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本編 3 番外編
絵本
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◇
くろねこには友だちがいました
雪みたいに真っ白な
その子は しろねこ
くろねこにとって
たったひとりの友だちでした
でも
しろねこには
くろねこの他にも
たくさんの友だちがいました
とらねこ
さびねこ
みけねこ
はちわれねこ
街中のねこが
しろねこの友だちだったのです
『しろねこは綺麗だ
真っ白に光る美しい毛並み
吹き抜ける風のように しなやかな背中
長くて まっすぐな尻尾
青い宝石みたいに輝く瞳
僕とは大違いだ
真っ黒で
ちびで
尻尾も 途中でぐにゃりと曲がり
闇に光る黄色い目は怖がられる』
しろねこは 優しい子です
街の外れ 山の入り口に
1人で暮らす くろねこに
毎日 会いに来てくれます
『しろねこが
僕だけの友だちならいいのに』
みけねこに微笑んだ しろねこを見て
くろねこの胸に
もやりと暗い雲がかかりました
ある日
くろねこは しろねこに言いました
「僕には もようがあるでしょう?」
真っ黒に見えた くろねこのお腹には
よく見ると しまもようがありました
「君の友だちにも もようがあるね」
とらもよう
さびもよう
みけもよう
はちわれもよう
「でも君は真っ白だ」
「うん
ぶちもようだった お母さんや
兄弟たちとは似てないけれど
この色は僕の自慢なんだ」
「…みんな言ってたよ
君だけ もようがないなんて
変だね おかしいねって」
「えっ」
しろねこは驚きました
友だちは 一度もそんなこと…
でも
「君がいないときに 言ってたよ」
大好きな親友のくろねこが言うのだから
そうなのでしょう
しろねこは悲しくなりました
「みんなは
もようがない 君のことが嫌いなのかも」
くろねこは嘘をつきました
言っていたのは 嫌っていたのは
『みんな』ではありません
とらねこ ただ1人でした
その嘘を信じてしまった しろねこは
悲しくて 悲しくて 泣きました
「でも 大丈夫
どんな君でも 僕は好きだよ」
くろねこは ぽろぽろと こぼれ落ちる
しろねこの涙を舐めてあげました
しろねこは
『僕も もようがほしい』
と思いました
地面にたまった泥水を浴びてみたり
山葡萄を潰して からだに塗ってみたり
大きな木の神さまに祈ったり
雨の日も 風の日も
毎日 毎日 しろねこは山に行きました
綺麗だった しろねこは
すっかり汚れてしまいました
「ああ がんばったね」
くろねこは
雨に濡れ 寒さに震える
しろねこを抱きしめました
「あの子 汚いからイヤ」
「毛繕いも できないなんて」
「舐めてあげたら とても苦いのよ」
「臭いもひどいね」
とらねこも
さびねこも
みけねこも
はちわれねこも
街中のねこたちが
しろねこに近づかなくなってしまいました
しろねこは 毎日 泣いています
「僕のからだは おかしいんだ」
「みんな 僕のことが 嫌いなんだ」
しなやかだった背中は
すっかり丸まり
長くてまっすぐだった尻尾は
さみしさで噛んでいたから
血で真っ赤に染まり 短く切れて
宝石みたいだった青い瞳は
涙で腫れた瞼に塞がって
すっかり見えなくなってしまいました
「みんな 綺麗な君が好きだったんだね」
朝の光で 金色に
月の光で 銀色に
輝いていた真っ白な美しい君も
泥水で 茶色に
山葡萄で 紫色に
すっかり汚れて光を失った君も
「大丈夫 僕は どんな君でも 大好きだよ」
くろねこは
しろねこの腫れた瞼を舐めました
しろねこの目は開きませんでしたが
幸せそうに
微笑んだように見えました
「君はもう 僕だけの…
◇
待って。
えー…。
何これ怖い。
まさかのヤンデレ。
いや、サイコパス?
本当に子ども向けの絵本?
