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本編 3 番外編
屋敷探索 4
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なんとこの屋敷には『庭師』という職業の人が雇われているらしい。
「…そりゃそうかぁ。あんな広い庭とこんな大きな温室があるんだから」
目の前にある温室はガラスでできていて、まるでテレビで観た『植物園』みたいだった。
慎一郎のお父さんが描いた花の絵。
そのモデルとなった世界中の花々は、今も多く植えられているらしい。
おそらくこの建物は、上から見れば十字、その交わった部分が丸、という形をしているのだろう。
真ん中に天井がドーム状の最も高い建物があって、そこから四方へ部屋が伸びているイメージ。
その伸びた端の部分にこれから入るドアがある。
5つの区画は全て分けられて、それぞれ細かな温度と湿度を管理しているらしい。
どう見ても人間の男にしか見えない『犬』を紹介された次の休日。
オレたちは海堂家に来ていた。
いつものようにディックを預かってもらった後、約束通り温室を見せてもらうことになったのだ。
「うわぁ、すごい…」
そんな言葉しか出てこない。
まだ外は寒い風が吹くのに、この中はすでに真夏だった。
「え、あれバナナじゃない?」
思わず興奮して隣を歩く慎一郎の袖を引いていた。
背が高い木にぶら下がるそれ。
量がすごい。スーパーで売られているバナナの何倍あるだろう。果実はまだ緑色だが茎をぐるっと一周するようにびっしり生えている。
それが6段もあるんだ。
しかも
「うわ、花がでか…」
実がなっている茎の先端から垂れ下がった、花の蕾みたいのがすごい色をしている。
赤紫色?
「なんか毒々しいな」
「バナナは花も食べられますよ」
蕾のうちに取って、花の部分をあく抜きして食べるのだという。へぇ…。
花を包む外側の赤紫のところは“苞”というそうだ。花を守る葉っぱ? なんか色は違うけどタケノコの皮っぽい。何枚も重なっているみたいだ。
それが開くと、円を描くように付いた花が出てくる。
花の根元が膨れて、ぐいんと上向きに曲がるよう伸びて、あのバナナになる?…らしい。
しかも、さらに次の苞が開くと、また花が出てきて、バナナの段が増える?
…え、まだ増えるの?
しかもバナナって木じゃないの?
草なんだって。
「ほんと慎一郎はよく知ってるね」
「子どもの頃、母から食事を抜かれましてね。空腹に耐えかねてこの場所へ来ると、庭師がこっそり食べさせてくれたものです」
躾と称した虐待。
「……っ」
言葉にならないオレの頬に、慎一郎の手が触れる。
「市販のバナナほどではありませんが、これがなかなか美味しくて。……あなたにも食べさせたい」
「うん。食べてみたい」
あの頃のオレ達が、一緒にいられたなら。
互いの寂しさを埋め合えただろうか。
真ん中のドームみたいな部屋に行くと、中央に丸い池があり、その周りを歩けるように通路が作られていた。
手すりがないから池に落ちそうで少し怖い。
「お化けみたいにデカい葉っぱが水に浮いてる…」
膝を抱えればオレでも座れそうな大きさの丸い葉。それが水面にいっぱいあった。
そのフチは直角に上向いていて、少しなら水が貯められそうな形をしている。まるで巨大なお盆みたいだ。
「これはオオオニバスです」
「大鬼…蓮?」
近づいてみるとフチの外側…葉の裏にすごい棘が生えているのが見えた。それが“鬼”の由来らしい。
「なんか乗れそう…」
「子どもなら乗れますよ」
「…いいなぁ。乗ってみたかった」
「試してみますか?」
慎一郎の言葉にゴクリと唾を飲んでしまう。
ドボンと落ちたらイヤだなぁ。
でも乗ってみたい。
「……片足だけ?」
慎一郎に左手を支えてもらい、池のほとりに立つ。
右足だけ靴を脱ぐ。
そろーりと足を伸ばして、水面に浮かんだ葉に足をかけてみる。
「おお…。なんかおもしろい」
今までにない感覚だ。
「わっ!」
その時、後ろから頭に衝撃が走った。
「奈津!!」
ぐらりとバランスを崩して、
落ちる!!
