痛みと快楽

くろねこや

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本編 3 番外編

依頼(中編)

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土曜日のショッピングモールは、そこそこ混み合っていた。

そんな中、男性向けの洋服やバッグなどが置かれているこの売り場にはオレ達以外に客の姿がない。昼休憩の時間なのか1人しかいない店員さんは、適度な距離を保ってくれているからありがたい。


久しぶりに近くで見た凛ちゃんは、相変わらず綺麗でカッコよかった。

詩音はずっと凛ちゃんから離れずに、男の襲撃を警戒しているのかやっぱり殺気を放ってしまっている。

オレと慎一郎がいるのを見て少しはマシになったけど、確かにこれじゃ、葛谷も出てこれないよね。


それにしても葛谷。

めっちゃ詩音を睨んでる。

凛ちゃんの姿を見たくても、詩音が大きな身体で隠してしまうから余計に憎いのだろう。

なんか…薄汚れてるなぁ。

無精髭ぶしょうひげだし、服はよれよれ。

家族連れやカップルが行き交う通路で、男はかなり目立ってる。

わ…警備員さんが来た。

不審者すぎて誰かに呼ばれちゃったみたい。

葛谷はどこかに逃げてしまった。


「…あれって想定内?」

「彼の性格から、この場所では『ない』と考えていました」

『ない』とは、『襲撃されることはない』という意味だろう。店員さんが側にいるから言葉をぼかしてるんだと思う。ここでは、あくまでイチャイチャを見せつけて『挑発するだけ』のはずだった。

「ただ…。この空間における『ドレスコード』につきましては『想定外』と言わざるを得ません」

オレも全く考えてなかったから分かる。ショッピングモールには、他にも疲れた感じで家族を待っている男性はいたから、あそこまで異質に感じるとは思っていなかった。

たぶん服装とか清潔感のなさとかもあるけど、何より凛ちゃんと詩音へ向ける執着や恨みの視線が強すぎたんだろう。

「どうする?オレたち、このまま普通にデートを続けてていいのかなぁ」

「いいと思いますよ。…この服はどうですか?あなたに似合うと思います」

勧められたのはカチッとしたスーツだ。ネクタイはなくて、シャツはスタンドカラー。

ジャケットに触ってみると生地がフワッとして、持ってみると軽い。着心地が良さそうな感じがした。

「ありがと」

今日は値札を見ないことにする。

「このまま着替えてレストランに行きましょう」

「うん」


お、この柄めっちゃ慎一郎に似合わなそう。

試着室に行く途中の通路で見つけたのは、大きな緑の葉が埋め尽くすボタニカルな柄のシャツ。まるでアロハシャツみたいに派手だ。

「わ…、やっぱり」

慎一郎の胸にハンガーごと合わせてみると予想通りだった。

「…ふ、ふふっ…、お前…っ…、」

「……奈津」

魔王様が南の島で休日を楽しんでいる感じ…といえば伝わるだろうか。サングラスをかけさせて、ビーチパラソルの下に寝かせたら完璧だ。

そんなシャドワのファンアートか4コママンガをSNSで見たことある気がする。

「…っごめ、…服はこんなに…はしゃいでるのに、…その顔っ!!」

スン…ってしてるのがヤバい。

詩音や店員さんがこっち見てる。
笑っちゃダメだ。

「ふっ…、っ…、ふふっ、」

無理。おかしすぎる。

身体が震えて涙が出てきた。
こんなに笑ったのは生まれて初めてだ。


「…はぁ、苦しい。ある意味すっごく似合うけど、お前の綺麗な顔だと面白くなっちゃう服があるんだなぁ…」


慎一郎はオレの手からシャツを取ると、売り場に戻してしまった。


「ごめん。こっちの服はどう? この上品な色ならお前に似合うと…、」

通路の反対側にあるハンガーに手を伸ばそうとした時だった。

「…お仕置きです」

慎一郎が上着のポケットからスマホを取り出す。

嫌な予感がする。

「っ!!!!」

静かな店に、ブーンと虫の羽音のようなものが響く。

オレの体内に埋め込まれたローター型の発信機がいきなりMAXにされたのだ。

「ぁ…、ゃ…、」

さっきとは違う意味で涙目になり縋り付くオレを、慎一郎の視線が舐めるように見てくる。

「と…めて…、」

脚がガクガク震えてしまう。

様子がおかしいからだろう。店員さんが訝しそうにこっちを見てる。

振動が弱められた。

「…あちらの下着も買いましょう。レジを済ませて来ますから試着室で待っていてください」

「……今日は全部オレが払うって…」

出かける前に宣言したのに。


「僕の楽しみを奪わないでください。…ほら、凛さん達も試着室へ向かいましたよ。あなたも行って」

「……わかった。…だから…っ、おねがい…とめて」

歩けない。崩れ落ちそう。

ピタリと振動が止まった。

望んだことなのに、止まってしまうと物足りない気がするのが不思議だ。



空いている試着室に逃げ込む。
下着がじっとり張り付いて気持ち悪い。

近くの試着室から楽しそうな会話が聞こえてくる。

凛ちゃんも、詩音も、幸せそうでよかった。


会計を済ませた慎一郎が試着室に入ってきてオレの服を脱がせると、ヒクヒクよだれを垂らすちんぽを口淫で鎮めてくれた。残さず吸い取って、舌で清めた後ハンカチで綺麗に拭い取られる。声を抑えるのが大変だった。

