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本編 3 番外編
依頼と本と、気持ち悪い玩具(前編)
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『あるホテルへ行き、コスプレしたオレと慎一郎のセックスを2人の男に見せる』
この風変わりな依頼は、オレ宛にいつも玩具を送ってくれる会社の会長・黒田さんからのものだった。
依頼といっても探偵事務所宛ではなく、家に直接手紙が届いた。一冊の文庫本、変わった形のディルドと共に。
このディルドは会長のところで販売している玩具らしい。同梱されていたライトノベルとコラボしたものだという。
作品のタイトルは『クリーチャーズマリッジ』。ネットで検索してみると、通称『クリ嫁』というらしいそのシリーズは、人間に裏切られたヒロインがモンスターに陵辱され、嫁にされるまでが大まかなストーリーのようだ。
「へぇ。ゴブリンのちんぽだって」
その作中に登場するモンスターの性器をディルドとして商品化したものが、これ…らしい。会長の会社も面白いことを考えるなぁ。
ゴブリン…本の挿絵を見る限り、ゲームによく出てくる小鬼みたいなヤツのことだと思う。
この色は緑?
なんというか…汚い色だ。治安があまり良くない古い雑居ビルの、トイレの壁?のような…とにかく不衛生な感じがする色も混ざっている。
長さは慎一郎のものより短い。でも、ずんぐり太くてオレの好きなところにちょうど当たりそう。
でも表面がボツボツボコボコしている。
「わぁ!!!」
ゾクッとして思わず放り投げていた。
「どうしました? 奈津」
手紙に目を通していた慎一郎が驚いたようにオレを見た。
「気持ち悪い!無理!!」
急に『ある生き物』を思い出してしまったのだ。
…コモリガエルっていったかな?背中にびっちり卵を埋め込まれたカエル。あれに似てる。絶対に画像検索しちゃダメなやつ。見てると痒くなってくるやつ。
高校3年の頃、動物好きの親友がスマホの画面に映ったソレを笑顔で見せてきたから、飛び退きそうになったのを堪えつつ表情を整えるのに苦労したのを思い出す。獣医になるのだと北海道の大学に行ってしまった。時々メールが来るから元気にしているのだろう。
…現実逃避しても仕方ない。
せっかく会長がくれた玩具だ。
慎一郎に拾ってもらい、直視しないようにして、そっと箱に戻した。
「あなたは集合体恐怖症なのかもしれませんね」
ブツブツの集まり、穴の集まりがゾワッとくる、まさに今のオレの状態をそう呼ぶらしい。
確かに蜂の巣の写真とか鳥肌とか、子どもの頃から苦手だったかも。葉っぱの裏とかもたまにヤバいやつがあるから怖くて見れない。
…よし。さっき見たもののことは忘れよう。
この『クリ嫁』シリーズは『嫁』と付けて呼ばれる通り女性が主人公の作品なのだが、作者が気まぐれで男性を主人公にしたBL作品も書いてみたところ女性ファンが急増したそうだ。
新たな読者層を得たことに味を占めた出版社としてはBL路線の新作をまた書いて欲しい。
だが肝心の作者がスランプに陥ってしまったのだとか。
そこで何故オレ達に白羽の矢が立ったのかというと。
なんと『クリ嫁』の作者とイラストレーターは、ゲーム『シャドウ オブ トワイライト』の原案とキャラクターデザインをそれぞれ担当していたらしい。
…最近、本当に縁があるなぁ。
一方は全年齢向けのゲーム。もう一方は陵辱系小説。だから、本名とペンネームの別名義で活動しているそうだ。
その作家が、先日のイベントでコスプレをしたオレと、付き添いをしていた慎一郎を見て『新作のモデルにしたい!』、『アレウスっぽいキャラとエレボスっぽいキャラ同士の陵辱セックスが見たい』と言い出したらしい。
もちろんアレウスのコスプレイヤーとしてオレを推薦したイラストレーターも乗り気だという。『Opus』の最前列でスケッチブックに鉛筆を走らせ、チケットを買って至近距離で観察していたあの人だ。
コラボの玩具は本と一緒に売上が伸びているらしく、会長としても出来ればオレ達に協力してもらいたいようだ。
それに、版元である出版社から頼みこまれてしまえば会長も無下には出来ないのだろう。
『Opus』の初ステージから会長にはずっとお世話になっているし、オレもエレボスのコスをした慎一郎を見てみたい。
だから、渋る慎一郎を説得し、依頼を受けることにした。
◇
車で1時間半くらい。
その建物は『ホテル』というより、オレ達が暮らす慎一郎のマンションに似ていた。