表紙を見返すと、タイトルは『友だち』。
作者は…『Sin』というシンプルな3文字のアルファベットのみ。
読み方は……『シン』かなぁ? 少し古そうだし、まさか慎一郎ってことはないよね。
絵の具で描かれているのは、仲良く寄り添う『くろねこ』と『しろねこ』だ。…色合いが何となく油絵っぽい?
あと、裏表紙に何か違和感があるんだよな。
大きな本棚に囲まれた部屋。
去年の12月。居候の身としては、『年末くらい大掃除をしよう』と意気込んだが、どこにも埃がなくて。
その時見つけたのがこの部屋だった。
今日は休日だが、昨晩から朝方まで慎一郎に貪られた身体は怠いし、外は雨で出かけたくない。
暇を持て余したオレは、久しぶりにこのドアを開けてみたのだ。
難しいタイトルの分厚い本しかないと思っていたら、棚の片隅には薄くて大小様々な本が数冊あった。
一冊引き出してみると、表紙には寄り添う黒猫と白猫が描かれていて、思わず『可愛い!!』と手にとってみたのだが…。
「これ…ハッピーエンド…なのか?」
『しろねこ』、死んでないよね?
本棚の前で絵本を持ったまま呆然と立ち尽くしていると、ガチャッとドアが開いた。
「奈津、昼食の時間ですよ」
背後から包み込むように慎一郎の身体がオレを抱いた。
「……あぁ、この本は。懐かしいですね」
肩越しに見た絵本の表紙を、愛おしそうに撫でる。
「『他者の言葉は鵜呑みにせず真実を確かめよ』『いかなる手段を用いても欲しい物は必ず手に入れよ』という教訓を記した本ですね」
え、そんな内容だっけ?
「子どもの頃、誕生日に贈られたものです」
「…これ、本当に子ども向けなんだ…?」
「おそらくは。包装やカードなどはなく、僕の書棚に置かれていました。贈り主を探したのですが、『市販されていない本である』ということしか分かりませんでした」
裏表紙に違和感…妙に寂しい感じがしたのはそのせいだったのか。売られている本には必ずある、あの謎の記号みたいなものが印刷されていないんだ。
「…慎一郎のために作られた本なのかな?」
「いえ、兄も同じものを持っていました。…そういえばあの頃屋敷にいなかった慎羅には確認していませんね」
慎羅くんは小さい頃、お母さんと2人きりで暮らしていたと言っていた。
「当時の僕はこの本をとても気に入って……そうか。今思えば、白猫を手に入れた黒猫を羨ましいと思ったのかもしれません」
白猫をなぞる指は優しい。
本の贈り主ではないか、と思われる候補が1人頭に浮かんだ。
この本の作者で、慎一郎の部屋に入ることを許された使用人の協力を得られ、市販しない絵本を贈ってまで慎一郎やお兄さんを『人形』ではなく『人間』にしたいと願った人物…。
オレが思いついたくらいだから、慎一郎も考えたんじゃないかと思うけど。
「…あぁ、そういえばこの白猫、奈津に似ていますね」
思いもよらない言葉に思考が止まる。
「…オレ?」
「綺麗で、沢山の友人に囲まれて、」
「…うん?」
「僕だけのものにしたくなる」
「…へ?」
耳へ注がれた闇を孕む低音に、思わず間抜けな声が出てしまった。
「…もうオレはお前のでしょ?」
「『僕だけのもの』にしたいんですよ。この黒猫のように。…あなたはこの嘘つきな黒猫を愛せますか?」
「…お前はオレに嘘をついているのか?」
「どうでしょうね」
慎一郎は嘘をつかないと思う。…隠し事は多そうだけど。
「お前は『くろねこ』じゃないし、オレも『しろねこ』じゃない。…それに、家族と友人、恋人の違いは分かるだろ?」
「それでも…です。あなたを僕だけのものにしたい。他の誰の目にも触れさせたくない。あなたが誰かに微笑みかけるだけで、あなたを閉じ込めたくなります。彼と同じですよ」
確かに慎一郎がオレに見せる執着は半端なものじゃない。
出会ったばかりの頃…いや、『Opus』で“5人目の男”としてオレに接触してきた頃のコイツはかなり『くろねこ』っぽいと思う。
いや、『くろねこ』より酷い。
木に吊るされて輪姦されて泣き叫ぶオレに欲情したのが初恋だったって言ってたし。
他の男たちに陵辱されたオレの動画や、トラウマを刺激してくる『コレクション』さえも全て大事にしてるくらいだし。
オレの『初めてを奪った』という理由で、工藤先輩のアレも『コレクション』してるし。
潜入先からなかなか助けてくれないし。
奴隷生活から解放されて、退院したと思ったら、このマンションにそのまま囲われたし。
…ディックの件とか。
あの頃はボロボロにされたなぁ。
自分のちんぽをオレのために改造しちゃうし。
オレと一緒に監禁されるし。
復讐はエグいし。
自宅にSM部屋作っちゃうし。
ちょっと…いや、正直かなり引いた。
コイツが中3の頃、オレが『変なもの』を見せちゃったのが『歪み』の原因かと思ってたけど、この絵本の影響も少なからず受けているのかもしれない。
…お兄さんはどうなんだろ?
