痛みと快楽

くろねこや

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本編 3 番外編

ある親子の怒り

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『い…やだ』

『たすけて』

弱々しいかすかな声がスピーカーから聞こえてきた。



3体のイノシシのような鬼男…『オーク』たちから解放され、ぐったり崩れ落ちた奈津。

暗褐色の絨毯に映える白い肢体。紅潮した首筋から尻までの滑らかな曲線。汗でしっとりした髪には『ゴブリン』たちに掛けられた粘液がぬらりと絡み付いている。

グロテスクな巨根を引き抜かれ、ぽっかり開いてしまった尻穴。

画面越しに見ても、そのホカホカとした熱が伝わってくるようだ。

そこからゴボリと溢れ出した大量の白濁液…ザーメン風ローションに、思わずゴクリと喉が鳴りつつ、『種付け機能モード』が無事に作動したようだと親子がホッと息を吐いた時だった。

1人の太った男が怪しい動きを見せたのは。

『ゴブリン』や『オーク』の他に、そこにいる人間…『王』役の男だ。


伏した奈津の背後からのしかかり、寛げた下履きから男が露出させたのは…ディルドではなかった。

生の性器だ。

『い…やだ』

ぴとりと押し付けられたのを感じたか、奈津が悲鳴を上げた。

『ゴブリン』役の2人は、恐怖に強張る彼の掠れた悲鳴を台本通りと思ったか、異変に気付かぬまま、その手首を押さえ続けている。

『たすけて』



「クソッ! あいつ!!」

怒りの声を上げて部屋を出ていったのは、ある大人用玩具メーカーの社長だ。


和周かずちかは…、」

部屋に残され、テレビ画面を見守りながら呟くのは、その社長の父親…黒田会長である。

『オーク』のひとりに潜り込ませた三男の和周を探す。

奈津の声に反応してはいるようだが、腹回り太めの着ぐるみのせいか動きが鈍い。頭から被せられたマスクで視界が悪いのか、異変は感じているものの男の暴挙には気付いていないようだ。