ロビーには会長が待ってくれていて、
「引き受けてくれてありがとう。今度すごいのを送るからね」と2人分のギャラが入った封筒を渡された。
あれ? 分厚いから2人分だと思ったら、慎一郎にも渡してる。…後で秀一父さんに相談しよう。
会長の隣には出版社の人間だというスーツを着た男の人が立っていた。何故だろう。めっちゃ見てくる。
そういえばコスプレしたイベントの後、『アレウスの写真集を』と熱望されたのを断ったことで、ますますオレは出版社サイドの目を引いてしまったらしい。まぁ、普通は喜んで受けるんだろうけど、オレ達は目立ちたくないからね。
オレのことを上から下まで舐めるように見たせいで慎一郎に睨まれ、会長に何かを耳打ちされた瞬間顔色を変えた。そのままぺこぺこしながら腰を低くして帰っていった。
「仕方のない人だねぇ…。ああ見えて、彼はなかなか面白い子なんだ。奈津くん、慎一郎くんも、どうか許してほしい」
会長はそう言って深く頭を下げてくれた。
『面白い子』。
その言葉が気になりつつ、
「気にしてませんので大丈夫です。…だよね?」と慎一郎に同意を求める。
「はい。奈津に危害を加えないのであれば問題ありません」と頷いてくれた。暗い笑みが怖い。
フロントの女性から、ホテルのはずなのに部屋番号も書かれていない、シンプルなカードキーを渡されて、エレベーターに案内される。
階数のボタンがないから戸惑っていると、慎一郎は先ほどのカードを開閉ボタンの下にある隙間へ差し込んだ。どうやらカードを読み取って部屋のある階層へ直行するらしい。
会長とはここでお別れだ。
「ごめんね」
閉まるドアの向こうで、会長は手を振ってくれた。…何故かもう一度謝りながら。
◇
慎一郎が『カメラの映像データは絶対に渡さない』と宣言したから、今ごろ作家とイラストレーターの2人は別室で画面をかぶりつく勢いで見ているはすだ。
この部屋…というか、空間? には至る所にカメラが仕込まれているらしい。
今、オレの目の前には魔王エレボス様がいる。…いや、今回の設定として呼ぶように言われた名前は違う。
『魔王ジーン』。
ちなみにオレがアレウスのコスチュームを着せられて演じるのは『ナディール王子』。末の王子という設定だ。
シンとジーン。ナツとナディール。どことなくオレ達自身の名前の欠片を感じる。
『目の前』といっても慎一郎は高いところから偉そうな椅子に座ってこちらを見下ろしている。
ここは本当に『ホテル』と呼んでいいのだろうか。まるでゲームや映画の世界に迷い込んだみたいだ。
歩くとふかふか沈むほど毛足の長い、暗褐色の絨毯が敷かれた大理石っぽい床。重そうな垂れ幕で飾られた石造りの壁。
天井からは煌びやかなシャンデリアがぶら下がっている。まるで本物の蝋燭の火みたいにチラチラ光るのが楽しい。
3段ある階段の上に『玉座』という感じのゴージャスな椅子が据えられ、魔王エレボス…の姿にされた慎一郎が座らされているわけなのだが…、
先程ざっくりした内容しか書かれていない薄い台本を渡されてから、その表情はすっかり『無』である。
設定として、ここはオレ…王子の国。
その城にある謁見の間だ。
先程エレベーターが着いた先で待っていたのは、スタイリストらしい2人の男性スタッフだった。『あちらでお着替えを』と1人ずつ別室に案内されそうになったが、慎一郎が断固としてオレの手を離さなかった。
着替えとメイクを施す、その手がオレに触れないようにだろう。凍りついた慎一郎の視線が強すぎる。気の毒なことに、少し震えていたようだった。
メイクを終えて目を開けると、慎一郎の方はまだ終わっていなかった。オレの支度が終わるまで断固として目を瞑らなかったせいらしい。
「カッコいい…」
青みがかった長い髪、夕陽が沈んだ直後の空みたいな瞳。顕にされた白い肌。引き締まったその胸には直接、『エルフ文字』という設定の模様が大きく描かれている。闇堕ちしたエルフという設定だから、耳は長く尖っている。
頭にはちゃんと角もある。…どうやって着けたんだろう。重くないかな。
和装と洋装の間みたいな変わったデザインの服もよく似合ってる。
「奈津…綺麗です」
オレを見て緩められた目は、確かに慎一郎のものだった。
カメラでの撮影を禁じられた2人の男たちが、オレ達の周りを挙動不審にぐるぐる回っている。
もう限界と思われるほど着古された普段着。そんな服装の2人はおそらく作家とイラストレーターだろう。
そのうちの1人は突然床に座って一心不乱にスケッチを始めた。
