痛みと快楽

くろねこや

文字の大きさ
上 下
131 / 132
本編 3 番外編

約束

しおりを挟む
「ぁ…、もぉ…、だめっ…、だめっ…、」

獣が交尾するような姿勢は、気持ちいいけど少し苦手だ。

暗くした慎一郎の部屋。背の高い1台のフロアライトだけがオレたちを照らしている。

額から流れる汗。涙で滲んだ視界。

柔らかなベッドに伏せたまま、苦しいほどの快感から気を逸らすべく床に目を落とすと、四つん這いで揺さぶられる影、それに覆い被さり激しく動く影が見えた。快楽に負けて喘ぐオレと、背後で腰を振る慎一郎の姿だ。

その動きに連動して穿うがたれている尻穴の中からは、たっぷりのローションと精液でグチュグチュ濡れた抽挿音が響いてくる。それから、パチュパチュと尻が打たれる度に鳴る湿った音。

擦られる度、すっかり熟れて膨れた前立腺にオレ好みの亀頭でっぱりを引っ掛けられるのが堪らない。何度も、何度も、何度も。

「そこっ…、だめっ、ぁ…、ゆる…ひて…、」

死んじゃう。



狂いそうな頭にふと蘇る記憶。

どくりと冷たい鼓動。

「っ…、」

思わず逃れようとした腰を引き戻す、力強い腕。その強引さに背がびくりと震えた。


握りしめたシーツが作った波。

そこへ、過ぎた快感に閉じることを忘れていた口から、とろりと唾液が垂れていく。


「奈津、また…考え事…ですか」

「はぁっ、っ、っ、あぁっ…!!」

再開された抽挿と共に途切れる声がエロい。最後に強めのひと突きをもらい、大きな声を上げてしまう。

首を振ると、慎一郎の指が腰の骨を辿った。

その感覚に気を取られ、油断していた。

背後で大きく開かれた口が狙う先は…。


「いっ…、ぁ…、ああぁ…!!」

ぐっと噛まれた首筋。

浴室でもされて、今夜はもう2度目だ。

肉に食い込む歯が与えてくる灼けそうな痛みに腰が痺れた。

そんなところ、跡が残ったら仕事に差し支えてしまうのに。


「僕の事だけ考えて」

痛みの後にはベロリと舐められて甘やかされる。

熱い舌と唇は、そのまま肩甲骨の狭間まで下りてくる。

まともな声も出ないほどの快楽。

オレのちんぽから、新たにシーツを汚す粘液がとろとろ落ちていく。


「はぁ、はぁ、はぁ、」


『急所である首を、血が滲むほど噛まれて喜ぶなど、人とはおかしな生き物だ』

それは何の本に書かれた言葉だったか。


達して荒い息を整えていると、

ベロリ。

「っ…、」

後ろから痛む首筋をもう一度舐め上げられて、また簡単に理性はどこかへ飛んでいく。




猫の墓。

死。

慎一郎のお父さんが残した絵。

猫の、人の、くり抜かれた目。

引き摺り出された内臓。

それを喰らう烏。

淫猥な悪魔たち。

押さえつける手、手、手。

目に焼き付いて離れないそれらは、嫌なものを脳の奥底から引き摺り出す。


『死にたい』と何度も願った記憶。


オレの心は病んでいるのだろう。


『死』を思いながらセックスしていると

時々頭にモヤがかかるような、

ノイズが走るような、

奇妙な違和感に襲われる。


その正体は、

未だに執念しつこくこびりついた心の傷トラウマ

フラッシュバックが起きるその度に引き戻してくれるのは、首に突き立てられる歯。

痛みが与えられたその瞬間びくりと身体が跳ね、熱い涙が滲んで、『生きてる』って思い出す。


オレをこの場所に繋ぎ止めてくれるのは、痛みだけじゃない。

杭のように打ち込まれた、

気持ちいい、オレだけの特別なちんぽ。


ぬちゅ、ぬちゅ、泥濘ぬかるむように

2つだった肉体が、1つに溶けている。


慎一郎。

お前が抱いてくれる限り、

オレは生きていられる。



お前の顔が、見たい。


「おね…がい、」

やっと言葉にすれば、ようやく抽挿の腰が止まってくれた。

「まえから、してほし…っあ、」

顔を見せて。

「そんなに僕の顔が好きですか?」

「うん。すきっ。すきだよ」