「誰か…、」

祈るように、画面に映すカメラを切り換えていると、走り出した黒い影が見えた。

「…あぁ、」

『魔王』姿の男が、奈津に下半身を押し付けていた男を派手に蹴り飛ばす。

「慎一郎くん。…よかった」

ほぅ、と息を吐く。

彼が気付いてくれなければ間に合わなかっただろう。

ここから飛び出した次男の和貴かずたかも足は速い方だが、『あの部屋』まで距離がありすぎた。


「……全く。お馬鹿さんですねぇ」

『お馬鹿さん』と呼んだのは飛び出していった次男や、気付けなかった三男のことではない。

『魔王』に蹴り飛ばされ、『竜人族』の姿をした男…慎一郎の使用人に引き摺られて、大きなテレビ画面から姿を消した男のことだ。

ディルドを装着せずに、奈津にナマで挿入しようとした愚か者。

そして、海堂家を敵に回すことになった命知らず。

まさかそんな男がいるとは想定していなかった。


「…彼は確か、役者アクターを手配した広告代理店の社長…でしたね」

急なことで人手が足りないからと、自ら『王』の役を演じると言っていた。


男が手配した『ゴブリン』の役者たちも悪くはなかった。だが妙な胸騒ぎがして、念のため奈津の身体を知り尽くした三男を『オーク』役に潜り込ませておいたのだ。

案の定、奈津を最初に蕩けさせたのは『ゴブリン』ではなく『オーク』役の和周だった。


先ほど見てしまった奈津の痴態を思い出す。

一際大柄な『オーク』…和周の抽挿で飛んでしまったのだろう。

両手を押さえつけていた左右の『ゴブリン』。その2体の股間に自ら顔を埋め始めたのだ。

3体の『オーク』に交代で犯されながら。

……あの上品な唇が、『ゴブリンの汚ちんぽ様おいしいれす』『オークのネジネジおちんぽ様きもちいい』などと下品で淫猥な言葉を紡いでいた。

「…彼は何処であのような言葉を覚えさせられたのでしょうね」

『Opus』のステージ上では、漏れる吐息と喘ぐ声しか発することは許されていなかった筈だ。

苦しげに眉を寄せながらも、熱を帯びて潤んだ瞳。

形の良い唇を、グロテスクで汚らしく気持ち悪いボコボコが出入りする。

白くて丸い尻がふりふりと振られ、トロリと濡れた穴が誘うようにくぱりと口を開いて…。

目の前であのような奈津の姿を見せられてしまえば、あの男が肉棒をたぎらせたのも分からなくは…、

いや、計画的に『準備』してあった時点でアウトだ。

『王』役になったあの男は、始めから奈津に近づいて犯すことが狙いだったのだろう。

役者たちは皆、ディルドを陰茎に嵌め、ペニスバンドで固定してから着衣する予定だった。例え奈津の色香に惑わされたのだとしても、前を寛げただけで自身のモノが出てくる筈がないのだ。


「僕の可愛い奈津くんに“汚物”を押し付けただけで重罪です」

ましてや彼に“恐怖”を思い起こさせるなど許すことはできない。





親子がこの部屋でテレビ画面越しに見ていたのは、奈津。

正確には、『ゴブリン』や『オーク』と呼ばれる化け物に扮した役者たちに囲まれて、陵辱される奈津の姿だ。


このホテルにはありとあらゆる場所にカメラが仕掛けてある。本来はホテル利用者へ記念の品としてそのデータを販売するためのものであった。

今回そのカメラの映像を親子が見ていたのは、久しぶりに可愛い奈津が快感に啼き、蕩けて微笑む姿を楽しむため…ではない。…いや、楽しみでなかったといえば嘘になる。

それどころか、王子姿の奈津が綺麗すぎて、控え室で着替える姿、むしろこのホテルに着いた瞬間から、一部始終の映像を永久保存しようと決めているが。


だが本来、彼を見ていたのは心配からだった。

出版社からの半ば強制ともとれる依頼。

それに奈津を巻き込んでしまった。


かつて1年間という長い期間、男たちに集団でレイプされ、辱めを受け続けるという、想像もできないほど酷い目に遭わされていた彼。

『Opus』で少しずつ恐怖を快感にすり替えていき、彼が大学を卒業する頃には、複数の男に囲まれてもその身体が震えることはなくなった。

1番の功労者はオーナーだろう。奈津は複数の手で直接掴まれて拘束されることには最後まで慣れなかったが、縄を使って縛られることには快感を覚えるようになってくれた。


今回、出版社から来た依頼は、『王子と魔王のコスチュームを身に付けた奈津と慎一郎が交わる姿を作家とイラストレーターに見せること』。…その筈だった。

直接2人へ依頼せずに黒田会長を経由させたのは、彼らに断らせないためだろう。

ところが。

ホテルへ大きなバンが3台も到着したかと思えば、広告代理店の社長が出版社との間にいきなり割り込んできて、モンスター役の男たちに奈津を陵辱させると言い出した。

いくら作家の創作活動へのヒントを与えたいからといって、奈津のトラウマを刺激することにならないか。

再びセックスを恐れ、後ろで達することが出来なくなってしまわないか。

それが心配だった。



ある玩具を商品化するため、出版社とコラボレーションすることになったのは3年前のことだった。

末の息子、周吾しゅうごが、ある高校生と出会ったことがきっかけで生まれた大ヒット作『クリーチャーの性器』シリーズ。

会長は、『ライトノベル』と呼ばれるジャンルの本はそれまで読んだことがなかったが、企画書と周吾が描いたラフ画を見せられた瞬間に『面白い』と思った。

不潔そうに見える汚らしい塗装。

皮膚病を連想させる凹凸。

人間にはあり得ない肌の色。


グロテスクさ、気持ち悪さ、生理的嫌悪感。

それが性的興奮に結びつくのは何故なのか、これまでいくつもの論文を読んでみたが明確な答えは絞れなかった。だが奇妙なことに、そういった玩具は『売れる』のだ。ストーリー性を持たせると、なお良い。