「お前が『くろねこ』なら、『しろねこ』みたいにボロボロになって泣くオレが見たいの?」
ここに住み始めたばかりの頃、コイツに『可哀想な姿が見たかった』って言われた記憶がある。
でも、
「いいえ。僕はあなたが苦しむ姿、悲しむ姿を望みません。快感を伴うものなら別ですが」
「うん。今のお前は、オレのことをすごく大事にしてくれてるって分かるよ」
外出時に『発信機』という名のアナルビーズを挿入させるのは未だにやめてもらえないけれど…。
他の男とはセックスしたくないから別に嫌だとは思っていない。
時々変な声が出そうになるから困るけど、慎一郎がいつも側にいてくれているみたいでむしろ嬉しいし、安心する。
志麻に廃アパートへ拉致された時、探して助けに来てくれたし。
自分の脇腹に消えない傷を付けてまで、アイツをオレから遠ざけようとしてくれた。
慎羅くんに拉致された時も助けに来てくれた。
姉さんからの手紙を読んだ時だって、今と同じように後ろから抱いてくれていた。
過保護だなって思うことは多いけど、嫌じゃないんだ。
心強くて、胸の中がほわっと暖かくなる。
「…それでも僕はこの黒猫と同じです」
慎一郎は最後のページを開いた。
ぐったりと目を閉じて、茶色と紫色に染まった汚い白猫。痩せて毛並みはボサボサ。短く切れてしまった尻尾も…血なのだろう。赤茶色くて汚い。
それでも、黒猫に瞼を舐められて。
やっぱり白猫は微笑んで見える。
「例えあなたが汚れても、病や老いで姿が変わったとしても、僕はあなたを愛し続けるでしょう」
そういえば、以前も同じような言葉をくれたことがあった。
「…そっか。嬉しい」
オレの身体を、慎一郎は宝物のように抱きしめる。
『しろねこ』は間違えたんだ。
『みんな』なんて不確かなものじゃなくて、
目の前の親友を、
『くろねこ』を選べば良かったのに。
「どんな君でも 僕は好きだよ」
この言葉を信じれば良かったんだ。
「大丈夫 僕は どんな君でも 大好きだよ」
そんなふうに言ってくれる相手、なかなか出会えない。
『みんな』と同じ『もよう』を欲しがるんじゃなくて、
「君が好きでいてくれるなら
僕はこのままでいいよ」
親友が好きだと言ってくれた『自分』を誇れば良かったんじゃないかな。
「ご飯を食べ終えたら、あなたが僕だけのものだと確かめさせてくれませんか?」
囁かれた言葉に、
『もう何度も確かめてるだろ?』
そう口から出かけたが、
振り返ってみると真剣な眼差しと目が合って、言葉にならなかった。
先ほどまで耳に触れていた頬を引き寄せ…その瞼をペロリと舐めて応える。
『どんなお前も、好きだよ』
慎一郎は幸せそうに微笑んだ。
くろねこには友だちがいました
雪みたいに真っ白な
その子は しろねこ
くろねこにとって
たったひとりの友だちでした
でも
しろねこには
くろねこの他にも
たくさんの友だちがいました
とらねこ
さびねこ
みけねこ
はちわれねこ
街中のねこが
しろねこの友だちだったのです
『しろねこは綺麗だ
真っ白に光る美しい毛並み
吹き抜ける風のように しなやかな背中
長くて まっすぐな尻尾
青い宝石みたいに輝く瞳