ボサボサの長い髪に隠れて表情は見えないが、強い視線と緩み切った口元は隠せていない。
「…手を、こう…前に出して…」
慎一郎にポーズ変えをしてもらいたいのだろうが、冷たい視線を向けられて言い出せないのだろう。ボソボソと小声で何かを呟いている。
何となく中学時代の友人を思い出し、放っておけない。
「慎一郎。オレと同じ動きをしてみて」
ゲームのエレボスを思い出して、いくつかポーズをとってみる。
慎一郎はため息をひとつ吐くと、オレの動きをなぞるように動き出した。
「「「カッコいい…」」」
オレと2人の男の声がハモった。
3人でいろいろな角度から褒めちぎるオレ達に、慎一郎も諦めたようだ。
スケッチブックの男が指示したとおりのポーズをとってあげていた。
ゴトッという重い金属音で我に帰る。
床に投げ捨てられたのは、2つに折れた剣。
「己が民を守るため、その身を我らに捧げるとはな」
慎一郎…魔王のセリフが似合ってる。
そうだ。
オレの役は、魔族に攻め込まれた母国から国民を逃がすため、城に残って最後まで戦った王子。
『キィキィ』と鳴き声が聞こえたと思ったら、腰布1枚の腹がぽっこり出た生き物に囲まれていた。ゴブリンだ。
剣も折れ、力も尽きた。
民を魔王の追撃から許してもらうため、これからこの身をモンスター達に犯されるのだ。
…という設定。
台本には、よくある『やめて!』みたいなセリフや、『抵抗する』という文字がなかった。
国民の命と引き換えに自分の身を捧げるのだし、これだけのモンスターに囲まれていたらどうしようもない。
この設定を現実的に考えるなら、無抵抗にヤられた方が傷は少なくて済むだろう。泣き叫ぶと余計相手の嗜虐心を煽るからね。
『参考までに』と、会長がディルドと一緒に送ってくれた本、『クリ嫁』は不思議な作品だった。
ぱっと読むとただの『陵辱もの』に見える。
だが、最終的にヒロインはモンスターたちに抱かれて『幸せ』だと微笑んで終わるのだ。
作中には途中で裏切ってくる人間、見捨てて逃げる人間、ヒロインをモンスターに捧げようとする人間がたくさん登場する。
よく読むと、『人間の恐ろしさ』を描いた作品なのだと分かってくる。
そう考えると、何となくゴブリンたちに囲まれても怖いと思えなくなった。…あの部分は怖いけど。
まぁ、作り物だしね。
背は低いし、頭はフルフェイスのヘルメットみたいに大きくて、耳が尖っている。頭髪は薄く、緑色の肌はシミだらけ。
「瞬きするんだ…」
驚いて思わず口に出ていた。
ギョロリと飛び出した目は作り物のはずなのに瞼が閉じる上、目玉も動くし、まるで生きているかのように潤んでいる。よく見ると目やにみたいなものまで付いていて、製作者の細かいこだわりを感じる。
開いたままの裂けたような口からはガチャガチャな並びの歯が見え、ぽたぽた唾液を垂れ流す長い舌は15センチくらいはみ出てる。
先の尖った舌も、もらったディルドと同じようにボコボコして気持ち悪い。色も良くない。唾液でぬらぬら濡れていることで、より一層気持ち悪く見える。
変な汗が出そう。
それでもシャドワに出てきたモンスターがそのまま現実に現れたみたいで面白い。
四つん這いにさせられているから、目の前には汚い腰布を持ち上げるようにイキり勃ったちんぽがある。
やはり直視したくないくらいボコボコが気持ち悪い。
でも、上向きのちんぽが動くたびブルブル揺れるのは少し笑ってしまいそうな可笑しさがある。
「へぇ。個性があるんだ」
隣に立っているゴブリンと比べると、基本的な肌の色は似ているが、汚れ方や腰布の破れ方、ちんぽの大きさや形も違う。舌の長さや顔つきも違っていて驚いた。
この風変わりな依頼は、オレ宛にいつも玩具を送ってくれる会社の会長・黒田さんからのものだった。
依頼といっても探偵事務所宛ではなく、家に直接手紙が届いた。一冊の文庫本、変わった形のディルドと共に。
このディルドは会長のところで販売している玩具らしい。同梱されていたライトノベルとコラボしたものだという。
作品のタイトルは『クリーチャーズマリッジ』。ネットで検索してみると、通称『クリ嫁』というらしいそのシリーズは、人間に裏切られたヒロインがモンスターに陵辱され、嫁にされるまでが大まかなストーリーのようだ。
「へぇ。ゴブリンのちんぽだって」
その作中に登場するモンスターの性器をディルドとして商品化したものが、これ…らしい。会長の会社も面白いことを考えるなぁ。
ゴブリン…本の挿絵を見る限り、ゲームによく出てくる小鬼みたいなヤツのことだと思う。
この色は緑?
