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幕間 2
僕と彼と彼女との出会い 1
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地下アイドル『ストロベリードロップス』のメンバー、星羅ちゃんを追いかけ始めて3年。
その課金額は生活費のほとんどを占めた。
毎週末に行われるライブのチケット代。
3~4ヶ月に1度会場で販売されるCDは保存用、布教用、ジャケット観賞用に最低でも3枚買う。
もちろん聴く用はダウンロード版を別に買っている。
チェキ会では3種類のポーズで撮ってもらうため、並び直しては料金を支払う。
地方のイベントに彼女が出演するとなれば遠征する。新幹線や飛行機代、宿泊費。ネットカフェを使うにしてもお金がかかる。
しかも運が悪いことに、部屋のエアコンと冷蔵庫が続けて壊れた。これからどんどん暑くなることを考えると、新しく買うしかなかった。
残業ほぼゼロ、土日は休み、有給休暇も貰えるホワイトな会社に勤めてはいるが、未だ手取りは20万ちょっと。
家賃、光熱費、通信費などはどうしようもないが、食費は極限まで削っている。
最近食事を抜くことが多いせいか、会社で『病院行った方がいいんじゃないか?』と心配されるほどに顔色が悪いらしい。
ある日。
ライブが終わって外に出た瞬間、クラッとしてしゃがみ込んでしまった。酷い吐き気がする。おそらく貧血だろう。
あまりに急だったからだろうか。
後ろから来ていた人が僕に躓き、後頭部に冷たい液体が降り注いだ。
暑かったからボーッとしていた頭に、その冷たさが気持ち良かった。
その人が僕に溢したのは、ペットボトルの水だったし、少量だったから、その日手に入れた『戦利品』は無事だった。
お詫びをしたいと頭を下げられたが、体調は最悪で早く家に帰りたかった。
だが、
「そこのベンチに横になりませんか?」
と言ったその人は、チビの僕と違って背の高い男の人だった。
でも、不思議な魅力がある綺麗な人で…。
僕は思わず頷いていた。
街路樹の下にあるベンチ。
ライブが始まる前に時々座るそこは、今時めずらしく仕切りがない、横になれそうな木のベンチだった。
なんと、僕の頭の下にはその人の太腿がある。
『ズボンが濡れますよ』と言っても有無をいわせず膝枕されてしまった。
通行人に見られたら恥ずかしいなと思ったら、その人はハンカチをペットボトルの水で濡らして目にかけてくれた。
冷たくて気持ちいい…。
しかも、いい匂いがする…。
どれだけ経ったのだろう。いつの間にか深く眠っていたらしい。酷かった吐き気がすっかり治っていた。
身体を起こしても何ともない。
それどころか、とても気分がいい。
ここ数ヶ月で一番よく眠れた気がする。
「大丈夫ですか?」
こんなに綺麗な人の膝枕なんて、もう二度と経験することはないだろう。
名残惜しさを感じながらも、『大丈夫です』と答えると、その人は安心したように微笑んだ。
「お詫びにご飯を奢らせてください」
思わぬ申し出だった。
目の前に、『冷やし中華始めました』という、のぼり旗が見えた。先程まであんなに食欲がなかったのに、僕のお腹が『ぐぅー』っと音を立てた。
…恥ずかしい。
お金がなくて、最近外食できなかったから…。
スーパーでギリギリ売れ残っていた半額のお惣菜を昨日の夜と今朝の2回に分けて食べたきりだった。
その人は僕のお腹の音が聞こえても笑わなかった。
それどころか、『オレもさっきからお腹が鳴ってます…』と優しく微笑んだ。
でも、お詫びなんてされる必要なかった。
スマホを見たら、たぶん1時間くらい膝枕をしてもらったからだ。
「恥ずかしい話なんですけど、オレ…一人でラーメン屋さんに入れなくて。ご馳走しますから付き合ってもらえませんか?」
『お願いします』とかえって頭を下げられてしまえば、断る理由はなかった。
久しぶりに食べたラーメン屋の冷やし中華は、本当に美味しかった。
小さなテーブル。正面の席では、綺麗な男が目を伏せて麺を箸で手繰っている。音を立てない器用な食べ方だ。僕と同じものを食べているとは思えない。
ラーメン屋より、高級なレストランが似合いそうなビジュアルだ。
この人、誰かに似てるんだよな…。
名前は佐久間 奈津さんというらしい。
