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本編 3 番外編
ある使用人の回想(前編)
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涙に揺らめき輝く黒曜石の瞳。
細い手首を揃えて縄を差し出す、震える指先。
「雪が僕を縛って」
その願いに従い、
(どうか、あなたの心が守られますように)
そう祈りを込めて、2つの手首を1つに縛る。
まるで小さな頃に戻ってしまったかのように、私の胸へ顔を埋めてくる慎一様。
求められるままに抱き上げて、大きな寝台へ運ぶとゆっくり降ろし横たえる。
思わずゴクリと喉が鳴ってしまった。
これから初めて女性を知る、無垢な身体。
ベッドの枕元に縛った両手を固定し、
あなたの目尻から溢れそうな涙を親指で拭うと、
ぐっと息を止めて部屋を出た。
美しい瞳。
ふわりと届く甘やかな石鹸の香り。
私の部屋へ、危うく連れ去るところだった。
『ぇ…、瑠璃姉さん?』
閉ざした扉の向こうから、驚きながらも何処かホッとしたような声が聞こえてきた。
知らない女が部屋に入ってくるのだと身構えていたところへ、幼い頃から姉のように慕っている人が『今夜の相手』として現れたからだろう。
『縛られているの? 可哀想に。今すぐ解いて…』
『解かないで。これは…好きな人に、僕が頼んでしてもらったんだ』
『…そう。あなたにもそのような相手がいるのね』
瑠璃様の声は寂しそうでありながら、慎一様への同情に満ちていた。
『……それでは目を瞑って、あなたは寝ていてね。全て私に任せて』
『はい。ごめんね、姉さん』
クチュクチュとした水音。瑠璃様による口淫が始まったのだろう。
『ぁ…、』
飲ませた薬の効果か、慎一様の甘い声が漏れ聞こえてきて。
……私は。
今すぐこのドアを開けて、
あなたを奪いたい。
私が、
あなたを。
ぶわりと湧き出した黒いもの。
ギュッと手のひらに爪を立て、その衝動を堪える。
私は旦那様に拾われた『使用人』に過ぎない。
これは『許されない感情』だ。
◇
シーツを新しいものに取り替え、浴室で清めた慎一様のお身体を寝台へ降ろした時のことだった。
「上書きして欲しい」
あなたの手が、私を捕らえたのは。
その瞬間。
奥歯がギリッと音を立てた。
危うく、飢えたケダモノを解き放ってしまうところだった。
それを理性で捩じ伏せ、撃ち殺す。
(あなたの心と身体が癒されますように)
それだけを願いながら、縄跡の消えない手首へと口付けを落とす。
「そこ…、舐めて」
再び沸き起こりそうになる激情と欲をぐっと押し殺し、あなたに求められるまま、瑠璃様が触れた場所を辿るように『上書き』していった。
『好きな人』。
あなたはそう仰ってくださった。
その『好き』は私と同じものですか?
リナリアの花。
たくさん描いた絵の中で、あの花を選んで飾ったのは何故ですか?
花言葉は『この恋に気付いて』。
私に向けられたあなたの気持ちだと、勘違いすることを許してくださいますか?