なんというか…汚い色だ。治安があまり良くない古い雑居ビルの、トイレの壁?のような…とにかく不衛生な感じがする色も混ざっている。
長さは慎一郎のものより短い。でも、ずんぐり太くてオレの好きなところにちょうど当たりそう。
でも表面がボツボツボコボコしている。
「わぁ!!!」
ゾクッとして思わず放り投げていた。
「どうしました? 奈津」
手紙に目を通していた慎一郎が驚いたようにオレを見た。
「気持ち悪い!無理!!」
急に『ある生き物』を思い出してしまったのだ。
…コモリガエルっていったかな?背中にびっちり卵を埋め込まれたカエル。あれに似てる。絶対に画像検索しちゃダメなやつ。見てると痒くなってくるやつ。
高校3年の頃、動物好きの親友がスマホの画面に映ったソレを笑顔で見せてきたから、飛び退きそうになったのを堪えつつ表情を整えるのに苦労したのを思い出す。獣医になるのだと北海道の大学に行ってしまった。時々メールが来るから元気にしているのだろう。
…現実逃避しても仕方ない。
せっかく会長がくれた玩具だ。
慎一郎に拾ってもらい、直視しないようにして、そっと箱に戻した。
「あなたは集合体恐怖症なのかもしれませんね」
ブツブツの集まり、穴の集まりがゾワッとくる、まさに今のオレの状態をそう呼ぶらしい。
確かに蜂の巣の写真とか鳥肌とか、子どもの頃から苦手だったかも。葉っぱの裏とかもたまにヤバいやつがあるから怖くて見れない。
…よし。さっき見たもののことは忘れよう。
この『クリ嫁』シリーズは『嫁』と付けて呼ばれる通り女性が主人公の作品なのだが、作者が気まぐれで男性を主人公にしたBL作品も書いてみたところ女性ファンが急増したそうだ。
新たな読者層を得たことに味を占めた出版社としてはBL路線の新作をまた書いて欲しい。
だが肝心の作者がスランプに陥ってしまったのだとか。
そこで何故オレ達に白羽の矢が立ったのかというと。
なんと『クリ嫁』の作者とイラストレーターは、ゲーム『シャドウ オブ トワイライト』の原案とキャラクターデザインをそれぞれ担当していたらしい。
…最近、本当に縁があるなぁ。
一方は全年齢向けのゲーム。もう一方は陵辱系小説。だから、本名とペンネームの別名義で活動しているそうだ。
その作家が、先日のイベントでコスプレをしたオレと、付き添いをしていた慎一郎を見て『新作のモデルにしたい!』、『アレウスっぽいキャラとエレボスっぽいキャラ同士の陵辱セックスが見たい』と言い出したらしい。
もちろんアレウスのコスプレイヤーとしてオレを推薦したイラストレーターも乗り気だという。『Opus』の最前列でスケッチブックに鉛筆を走らせ、チケットを買って至近距離で観察していたあの人だ。
コラボの玩具は本と一緒に売上が伸びているらしく、会長としても出来ればオレ達に協力してもらいたいようだ。
それに、版元である出版社から頼みこまれてしまえば会長も無下には出来ないのだろう。
『Opus』の初ステージから会長にはずっとお世話になっているし、オレもエレボスのコスをした慎一郎を見てみたい。
だから、渋る慎一郎を説得し、依頼を受けることにした。
◇
車で1時間半くらい。
その建物は『ホテル』というより、オレ達が暮らす慎一郎のマンションに似ていた。
ロビーには会長が待ってくれていて、
「引き受けてくれてありがとう。今度すごいのを送るからね」と2人分のギャラが入った封筒を渡された。
あれ? 分厚いから2人分だと思ったら、慎一郎にも渡してる。…後で秀一父さんに相談しよう。
会長の隣には出版社の人間だというスーツを着た男の人が立っていた。何故だろう。めっちゃ見てくる。
そういえばコスプレしたイベントの後、『アレウスの写真集を』と熱望されたのを断ったことで、ますますオレは出版社サイドの目を引いてしまったらしい。まぁ、普通は喜んで受けるんだろうけど、オレ達は目立ちたくないからね。
