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本編 3 番外編
新しい関係
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福太郎さんと話をするため、『会ってほしい』とメッセージを送ったのが『卒業イベント』の2週間前。
……反応がない。既読にさえならない。
何回か電話をかけても繋がらなかった。
いつもは着歴を見て、1時間以内に必ず折り返し電話をくれるのに。
福太郎さんの自宅に行ってみると、人の気配が全くなかった。
たまに警備員が巡回するくらい。
会社を探ってみると、外出中だという。
おそらく無事だろうと思いつつ、連絡を待つことにした。
ようやく折り返し電話がかかってきたのは、イベントの2日前。夜のことだった。
ずっと海外出張に行っていて、やっと先ほど空港から帰ってきたそうだ。
ホテルの部屋。
福太郎さんと2人きりではない。
『秘書の方も一緒に』と、相変わらず睨んでくる男…常田にも残ってもらった。
会ってすぐ、オレは謝り、別れを切り出した。
「奈津。ごめんなさい! 僕がスマホを忘れたからだよね?」
プライベート用のスマホも鞄に入れたはずが、何故か家のテーブルの上に置き忘れており、そのままバッテリーが切れていたらしい。
「…違います。オレが福太郎さんと不誠実なお付き合いをこれ以上続けられないと思ったからで…」
「奈津には『他にも愛してる人』がいる。知ってるよ。『それでもいい』と、僕は言った」
だから、彼の自宅には行かない。
会うのはお店と、その後のホテルだけ。
そう約束した上でのお付き合いだった。
「ごめんなさい。オレは、明後日の『卒業イベント』で『Opus』を辞めるんです」
「……そんな。……辞めたら、もう会ってくれないの?」
彼の目に涙が溜まっていく。
「オレは、1人の人間だけを愛すると決めました。その人以外とはもうセックスしません。……だからあなたにも、『あなただけを一途に想ってくれる人』と付き合ってほしい」
「会ってくれるだけでいい!セックスはしなくていいから…。お願いだよ。君と一緒にいたい」
「それじゃあ、あなたにメリットがないです」
「あるよ!僕は君と一緒に作ったご飯が、世界で一番美味しく感じるんだ!君と『おいしい』と笑って食べるご飯の時間が一番幸せなんだ!」
オレも、福太郎さんと一緒に料理をするのが楽しい。彼が『おいしいね』と笑ってくれる時間は、心の底から幸せだと感じた。
「オレも…あなたと食べるご飯が好きです」
パァっと福太郎さんの顔が明るく輝いた。
「じゃあ、これからも会ってくれる?」
これではなし崩しに身体の関係を持ってしまいそうだ。
「……彼も一緒ならいいですよ」
福太郎さんの後ろに控えていた男を見る。
驚きに目を丸くしている。
いつも無表情か睨まれているから、この顔はかなりレアだ。
「常田も?」
「わたし…ですか?」
「秘書の方も、福太郎さんが好きな料理を覚えておいて損はないと思います」
しばらくの沈黙。
オレが何を考えているのか計りかねているのだろう。
「……わかりました。わたしもご一緒させていただきます」
「常田がいいのなら。これからもよろしくね、奈津!」
という訳で、2週間に一度、オレ達は3人で『お料理教室』のようなお付き合いを続けることになった。
『お土産を取ってくるね』と福太郎さんが隣室のドアに消えると…。
「アンタは何を企んでる?」
早速、警戒心に満ちた目を常田が向けてきた。
「お前、福太郎さんのこと好きだろ?」
「………なっ…」
分かりやすい男だ。
「しかも幼なじみで、子どもの頃から好きなんだって?」
「………アンタは探偵だったな」
いや、慎羅くん情報だ。
「……そうだよ。オレは福ちゃんが好きだ。…それなのにアンタが…簡単に…福ちゃんの処女を奪いやがって…」
『福ちゃん』?『処女』?