『ナツと呼んでほしい』と言われた。
「ご馳走様でした」
僕は深々とお辞儀をした。
別れようとした交差点。
「…今度、映画館に付き合ってもらえませんか?」
ナツさんが『一人では入りにくくて』と申し訳なさそうに『とある映画の名前』を口にした。
それは、僕が大学生の頃に大好きだったゲームと同じ名前だった。
『シャドウ オブ トワイライト』。
通称『シャドワ』。
それをアニメ化した作品だという。
…知らなかった。星羅ちゃんを推しながらの困窮した生活に視野が狭くなっていたみたいだ。
あんなに大好きだった作品なのに。
星羅ちゃんを好きになったきっかけは、そのゲームに出てくる聖女イーリスちゃんと声が似ていたからだった。
今の会社に入社したばかりの帰り道。
ライブ会場の外でチラシを配っていた彼女に『お仕事お疲れ様です』と優しく声をかけられて、ついチケットを買ってしまったのが始まりだった。
映画の公開日はお給料日のすぐ後。それなら行けるかも。
「ちょうど僕も観たいやつなので、こちらこそよろしくお願いします」
そう答えた瞬間、パァッと花が咲くような微笑み。
思わず見惚れていた。
ナツさんは男の人なのに。
僕達は連絡先を交換し、再会を約束して別れた。
彼と別れてから5分ほど歩いた時、急に思い出した。
あの人、王子に似てるんだ。
僕の大好きなゲーム、『シャドワ』のキャラクター。
そういえば、大学時代の友人に『お前はノトスに似てるな』と揶揄われたのを思い出した。
ノトスは妖精族の青年で、その小ささを他のキャラクターにいじられることが多い。
たぶんオレが年齢のわりに、童顔でチビだからだろう。
その友人に連れて行かれたイベントで、騙されてコスプレさせられたこともある。
当時はカッコつけて腹筋を鍛えていたから、腹を出す衣装を着せられてもなんとか見せられるものにはなっていたと思う。そのせいで写真をいっぱい撮られて恥ずかしかった。
取引先の人からも『似ている』と言われたことがあった。彼と『シャドワ』の話をしたかったが、すぐに転勤になってしまったから仲良くなれなかった。
僕は、ナツさんと約束した日を楽しみにしている自分に気づき、驚いた。
あんなに頭を占めていた星羅ちゃんよりも、同性との約束の方が気になるなんて。
その課金額は生活費のほとんどを占めた。
毎週末に行われるライブのチケット代。
3~4ヶ月に1度会場で販売されるCDは保存用、布教用、ジャケット観賞用に最低でも3枚買う。
もちろん聴く用はダウンロード版を別に買っている。
チェキ会では3種類のポーズで撮ってもらうため、並び直しては料金を支払う。
地方のイベントに彼女が出演するとなれば遠征する。新幹線や飛行機代、宿泊費。ネットカフェを使うにしてもお金がかかる。
しかも運が悪いことに、部屋のエアコンと冷蔵庫が続けて壊れた。これからどんどん暑くなることを考えると、新しく買うしかなかった。
残業ほぼゼロ、土日は休み、有給休暇も貰えるホワイトな会社に勤めてはいるが、未だ手取りは20万ちょっと。
家賃、光熱費、通信費などはどうしようもないが、食費は極限まで削っている。
最近食事を抜くことが多いせいか、会社で『病院行った方がいいんじゃないか?』と心配されるほどに顔色が悪いらしい。
ある日。
ライブが終わって外に出た瞬間、クラッとしてしゃがみ込んでしまった。酷い吐き気がする。おそらく貧血だろう。
あまりに急だったからだろうか。
後ろから来ていた人が僕に躓き、後頭部に冷たい液体が降り注いだ。
暑かったからボーッとしていた頭に、その冷たさが気持ち良かった。
その人が僕に溢したのは、ペットボトルの水だったし、少量だったから、その日手に入れた『戦利品』は無事だった。
お詫びをしたいと頭を下げられたが、体調は最悪で早く家に帰りたかった。
だが、
「そこのベンチに横になりませんか?」
と言ったその人は、チビの僕と違って背の高い男の人だった。
でも、不思議な魅力がある綺麗な人で…。
僕は思わず頷いていた。
街路樹の下にあるベンチ。
ライブが始まる前に時々座るそこは、今時めずらしく仕切りがない、横になれそうな木のベンチだった。
なんと、僕の頭の下にはその人の太腿がある。
『ズボンが濡れますよ』と言っても有無をいわせず膝枕されてしまった。