だが私の心は、
あの花のように綺麗なものではない。
重くて、ドロドロした、
どうしようもない感情。
まだ18になったばかりの
あなたには見せられない劣情。
◇
初めて私があなたと出会ったのは、
15センチほどの雪が積もった朝だった。
真っ白なコートを着たあなたはまるで天使のようで。
私が『冬島 雪』と名乗ったからだろう。
「雪…?あったかいお部屋に入ったら溶けてしまう?」
小さなあなたは本気で私を心配しているようだった。
「私は人間なので溶けません」
「え…、きれいだから雪の妖精かと思った。…じゃあ寒いでしょう?」
雪かきを手伝っていたから薄着だった私に、あなたは着ていたコートを脱いで肩に掛けてくれた。
私の肩に届けようと頑張って背伸びする姿が可愛らしく、思わず膝を折りながらボーッと見惚れてしまった。
私の身体では袖に腕を通すことができないであろう程に、小さなコート。
だが、そのほわりとした温かさで、
私は自分が凍えていたことに気付いたのだ。
『雪』。
この名前を付けてくれたのは施設の人間だ。
ゴミ捨て場に放置された赤子は、ちょうどこんな雪の降る夜に拾われたから。
養い親が病に倒れ、その親友だった旦那様が私を拾ってくださったのだった。
「雪は真っ白が似合うね」
にこりと微笑んだ小さなあなた。
思えば、私イコール『白』とあなたが思い込んでしまったのは、あの出会いの日がきっかけだったように思う。
私を『僕の白猫』と密かに呼ぶ、あなたの声を聴くと胸が苦しくなる。
そんな綺麗なものではない。私は薄汚れた野良猫に過ぎないのだから。
あなたこそが私の『白』だ。
出会ったあの日からずっと。
◇
瑠璃様の次に選ばれた、2人目、3人目の女は、慎一様に男性としての好意を抱いているようだった。
特に3人目。
私と同じ『使用人』という立場の女。
それは異常な執着だった。
慎一様の手首から縄を解くため寝台へ向かうと、
白い首筋、脇、胸、腹、性器、太腿…
数えきれないほど、真っ赤な口紅の跡が残されていた。
許せないことに唇まで。
ずっと胸に感じていた真っ黒な気持ち。
それが真っ黒な嵐となって吹き荒れるのを感じた。
あの女は私が抱いている慎一様への気持ちに気付いている。おそらく『自分のもの』であると見せつけようというのだろう。
縄を解いた慎一様のお身体をバスルームへ運びながら、私は涙を流していたようだ。
彼の震える指先が私の頬へ伸ばされた。
まるで慰めを与えるように。
私は思わず、慎一様に口付けていた。
身体を清めると、いつものように『上書き』を求められる。
だが、
「いっ…、ゆき…、いたい…、ぁ…、」
肌の上を強く吸引し、舐め、跡が残るほどの歯型を付けていた。
オイルで流し落とした『女の痕跡』が、全て『私のもの』に変わるように。
痛みに涙を滲ませながらも、どこか幸せそうに微笑むあなたを見て、私は身体の暴走を止めることが出来なかった。
性器を勃たせるためだろう。『前立腺マッサージをされた』という、その場所に触れるようになったのは何度目の『上書き』からだったか。
後ろを舐め溶かし、指で慣らすと、これまでで最も早く身体を繋いでしまった。
「ぁ…、ゆき…、もっと…、おくまで…」
慎一様。
私にとって、あなたは生涯ただ1人の主。
愛しています。
愛しています。
慎一様。
細い手首を揃えて縄を差し出す、震える指先。
「雪が僕を縛って」
その願いに従い、
(どうか、あなたの心が守られますように)
そう祈りを込めて、2つの手首を1つに縛る。
まるで小さな頃に戻ってしまったかのように、私の胸へ顔を埋めてくる慎一様。
求められるままに抱き上げて、大きな寝台へ運ぶとゆっくり降ろし横たえる。
思わずゴクリと喉が鳴ってしまった。
これから初めて女性を知る、無垢な身体。
ベッドの枕元に縛った両手を固定し、
あなたの目尻から溢れそうな涙を親指で拭うと、
ぐっと息を止めて部屋を出た。
美しい瞳。
ふわりと届く甘やかな石鹸の香り。
私の部屋へ、危うく連れ去るところだった。
『ぇ…、瑠璃姉さん?』
閉ざした扉の向こうから、驚きながらも何処かホッとしたような声が聞こえてきた。
知らない女が部屋に入ってくるのだと身構えていたところへ、幼い頃から姉のように慕っている人が『今夜の相手』として現れたからだろう。
『縛られているの? 可哀想に。今すぐ解いて…』
『解かないで。これは…好きな人に、僕が頼んでしてもらったんだ』
『…そう。あなたにもそのような相手がいるのね』
瑠璃様の声は寂しそうでありながら、慎一様への同情に満ちていた。
『……それでは目を瞑って、あなたは寝ていてね。全て私に任せて』
『はい。ごめんね、姉さん』
クチュクチュとした水音。瑠璃様による口淫が始まったのだろう。
『ぁ…、』
飲ませた薬の効果か、慎一様の甘い声が漏れ聞こえてきて。
……私は。
今すぐこのドアを開けて、
あなたを奪いたい。
私が、
あなたを。
ぶわりと湧き出した黒いもの。
ギュッと手のひらに爪を立て、その衝動を堪える。
私は旦那様に拾われた『使用人』に過ぎない。
これは『許されない感情』だ。
◇
シーツを新しいものに取り替え、浴室で清めた慎一様のお身体を寝台へ降ろした時のことだった。
「上書きして欲しい」
あなたの手が、私を捕らえたのは。
その瞬間。
奥歯がギリッと音を立てた。
危うく、飢えたケダモノを解き放ってしまうところだった。
それを理性で捩じ伏せ、撃ち殺す。
(あなたの心と身体が癒されますように)
それだけを願いながら、縄跡の消えない手首へと口付けを落とす。
「そこ…、舐めて」
再び沸き起こりそうになる激情と欲をぐっと押し殺し、あなたに求められるまま、瑠璃様が触れた場所を辿るように『上書き』していった。
『好きな人』。
あなたはそう仰ってくださった。
その『好き』は私と同じものですか?