僕とは大違いだ
真っ黒で
ちびで
尻尾も 途中でぐにゃりと曲がり
闇に光る黄色い目は怖がられる』
しろねこは 優しい子です
街の外れ 山の入り口に
1人で暮らす くろねこに
毎日 会いに来てくれます
『しろねこが
僕だけの友だちならいいのに』
みけねこに微笑んだ しろねこを見て
くろねこの胸に
もやりと暗い雲がかかりました
ある日
くろねこは しろねこに言いました
「僕には もようがあるでしょう?」
真っ黒に見えた くろねこのお腹には
よく見ると しまもようがありました
「君の友だちにも もようがあるね」
とらもよう
さびもよう
みけもよう
はちわれもよう
「でも君は真っ白だ」
「うん
ぶちもようだった お母さんや
兄弟たちとは似てないけれど
この色は僕の自慢なんだ」
「…みんな言ってたよ
君だけ もようがないなんて
変だね おかしいねって」
「えっ」
しろねこは驚きました
友だちは 一度もそんなこと…
でも
「君がいないときに 言ってたよ」
大好きな親友のくろねこが言うのだから
そうなのでしょう
しろねこは悲しくなりました
「みんなは
もようがない 君のことが嫌いなのかも」
くろねこは嘘をつきました
言っていたのは 嫌っていたのは
『みんな』ではありません
とらねこ ただ1人でした
その嘘を信じてしまった しろねこは
悲しくて 悲しくて 泣きました
「でも 大丈夫
どんな君でも 僕は好きだよ」
くろねこは ぽろぽろと こぼれ落ちる
しろねこの涙を舐めてあげました
しろねこは
『僕も もようがほしい』
と思いました
地面にたまった泥水を浴びてみたり
山葡萄を潰して からだに塗ってみたり
大きな木の神さまに祈ったり
雨の日も 風の日も
毎日 毎日 しろねこは山に行きました
綺麗だった しろねこは
すっかり汚れてしまいました
「ああ がんばったね」
くろねこは
雨に濡れ 寒さに震える
しろねこを抱きしめました
「あの子 汚いからイヤ」
「毛繕いも できないなんて」
「舐めてあげたら とても苦いのよ」
「臭いもひどいね」
とらねこも
さびねこも
みけねこも
はちわれねこも
街中のねこたちが
しろねこに近づかなくなってしまいました
しろねこは 毎日 泣いています
「僕のからだは おかしいんだ」
「みんな 僕のことが 嫌いなんだ」
しなやかだった背中は
すっかり丸まり
長くてまっすぐだった尻尾は
さみしさで噛んでいたから
血で真っ赤に染まり 短く切れて
宝石みたいだった青い瞳は
涙で腫れた瞼に塞がって
すっかり見えなくなってしまいました
「みんな 綺麗な君が好きだったんだね」
朝の光で 金色に
月の光で 銀色に
輝いていた真っ白な美しい君も
泥水で 茶色に
山葡萄で 紫色に
すっかり汚れて光を失った君も
「大丈夫 僕は どんな君でも 大好きだよ」
くろねこは
しろねこの腫れた瞼を舐めました
しろねこの目は開きませんでしたが
幸せそうに
微笑んだように見えました
「君はもう 僕だけの…
◇
待って。
えー…。
何これ怖い。
まさかのヤンデレ。
いや、サイコパス?
本当に子ども向けの絵本?