綺麗にアイロンがかけられたハンカチでちんぽを拭かれるのって罪悪感が酷いんだな…。

ヂュッと首に吸いつかれ、マーキングされてからシャツのボタンを一番上まで留められた。


慎一郎が選んでくれた服は、驚くほどサイズがぴったりだった。

「信じられない! 腰がこんなに細くて、裾詰めが要らないくらい脚が長いなんて! しかも美人! あぁ羨ましい!!」

裾の長さを見ようとオレの背後にしゃがんでいた店員さんが、いきなりオネエになってびっくりした。整えた顎髭のキリッとした男性が急に高い声を出すのはギャップがすごい。


Opusオーパス』にいた先輩を思い出す。名前はスザクさんといって、お節介で情に厚い人だった。『この仕事は天職だわ』っていつも言っていたのに、母親の介護をするのだと急に店を辞めてしまった。

店から帰ろうとすると必ず大きなタッパーと割り箸をロッカーから出してきて、『食べてから帰りなさい』って手作りのおかずとおにぎりをみんなに食べさせてくれた。初めて食べた時、何故か泣いちゃって、泣き止むまで撫でてくれた。

スザクさん、エイジさんも元気かな?

店のバックステージで、『綺麗だったわ』『よかったよ』って抱きしめて褒めてくれたのがあの2人だった。

会ってお礼したい。
彼等はオレの命の恩人だから。


「どうしました?」

慎一郎の声で仕事を思い出した。

凛ちゃんと詩音は次の店に向かうようだ。


着てきた服(下着は服で包むように隠してある)を紙袋に入れてもらうと、次はバス用品のコーナーへ。


凛ちゃんと詩音。2人の仲の良さに影響されたみたいだ。オレ達もいつの間にかちゃんとデートできていた。

慎一郎と2人で匂いを試して、気に入った入浴剤とボディソープを買った。もう慎一郎には払わせてやらない。


寝具コーナーに行く頃には、すっかり仕事のことなど忘れてしまっていた。慎一郎のスマホには葛谷の居場所が表示されているから安心だ。慎羅くんのお陰だと思う。

彼のために黒猫の形をしたアイピローを買った。オレの中で、慎羅くんのイメージは何となく猫なのだ。ラベンダーの匂いがするらしい。電子レンジで温めて使うと疲れた目が楽になるそうだ。

慎一郎には秋田犬のアイピロー。ちょっと垂れた目がディックに似てると思う。

今夜も散歩できないから、海堂家に預かってもらっている。慎一郎のお兄さんが喜んでくれるから助かる。お兄さんにも色違いで犬のを買っておこう。…あとお祖父さんにも。

父さんにはシンプルな形のやつ。
坂本さんにもお揃いで買う。



ショッピングモールを出ると、風が冷たくて気持ちよかった。室内が暑かったからちょうどいい。



レストランへ歩きながら、葛谷の接近を確認する。

店内は予約制だから、入ってしまえば中までは付いてこられなかったらしい。凛ちゃんと詩音が席に着いたのを確認し、オレ達も食事を楽しむことにした。

食前酒にワインを勧められたが、仕事中だからノンアルコールにする。

前菜から綺麗で美味しい。

スープは澄んでいるのに深い味がして、焼きたてらしいパンも麦とバターの味がして好みだった。

ローストビーフは慎一郎の好物だ。
無表情に見える彼の口元が弛んだのがオレには分かった。

途中でシャーベットを挟んでから出されたビーフシチューも美味しい。

2人で作った料理も美味しいけど、やっぱりレストランで食べる味は格別だった。


食後にフルーツとチョコレートケーキを堪能していると、視線を横顔に感じた。

隣の席だ。

20代くらいの男女が、オレ達を見ていた。

女は慎一郎に見惚れている。


胸がムカムカした。

少し食べ過ぎたのかも知れない。


レストランを出ると、あとはホテルだけだ。

夜道とはいえ思ったより人がいて、やはり襲撃はなかった。

凛ちゃん達が泊まる部屋の隣には、既に父さんと坂本さんがチェックインして待っているはず。

葛谷を置いて、2人が乗ったエレベーターは無事に上昇していった。階は分かっても部屋までは分からないだろう。

部屋番号を聞き出そうというのか、フロントへ向かった葛谷を確認し、父さんに連絡すればオレ達の任務は終了だ。


「じゃあ帰ろうか…」

オレの声が聴こえたはずなのに、慎一郎はレストランを出てから喋ってくれない。

ただ黙ってオレの手を引いた。


ホテルの前で客を降ろしたタクシーに乗り、まっすぐマンションへ向かう。

通り過ぎる街灯が照らす慎一郎は、こちらを見てくれないまま。繋いだ手だけは離されない。
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