リナリアの花。
たくさん描いた絵の中で、あの花を選んで飾ったのは何故ですか?
花言葉は『この恋に気付いて』。
私に向けられたあなたの気持ちだと、勘違いすることを許してくださいますか?
だが私の心は、
あの花のように綺麗なものではない。
重くて、ドロドロした、
どうしようもない感情。
まだ18になったばかりの
あなたには見せられない劣情。
◇
初めて私があなたと出会ったのは、
15センチほどの雪が積もった朝だった。
真っ白なコートを着たあなたはまるで天使のようで。
私が『冬島 雪』と名乗ったからだろう。
「雪…?あったかいお部屋に入ったら溶けてしまう?」
小さなあなたは本気で私を心配しているようだった。
「私は人間なので溶けません」
「え…、きれいだから雪の妖精かと思った。…じゃあ寒いでしょう?」
雪かきを手伝っていたから薄着だった私に、あなたは着ていたコートを脱いで肩に掛けてくれた。
私の肩に届けようと頑張って背伸びする姿が可愛らしく、思わず膝を折りながらボーッと見惚れてしまった。
私の身体では袖に腕を通すことができないであろう程に、小さなコート。
だが、そのほわりとした温かさで、
私は自分が凍えていたことに気付いたのだ。
『雪』。
この名前を付けてくれたのは施設の人間だ。
ゴミ捨て場に放置された赤子は、ちょうどこんな雪の降る夜に拾われたから。
養い親が病に倒れ、その親友だった旦那様が私を拾ってくださったのだった。
「雪は真っ白が似合うね」
にこりと微笑んだ小さなあなた。
思えば、私イコール『白』とあなたが思い込んでしまったのは、あの出会いの日がきっかけだったように思う。
私を『僕の白猫』と密かに呼ぶ、あなたの声を聴くと胸が苦しくなる。
そんな綺麗なものではない。私は薄汚れた野良猫に過ぎないのだから。
あなたこそが私の『白』だ。
出会ったあの日からずっと。
◇
瑠璃様の次に選ばれた、2人目、3人目の女は、慎一様に男性としての好意を抱いているようだった。
特に3人目。
私と同じ『使用人』という立場の女。
それは異常な執着だった。
慎一様の手首から縄を解くため寝台へ向かうと、
白い首筋、脇、胸、腹、性器、太腿…
数えきれないほど、真っ赤な口紅の跡が残されていた。
許せないことに唇まで。
ずっと胸に感じていた真っ黒な気持ち。
それが真っ黒な嵐となって吹き荒れるのを感じた。
あの女は私が抱いている慎一様への気持ちに気付いている。おそらく『自分のもの』であると見せつけようというのだろう。
縄を解いた慎一様のお身体をバスルームへ運びながら、私は涙を流していたようだ。
彼の震える指先が私の頬へ伸ばされた。
まるで慰めを与えるように。
私は思わず、慎一様に口付けていた。
身体を清めると、いつものように『上書き』を求められる。
だが、
「いっ…、ゆき…、いたい…、ぁ…、」
肌の上を強く吸引し、舐め、跡が残るほどの歯型を付けていた。
オイルで流し落とした『女の痕跡』が、全て『私のもの』に変わるように。
痛みに涙を滲ませながらも、どこか幸せそうに微笑むあなたを見て、私は身体の暴走を止めることが出来なかった。
性器を勃たせるためだろう。『前立腺マッサージをされた』という、その場所に触れるようになったのは何度目の『上書き』からだったか。
後ろを舐め溶かし、指で慣らすと、これまでで最も早く身体を繋いでしまった。
「ぁ…、ゆき…、もっと…、おくまで…」
慎一様。
私にとって、あなたは生涯ただ1人の主。
愛しています。
愛しています。
慎一様。
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