オレのことを上から下まで舐めるように見たせいで慎一郎に睨まれ、会長に何かを耳打ちされた瞬間顔色を変えた。そのままぺこぺこしながら腰を低くして帰っていった。
「仕方のない人だねぇ…。ああ見えて、彼はなかなか面白い子なんだ。奈津くん、慎一郎くんも、どうか許してほしい」
会長はそう言って深く頭を下げてくれた。
『面白い子』。
その言葉が気になりつつ、
「気にしてませんので大丈夫です。…だよね?」と慎一郎に同意を求める。
「はい。奈津に危害を加えないのであれば問題ありません」と頷いてくれた。暗い笑みが怖い。
フロントの女性から、ホテルのはずなのに部屋番号も書かれていない、シンプルなカードキーを渡されて、エレベーターに案内される。
階数のボタンがないから戸惑っていると、慎一郎は先ほどのカードを開閉ボタンの下にある隙間へ差し込んだ。どうやらカードを読み取って部屋のある階層へ直行するらしい。
会長とはここでお別れだ。
「ごめんね」
閉まるドアの向こうで、会長は手を振ってくれた。…何故かもう一度謝りながら。
◇
慎一郎が『カメラの映像データは絶対に渡さない』と宣言したから、今ごろ作家とイラストレーターの2人は別室で画面をかぶりつく勢いで見ているはすだ。
この部屋…というか、空間? には至る所にカメラが仕込まれているらしい。
今、オレの目の前には魔王エレボス様がいる。…いや、今回の設定として呼ぶように言われた名前は違う。
『魔王ジーン』。
ちなみにオレがアレウスのコスチュームを着せられて演じるのは『ナディール王子』。末の王子という設定だ。
シンとジーン。ナツとナディール。どことなくオレ達自身の名前の欠片を感じる。
『目の前』といっても慎一郎は高いところから偉そうな椅子に座ってこちらを見下ろしている。
ここは本当に『ホテル』と呼んでいいのだろうか。まるでゲームや映画の世界に迷い込んだみたいだ。
歩くとふかふか沈むほど毛足の長い、暗褐色の絨毯が敷かれた大理石っぽい床。重そうな垂れ幕で飾られた石造りの壁。
天井からは煌びやかなシャンデリアがぶら下がっている。まるで本物の蝋燭の火みたいにチラチラ光るのが楽しい。
3段ある階段の上に『玉座』という感じのゴージャスな椅子が据えられ、魔王エレボス…の姿にされた慎一郎が座らされているわけなのだが…、
先程ざっくりした内容しか書かれていない薄い台本を渡されてから、その表情はすっかり『無』である。
設定として、ここはオレ…王子の国。
その城にある謁見の間だ。
先程エレベーターが着いた先で待っていたのは、スタイリストらしい2人の男性スタッフだった。『あちらでお着替えを』と1人ずつ別室に案内されそうになったが、慎一郎が断固としてオレの手を離さなかった。
着替えとメイクを施す、その手がオレに触れないようにだろう。凍りついた慎一郎の視線が強すぎる。気の毒なことに、少し震えていたようだった。
メイクを終えて目を開けると、慎一郎の方はまだ終わっていなかった。オレの支度が終わるまで断固として目を瞑らなかったせいらしい。
「カッコいい…」
青みがかった長い髪、夕陽が沈んだ直後の空みたいな瞳。顕にされた白い肌。引き締まったその胸には直接、『エルフ文字』という設定の模様が大きく描かれている。闇堕ちしたエルフという設定だから、耳は長く尖っている。
頭にはちゃんと角もある。…どうやって着けたんだろう。重くないかな。
和装と洋装の間みたいな変わったデザインの服もよく似合ってる。
「奈津…綺麗です」
オレを見て緩められた目は、確かに慎一郎のものだった。
カメラでの撮影を禁じられた2人の男たちが、オレ達の周りを挙動不審にぐるぐる回っている。
もう限界と思われるほど着古された普段着。そんな服装の2人はおそらく作家とイラストレーターだろう。
