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本編
29 理由
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詩音が持っていた大きな鞄にはタオルや着替えが入っているらしい。
コンビニに寄って、彼の歯ブラシとシェーバー、明日の朝メシにパンを買う。
アパートに着くと、先に風呂に入らせ、その間に彼の布団を用意しておく。
オレが長めのシャワーから出ると、詩音はノートに何かを書いていた。
面会の時より髪は伸びたが、それでもまだ短く顔がよく見える。目を伏せ何かの本を見ている真剣な表情は端正でドキッとした。
「刑務官のおっさんが、オレの生い立ちを知ったらしくて、『高認試験を受けろ』って息子さんが使ってたテキストを全部くれたんだ」
新しい筆記用具一式とセットで贈ってくれたそうだ。
詩音は中学校を卒業してすぐ『会社』に入れられたから、高卒認定試験を受けるのは良い考えだと思う。
「オレがわかる範囲なら教えるよ」
国語に限って言えば、今なら難読漢字にかなり詳しい自信がある。元々理系だし、初級ビジネス英会話くらいまでならできる。
「ありがとう、凛」
男が向けてくる視線に負け、ソファに男2人で手を繋いで横並びに座っている。
オレは犬派だったのかもしれない。
「先生から、凛がオレを裏切った理由を聞いたよ」
「…アイツらが捕まればいいと思っただけだ」
「オレを『会社』から、殴られる環境から解放したかったって。対等な『人間』として、オレと付き合おうと思ってくれたんでしょう?」
(先生…)
詩音の方を見れない。
「……何であの日、あんなにボコボコにされたんだ?」
オレがアパートの部屋に監禁されていた時、大怪我を負い男Cに肩を借りて帰った日があった。
あの後、配信と派遣が始まった。
「……オレが『役に立たなかった』からだよ」
あの日、社長に呼ばれたのは、AVの竿役としてだった。ところが全く勃たなかったそうだ。
「尻を弄られてもダメで、『凛にしか勃たない』って言ったら、『それならオマエらのセックスを生配信しろ』って言われて…」
その現場は『薬』を使われ、相手がオレだと自己暗示をかけて乗り切ったそうだ。
だが、さらにホテルへオレを『派遣しろ』と言われ、断ったら暴行を受けたそうだ。
「凛を『薬漬けにして、AVに出し続ける』って脅されて。でも結局、凛に辛い思いをさせてしまった…」
守れなくてごめん…、と、絡められた指に力が込められる。
確かに、毎週変態ヤローに犯されるのは吐くほど辛かった。生配信で世界中の男達に観られていようと、視聴者好みの体位を強要されようと、詩音とのセックスの方が何万倍も何億倍も良かった。
「……いいよ。もう終わったことだろ」
詩音に近づくと、死にそうなツラにキスしてやる。
「ところでさ。お前、『尻を弄られて』ってサラッと言ったけど……」
「……『前立腺を刺激すれば勃つ』って」
はぁ、とオレはため息を吐く。
「あの『会社』ぶっ潰して正解だったな」
「今日はちょうど金曜日だな。『あの日』は約束守れなくて本当に悪かった」
まだ会ったばかりの頃。脅されて会っていたとはいえ、約束を破った事を後悔していた。
あの日彼を傷つけた言葉も。
ただ、あのままの関係を続けていたら、今のように穏やかな気持ちになれてはいなかっただろう。
「刑務官のおっさんにゴリ押しされて、たくさん本を読んだよ。恋愛小説も初めて読んだ。ちゃんと凛に『付き合って』って言えばよかったって、すごく後悔した」
後ろからオレを抱き込んだ男は、耳元にキスしてくる。低音の落ち着いた声は、オレの心にじんと浸み込んでくる。
「仕事が忙しかったのも、今なら理解できる。オレは『子どもだった』んだと思う」
詩音はオレの顔を引き寄せ、目を覗き込む。
「凛、オレと付き合ってください」
オレは身体を反転させると、彼の膝の上に向き合うように座り直す。