表紙を見返すと、タイトルは『友だち』。
作者は…『Sin』というシンプルな3文字のアルファベットのみ。
読み方は……『シン』かなぁ? 少し古そうだし、まさか慎一郎ってことはないよね。
絵の具で描かれているのは、仲良く寄り添う『くろねこ』と『しろねこ』だ。…色合いが何となく油絵っぽい?
あと、裏表紙に何か違和感があるんだよな。
大きな本棚に囲まれた部屋。
去年の12月。居候の身としては、『年末くらい大掃除をしよう』と意気込んだが、どこにも埃がなくて。
その時見つけたのがこの部屋だった。
今日は休日だが、昨晩から朝方まで慎一郎に貪られた身体は怠いし、外は雨で出かけたくない。
暇を持て余したオレは、久しぶりにこのドアを開けてみたのだ。
難しいタイトルの分厚い本しかないと思っていたら、棚の片隅には薄くて大小様々な本が数冊あった。
一冊引き出してみると、表紙には寄り添う黒猫と白猫が描かれていて、思わず『可愛い!!』と手にとってみたのだが…。
「これ…ハッピーエンド…なのか?」
『しろねこ』、死んでないよね?
本棚の前で絵本を持ったまま呆然と立ち尽くしていると、ガチャッとドアが開いた。
「奈津、昼食の時間ですよ」
背後から包み込むように慎一郎の身体がオレを抱いた。
「……あぁ、この本は。懐かしいですね」
肩越しに見た絵本の表紙を、愛おしそうに撫でる。
「『他者の言葉は鵜呑みにせず真実を確かめよ』『いかなる手段を用いても欲しい物は必ず手に入れよ』という教訓を記した本ですね」
え、そんな内容だっけ?
「子どもの頃、誕生日に贈られたものです」
「…これ、本当に子ども向けなんだ…?」
「おそらくは。包装やカードなどはなく、僕の書棚に置かれていました。贈り主を探したのですが、『市販されていない本である』ということしか分かりませんでした」
裏表紙に違和感…妙に寂しい感じがしたのはそのせいだったのか。売られている本には必ずある、あの謎の記号みたいなものが印刷されていないんだ。
「…慎一郎のために作られた本なのかな?」
「いえ、兄も同じものを持っていました。…そういえばあの頃屋敷にいなかった慎羅には確認していませんね」
慎羅くんは小さい頃、お母さんと2人きりで暮らしていたと言っていた。
「当時の僕はこの本をとても気に入って……そうか。今思えば、白猫を手に入れた黒猫を羨ましいと思ったのかもしれません」
白猫をなぞる指は優しい。
本の贈り主ではないか、と思われる候補が1人頭に浮かんだ。
この本の作者で、慎一郎の部屋に入ることを許された使用人の協力を得られ、市販しない絵本を贈ってまで慎一郎やお兄さんを『人形』ではなく『人間』にしたいと願った人物…。
オレが思いついたくらいだから、慎一郎も考えたんじゃないかと思うけど。
「…あぁ、そういえばこの白猫、奈津に似ていますね」
思いもよらない言葉に思考が止まる。
「…オレ?」
「綺麗で、沢山の友人に囲まれて、」
「…うん?」
「僕だけのものにしたくなる」
「…へ?」
耳へ注がれた闇を孕む低音に、思わず間抜けな声が出てしまった。
「…もうオレはお前のでしょ?」
「『僕だけのもの』にしたいんですよ。この黒猫のように。…あなたはこの嘘つきな黒猫を愛せますか?」
「…お前はオレに嘘をついているのか?」
「どうでしょうね」
慎一郎は嘘をつかないと思う。…隠し事は多そうだけど。
「お前は『くろねこ』じゃないし、オレも『しろねこ』じゃない。…それに、家族と友人、恋人の違いは分かるだろ?」
「それでも…です。あなたを僕だけのものにしたい。他の誰の目にも触れさせたくない。あなたが誰かに微笑みかけるだけで、あなたを閉じ込めたくなります。彼と同じですよ」
確かに慎一郎がオレに見せる執着は半端なものじゃない。
出会ったばかりの頃…いや、『Opus』で“5人目の男”としてオレに接触してきた頃のコイツはかなり『くろねこ』っぽいと思う。
いや、『くろねこ』より酷い。
木に吊るされて輪姦されて泣き叫ぶオレに欲情したのが初恋だったって言ってたし。
他の男たちに陵辱されたオレの動画や、トラウマを刺激してくる『コレクション』さえも全て大事にしてるくらいだし。
オレの『初めてを奪った』という理由で、工藤先輩のアレも『コレクション』してるし。
潜入先からなかなか助けてくれないし。
奴隷生活から解放されて、退院したと思ったら、このマンションにそのまま囲われたし。
…ディックの件とか。
あの頃はボロボロにされたなぁ。
自分のちんぽをオレのために改造しちゃうし。
オレと一緒に監禁されるし。
復讐はエグいし。
自宅にSM部屋作っちゃうし。
ちょっと…いや、正直かなり引いた。
コイツが中3の頃、オレが『変なもの』を見せちゃったのが『歪み』の原因かと思ってたけど、この絵本の影響も少なからず受けているのかもしれない。
…お兄さんはどうなんだろ?
