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独白
男Aの独白 4
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オレには分かっていたんだ。
誰かが『大切だと思っているもの』を
社長は『壊したがる』。
オレが人形のようになってしまった親友を連れ出した時もそうだった。
アイツはオレが子どもの頃、施設で親友を守っていたことを知っていた。
最悪なタイミングでオレたちが再会することを狙っていたのだろう。
絶望に満ちたオレの顔を見て、アイツは笑ったんだ。それはもう嬉しそうに。施設で親友を裸に剥いていた『あの男』と同じ顔をしていた。
違うグループのユウゴという男が、奴隷と『結婚する』と言い出した時もそうだった。そいつは気のいい奴だったし、奴隷の女も嬉しそうにしていた。
女は借金があるわけではなく、ユウゴの仲間が『狩ってきた』奴隷だったから、何も問題はないはずだった。
だが社長に捕まり、女は拘束されたユウゴの目の前で別グループの男達に慰み者にされたという。彼自身も『クソイベント』で奴隷にされていた。
だからこそ、『配信』や『撮影』の時には、凛に『ただの奴隷』として接するよう気をつけた。彼への執着に気づかれないように。
わざと『彼を貶める発言』をしたこともあった。
だが、アイツは気づいてしまった。
オレが『クソイベント』の途中で彼を連れ出してしまったからだ。
彼から『助けて』と声にならない言葉が伝わってきたら、もうダメだった。オレは堪えきれなかったのだ。
凛を『薬漬けにして、AVに出し続ける』と、アイツが言い出した。それがイヤなら『派遣』しろ、と。拒否すれば本当にやりかねない。
先輩に相談すればよかった。
頼りになるあの医者なら、彼を助け出せただろう。
だけど、オレは身体の大きな子どもだった。
凛と二人きりで暮らせる『今』を変えたくなかった。彼を解放したら、家族のところに帰ってしまうだろう、と思っていた。
凛がオレを裏切り、逮捕されると分かった瞬間、『アイツもすぐに警察へ捕まえさせなければ』と思った。奴を自由にしておいたら、凛に『報復しよう』とするのは目に見えていたからだ。
知っている事を出来る限り全て警察に話した。
社長は逮捕された。
会社に入り込んでいた探偵に協力したのは、報復の目をこちらに向けられないよう、できれば『彼らの通報によって』奴が捕まればいいと思ったからだ。
オレは今度こそ先輩を頼った。
社長と対等に話せて、顔の広い彼なら、凛を守ってくれると分かっていたからだ。
凛は無事、新しい仕事に就くことができたそうだ。
刑務所で出会った刑務官のおっさんはオレに優しくしてくれた。
『本を読め』と煩くて最初は苦手だったが、それは『オレの知っている世界が狭すぎる』ことを心配してるんだと他の刑務官が教えてくれた。
『本は、違う人間の経験、知恵、考え方、人生など、1人の人生では経験し得ないものを与え、教えてくれるのだ』と難しいことを言っていた。
『知識は武器になる。絶対に役に立つ』と、中卒のオレに高認試験のテキストをくれた。
出所した日、覚悟を決めて凛が登録してくれたミサト先生の番号に電話をかけた。懐かしい声に堪らなくなって、そのまま会いに行った。
先生から、凛がオレの名前について考えてくれたことを聞いた。母親に愛されていたかもしれないと知り、凛がオレをずっと想ってくれていたことを知った。
彼が裏切った理由も聞いた。
オレがボコボコにされて帰るたび、心を痛めていたそうだ。『暴力が当たり前の環境』から抜け出し、『奴隷』としてじゃなく対等な『人間同士』として、オレと付き合おうと思っていてくれたのだという。
彼から預かったという手紙には『愛してる』とだけ書かれていた。
シンプルな言葉が心を揺さぶった。
不器用な彼が、何枚も便箋をぐしゃぐしゃに丸める様子が見えるようだった。
たくさんの言葉から抽出し、残ったのであろう『たった一つの言葉』に、涙が零れていた。
オレの足は自然と走りだし、先生が教えてくれた凛の新しい住所に向かっていた。
アパートの前で彼の帰りを待つ間、不安で不安で消えてしまいそうだった。
『なんで来たんだ』と引き攣った顔で後ずさる彼を想像して怖くなった。
再会した彼は『おかえり』と抱きしめてくれた。泣きそうになっていると、背中をぽんぽん叩いてくれた。あぁ、彼の匂いが好きだ。
凛が奢ってくれたラーメンは美味かった。
啜るのが苦手なオレを、彼は心配そうに見守っている。食べ終わってしまったら、また会えなくなるかもしれない不安に、箸が遅くなる。
彼はそのまま家に泊めてくれた。
凛は、解放されてからもずっと一人で悪夢に魘され苦しんでいた。
それなのに…その原因のオレに
『愛してる』と言ってくれた。
彼から望まれたセックスは、『このまま死にたい』と思うほど気持ちよかった。
あったかくて、『ひとつになる』という言葉がぴったりだと思った。
あの薄暗い部屋で彼を枷に捕らえて強制していたセックスとは全く違った。
階段から転落した男が言っていた『愛のないセックス』という言葉の意味がようやくわかった。
凛が『一緒に暮らそう』と言ってくれた。
最近のオレは、彼の前で泣いてばかりだ。
『奴』は必ず出所してくる。
