背が高く、顔が良く、女子にモテていた。
詩音が凛に執着する異常さも、何となくヤツの血を感じさせる。
「いい息子さんで羨ましいわ~」
客観的に見ると、オレと詩音は似ているらしい。最初はいちいち否定していたが、年寄りは思い込むし、すぐ忘れるから、次に会うとまた同じことを言われる。オレも詩音も否定することを諦めた。親子と思われるのは、内心嬉しくもあった。
正直なところ、DNA鑑定で、父親はどっちなのか知りたい誘惑に駆られることがある。
だが、ヤツの子どもだろうと、オレの子どもだろうと、どちらでもいいと思い直す。
ヤツの『オレ達の子ども』発言はかなり気持ち悪いが、それでも別にいい気がするのだ。
間違いなく彼の母親である海砂ちゃんには、息子と会わせてやりたいと思っている。
この町にいれば、いつか再会する日も来るだろう。
ヤツが出所してきたら、詩音と凛にちょっかいを出させないようにしないと。
詩音は刑務所を出て、凛と暮らすようになってから、表情が柔らかくなった。
まるで子供時代からやり直しているかのように、感情表現が豊かになったのだ。
初めて会った頃の、光を失った彼の瞳を忘れられない。二度とあんな暗い顔をさせたくない。
収監された詩音の面会に行った時、『凛を守ってほしい』と頭を下げられた。
やっと彼に頼ってもらえて嬉しかった。
男性の性犯罪被害者をケアできる組織はかなり少なかったが、友人の弁護士がツテを持っていて助かった。
凛に新しい仕事も紹介できた。紹介した会社の社長も『仕事が速いし、真面目でミスがない』と彼を褒めていた。
凛もだが、詩音本人のことも本当はずっと助けたかった。この世には『ヤツの会社』以外にも仕事はあるのだ。殴られ、蹴られ、性行為を強要されている彼を見ているのはツラかった。逮捕されたことが、彼にとって良いリセットのきっかけになったと思う。
凛が勤めていた会社の元社長が、かなり彼に執着しており、逆恨みされている可能性が高いという。他にも危険な思考を持つ者が逮捕されていない男達の中にいるらしい。
詩音は、『凛を守れるように強くなりたい』と言っていた。
うろ覚えだが、前科があっても何年か経てば様々な資格が取れるようになるはずだ。
それまでに町の友人達に協力してもらって、詩音に向いた仕事を見つける手伝いをしたい。
自身を高めることも大事だが、彼にはもっと『人に頼ること』も教えてやりたいと思う。
彼の『父親の1人』として、できる限りの事をするつもりだ。
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