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くろねこや

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独白

ある医師の独白 2

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町医者の仕事は多岐に渡る。
夜の街からも、道が狭いせいで救急車が呼べない、もしくは通報されることを避けたい案件で呼び出しがあり、仕事を終えると朝方になっていることも多いが、金払いがいい。

医療事務の田辺さんには、祖父共々苦労させっぱなしだった。

海砂はオレの部屋に住んでいる。
祖父が趣味で集めた物をしまっている倉庫の二階だ。
祖父は友人を泊めるために作ったらしく、キッチン用品からベッドまで全てが揃っている。オレが医師になった祝いに譲り受けた。
部屋が3つあるので、そのうちの一部屋に暮らしてもらった。

『金払いがいい患者さん』のおかげで、彼女の時間をほぼ買い取れている。オレの名前を使うとヤツが面倒なので、祖父の友人である澤谷さんの名を借りている。祖父は何も言わない。

首輪を外してやりたかったが、彼女は急にヤツから呼び出されることがあるので鍵を壊すことはできなかった。

『タダで住まわせてもらえない』と彼女は家事を担当してくれるようになり、オレの生活水準が格段に上がった。

ヤツに呼び出されると、海砂は酷い怪我を負って帰ってくる。だが、オレが干渉すれば状況が悪くなるのは目に見えており、動けなかった。彼女の傷を診ながら、頭を巡らせるが答えは出なかった。

当の本人は明るくて、かえって慰められる始末だ。情けない…。





それから2年経ったある日、彼女が消えた。
最後にヤツに呼び出された後から様子がおかしかったのだが、オレは夜の街の治療から帰ったところだったため『起きたら話を聴かせて』と寝てしまった。
起きた時には彼女の少ない荷物ごと消えていた。


彼女の姿がどこにも見つからない。


オレはヤツに会いに行った。


見た目は紳士。中身は悪魔。
それがヤツだ。

ヤツは彼女を買っていたのがオレだと気づいていた。

彼女は妊娠していたらしい。
同居しながら気づかなかった自分に愕然とした。オレは医者失格だ…。

オレが大事にしているから、壊そうと思ったそうだ。妊娠を知りながら、わざとそれを喜ぶ頭がおかしい客を取らせ続けたのだと笑った。

オレは初めて人を殴った。
ヤツは流血しても嬉しそうにさらに笑った。

(まただ)

また構って欲しいだけなのだ。
オレはヤツの行動に反応しないと決めた。

表情が無になったことに気づいたのだろう。
ヤツはオレに情報を明かした。

彼女は仕事の帰りに倒れ、どこかの施設に保護されているらしい。
その居場所はついに分からなかった。




彼女がいなくなって15年経った。

祖父が亡くなり、祖父の友人も引退したので、医院はオレの友人に頼んだ。

オレは外回りの町医者を続けながら、彼女の手がかりを探すべく、ヤツの会社に出入りするようになっていた。

ここにいても手がかりがないことは分かっていたが、それでも出入りを続けたのは、『かつての彼女』のように、『奴隷』と呼ばれ、酷い扱いを受ける男女を少しでも救えたらと思ったからだ。

詩音に会ったのは偶然だった。
中学を卒業してすぐ連れてこられたらしく、会社に寝泊まりしている痩せて暗い目をした彼が無性に気になって、オレの部屋に住まわせることにした。

彼はオレを『先輩』と呼ぶ。社内の人間だと思っているようだ。

彼だけに目をかけるとヤツが面倒くさいので、極力関わらず、彼が助けを求めた時だけ手伝う。
他の社員にも平等に接したからか、ヤツは干渉してこなかった。


ただ、何故かヤツはたまにオレを呼び出す。

オレの目の前で、体格のいい男の子を抱き始めるのだ。詩音と同じくらいか下くらいの恐らく未成年だろうその子は、従順にヤツに奉仕している。
ヤツのちんぽが男の子の尻の穴を出入りする様子を見せられるのだが、ヤツが何をしたがっているのか、オレに何を求めているのか、いまいち分からなかった。


ヤツはわざと『男が男に犯される姿』をオレに見せているようだ。


毎年、悪趣味なイベントに駆り出され、診察を任せられているのだ。


そのイベントの被害者の1人が詩音の親友だった。
車がないことに気づき、急いで家に帰ると、詩音は反応を返さないその子を抱きしめて泣いていた。

診察すると言うと、やっと彼から手を離した。

打撲による内出血と裂傷、肛門からは直腸がはみ出ていた。ビニール手袋をした指に軟膏を塗ると、優しく内部に戻す。
詩音が傷口をキレイに洗ったため、湿潤しつじゅん療法を選び被覆剤ひふくざいを貼った。傷の多い背中を痛めないよう横向きに寝かせる。

発熱する可能性が高いため、解熱鎮痛剤と冷却シートを詩音に渡す。


オレは車に乗り込みヤツを殴るため会社へ向かいかけ……部屋に戻ると、詩音のために夜食を作った。

反応したら、ヤツの狙い通りになるからだ。


だからこそ、ヤツの前で詩音を特別扱いしないと決めている。








海砂と再会したのは詩音が逮捕された時だ。

彼の面会に行ったら、『唯一の肉親』である彼女が書類の手続きに来ていた。

詩音の母親は海砂だったのだ。
彼には今更合わせる顔がないと、自分の生存を伝えていないのだという。

面会の帰りにカフェで彼女と話をした。


オレの所から去ったのは、ヤツに『腹の中の子どもを殺す』と脅されたから。

結局、アルコールとギャンブル依存だった彼女の父親は、その後借金を増やすことなく亡くなっていた。酔って車道に寝ていたところをトラックに轢かれて即死だったそうだ。

施設に保護されて詩音を産んだ後、ヤツの元に連れ戻された彼女は、父親の借金を完済した。

彼女の母親は、違う男に貢いでいるらしい。


さすがに母親と訣別し、今、彼女はバーを経営しているそうだ。
なんと医院のすぐ近くに彼女はいたのだ。

……オレは自分の愚鈍さに頭を抱えた。





ヤツも詩音の証言によって逮捕されていた。
未成年者にあれだけ酷い事をしたのだ。

だが……ヤツには面会に来てくれる家族がいないらしい。

放っておけず、仕方がないからオレが行ってやることにした。
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