その言葉が新たな燃料を投下してしまったらしい。

「あっ、あっ、あっ、あっ、」

より深く、ズチュズチュされて、

もっと馬鹿みたいな声しか出せなくなる。


片足を取られて持ち上げられ、バランスを失った上半身はシーツの上にガクリと崩れた。


より深く、熱い肉杭が打ち込まれ、

「っ…!!」

もう声すら出せない。


はく、はく、と開閉する唇から息を吸うことすら叶わない。


ビクビクと内部で震えるソレを、思わずキュウキュウ引き絞るように締め付けてしまうと、

「はぁ…っ、」

背後で色気のある吐息を聞いた。


ビュルビュルと2度目を注がれて、オレのナカはゴクゴク飲み込むように蠢きながら痙攣してる。


最後の一滴まで溢すまいというように、肉の栓を打ち込まれたまま更にグッと抱き寄せられ、

膝を曲げるように左脚を担ぎ上げられれば、

「ひぁっ…、」

望み通り身体を離されないまま、グヂュッと音を立てひっくり返された。


濡れた黒髪が張り付く、白い額。

払ってやろうと伸ばした震える指を取られ、

すりっと擦り寄せられた頬。


手のひらにチュッとキスされる。


口付けは、

手首

肘の内側

肩へと落とされ、

そのまま唇を塞ぐように、


いや、

口同士でもセックスできるというように、

ドロリと甘い蜜を注ぎ、

飲み込まされる。







「マキト、ルリ」

「…ん?」

シャワーでほかほかした身体。つるりとした絹のシーツが肌にひんやり気持ちいい。

向かい合って横たわるオレの頬を撫でながら慎一郎が呟いたのは、屋敷の温室で会ったルリコンゴウインコのつがい。その2羽の名前だった。


「昼間、気にしていたでしょう」

覚えてたのか。『マキト』なんて人間みたいな名前、少し気になってたんだ。


「僕の兄を産んで、その1年後に亡くなった女性は、瑠璃るりという名なのだそうです」

え、『ルリ』も人間の名前なんだ。

つまり、お兄さんの母親ってこと?


「鳥たちの名前はお父さんが付けたんだったよね?」

「ええ、そうです。その女性は兄の母であり、父と従姉弟いとこ同士なのだそうです」

海堂家には一族の名を記した家系図があるらしい。家を継ぐお兄さんは、お祖父さんから保管を任されたのだという。

「…しかもその図には、“槙人まきと”の名もあったそうです。瑠璃とはまた別の従兄弟らしいですよ」

2人とも変わった名前だ。たぶんそれは、偶然じゃない。

「意図してその2人の名前を鳥に付けた?」

「兄はそう推測していました。僕もそう思います。槙人も瑠璃も、若くして亡くなったそうですが」

60年以上も、つがいで仲睦まじく生きる鳥。

その鳥に死んだ2人の名前を付けるなんて、まるで…。

「2人は恋仲だったのかもしれませんね」

「うん」

若くして亡くなった2人は好き合っていた。でも瑠璃さんは慎一郎のお兄さんを産んだ。

せめて生まれ変わって幸せになってほしい。そうお父さんは願ったのではないだろうか。


「慎一郎のお父さんは、その2人のことが好きだったのかな?」

「ええ。おそらくは」

オレを抱いた腕は、微かに力を増した気がする。

「父はロマンチストですね。…僕は『あの世』や『輪廻転生』など信じていませんが」

「…慎一郎」

夢をみたっていいじゃないか。

『2人は鳥に生まれ変わって、仲良く幸せに暮らしている』

そう思えたら、残された生者は少しだけ気持ちが楽になるだろう?


「『あの世』なんてない。だからこそ、僕は死を迎える瞬間まで、あなたと共に生きたいのです」

「慎一郎…」

「奈津。死がふたりを分かつまで、共に生きてくれませんか?」

「…それって、指輪と一緒に約束するやつ…、」


慎一郎は身体を起こすと、オレを抱き上げベッドのフチに座らせ、バスローブを肩に掛けてくれた。

そのまま同じくバスローブを羽織ると、モノトーンでシンプルな棚の引き出しから小箱を持って戻ってきた。


まさか…。

「奈津、」

本当に…?


