痛みと快楽

くろねこや

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本編 3 番外編

ある使用人の回想(前編)

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涙に揺らめき輝く黒曜石の瞳。

細い手首を揃えて縄を差し出す、震える指先。


ゆきが僕を縛って」


その願いに従い、

(どうか、あなたの心が守られますように)

そう祈りを込めて、2つの手首を1つに縛る。



まるで小さな頃に戻ってしまったかのように、私の胸へ顔を埋めてくる慎一様。

求められるままに抱き上げて、大きな寝台へ運ぶとゆっくり降ろし横たえる。

思わずゴクリと喉が鳴ってしまった。

これから初めて女性を知る、無垢むくな身体。



ベッドの枕元に縛った両手を固定し、

あなたの目尻からこぼれそうな涙を親指で拭うと、

ぐっと息を止めて部屋を出た。




美しい瞳。

ふわりと届く甘やかな石鹸の香り。

私の部屋へ、危うく連れ去るところだった。



『ぇ…、瑠璃るり姉さん?』

閉ざした扉の向こうから、驚きながらも何処どこかホッとしたような声が聞こえてきた。

知らない女が部屋に入ってくるのだと身構えていたところへ、幼い頃から姉のように慕っている人が『今夜の相手』として現れたからだろう。

『縛られているの? 可哀想に。今すぐほどいて…』

『解かないで。これは…好きな人に、僕が頼んでしてもらったんだ』

『…そう。あなたにもそのような相手がいるのね』

瑠璃様の声は寂しそうでありながら、慎一様への同情に満ちていた。

『……それでは目を瞑って、あなたは寝ていてね。全て私に任せて』

『はい。ごめんね、姉さん』


クチュクチュとした水音。瑠璃様による口淫が始まったのだろう。

『ぁ…、』

飲ませた薬の効果か、慎一様の甘い声が漏れ聞こえてきて。


……私は。


今すぐこのドアを開けて、

あなたを奪いたい。


私が、

あなたを。


ぶわりと湧き出した黒いもの。

ギュッと手のひらに爪を立て、その衝動を堪える。


私は旦那様に拾われた『使用人』に過ぎない。

これは『許されない感情』だ。







シーツを新しいものに取り替え、浴室で清めた慎一様のお身体を寝台へ降ろした時のことだった。


「上書きして欲しい」

あなたの手が、私を捕らえたのは。


その瞬間。

奥歯がギリッと音を立てた。


危うく、飢えたケダモノを解き放ってしまうところだった。


それを理性で捩じ伏せ、撃ち殺す。


(あなたの心と身体が癒されますように)

それだけを願いながら、縄跡の消えない手首へと口付けを落とす。


「そこ…、舐めて」

再び沸き起こりそうになる激情と欲をぐっと押し殺し、あなたに求められるまま、瑠璃様が触れた場所を辿るように『上書き』していった。




『好きな人』。

あなたはそう仰ってくださった。

その『好き』は私と同じものですか?


リナリアの花。

たくさん描いた絵の中で、あの花を選んで飾ったのは何故ですか?


花言葉は『この恋に気付いて』。

私に向けられたあなたの気持ちだと、勘違いすることを許してくださいますか?



だが私の心は、

あの花のように綺麗なものではない。


重くて、ドロドロした、

どうしようもない感情。


まだ18になったばかりの

あなたには見せられない劣情。







初めて私があなたと出会ったのは、

15センチほどの雪が積もった朝だった。


真っ白なコートを着たあなたはまるで天使のようで。


私が『冬島ふゆしま 雪』と名乗ったからだろう。

「雪…?あったかいお部屋に入ったら溶けてしまう?」

小さなあなたは本気で私を心配しているようだった。

「私は人間なので溶けません」

「え…、きれいだから雪の妖精かと思った。…じゃあ寒いでしょう?」

雪かきを手伝っていたから薄着だった私に、あなたは着ていたコートを脱いで肩に掛けてくれた。

私の肩に届けようと頑張って背伸びする姿が可愛らしく、思わず膝を折りながらボーッと見惚れてしまった。

私の身体では袖に腕を通すことができないであろう程に、小さなコート。

だが、そのほわりとした温かさで、

私は自分がこごえていたことに気付いたのだ。



『雪』。

この名前を付けてくれたのは施設の人間だ。

ゴミ捨て場に放置された赤子は、ちょうどこんな雪の降る夜に拾われたから。

養い親が病に倒れ、その親友だった旦那様が私を拾ってくださったのだった。



「雪は真っ白が似合うね」

にこりと微笑んだ小さなあなた。


思えば、私イコール『白』とあなたが思い込んでしまったのは、あの出会いの日がきっかけだったように思う。

私を『僕の白猫』と密かに呼ぶ、あなたの声を聴くと胸が苦しくなる。

そんな綺麗なものではない。私は薄汚れた野良猫に過ぎないのだから。


あなたこそが私の『白』だ。

出会ったあの日からずっと。







瑠璃様の次に選ばれた、2人目、3人目の女は、慎一様に男性としての好意を抱いているようだった。

特に3人目。

私と同じ『使用人』という立場の女。


それは異常な執着だった。


慎一様の手首から縄を解くため寝台へ向かうと、

白い首筋、脇、胸、腹、性器、太腿…

数えきれないほど、真っ赤な口紅の跡が残されていた。

許せないことに唇まで。


ずっと胸に感じていた真っ黒な気持ち。

それが真っ黒な嵐となって吹き荒れるのを感じた。

あの女は私が抱いている慎一様への気持ちに気付いている。おそらく『自分のもの』であると見せつけようというのだろう。


縄を解いた慎一様のお身体をバスルームへ運びながら、私は涙を流していたようだ。

彼の震える指先が私の頬へ伸ばされた。

まるで慰めを与えるように。

私は思わず、慎一様に口付けていた。


身体を清めると、いつものように『上書き』を求められる。

だが、

「いっ…、ゆき…、いたい…、ぁ…、」

肌の上を強く吸引し、舐め、跡が残るほどの歯型を付けていた。

オイルで流し落とした『女の痕跡』が、全て『私のもの』に変わるように。

痛みに涙を滲ませながらも、どこか幸せそうに微笑むあなたを見て、私は身体の暴走を止めることが出来なかった。

性器を勃たせるためだろう。『前立腺マッサージをされた』という、その場所に触れるようになったのは何度目の『上書き』からだったか。

後ろを舐め溶かし、指で慣らすと、これまでで最も早く身体を繋いでしまった。


「ぁ…、ゆき…、もっと…、おくまで…」


慎一様。

私にとって、あなたは生涯ただ1人のあるじ

愛しています。

愛しています。

慎一様。
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