通行人に見られたら恥ずかしいなと思ったら、その人はハンカチをペットボトルの水で濡らして目にかけてくれた。
冷たくて気持ちいい…。
しかも、いい匂いがする…。
どれだけ経ったのだろう。いつの間にか深く眠っていたらしい。酷かった吐き気がすっかり治っていた。
身体を起こしても何ともない。
それどころか、とても気分がいい。
ここ数ヶ月で一番よく眠れた気がする。
「大丈夫ですか?」
こんなに綺麗な人の膝枕なんて、もう二度と経験することはないだろう。
名残惜しさを感じながらも、『大丈夫です』と答えると、その人は安心したように微笑んだ。
「お詫びにご飯を奢らせてください」
思わぬ申し出だった。
目の前に、『冷やし中華始めました』という、のぼり旗が見えた。先程まであんなに食欲がなかったのに、僕のお腹が『ぐぅー』っと音を立てた。
…恥ずかしい。
お金がなくて、最近外食できなかったから…。
スーパーでギリギリ売れ残っていた半額のお惣菜を昨日の夜と今朝の2回に分けて食べたきりだった。
その人は僕のお腹の音が聞こえても笑わなかった。
それどころか、『オレもさっきからお腹が鳴ってます…』と優しく微笑んだ。
でも、お詫びなんてされる必要なかった。
スマホを見たら、たぶん1時間くらい膝枕をしてもらったからだ。
「恥ずかしい話なんですけど、オレ…一人でラーメン屋さんに入れなくて。ご馳走しますから付き合ってもらえませんか?」
『お願いします』とかえって頭を下げられてしまえば、断る理由はなかった。
久しぶりに食べたラーメン屋の冷やし中華は、本当に美味しかった。
小さなテーブル。正面の席では、綺麗な男が目を伏せて麺を箸で手繰っている。音を立てない器用な食べ方だ。僕と同じものを食べているとは思えない。
ラーメン屋より、高級なレストランが似合いそうなビジュアルだ。
この人、誰かに似てるんだよな…。
名前は佐久間 奈津さんというらしい。
『ナツと呼んでほしい』と言われた。
「ご馳走様でした」
僕は深々とお辞儀をした。
別れようとした交差点。
「…今度、映画館に付き合ってもらえませんか?」
ナツさんが『一人では入りにくくて』と申し訳なさそうに『とある映画の名前』を口にした。
それは、僕が大学生の頃に大好きだったゲームと同じ名前だった。
『シャドウ オブ トワイライト』。
通称『シャドワ』。
それをアニメ化した作品だという。
…知らなかった。星羅ちゃんを推しながらの困窮した生活に視野が狭くなっていたみたいだ。
あんなに大好きだった作品なのに。
星羅ちゃんを好きになったきっかけは、そのゲームに出てくる聖女イーリスちゃんと声が似ていたからだった。
今の会社に入社したばかりの帰り道。
ライブ会場の外でチラシを配っていた彼女に『お仕事お疲れ様です』と優しく声をかけられて、ついチケットを買ってしまったのが始まりだった。
映画の公開日はお給料日のすぐ後。それなら行けるかも。
「ちょうど僕も観たいやつなので、こちらこそよろしくお願いします」
そう答えた瞬間、パァッと花が咲くような微笑み。
思わず見惚れていた。
ナツさんは男の人なのに。
僕達は連絡先を交換し、再会を約束して別れた。
彼と別れてから5分ほど歩いた時、急に思い出した。
あの人、王子に似てるんだ。
僕の大好きなゲーム、『シャドワ』のキャラクター。
そういえば、大学時代の友人に『お前はノトスに似てるな』と揶揄われたのを思い出した。
ノトスは妖精族の青年で、その小ささを他のキャラクターにいじられることが多い。
たぶんオレが年齢のわりに、童顔でチビだからだろう。
その友人に連れて行かれたイベントで、騙されてコスプレさせられたこともある。
当時はカッコつけて腹筋を鍛えていたから、腹を出す衣装を着せられてもなんとか見せられるものにはなっていたと思う。そのせいで写真をいっぱい撮られて恥ずかしかった。
取引先の人からも『似ている』と言われたことがあった。彼と『シャドワ』の話をしたかったが、すぐに転勤になってしまったから仲良くなれなかった。
僕は、ナツさんと約束した日を楽しみにしている自分に気づき、驚いた。
あんなに頭を占めていた星羅ちゃんよりも、同性との約束の方が気になるなんて。
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