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その後の話
男CとBのその後
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ガチャ、
「なぁ、おっさん。この本いらないならくれよ」
ノックもせずに部屋に入ってきた男は、オレが『封筒ごと』捨てた本を持っていた。
「この山の色、すごいキレーだ」
それは、オレが妻に捨てられるきっかけとなった写真集だった。
その写真集のための、約2ヶ月にわたる撮影の旅を終えて帰国したオレは、妻が待つマンションに帰った。
……すると、妻は『オレの担当編集の男』とリビングで抱き合っていた。下着を脱ぎ捨てた状態で。
オレに浮気現場を見せる。
確信犯だったのだろう。
オレが帰国する日を、その男は知っていたからだ。
命の危険がある現場だから、バックアップも兼ねて現地から度々撮影データをメールでそいつに送っていた。
『奥さんをびっくりさせましょうよ!』
なんて、そいつが言ったから、オレは妻に連絡せずに帰国した。
妻には『あんたは私より写真を愛してるんだから、カメラと結婚しなさいよ!!』と逆ギレされた。
以前から子どもができないことを妻は気にしていた。
オレのちんぽを初めて見た日、妻の顔が恐怖に引き攣るのを見た。それがトラウマになり、彼女との行為の回数はどうしても少なくなっていたのだ。
後日、その編集者の男に、妻の名が記入された離婚届を渡された。
何故あんな事をしたのか聞くと、妻が『離婚を決断しなかったから』だという。不倫関係は長く続いていたそうだが、妻はオレを捨てようとまでは思っていなかったらしい。
心から信頼していた2人に長年裏切られていた。その事実に絶望したオレは何も考えられなくなり、呆然としたまま役所へ行った。
そのまま夜の店でおっぱいに癒されようとして失敗し、泥酔して道端に座っていたところを『先輩』に拾われた、というわけだ。
出版社には編集者を変えてもらい、レタッチ作業と『色校』で印刷の色を確認するところまでは関わり、他は全て丸投げした。
ここの住所を知らせていたから、サンプルが届いたものの開封する気にはならず、ずーっと放置していた。
詩音が逮捕された後も『先輩』はここに住まわせてくれている。
家賃はもちろん払っているが、格安すぎる。
たまに材料を持ってメシを食べに来てくれるから、せめてもの恩返しにリクエスト通り手の込んだ料理を作る。
『動画撮影』の仕事を失ったオレだが、友人のデザイナーから依頼される物撮りの仕事だけで生活できていた。7冊ある写真集の印税も定期的に入ってくるから、そこそこ売れているらしい。
妻と住んでいたマンションは売却して半分に分けたから、正直、貯金はかなりある。
あの時も『先輩の友人』がオレの代わりに全てを処理してくれて助かった。
今回撮影を依頼された商品はデカかった。
天井はかなり高い部屋だが、照明機材を置く場所が足りない。
スペースを確保するため、増えてきた荷物の整理をしていて、ついに『この本』を捨ててやったのだが。
「この『リュー…ゴ、コー…リタチ』?氷太刀 竜瑚って写真家?すげぇカッコいい名前だねー」
表紙を見ながら辿々しくローマ字を読み上げられるとくすぐったい。
「……………オレの名前だ」
昔から、中二病っぽい名前だと揶揄われた。
『こおりたち』という名前も一度でちゃんと読まれた事がない。
それが煩わしくて、相手に名前を聞かれない限り、名乗らないクセがついていた。
「うそ!おっさんの名前!?え、本名なの?マジか…。いいなー」
オレ、こんな名前がよかった、と羨ましがられる。
「『牧村 彩人』だっていい名前じゃないか」
綺麗な彼によく似合う名前だと思う。
「なんか弱そうじゃん…」
強そうな名前がよかった、と小学生のような事を言っている。
響きが気に入ったのか、オレを見ながら『氷太刀 竜瑚』と何度も名を呼んでニコニコしている。
彼に呼ばれると、自分の名前が良いもののように思える気がした。
「じゃあ、この本の写真、みんなおっさんが撮ったの?」
製本された状態は初めて見た。
おそらく書店には並んでいると思う。
何度か出版社から電話やメールがあったみたいだが、よほどの要件なら直接来るだろうと放置していた。
「ああ、ネパールの写真だ」
写真集のページをめくりながら、『すげー』を連発している。
「おっさ……、竜瑚さんの話にはまだ出てきてない場所だな」
おっさん呼びから名前呼びに昇格できたようだ。
詩音と彩人の2人が年相応のキラキラした目で見てくるのが嬉しくて、よく写真データをパソコンで見せながら旅の話をしていた。
ネパールだけは、まだ心の整理がついていなかった。
彼が『キレー』だと言ってくれたから、少しだけ忌避感が薄れる。
「いつかさ、オレもこの場所に行けるかな?」
狭い世界に閉じ込められていた彼が、外に出ようとしている。
「っ……ああ。行けるよ。その時は一緒に行かないか?」
オレの視界が滲む。
声が震えてしまったのは気付かれなかっただろうか。
彼はそんなオレを見て、笑顔で頷いた。
日本に置いてなんか行かない。
他の男に触れさせない。
キラキラ輝く目をしたコイツを。
