痛みと快楽

くろねこや

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本編 3 番外編

親友(前編)

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プライドが高いお前のことだ。

頭にポンと手を乗せてやれば、ムッとして跳ね除けると思ったのに。






佐久間 秀一と出会ったのは、同期で入った警察学校だった。

同い年のくせに、眼光鋭い無口な男。

試験で仲良くなったヤツと騒いでいたら、冷たく睨まれた。初対面の印象は最悪だった。

なんと同じグループになってしまい、コイツと6ヶ月も協力し合わなければならないのかと絶望した。

その印象が180度変わったのは、同じグループになったもう1人の男がきっかけだった。

グループは連帯責任。誰かが出来なければ全員が責を負う。そんな中でソイツ…山中は、『どうして警察官になろうと思ったんだ?』と全員が首を傾げるほど運動神経が鈍かった。

他のメンバーは陰口ばかり。仕方なくオレが協力してやるかと手を伸ばした時、同時に手を伸ばしたのが佐久間だった。

『第一印象が良くない人ほど、仲良くなれることは案外あるもんだよ』。
それは、ばあちゃんの口癖だったが、その通りだった。


山中を脱落させる事なく6ヶ月の初任課程を無事に終え、3ヶ月の職場実習。配属されたのは佐久間と別の場所だったが、初任補修で再会。また現場での実践実習。

佐久間とオレは無事に15ヶ月にもわたる警察官になるための地獄を乗り越えた。

そのまま別の署での勤務となったが、オレと佐久間の交流は続いた。

非番の日が重なると2人で酒を飲む。もちろん呼び出されることがあるから、酒というよりはメシがメインだ。

互いに気を許しはじめて、少しずつではあるが深い話もするようになってきた。


他の同期から聞こえてきた話によると、冷たいヤツだと誤解されやすい見た目のせいで、コイツは損をしているらしい。

本当は優しいくせに、人間関係を上手く構築できない。この不器用な男には、オレの幼なじみがぴったりだと思った。

春。

その名前の通り、ぽやぽやした明るい性格で、少し変わっているがいいヤツだ。

彼女は小学生の頃からミステリ小説が大好きだった。

ある夜『学校から帰ってこない』と騒ぎになり、オレと春の家族全員で探し回ったのは忘れられない思い出の一つだ。本を読んでいるうちに学校の図書室を閉められてしまったらしい。日が暮れて暗くなった部屋に閉じ込められていたというのに、当の本人は床でのんびり寝ていた。

そんなゆったりした彼女の性格は、佐久間のガチガチになった鎧を溶かしてくれると思った。


彼女を佐久間に紹介した日のことを覚えている。

これが『恋におちる』ということか、と思った。

春の初恋は、本の中で活躍する世界的に有名な名探偵だ。彼女が頭の中で思い描いていたその人物に、佐久間はそっくりだったらしい。

佐久間も春に見惚れていた。

普段はぽやぽやしているくせに、その彼女がぐいぐい押して、2人はすぐに結婚した。


春の大学時代の友人だった、山桐やまぎり なぎ。オレも彼女とそのすぐ後に結婚することになった。

「私だって、春のことが好きだったのに」

そう言って泣いた彼女と、あぶれた者同士で飲むようになって、互いの両親による『結婚しないのか』という圧が面倒になり、オレ達も入籍することにしたのだ。

オレだって春のことが好きだったし、彼女が言う『好き』がどんなものだったのか分かっていたつもりだった。

その激しさを思い知らされたのは、それからしばらく経ったある日。

オレ達を絶望に突き落とす、衝撃的な事件が起きた日のことだ。



妊娠8ヶ月。それは春が妊婦だったからこそ巻き込まれた事件だった。

『連続ホーム突き落とし殺人事件』

連続、と後から名が付けられたように、3件とも駅のホームから女性が突き落とされ、電車に撥ねられ死亡した。

1人目の被害者は牧村まきむら 芽衣めい

2人目は田辺たなべ よう

そして、3人目は佐久間 春。

オレの幼なじみ。
親友の妻となっていた春だった。


加害者の男は春を殺した直後に現行犯逮捕された。

1人目の被害者のストーカーだった。

子どもの頃に、目の前で母親が電車に飛び込んで自殺したらしい。その一部始終を見てしまったことで、男の人生が狂ってしまった。

『母親に似ている』。それが牧村 芽衣に執着し、殺害した理由だった。

その後の2人を殺したのは、『たまたま見かけた。妊娠していて幸せそうだったから』。
『1人目を殺したら、思ったより簡単だったから』。『ぐちゃぐちゃになった女を何度でも見たかったから』。そんなふざけた理由だった。


佐久間は犯人を刺し殺そうとしたらしい。未遂ということで、直属の上司が揉み消したらしいが、もしもオレが側にいたら、迷わず手を貸していただろう。

だがその時オレは、コイツの側にいてやることが出来なかった。

春が殺された日。親友が苦しんでいた時に、オレは連続強盗犯を捜索していたのだ。


その上、事件をテレビのニュースで知った凪が、半狂乱になってしまってしまい、それどころではなくなってしまった。


春が殺された日、凪は図書館へ一緒に付いて行くはずだったらしい。

ところがその日、季節的なものか凪の片頭痛が酷くなってしまった。

『大丈夫。近いし1人で行けるよ』

たぶん春はそう言ったのだと思う。


「私が一緒に行っていたら」

その後悔は、

「あんた達警察が、あの男をすぐに捕まえなかったから」

オレ達警察への怒りに変わり、

「あんたが春をあいつに会わせたから!」

春を佐久間と結びつけたオレへと向かっていった。


『私だって、春のことが好きだったのに』

あの日聞いた凪の言葉。彼女は親友以上の感情を春に向けていたのだ。

それでも、春が佐久間と幸せそうに笑う姿を見て『それでいい』と自身を納得させていたんだろう。


オレ達は『夫婦』という関係を終わらせた。


春と佐久間を結びつけたことに後悔はない。

それでも、『あんた達警察が、あの男をすぐに捕まえなかったから』という言葉は大きな杭となってオレの脳に打ち込まれた。

春だけじゃない。

最初の被害者である牧村 芽衣さんは、亡くなる前からストーカー被害に遭っていたという。彼女を守ることが出来ていたなら、誰も死なせずに済んだ筈だ。



裁判が始まると、春を殺した男の弁護人は、精神鑑定を使って『無罪』を主張し始めた。

ふざけるなよ。
春を殺しておいて。
他に2人も殺して。
胎児の命も加えるなら、さらに2人だ。
5人の命を奪っておいて。

死刑だろ。
お前の命ひとつでも足りないくらいだ。
オレが殺してやりたい。

そう思っていたら、男は拘置所内で死んだ。『食事を喉に詰まらせたことによる窒息死』と当時は発表されていたが、よく調べてみると原因不明の突然死だと分かった。

オレには呪いの才能があったのかと笑って、…泣いた。



その頃の佐久間を支えてくれていたのは、曽根崎そねざき 咲耶さくやという男だった。

春の葬儀が終わって半年経った頃、改めて顔を合わせて挨拶したが、『いいヤツそうだ』と安心した。

オレの身体を上から下までじっくり見て、『坂本さん。うちの店で働きませんか?』と勧誘してくるのが面倒だったが。渡された名刺の店名を調べてみれば、なんとSMクラブだった。

際どいボディタッチをしてくる曽根崎から必死で逃げていると、佐久間がかすかに笑ったから、おそらくわざとだったのだろう。
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