愛を請うひと

くろねこや

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本編

28 食事

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梅の花が咲き始めたある日。

仕事を終えアパートに帰ると、ドアの前に大きな鞄を肩に掛け、黒っぽい服を着た男が立っていた。

ミサト先生から連絡があり、今夜来るのではないかと思っていたので驚かなかった。

「……凛」

大柄な男がオレの前で小さくなっていた。

さんざんな目に遭わされた相手だというのに、やはり怒りは感じなかった。



「…久しぶりだな。……なぁに、捨てられた犬みたいな顔してんだよ」

身長差的には見下ろされているのに、すがるように見上げる黒い大型犬のようだ。



「…なぁ、ラーメン食べに行かない?」

会社の先輩から教わったラーメン屋に誘う。
なんとなく一人で行く気にならなかったが、興味はあったのでちょうどいいと思った。

黙ってコクリと頷く男。

「まぁでも……その……、おかえり、詩音しおん

オレは両腕を広げた。
先生仕込みのハグ。

「……いいのか?凛」

「ん。いいから来いよ」

大型犬ならぬ、大男に飛びつかれる。

ぎゅっと抱き締められ、久しぶりの男の匂いを吸い込む。タバコの匂いはしなかった。

「凛。ただいま」

背中をぽんぽんしてやると、オレの頭の匂いを嗅いでくる。


春とはいえ、日が暮れるとまだ寒い。
抱きしめた身体は冷えていた。

「ほら、ラーメンおごるから、食いにいくぞ」




金曜日の夜だというのに、店はあまり混んでいなかった。


目の前にいる男は、少しもこちらから目を離さない。
ラーメンのスープは澄んでいて、麺も輝いている。チャーシューが3枚、味玉もトロリとして美味しそうなのに。

「のびるから食おう」

2人掛けのテーブル席。
考えてみたら、コイツと向かい合ってちゃんとる食事は、毎週金曜日にラブホで食べていたルームサービス以来だった。

(そういえば、今夜も金曜日だ)

ズルズルと麺をすすっていると、目の前の男はいつまでもふうふう冷ましている。

「猫舌?」

「ああ、熱いのは苦手だ」

子どもの頃から大人になるまで温かい飯を食べたことがなかったそうだ。確かに人数が多い施設では作りたてを食べた記憶がなかった。

啜るのも下手だ。
箸で麺を手繰たぐるように食べている。箸使いは上手だ。

(こうやって見てると、なんだか息子にご飯を食べさせてた時を思い出すな)

『あの環境』から解放されて、本当のコイツが出てきたのかもしれない。



ラーメンを食べ終わり、店の外に出ると、
ギューっと抱き締められた。

「凛。名前の事ありがとう。先生から聞いた」

オレの事、考えてくれていて嬉しかった、と囁いた男は、耳元にキスをしてくる。

「手紙も、宝物にする」

詩音が会いに行ったなら渡してもらえるようにと、先生に預かってもらった手紙。
何を書こうか迷って、何度も紙を無駄にして、……たった一言だけを書いた。

抱きしめられていた身体は名残なごりしげにゆっくり離され、

「……また会ってくれるか?」

またこの視線だ。

「え?泊まっていかねぇの?」

明日は土曜日だ。

「……部屋に入れたくないのかと…」



再会してすぐラーメン屋に誘ったから勘違いさせてしまったようだ。

オレはなんだか可笑おかしくなって、詩音の背中をバシバシ叩いた。
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