言葉遣いが『素』になってる。
「奪ったというより、奪われたんだが」
…『処女』じゃないけど。
「……え?」
「福太郎さんがタチ。オレがネコ」
「……え?」
常田が壊れた。
「だから、オレは突っ込まれる方なんだって…」
「まじか……。福ちゃんが抱く方…」
呆然としている。
「まぁ、抱くか抱かれるかは、お前たち次第だろ」
投げやりに言うと、やっと冷静になったらしい。
「…………すまなかった。社長のスマホを鞄から出してテーブルに放置したのは、わたしなんだ」
そうだと思った。
「まぁ、海外出張で仕事をがんばってた福太郎さんに別れ話するわけにはいかなかったから。結果的によかったんじゃないか?」
「アンタは…」
「お待たせ!」
常田の言葉は明るい福太郎さんの声にかき消されてしまった。
お土産に渡されたのは、10センチ角くらいの高そうな箱。
中には500円玉サイズの豚。
正確には純金製の、かわいい子豚の飾り物だった。
「奈津は僕のお腹が好きみたいだから」
『何かあったら売り払って構わない』と言う。
確かに子豚のお腹はぽんぽんして、ニコニコ笑っていて、かわいい。
福太郎さんに似てる。
でも、
「かなり高価ですよね。…受け取れません」
そう答えると、
「受け取ってやってくれ。土産としてのセンスは正直微妙だと思うが、アンタの為に3時間以上迷って選んだものなんだ」
と常田が言った。
「いつも奈津には美味しいご飯の作り方を教わっているし、バランスがいい食事のお陰で『肌がキレイ』『健康的だ』ってよく褒められるんだ。奈津のおかげだよ」
その流れで会話が弾み、緊張せず話せたから、今回の商談も上手くいったらしい。
だからそのお礼なのだという。
受け取るしかないようだ。
「……分かりました。ありがとうございます。福太郎さん。大切にします」
彼の顔は、子豚の置物と同じようにニコニコになってくれた。
思っていた展開と違うけれど、彼が泣くよりずっといい。
福太郎さんに似てかわいい『金の子豚ちゃん』を持ち帰ると、そっと自室の飾り棚にしまった。
慎一郎はすぐに見つけ、福太郎さんからのお土産だと気づいたようだが、子豚ちゃんのニコニコ笑顔を見て脱力したらしい。
結局何も言われなかった。
……反応がない。既読にさえならない。
何回か電話をかけても繋がらなかった。
いつもは着歴を見て、1時間以内に必ず折り返し電話をくれるのに。
福太郎さんの自宅に行ってみると、人の気配が全くなかった。
たまに警備員が巡回するくらい。
会社を探ってみると、外出中だという。
おそらく無事だろうと思いつつ、連絡を待つことにした。
ようやく折り返し電話がかかってきたのは、イベントの2日前。夜のことだった。
ずっと海外出張に行っていて、やっと先ほど空港から帰ってきたそうだ。
ホテルの部屋。
福太郎さんと2人きりではない。
『秘書の方も一緒に』と、相変わらず睨んでくる男…常田にも残ってもらった。
会ってすぐ、オレは謝り、別れを切り出した。
「奈津。ごめんなさい! 僕がスマホを忘れたからだよね?」
プライベート用のスマホも鞄に入れたはずが、何故か家のテーブルの上に置き忘れており、そのままバッテリーが切れていたらしい。
「…違います。オレが福太郎さんと不誠実なお付き合いをこれ以上続けられないと思ったからで…」
「奈津には『他にも愛してる人』がいる。知ってるよ。『それでもいい』と、僕は言った」
だから、彼の自宅には行かない。
会うのはお店と、その後のホテルだけ。
そう約束した上でのお付き合いだった。
「ごめんなさい。オレは、明後日の『卒業イベント』で『Opus』を辞めるんです」
「……そんな。……辞めたら、もう会ってくれないの?」
彼の目に涙が溜まっていく。
「オレは、1人の人間だけを愛すると決めました。その人以外とはもうセックスしません。……だからあなたにも、『あなただけを一途に想ってくれる人』と付き合ってほしい」
「会ってくれるだけでいい!セックスはしなくていいから…。お願いだよ。君と一緒にいたい」
「それじゃあ、あなたにメリットがないです」