凛に執着している『元社長』もそうだ。
それまでに、彼を守れる力を身につけよう。
今のオレは一人じゃないことを知っている。
誰かが『大切だと思っているもの』を
社長は『壊したがる』。
オレが人形のようになってしまった親友を連れ出した時もそうだった。
アイツはオレが子どもの頃、施設で親友を守っていたことを知っていた。
最悪なタイミングでオレたちが再会することを狙っていたのだろう。
絶望に満ちたオレの顔を見て、アイツは笑ったんだ。それはもう嬉しそうに。施設で親友を裸に剥いていた『あの男』と同じ顔をしていた。
違うグループのユウゴという男が、奴隷と『結婚する』と言い出した時もそうだった。そいつは気のいい奴だったし、奴隷の女も嬉しそうにしていた。
女は借金があるわけではなく、ユウゴの仲間が『狩ってきた』奴隷だったから、何も問題はないはずだった。
だが社長に捕まり、女は拘束されたユウゴの目の前で別グループの男達に慰み者にされたという。彼自身も『クソイベント』で奴隷にされていた。
だからこそ、『配信』や『撮影』の時には、凛に『ただの奴隷』として接するよう気をつけた。彼への執着に気づかれないように。
わざと『彼を貶める発言』をしたこともあった。
だが、アイツは気づいてしまった。
オレが『クソイベント』の途中で彼を連れ出してしまったからだ。
彼から『助けて』と声にならない言葉が伝わってきたら、もうダメだった。オレは堪えきれなかったのだ。
凛を『薬漬けにして、AVに出し続ける』と、アイツが言い出した。それがイヤなら『派遣』しろ、と。拒否すれば本当にやりかねない。
先輩に相談すればよかった。
頼りになるあの医者なら、彼を助け出せただろう。
だけど、オレは身体の大きな子どもだった。
凛と二人きりで暮らせる『今』を変えたくなかった。彼を解放したら、家族のところに帰ってしまうだろう、と思っていた。
凛がオレを裏切り、逮捕されると分かった瞬間、『アイツもすぐに警察へ捕まえさせなければ』と思った。奴を自由にしておいたら、凛に『報復しよう』とするのは目に見えていたからだ。
知っている事を出来る限り全て警察に話した。
社長は逮捕された。
会社に入り込んでいた探偵に協力したのは、報復の目をこちらに向けられないよう、できれば『彼らの通報によって』奴が捕まればいいと思ったからだ。
オレは今度こそ先輩を頼った。
社長と対等に話せて、顔の広い彼なら、凛を守ってくれると分かっていたからだ。
凛は無事、新しい仕事に就くことができたそうだ。
刑務所で出会った刑務官のおっさんはオレに優しくしてくれた。
『本を読め』と煩くて最初は苦手だったが、それは『オレの知っている世界が狭すぎる』ことを心配してるんだと他の刑務官が教えてくれた。
『本は、違う人間の経験、知恵、考え方、人生など、1人の人生では経験し得ないものを与え、教えてくれるのだ』と難しいことを言っていた。
『知識は武器になる。絶対に役に立つ』と、中卒のオレに高認試験のテキストをくれた。
出所した日、覚悟を決めて凛が登録してくれたミサト先生の番号に電話をかけた。懐かしい声に堪らなくなって、そのまま会いに行った。
先生から、凛がオレの名前について考えてくれたことを聞いた。母親に愛されていたかもしれないと知り、凛がオレをずっと想ってくれていたことを知った。
彼が裏切った理由も聞いた。
オレがボコボコにされて帰るたび、心を痛めていたそうだ。『暴力が当たり前の環境』から抜け出し、『奴隷』としてじゃなく対等な『人間同士』として、オレと付き合おうと思っていてくれたのだという。
彼から預かったという手紙には『愛してる』とだけ書かれていた。
シンプルな言葉が心を揺さぶった。
不器用な彼が、何枚も便箋をぐしゃぐしゃに丸める様子が見えるようだった。
たくさんの言葉から抽出し、残ったのであろう『たった一つの言葉』に、涙が零れていた。
オレの足は自然と走りだし、先生が教えてくれた凛の新しい住所に向かっていた。
アパートの前で彼の帰りを待つ間、不安で不安で消えてしまいそうだった。
『なんで来たんだ』と引き攣った顔で後ずさる彼を想像して怖くなった。
再会した彼は『おかえり』と抱きしめてくれた。泣きそうになっていると、背中をぽんぽん叩いてくれた。あぁ、彼の匂いが好きだ。
凛が奢ってくれたラーメンは美味かった。
啜るのが苦手なオレを、彼は心配そうに見守っている。食べ終わってしまったら、また会えなくなるかもしれない不安に、箸が遅くなる。
彼はそのまま家に泊めてくれた。
凛は、解放されてからもずっと一人で悪夢に魘され苦しんでいた。
それなのに…その原因のオレに
『愛してる』と言ってくれた。
彼から望まれたセックスは、『このまま死にたい』と思うほど気持ちよかった。
あったかくて、『ひとつになる』という言葉がぴったりだと思った。
あの薄暗い部屋で彼を枷に捕らえて強制していたセックスとは全く違った。
階段から転落した男が言っていた『愛のないセックス』という言葉の意味がようやくわかった。
凛が『一緒に暮らそう』と言ってくれた。
最近のオレは、彼の前で泣いてばかりだ。
『奴』は必ず出所してくる。
凛に執着している『元社長』もそうだ。
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