愛を請うひと

くろねこや

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本編

26 朝

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男が男達に監禁され、性的に搾取さくしゅされていたこの事件は、未成年者を多く含む被害者の多さや、組織的犯行がだんだん明らかになるにつれ、さぞかし世間の娯楽となったことだろう。
マスコミからの取材依頼が殺到したが、全て断った。監禁の跡が残るアパートの自宅には戻らず、ホテルを点々として凌いだ。

それも大物芸能人の不倫報道のお陰で、そう長くは騒がれずに済んだ。



元妻からは、脅迫や監禁の事実を警察から聞き、直接会って謝りたいという電話があった。
だが、元妻と息子の安全のためにも自分と関わらないほうが良いだろうと、気持ちを押し殺して会うことを断った。
テレビのニュースではオレの名前が伏せられていたそうだが、ネットには本名が晒されており、離婚して姓が変わっていて良かったかもしれない。
離婚届は署名を偽造されたものだったが、オレは彼女に何も言わなかった。



以前の職場の元上司からも、オレが会社を辞めた理由をマスコミからの取材で知り、力になれず申し訳なかったという謝罪の電話があった。
社長が逮捕された今、彼らもこれから大変だろう。オレに課金する金を会社から横領おうりょうしていた、というから罪状はさらに増えたらしい。



犯罪被害者を救済する団体のお陰で、しばらくカウンセリングに通わせてもらい、書類と面接のみで新しい仕事に就くことができたのは不幸中の幸いだった。

少人数の小さな出版社で、紙でしか残っていない古書を電子化する仕事をしている。
職場の人達は事情を知っているのに優しくしてくれる人ばかりで、穏やかな日々を過ごせている。



通報してくれた隣人、真山まやま結人ゆいとくんにお礼をした後、あのアパートの部屋は引き払い、新しい職場の近くに引っ越した。
彼には、警察からの事情聴取やマスコミの騒ぎで迷惑をかけてしまい申し訳なく思う。

あの部屋は監禁事件の現場になってしまったが、死者は出ていないので、敷金では足りなかった『部屋を元に戻す費用』を負担して大家さんには許してもらえた。



ミサト先生にもたくさん迷惑をかけた。
謝罪と事情説明に行くと、先生にそっと優しく抱きしめられた。
懐かしい先生の匂いに包まれて、いい大人なのに泣いてしまった。

先生のところにも警察が事情を聴きに来たそうだ。

詩音に名前と生きるすべを贈ったのは、やはり先生だった。彼が子どもだった頃の話をたくさん聞くことができた。
勝手に彼へ電話番号を教えたことを謝ると、『彼が連絡をくれる日を楽しみに待っています』といつもの笑顔でまた抱きしめられた。

また会いに来ると約束をして、
別れ際に新しい住所を書いた紙と、

一通の手紙を渡す。








そしてオレは刑務所の面会室にいる。



ガチャンと重い金属の響く音がして、解錠された扉から男が入ってきた。
アクリルと金網越しの再会だ。


「……何しに来た」

長かった前髪は短くなり、顔がはっきり見える。裁判で見た時より、その表情はすっきりしていて男前だ。顔色はあまり良くない。

オレは男にどうしても伝えたかった。


「『あの日の言葉』に嘘はないよ」

男は目を見張った。

(もう二度と会うことはないかもしれないけど)

詩音、と心で彼の名前を呼ぶ。

それでも…

「『先生』には会いに行ってやれ」

バンッと音がして男は刑務官に抑えられる。
アクリルに飛びつき、こちらを見つめているだろう男に、オレは視線を向けず部屋を出た。






男達に犯され、なぶられ、はずかしめられ、わらわれる。
殴られて首を絞められながら奥を突かれ苦しみもがく。
その悪夢に夜毎よごとうなされ目を覚ますたび、足首に触れるクセがついていた。
そこに枷がないことを確認し、深く残る傷痕をなぞる。


眠れずカーテンを開くと、
暗かった窓の外に眩しい光が差す。


ーーーあぁ、朝だ。
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