「あるよ!僕は君と一緒に作ったご飯が、世界で一番美味しく感じるんだ!君と『おいしい』と笑って食べるご飯の時間が一番幸せなんだ!」
オレも、福太郎さんと一緒に料理をするのが楽しい。彼が『おいしいね』と笑ってくれる時間は、心の底から幸せだと感じた。
「オレも…あなたと食べるご飯が好きです」
パァっと福太郎さんの顔が明るく輝いた。
「じゃあ、これからも会ってくれる?」
これではなし崩しに身体の関係を持ってしまいそうだ。
「……彼も一緒ならいいですよ」
福太郎さんの後ろに控えていた男を見る。
驚きに目を丸くしている。
いつも無表情か睨まれているから、この顔はかなりレアだ。
「常田も?」
「わたし…ですか?」
「秘書の方も、福太郎さんが好きな料理を覚えておいて損はないと思います」
しばらくの沈黙。
オレが何を考えているのか計りかねているのだろう。
「……わかりました。わたしもご一緒させていただきます」
「常田がいいのなら。これからもよろしくね、奈津!」
という訳で、2週間に一度、オレ達は3人で『お料理教室』のようなお付き合いを続けることになった。
『お土産を取ってくるね』と福太郎さんが隣室のドアに消えると…。
「アンタは何を企んでる?」
早速、警戒心に満ちた目を常田が向けてきた。
「お前、福太郎さんのこと好きだろ?」
「………なっ…」
分かりやすい男だ。
「しかも幼なじみで、子どもの頃から好きなんだって?」
「………アンタは探偵だったな」
いや、慎羅くん情報だ。
「……そうだよ。オレは福ちゃんが好きだ。…それなのにアンタが…簡単に…福ちゃんの処女を奪いやがって…」
『福ちゃん』?『処女』?
言葉遣いが『素』になってる。
「奪ったというより、奪われたんだが」
…『処女』じゃないけど。
「……え?」
「福太郎さんがタチ。オレがネコ」
「……え?」
常田が壊れた。
「だから、オレは突っ込まれる方なんだって…」
「まじか……。福ちゃんが抱く方…」
呆然としている。
「まぁ、抱くか抱かれるかは、お前たち次第だろ」
投げやりに言うと、やっと冷静になったらしい。
「…………すまなかった。社長のスマホを鞄から出してテーブルに放置したのは、わたしなんだ」
そうだと思った。
「まぁ、海外出張で仕事をがんばってた福太郎さんに別れ話するわけにはいかなかったから。結果的によかったんじゃないか?」
「アンタは…」
「お待たせ!」
常田の言葉は明るい福太郎さんの声にかき消されてしまった。
お土産に渡されたのは、10センチ角くらいの高そうな箱。
中には500円玉サイズの豚。
正確には純金製の、かわいい子豚の飾り物だった。
「奈津は僕のお腹が好きみたいだから」
『何かあったら売り払って構わない』と言う。
確かに子豚のお腹はぽんぽんして、ニコニコ笑っていて、かわいい。
福太郎さんに似てる。
でも、
「かなり高価ですよね。…受け取れません」
そう答えると、
「受け取ってやってくれ。土産としてのセンスは正直微妙だと思うが、アンタの為に3時間以上迷って選んだものなんだ」
と常田が言った。
「いつも奈津には美味しいご飯の作り方を教わっているし、バランスがいい食事のお陰で『肌がキレイ』『健康的だ』ってよく褒められるんだ。奈津のおかげだよ」
その流れで会話が弾み、緊張せず話せたから、今回の商談も上手くいったらしい。
だからそのお礼なのだという。
受け取るしかないようだ。
「……分かりました。ありがとうございます。福太郎さん。大切にします」
彼の顔は、子豚の置物と同じようにニコニコになってくれた。
思っていた展開と違うけれど、彼が泣くよりずっといい。
福太郎さんに似てかわいい『金の子豚ちゃん』を持ち帰ると、そっと自室の飾り棚にしまった。
慎一郎はすぐに見つけ、福太郎さんからのお土産だと気づいたようだが、子豚ちゃんのニコニコ笑顔を見て脱力したらしい。
結局何も言われなかった。
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