「僕と共に生きてください」

ベッドの前に跪く。


「…プロポーズ…みたいだ」

声が震える。

「慎一郎。…どうして?」


開いた小箱に並ぶ、ふたつの指輪。

シンプルな銀色。

約束の証。


「僕はあなたから離れない。ずっと共にありたい。あなたは?」

「オレも、お前と死ぬまで離れない。死んでも、離れない」

その言葉を返すと同時に左手を取られる。嵌められた指輪は薬指にぴったりだ。


「死んでも離れないよ。…だってさ、前に約束したでしょ? お前とオレ、一緒に“樹木葬”されるって」


残されていたもうひとつを箱から取り、慎一郎の指に嵌めると、

「…っ!!」

その瞬間、激しく唇を奪われていた。


引き出された舌をガリッと噛まれ、痛みに身体が跳ねる。

鉄の味が広がる口内。差し出された慎一郎の舌を同じように噛み返す。

グチュグチュ舌を絡め合ううちに、痛みは甘くてドロリと脳が溶けていくような快感へ変わっていった。


ゴクリ、と同時に喉を鳴らすと、

まるで悪魔と血の契約を交わしたような熱に襲われた。


ようやく離された唇は、互いの混ざり合った血に赤く濡れていた。


「…あなたは僕との約束を忘れてしまったのだと思いました」

「…ん?」

「佐久間家の墓参りをした日です。帰ってきたあなたは嬉しそうに、『お母さんとおばあちゃんが出来た』と言いました」

そういえばオレ、そんなこと言ったな…。

「あなたの気が変わって、佐久間家の墓へ入ることにしたのかと…」

お墓参りに秀一父さんと出かけて、秀矢しゅうやさんとさとるさんに会ったんだ。カフェで話して、仲良くなれたのが嬉しくて、帰ってから慎一郎にそのまま全部報告しちゃったんだよな。


「不安にさせちゃったのか」

「…不安? …そうか。…そうですね。あなたをこんな約束で縛りつけたくなるくらいに」

だからか。慎一郎は指輪みたいな物に興味ないと思ってたから驚いたんだ。

「ごめん」

“お母さんとおばあちゃん”だなんて、あまりに無神経な言葉だった。

そりゃあさ、佐久間家の墓は守るつもりだよ。病気や事故は分からないけど、年齢順で考えれば、最後まで残るのはオレだろうし。

でも、

「最後の眠りにつくならオレは、お前の隣がいい」

見開かれる目。
そんな顔すると可愛いな、慎一郎。

「オレはお前のものだよ」

言葉だけじゃ足りない。安心させたくて慎一郎の指輪に口付ける。


「僕もあなたのものです。愛しています、奈津」

オレの指輪にも慎一郎の唇が触れた。

長い睫毛。黒曜石の瞳は蕩けたように潤んで、

そこにオレだけが映っている。


「オレも愛してる。慎一郎」

これは心からの言葉だ。

そう信じてる。

愛おしい名を呼べば、美しい目は細められ、唇は嬉しそうに弧を描いてくれる。

あの温室で2羽の鳥に慰められていた寂しい子ども。身体に傷が残るほど母親から折檻され、庭に出ることすら許されなかった人形。

ガラス玉みたいな目をした彼はもういない。


脈打つように、熱を持った首筋と舌。

痛みと血の味がぞくりとするほどの快感となって、オレに『せい』を感じさせてくれる。



再びベッドに横たえられ、背後から腕に包み込まれる。

痛む首に這わされる舌。

指輪を嵌めた左手同士、絡め合う指。


「奈津」

耳に囁かれる甘い声。


「愛しています」

オレの、慎一郎。


「うん。オレも、愛してる」

捲られたバスローブの裾。

尻に当てられた熱い肉棒。

「んっ…、」

ぐぷりと埋め込まれれば、濡れたままの内部は再び簡単に火が点けられてしまう。


それからは声が枯れるまで、

何度も

何度も

互いの名前を呼んで、

愛を誓い合ったのだった。







休みが終わって出勤すると、

オレの首に巻かれた包帯を見た秀一父さんは鬼の形相に。

慎一郎は大人しく説教を受けていた。



その後、

2人の指に嵌めたお揃いの指輪を見て、

諦めたようにため息を吐いた父さんは

オレたちの頭を優しく撫でてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

二本の男根は一つの淫具の中で休み無く絶頂を強いられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

捜査員達は木馬の上で過敏な反応を見せる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...