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裏側で
27’ 名前 〜手紙 男A side
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久しぶりに会ったミサト先生は、記憶の中より老いており、小さかった。
それでも変わらず背筋はすっと伸びており、嘘をついても見破られてしまう澄んだ瞳をしている。
一度刑務所へ面会に来てくれたのだが、
『刑期を終えたら会いに行きます』
とまだ会う覚悟がなくて断っていた。
子どもの頃、抱き締められるとすっぽり包み込まれてしまうくらい『大きい』と思っていた先生の身体は、デカくなったオレの腕に収まってしまうくらい細かった。
それでも、優しい笑顔は記憶の中のままだった。
目尻に皺ができた分、さらに優しい印象だ。
「詩音、あなたに謝りたいことがあります」
先生は抱きしめたオレの肩に顔を埋めると、勇気を出すように言った。
オレの名前についてだった。
2枚のメモを渡される。
「これはあなたのお母さんが書き残したものです」
『シネ』と縦書きで書かれた小さな紙。
もう1枚には、
「こちらはあなたのお母さんと、彼女がお父さんになってほしいと望んだ人の名前です」
『藤沼 海砂 ふじぬま みさ』
『山神 やまがみ』
と書かれていた。
母親の名前を文字で見たのは久しぶりだった。もう1人の名前は名字のみ。
その名前には部分的に丸が付いていた。
「凛君が気づいてくれたのですが…」
母親は2人の名前を組み合わせてオレの名前を考えようとしていたのではないかという。
確かによく見ると、『シネ』と書かれた紙には消しゴムをかけた跡がいくつかある。
そしてもう一枚の紙に書かれた2人の名前。
その丸で囲まれた部分、『海』の『さんずい』は『シ』、『神』の『しめすへん』は『ネ』と読める。
「彼女がいなくなる前、変な男は周りに来ていないか、変な電話が来なかったかずっと気にしていました」
オレの名前を考えている途中で、迎えが来てしまった…?
オレを置いて行ったのは、自分と同じ目に遭わせたくなかったから…?
「あなたの名前は、お母さんの愛情に満ちたものでした」
それなのに私は……、申し訳ありません……
先生はオレの前で膝をつき、頭を下げたまま震えている。
あのクソ職員に『シネ』と呼ばれた日々。
子どもの頃からずっと、ずっと苦しめられてきた名前だった。他人に『詩音』と呼ばれることすら苦痛だった。
それが、すっきりと晴れた。
(凛はすごいなぁ……)
彼と出会って、諦めていた人生が動き出した。
刑務所に入れられて、最初は裏切られた苦しさで死にたくなった。そうしたら、彼が会いに来て『愛してる』という言葉は嘘じゃなかったと言ってくれた。
お節介で優しい刑務官に会えた。
罪を償って、先生に会いに来られた。
そして何より……凛が、新しい生活の中でも、オレの事を考えてくれていた。
オレの中にあった熱がさらに大きくなる。
「先生、オレは『詩音』という名前を大切に思っています。意味が違っていたとしても母の残した文字にあなたが名前を付けてくれて、親友が呼んでくれて、オレが愛した人が呼んでくれた名だからです」
オレは母さんに愛されていた。
親友が記憶を失ってからもずっと呼び続けてくれた。
凛がオレの名前を『憎しみ』から『愛』に変えてくれた。
「……先生、ありがとうございます」
オレは先生の前に膝をつくと、ぎゅっと抱きしめた。
先生は涙を拭うと、白い封筒を渡してくれた。
表には力強くはねた文字で『詩音へ』と書かれている。
「凛君から、あなたに」
一点だけ糊付けされたシンプルな封筒は、指ですぐに開くことができた。
便箋は一枚だけ。
紙の真ん中には……
「愛してる」
気がつくと、その文字は濡れていて、
封筒に書かれた差出人の名前に
口付けていた。
これが『幸せ』なのだと思った。
それでも変わらず背筋はすっと伸びており、嘘をついても見破られてしまう澄んだ瞳をしている。
一度刑務所へ面会に来てくれたのだが、
『刑期を終えたら会いに行きます』
とまだ会う覚悟がなくて断っていた。
子どもの頃、抱き締められるとすっぽり包み込まれてしまうくらい『大きい』と思っていた先生の身体は、デカくなったオレの腕に収まってしまうくらい細かった。
それでも、優しい笑顔は記憶の中のままだった。
目尻に皺ができた分、さらに優しい印象だ。
「詩音、あなたに謝りたいことがあります」
先生は抱きしめたオレの肩に顔を埋めると、勇気を出すように言った。
オレの名前についてだった。
2枚のメモを渡される。
「これはあなたのお母さんが書き残したものです」
『シネ』と縦書きで書かれた小さな紙。
もう1枚には、
「こちらはあなたのお母さんと、彼女がお父さんになってほしいと望んだ人の名前です」
『藤沼 海砂 ふじぬま みさ』
『山神 やまがみ』
と書かれていた。
母親の名前を文字で見たのは久しぶりだった。もう1人の名前は名字のみ。
その名前には部分的に丸が付いていた。
「凛君が気づいてくれたのですが…」
母親は2人の名前を組み合わせてオレの名前を考えようとしていたのではないかという。
確かによく見ると、『シネ』と書かれた紙には消しゴムをかけた跡がいくつかある。
そしてもう一枚の紙に書かれた2人の名前。
その丸で囲まれた部分、『海』の『さんずい』は『シ』、『神』の『しめすへん』は『ネ』と読める。
「彼女がいなくなる前、変な男は周りに来ていないか、変な電話が来なかったかずっと気にしていました」
オレの名前を考えている途中で、迎えが来てしまった…?
オレを置いて行ったのは、自分と同じ目に遭わせたくなかったから…?
「あなたの名前は、お母さんの愛情に満ちたものでした」
それなのに私は……、申し訳ありません……
先生はオレの前で膝をつき、頭を下げたまま震えている。
あのクソ職員に『シネ』と呼ばれた日々。
子どもの頃からずっと、ずっと苦しめられてきた名前だった。他人に『詩音』と呼ばれることすら苦痛だった。
それが、すっきりと晴れた。
(凛はすごいなぁ……)
彼と出会って、諦めていた人生が動き出した。
刑務所に入れられて、最初は裏切られた苦しさで死にたくなった。そうしたら、彼が会いに来て『愛してる』という言葉は嘘じゃなかったと言ってくれた。
お節介で優しい刑務官に会えた。
罪を償って、先生に会いに来られた。
そして何より……凛が、新しい生活の中でも、オレの事を考えてくれていた。
オレの中にあった熱がさらに大きくなる。
「先生、オレは『詩音』という名前を大切に思っています。意味が違っていたとしても母の残した文字にあなたが名前を付けてくれて、親友が呼んでくれて、オレが愛した人が呼んでくれた名だからです」
オレは母さんに愛されていた。
親友が記憶を失ってからもずっと呼び続けてくれた。
凛がオレの名前を『憎しみ』から『愛』に変えてくれた。
「……先生、ありがとうございます」
オレは先生の前に膝をつくと、ぎゅっと抱きしめた。
先生は涙を拭うと、白い封筒を渡してくれた。
表には力強くはねた文字で『詩音へ』と書かれている。
「凛君から、あなたに」
一点だけ糊付けされたシンプルな封筒は、指ですぐに開くことができた。
便箋は一枚だけ。
紙の真ん中には……
「愛してる」
気がつくと、その文字は濡れていて、
封筒に書かれた差出人の名前に
口付けていた。
これが『幸せ』なのだと思った。
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