池へ落下するのを覚悟をした時、
グイッと慎一郎が手を引いてくれたから、
濡れたのは片足の先だけで済んだ。
……のだけど。
勢い余ってそのまま慎一郎に抱きついてしまい、濡れた足は思いっきり彼の靴を踏んでしまった。
「ごめん! 痛くなかった?」
「大丈夫です。それよりも、頭は…? それに、あなたの足を濡らしてしまいました」
パンツは大丈夫だが、靴下の先はぐっしょり重くて冷たい。
その濡れた足で踏んでしまった慎一郎の革靴は、撥水スプレーをかけておいたから無事みたいだ。
葉を傷つけないようにと、靴を脱いでいたのも不幸中の幸いだった。
「このままでは靴を履かせられませんね。水道で洗いましょう。この近くにありますから」
抱き上げられて、ベンチへ運ばれる。
水道から延びたホースを持ってきてくれた。
散水用か、先端はシャワーのようになっている。持ち手のスイッチを握ると水が出る仕組みのようだ。
無事だったパンツの裾を捲りあげ、靴下を脱いでいると、手のひらに水をかけている慎一郎が見えた。
「この部屋暑いから、冷たくて気持ちよさそうだね」
湿度が高くて、じめっと暑い温室だ。
頭からかけられても平気かもしれない。
「はい。この水温なら丁度良さそうです」
温度を確かめてくれたのか。大事にされてるみたいで嬉しい。
膝を折った慎一郎の手に、宙に浮かせていた踵を取られる。
「自分でできるよ。慎一郎も濡れちゃうから」
「僕にさせてください」
まっすぐ見上げてくる綺麗な瞳。
踵をスリっと撫でられて、背中の辺りが震えてしまう。
「うん。……お願い、慎一郎。かけて?」
意趣返しに、甘い声でねだってみた。
「帰ったら、覚悟してくださいね」
かけられたのは冷たくて気持ちいい水。
腰に響く言葉。
「…片手では上手く洗えませんね。奈津、これを持っていてください」
シャワーヘッドを受け取ると、自由になった両手がオレの足に悪戯を始めた。
「んっ…」
足首から爪先、指の股へ。慎一郎の指がやわやわと撫でていく。
冷たい水は、確かに熱を奪ってくれるのに、
顔が真っ赤に熱くなっていくのを止めることはできなかった。
「…そりゃそうかぁ。あんな広い庭とこんな大きな温室があるんだから」
目の前にある温室はガラスでできていて、まるでテレビで観た『植物園』みたいだった。
慎一郎のお父さんが描いた花の絵。
そのモデルとなった世界中の花々は、今も多く植えられているらしい。
おそらくこの建物は、上から見れば十字、その交わった部分が丸、という形をしているのだろう。
真ん中に天井がドーム状の最も高い建物があって、そこから四方へ部屋が伸びているイメージ。
その伸びた端の部分にこれから入るドアがある。
5つの区画は全て分けられて、それぞれ細かな温度と湿度を管理しているらしい。
どう見ても人間の男にしか見えない『犬』を紹介された次の休日。
オレたちは海堂家に来ていた。
いつものようにディックを預かってもらった後、約束通り温室を見せてもらうことになったのだ。
「うわぁ、すごい…」
そんな言葉しか出てこない。
まだ外は寒い風が吹くのに、この中はすでに真夏だった。
「え、あれバナナじゃない?」
思わず興奮して隣を歩く慎一郎の袖を引いていた。
背が高い木にぶら下がるそれ。
量がすごい。スーパーで売られているバナナの何倍あるだろう。果実はまだ緑色だが茎をぐるっと一周するようにびっしり生えている。
それが6段もあるんだ。
しかも
「うわ、花がでか…」
実がなっている茎の先端から垂れ下がった、花の蕾みたいのがすごい色をしている。
赤紫色?
「なんか毒々しいな」
「バナナは花も食べられますよ」
蕾のうちに取って、花の部分をあく抜きして食べるのだという。へぇ…。
花を包む外側の赤紫のところは“苞”というそうだ。花を守る葉っぱ? なんか色は違うけどタケノコの皮っぽい。何枚も重なっているみたいだ。
それが開くと、円を描くように付いた花が出てくる。
花の根元が膨れて、ぐいんと上向きに曲がるよう伸びて、あのバナナになる?…らしい。
しかも、さらに次の苞が開くと、また花が出てきて、バナナの段が増える?