彩人と一緒なら、詩音への土産話もさらに面白いものになるだろう。
心配があるとすれば、お湯の出ないシャワーや風呂のない環境に彼が耐えられるかどうか、だ。
「なぁ、おっさん。この本いらないならくれよ」
ノックもせずに部屋に入ってきた男は、オレが『封筒ごと』捨てた本を持っていた。
「この山の色、すごいキレーだ」
それは、オレが妻に捨てられるきっかけとなった写真集だった。
その写真集のための、約2ヶ月にわたる撮影の旅を終えて帰国したオレは、妻が待つマンションに帰った。
……すると、妻は『オレの担当編集の男』とリビングで抱き合っていた。下着を脱ぎ捨てた状態で。
オレに浮気現場を見せる。
確信犯だったのだろう。
オレが帰国する日を、その男は知っていたからだ。
命の危険がある現場だから、バックアップも兼ねて現地から度々撮影データをメールでそいつに送っていた。
『奥さんをびっくりさせましょうよ!』
なんて、そいつが言ったから、オレは妻に連絡せずに帰国した。
妻には『あんたは私より写真を愛してるんだから、カメラと結婚しなさいよ!!』と逆ギレされた。
以前から子どもができないことを妻は気にしていた。
オレのちんぽを初めて見た日、妻の顔が恐怖に引き攣るのを見た。それがトラウマになり、彼女との行為の回数はどうしても少なくなっていたのだ。
後日、その編集者の男に、妻の名が記入された離婚届を渡された。
何故あんな事をしたのか聞くと、妻が『離婚を決断しなかったから』だという。不倫関係は長く続いていたそうだが、妻はオレを捨てようとまでは思っていなかったらしい。
心から信頼していた2人に長年裏切られていた。その事実に絶望したオレは何も考えられなくなり、呆然としたまま役所へ行った。
そのまま夜の店でおっぱいに癒されようとして失敗し、泥酔して道端に座っていたところを『先輩』に拾われた、というわけだ。
出版社には編集者を変えてもらい、レタッチ作業と『色校』で印刷の色を確認するところまでは関わり、他は全て丸投げした。
ここの住所を知らせていたから、サンプルが届いたものの開封する気にはならず、ずーっと放置していた。
詩音が逮捕された後も『先輩』はここに住まわせてくれている。
家賃はもちろん払っているが、格安すぎる。
たまに材料を持ってメシを食べに来てくれるから、せめてもの恩返しにリクエスト通り手の込んだ料理を作る。
『動画撮影』の仕事を失ったオレだが、友人のデザイナーから依頼される物撮りの仕事だけで生活できていた。7冊ある写真集の印税も定期的に入ってくるから、そこそこ売れているらしい。
妻と住んでいたマンションは売却して半分に分けたから、正直、貯金はかなりある。
あの時も『先輩の友人』がオレの代わりに全てを処理してくれて助かった。
今回撮影を依頼された商品はデカかった。
天井はかなり高い部屋だが、照明機材を置く場所が足りない。
スペースを確保するため、増えてきた荷物の整理をしていて、ついに『この本』を捨ててやったのだが。
「この『リュー…ゴ、コー…リタチ』?氷太刀 竜瑚って写真家?すげぇカッコいい名前だねー」
表紙を見ながら辿々しくローマ字を読み上げられるとくすぐったい。
「……………オレの名前だ」
昔から、中二病っぽい名前だと揶揄われた。
『こおりたち』という名前も一度でちゃんと読まれた事がない。
それが煩わしくて、相手に名前を聞かれない限り、名乗らないクセがついていた。
「うそ!おっさんの名前!?え、本名なの?マジか…。いいなー」
オレ、こんな名前がよかった、と羨ましがられる。
「『牧村 彩人』だっていい名前じゃないか」
綺麗な彼によく似合う名前だと思う。
「なんか弱そうじゃん…」
強そうな名前がよかった、と小学生のような事を言っている。
響きが気に入ったのか、オレを見ながら『氷太刀 竜瑚』と何度も名を呼んでニコニコしている。
彼に呼ばれると、自分の名前が良いもののように思える気がした。
「じゃあ、この本の写真、みんなおっさんが撮ったの?」
製本された状態は初めて見た。
おそらく書店には並んでいると思う。
何度か出版社から電話やメールがあったみたいだが、よほどの要件なら直接来るだろうと放置していた。
「ああ、ネパールの写真だ」
写真集のページをめくりながら、『すげー』を連発している。
「おっさ……、竜瑚さんの話にはまだ出てきてない場所だな」
おっさん呼びから名前呼びに昇格できたようだ。
詩音と彩人の2人が年相応のキラキラした目で見てくるのが嬉しくて、よく写真データをパソコンで見せながら旅の話をしていた。
ネパールだけは、まだ心の整理がついていなかった。
彼が『キレー』だと言ってくれたから、少しだけ忌避感が薄れる。
「いつかさ、オレもこの場所に行けるかな?」
狭い世界に閉じ込められていた彼が、外に出ようとしている。
「っ……ああ。行けるよ。その時は一緒に行かないか?」
オレの視界が滲む。
声が震えてしまったのは気付かれなかっただろうか。
彼はそんなオレを見て、笑顔で頷いた。
日本に置いてなんか行かない。
他の男に触れさせない。
キラキラ輝く目をしたコイツを。
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