「お前が『くろねこ』なら、『しろねこ』みたいにボロボロになって泣くオレが見たいの?」
ここに住み始めたばかりの頃、コイツに『可哀想な姿が見たかった』って言われた記憶がある。
でも、
「いいえ。僕はあなたが苦しむ姿、悲しむ姿を望みません。快感を伴うものなら別ですが」
「うん。今のお前は、オレのことをすごく大事にしてくれてるって分かるよ」
外出時に『発信機』という名のアナルビーズを挿入させるのは未だにやめてもらえないけれど…。
他の男とはセックスしたくないから別に嫌だとは思っていない。
時々変な声が出そうになるから困るけど、慎一郎がいつも側にいてくれているみたいでむしろ嬉しいし、安心する。
志麻に廃アパートへ拉致された時、探して助けに来てくれたし。
自分の脇腹に消えない傷を付けてまで、アイツをオレから遠ざけようとしてくれた。
慎羅くんに拉致された時も助けに来てくれた。
姉さんからの手紙を読んだ時だって、今と同じように後ろから抱いてくれていた。
過保護だなって思うことは多いけど、嫌じゃないんだ。
心強くて、胸の中がほわっと暖かくなる。
「…それでも僕はこの黒猫と同じです」
慎一郎は最後のページを開いた。
ぐったりと目を閉じて、茶色と紫色に染まった汚い白猫。痩せて毛並みはボサボサ。短く切れてしまった尻尾も…血なのだろう。赤茶色くて汚い。
それでも、黒猫に瞼を舐められて。
やっぱり白猫は微笑んで見える。
「例えあなたが汚れても、病や老いで姿が変わったとしても、僕はあなたを愛し続けるでしょう」
そういえば、以前も同じような言葉をくれたことがあった。
「…そっか。嬉しい」
オレの身体を、慎一郎は宝物のように抱きしめる。
『しろねこ』は間違えたんだ。
『みんな』なんて不確かなものじゃなくて、
目の前の親友を、
『くろねこ』を選べば良かったのに。
「どんな君でも 僕は好きだよ」
この言葉を信じれば良かったんだ。
「大丈夫 僕は どんな君でも 大好きだよ」
そんなふうに言ってくれる相手、なかなか出会えない。
『みんな』と同じ『もよう』を欲しがるんじゃなくて、
「君が好きでいてくれるなら
僕はこのままでいいよ」
親友が好きだと言ってくれた『自分』を誇れば良かったんじゃないかな。
「ご飯を食べ終えたら、あなたが僕だけのものだと確かめさせてくれませんか?」
囁かれた言葉に、
『もう何度も確かめてるだろ?』
そう口から出かけたが、
振り返ってみると真剣な眼差しと目が合って、言葉にならなかった。
先ほどまで耳に触れていた頬を引き寄せ…その瞼をペロリと舐めて応える。
『どんなお前も、好きだよ』
慎一郎は幸せそうに微笑んだ。
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