…え、まだ増えるの?
しかもバナナって木じゃないの?
草なんだって。
「ほんと慎一郎はよく知ってるね」
「子どもの頃、母から食事を抜かれましてね。空腹に耐えかねてこの場所へ来ると、庭師がこっそり食べさせてくれたものです」
躾と称した虐待。
「……っ」
言葉にならないオレの頬に、慎一郎の手が触れる。
「市販のバナナほどではありませんが、これがなかなか美味しくて。……あなたにも食べさせたい」
「うん。食べてみたい」
あの頃のオレ達が、一緒にいられたなら。
互いの寂しさを埋め合えただろうか。
真ん中のドームみたいな部屋に行くと、中央に丸い池があり、その周りを歩けるように通路が作られていた。
手すりがないから池に落ちそうで少し怖い。
「お化けみたいにデカい葉っぱが水に浮いてる…」
膝を抱えればオレでも座れそうな大きさの丸い葉。それが水面にいっぱいあった。
そのフチは直角に上向いていて、少しなら水が貯められそうな形をしている。まるで巨大なお盆みたいだ。
「これはオオオニバスです」
「大鬼…蓮?」
近づいてみるとフチの外側…葉の裏にすごい棘が生えているのが見えた。それが“鬼”の由来らしい。
「なんか乗れそう…」
「子どもなら乗れますよ」
「…いいなぁ。乗ってみたかった」
「試してみますか?」
慎一郎の言葉にゴクリと唾を飲んでしまう。
ドボンと落ちたらイヤだなぁ。
でも乗ってみたい。
「……片足だけ?」
慎一郎に左手を支えてもらい、池のほとりに立つ。
右足だけ靴を脱ぐ。
そろーりと足を伸ばして、水面に浮かんだ葉に足をかけてみる。
「おお…。なんかおもしろい」
今までにない感覚だ。
「わっ!」
その時、後ろから頭に衝撃が走った。
「奈津!!」
ぐらりとバランスを崩して、
落ちる!!
池へ落下するのを覚悟をした時、
グイッと慎一郎が手を引いてくれたから、
濡れたのは片足の先だけで済んだ。
……のだけど。
勢い余ってそのまま慎一郎に抱きついてしまい、濡れた足は思いっきり彼の靴を踏んでしまった。
「ごめん! 痛くなかった?」
「大丈夫です。それよりも、頭は…? それに、あなたの足を濡らしてしまいました」
パンツは大丈夫だが、靴下の先はぐっしょり重くて冷たい。
その濡れた足で踏んでしまった慎一郎の革靴は、撥水スプレーをかけておいたから無事みたいだ。
葉を傷つけないようにと、靴を脱いでいたのも不幸中の幸いだった。
「このままでは靴を履かせられませんね。水道で洗いましょう。この近くにありますから」
抱き上げられて、ベンチへ運ばれる。
水道から延びたホースを持ってきてくれた。
散水用か、先端はシャワーのようになっている。持ち手のスイッチを握ると水が出る仕組みのようだ。
無事だったパンツの裾を捲りあげ、靴下を脱いでいると、手のひらに水をかけている慎一郎が見えた。
「この部屋暑いから、冷たくて気持ちよさそうだね」
湿度が高くて、じめっと暑い温室だ。
頭からかけられても平気かもしれない。
「はい。この水温なら丁度良さそうです」
温度を確かめてくれたのか。大事にされてるみたいで嬉しい。
膝を折った慎一郎の手に、宙に浮かせていた踵を取られる。
「自分でできるよ。慎一郎も濡れちゃうから」
「僕にさせてください」
まっすぐ見上げてくる綺麗な瞳。
踵をスリっと撫でられて、背中の辺りが震えてしまう。
「うん。……お願い、慎一郎。かけて?」
意趣返しに、甘い声でねだってみた。
「帰ったら、覚悟してくださいね」
かけられたのは冷たくて気持ちいい水。
腰に響く言葉。
「…片手では上手く洗えませんね。奈津、これを持っていてください」
シャワーヘッドを受け取ると、自由になった両手がオレの足に悪戯を始めた。
「んっ…」
足首から爪先、指の股へ。慎一郎の指がやわやわと撫でていく。
冷たい水は、確かに熱を奪ってくれるのに、
顔が真っ赤に熱くなっていくのを止めることはできなかった。
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