『Opus』という店は、玩具を使う側である客と、使われる側である『作品キャスト』の両方において、データ収集に喜んで協力してくれるモニターたちの宝庫だ。

奈津にもこれまで開発中の玩具を何度も何度も試してもらった。

『気持ち悪い』と思う玩具に対して、彼は最も良い反応を示した。被虐的な嗜好が彼にはあるのかもしれない。


集団に囲まれての陵辱の記憶を、うちの自信作で快感に塗り替えてやりたい。その試みが、彼にその嗜好を持たせたのかもしれなかった。


彼が幼少の頃に、実の父親からも陵辱されかけたと知ったのは最近のことだ。

自身の年齢を考えると、急に怖くなった。

彼の傷を消してやりたいなどと、何とも烏滸おこがましい。

自分こそが彼を傷付けていたのではないか、と。

だが、自分たちが作った玩具を、彼は今もなお使ってくれている。

使った感想を、素直な気持ちを、手紙にして送ってくれている。

それがどんなに嬉しかったことか。


そんな彼に、父親を想起させる『王』役の男が無体を働こうとした。


あの男を許さない。

彼の守護者である海堂 慎一郎が許さないだろうが、それでも。

黒田グループは、2度とあの男が率いる会社に協力することはないし、このホテルを使わせるつもりもない。

このホテルを一緒に作っている仲間たちにも情報を共有する。ちなみに彼らも奈津の信奉者だ。

あの男と今後も関わるつもりなら、周吾には悪いが出版社との関係性も見直すべきかもしれない。


「親父!」

騒がしい息子が戻ってきたようだ。

「悪ぃ。あいつを殴りすぎた」

拳が血に染まっている。

「あいつは『オレは悪くない。あの子に誘われたんだ』って奈津くんのせいにしようとしやがった」

あの男は慎一郎に蹴り飛ばされた時点で相当なダメージを受けているかに思われたが、元気だったらしい。『オーク』姿のまま、和周も殴り飛ばしたそうだ。

「本当は、僕が殴りに行きたかった」

「…親父」

「思うままに身体を動かせる、あなたが羨ましい」

「大丈夫だって!親父の腰遣いはまだまだ現役…」

「そういう話ではありません!!」

「…分かってるって。母さん、オレたちや孫、うちのグループで働く社員たちのことが頭をよぎっちまって判断が鈍ったんだろ?」

脳筋に見える男は、父親に思慮深い目を向けている。

「オレだってじきに『そうなる』。仕方ないことだ」

「それでも僕は彼のことが好きなのに…」

「オレたちも奈津が好きだ。彼が笑うのが好きだ。だからここにオレと和周がいるんだろう?」


ニカッと笑う息子は、小さかった頃のままで。

内気な少年だった自分には、やはり彼が眩しいと感じるのだ。

「ええ。…頼りにしていますよ。和貴」





『うれしい』

スピーカーから幸せそうな声が聞こえた。

思わず画面に目を向けると、『魔王』こと慎一郎が座る豪奢な椅子の上。

抱き上げられ、男に下から貫かれた奈津が幸せそうに微笑んでいたのだ。

この顔がずっと見たかった。

……できれば自身と繋がった時に。



「和周を労ってあげないといけませんね」

「…そうだな」

この部屋で画面越しに見ていることしか出来なかった親子は、『オーク』としてあの場にいた和周が羨ましいと思っていた。

ディルド越しとはいえ、彼と繋がり悦ばせ、蕩けさせることが出来たのだから。

だが、今日最も苦しんだのは彼かもしれないと思い直した。

どんなに深く身体を繋いでも、奈津の熱や蠢きを感じることが出来ないのだから。

おそらくディルドの中は酷いことになっているだろう。

「…オレ、あそこまでキレた和周、初めて見たかもしれない」

奈津にナマで挿入しようとしたあの男から意識を奪ったのは、いつも温厚な弟だった。『オーク』のマスクで顔は見えなかったが、荒い息に大きく揺れる肩から本気の怒りを感じたのだ。


「奈津くんと慎一郎くんには後日、お詫びとお礼の品を送ることにしましょう」

その視線の先には、椅子に座り、深く結合したまま甘く舌を絡める奈津と慎一郎。

「ああ。たっぷりお礼・・してやろう」


親子は複雑な気持ちで画面を見つめ、互いを慰めるように肩を叩き合うのだった。
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