「はい」
詩音の顔が、泣きそうに歪む。
オレは、彼に口付けた。
コンビニに寄って、彼の歯ブラシとシェーバー、明日の朝メシにパンを買う。
アパートに着くと、先に風呂に入らせ、その間に彼の布団を用意しておく。
オレが長めのシャワーから出ると、詩音はノートに何かを書いていた。
面会の時より髪は伸びたが、それでもまだ短く顔がよく見える。目を伏せ何かの本を見ている真剣な表情は端正でドキッとした。
「刑務官のおっさんが、オレの生い立ちを知ったらしくて、『高認試験を受けろ』って息子さんが使ってたテキストを全部くれたんだ」
新しい筆記用具一式とセットで贈ってくれたそうだ。
詩音は中学校を卒業してすぐ『会社』に入れられたから、高卒認定試験を受けるのは良い考えだと思う。
「オレがわかる範囲なら教えるよ」
国語に限って言えば、今なら難読漢字にかなり詳しい自信がある。元々理系だし、初級ビジネス英会話くらいまでならできる。
「ありがとう、凛」
男が向けてくる視線に負け、ソファに男2人で手を繋いで横並びに座っている。
オレは犬派だったのかもしれない。
「先生から、凛がオレを裏切った理由を聞いたよ」
「…アイツらが捕まればいいと思っただけだ」
「オレを『会社』から、殴られる環境から解放したかったって。対等な『人間』として、オレと付き合おうと思ってくれたんでしょう?」
(先生…)
詩音の方を見れない。
「……何であの日、あんなにボコボコにされたんだ?」
オレがアパートの部屋に監禁されていた時、大怪我を負い男Cに肩を借りて帰った日があった。
あの後、配信と派遣が始まった。
「……オレが『役に立たなかった』からだよ」
あの日、社長に呼ばれたのは、AVの竿役としてだった。ところが全く勃たなかったそうだ。
「尻を弄られてもダメで、『凛にしか勃たない』って言ったら、『それならオマエらのセックスを生配信しろ』って言われて…」
その現場は『薬』を使われ、相手がオレだと自己暗示をかけて乗り切ったそうだ。
だが、さらにホテルへオレを『派遣しろ』と言われ、断ったら暴行を受けたそうだ。
「凛を『薬漬けにして、AVに出し続ける』って脅されて。でも結局、凛に辛い思いをさせてしまった…」
守れなくてごめん…、と、絡められた指に力が込められる。
確かに、毎週変態ヤローに犯されるのは吐くほど辛かった。生配信で世界中の男達に観られていようと、視聴者好みの体位を強要されようと、詩音とのセックスの方が何万倍も何億倍も良かった。
「……いいよ。もう終わったことだろ」
詩音に近づくと、死にそうなツラにキスしてやる。
「ところでさ。お前、『尻を弄られて』ってサラッと言ったけど……」
「……『前立腺を刺激すれば勃つ』って」
はぁ、とオレはため息を吐く。
「あの『会社』ぶっ潰して正解だったな」
「今日はちょうど金曜日だな。『あの日』は約束守れなくて本当に悪かった」
まだ会ったばかりの頃。脅されて会っていたとはいえ、約束を破った事を後悔していた。
あの日彼を傷つけた言葉も。
ただ、あのままの関係を続けていたら、今のように穏やかな気持ちになれてはいなかっただろう。
「刑務官のおっさんにゴリ押しされて、たくさん本を読んだよ。恋愛小説も初めて読んだ。ちゃんと凛に『付き合って』って言えばよかったって、すごく後悔した」
後ろからオレを抱き込んだ男は、耳元にキスしてくる。低音の落ち着いた声は、オレの心にじんと浸み込んでくる。
「仕事が忙しかったのも、今なら理解できる。オレは『子どもだった』んだと思う」
詩音はオレの顔を引き寄せ、目を覗き込む。
「凛、オレと付き合ってください」
オレは身体を反転させると、彼の膝の上に向き合うように座り直す。
「はい」
詩音の顔が、泣きそうに歪む。
オレは、彼に口付けた。
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