そのうちの1人は突然床に座って一心不乱にスケッチを始めた。
ボサボサの長い髪に隠れて表情は見えないが、強い視線と緩み切った口元は隠せていない。
「…手を、こう…前に出して…」
慎一郎にポーズ変えをしてもらいたいのだろうが、冷たい視線を向けられて言い出せないのだろう。ボソボソと小声で何かを呟いている。
何となく中学時代の友人を思い出し、放っておけない。
「慎一郎。オレと同じ動きをしてみて」
ゲームのエレボスを思い出して、いくつかポーズをとってみる。
慎一郎はため息をひとつ吐くと、オレの動きをなぞるように動き出した。
「「「カッコいい…」」」
オレと2人の男の声がハモった。
3人でいろいろな角度から褒めちぎるオレ達に、慎一郎も諦めたようだ。
スケッチブックの男が指示したとおりのポーズをとってあげていた。
ゴトッという重い金属音で我に帰る。
床に投げ捨てられたのは、2つに折れた剣。
「己が民を守るため、その身を我らに捧げるとはな」
慎一郎…魔王のセリフが似合ってる。
そうだ。
オレの役は、魔族に攻め込まれた母国から国民を逃がすため、城に残って最後まで戦った王子。
『キィキィ』と鳴き声が聞こえたと思ったら、腰布1枚の腹がぽっこり出た生き物に囲まれていた。ゴブリンだ。
剣も折れ、力も尽きた。
民を魔王の追撃から許してもらうため、これからこの身をモンスター達に犯されるのだ。
…という設定。
台本には、よくある『やめて!』みたいなセリフや、『抵抗する』という文字がなかった。
国民の命と引き換えに自分の身を捧げるのだし、これだけのモンスターに囲まれていたらどうしようもない。
この設定を現実的に考えるなら、無抵抗にヤられた方が傷は少なくて済むだろう。泣き叫ぶと余計相手の嗜虐心を煽るからね。
『参考までに』と、会長がディルドと一緒に送ってくれた本、『クリ嫁』は不思議な作品だった。
ぱっと読むとただの『陵辱もの』に見える。
だが、最終的にヒロインはモンスターたちに抱かれて『幸せ』だと微笑んで終わるのだ。
作中には途中で裏切ってくる人間、見捨てて逃げる人間、ヒロインをモンスターに捧げようとする人間がたくさん登場する。
よく読むと、『人間の恐ろしさ』を描いた作品なのだと分かってくる。
そう考えると、何となくゴブリンたちに囲まれても怖いと思えなくなった。…あの部分は怖いけど。
まぁ、作り物だしね。
背は低いし、頭はフルフェイスのヘルメットみたいに大きくて、耳が尖っている。頭髪は薄く、緑色の肌はシミだらけ。
「瞬きするんだ…」
驚いて思わず口に出ていた。
ギョロリと飛び出した目は作り物のはずなのに瞼が閉じる上、目玉も動くし、まるで生きているかのように潤んでいる。よく見ると目やにみたいなものまで付いていて、製作者の細かいこだわりを感じる。
開いたままの裂けたような口からはガチャガチャな並びの歯が見え、ぽたぽた唾液を垂れ流す長い舌は15センチくらいはみ出てる。
先の尖った舌も、もらったディルドと同じようにボコボコして気持ち悪い。色も良くない。唾液でぬらぬら濡れていることで、より一層気持ち悪く見える。
変な汗が出そう。
それでもシャドワに出てきたモンスターがそのまま現実に現れたみたいで面白い。
四つん這いにさせられているから、目の前には汚い腰布を持ち上げるようにイキり勃ったちんぽがある。
やはり直視したくないくらいボコボコが気持ち悪い。
でも、上向きのちんぽが動くたびブルブル揺れるのは少し笑ってしまいそうな可笑しさがある。
「へぇ。個性があるんだ」
隣に立っているゴブリンと比べると、基本的な肌の色は似ているが、汚れ方や腰布の破れ方、ちんぽの大きさや形も違う。舌の長さや顔つきも違っていて驚いた。
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