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アルトイールからの手紙 〜王視点

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「…これで、…最後?」

私は椅子の背もたれに深く寄りかかると、アルトイールからの手紙を胸に抱き、茫然と天を仰いだ。



彼から届いた手紙には、

『以上、最後のご報告とさせていただきます』

と書かれていた。


“最後”。

おそらく彼は、旅の終わりを決めたのだろう。



しかも報告書の内容は、

『蚊遣として使われる乾燥させたマイカ草。それを大量に焚いて吸入すると、催淫効果が表れる』

という物騒なものだった。



『アルク。視察巡行の際はくれぐれも気をつけて。通常の量であれば何も問題はないから大丈夫。僕の敬愛する王様。これまで僕の心を支えてくれてありがとう。あなたの幸福な未来を祈っています』

報告書には小さな紙で、彼の声が聞こえてきそうなメッセージが添えられていた。


“アルク”。

私の名、アルクトゥールスの愛称。彼にその名を呼んでもらえたのは、私が王になる前…最後に会えた日までのことだった。


“僕の心を支えてくれてありがとう”。

アルト。私の方こそ、君に支えられていたんだ。


心を許していた年上の親友と別れ、君と会うことも許されなくなって、そのまま私は『王』となってしまった。

この場所で生きる私にとって、君が旅先から送ってくれる手紙と報告書だけが唯一の楽しみだった。

君こそは、私が『王であり続ける理由』だった。





私は『王』になどなりたくなかった。


老獪ろうかいな者たちに囲まれた日々。

彼らから周到に用意され、踏み固められそうになる道。

己の利権のみを考え、『隣国へ侵攻すべき』と囁く声。

己の娘と私を婚姻で結び、能力がないにも関わらず国の中枢へ入り込もうと画策する者。


王子だった私はそれら全てに嫌気がさして、一体何度、君がいるフォークス領の屋敷へ逃げ込んだことだろう。


君は、私がどんなに荒唐無稽こうとうむけいな話をしても、決して馬鹿にすることなく、最後まで真剣に聴いてくれた。

どうすればそれが叶えられるかを、あの図書室で一緒に探してくれた。

あの場所で君と過ごした日々は楽しくて、幸せだった。


あの頃は言えなかったけれど、私は君の声が好きだったんだ。

その声を聴きたくて、せっかく君が渡してくれた本を読みもせず、『代わりに読んで、私に話をせよ』などと我儘を言ってしまった。

それでも呆れることなく、君が読んでくれた本、一生懸命話してくれたこと。私は今でもよく覚えているよ。


まだ“子どもだった私”は、君が王都の初等学校へ入学する日を楽しみに待っていた。

近くに来てくれたらいつでも会える。

そう思っていた。


だが、先王の病が見つかり、王直々の王位継承に向けた教育が始まった私は、情け無いことに自分の事だけで頭がいっぱいになってしまった。


16歳になり、外の世界へ出て行った君を、私は羨ましいと思った。

私をこの場所へ1人置いて行った君から、裏切られたような気になっていた。


だが、君の兄から聞いたんだ。

王子であった私が多くの従者を引き連れて、何度も何度も君の屋敷に滞在したから、男爵家の資金が足りなくなってしまったのだと。


君の曽祖父様が『我が国の英雄』と呼ばれ、『天上の大草原』という特別な地があったからこそ、王族の私が男爵家である君の家へ滞在することを許されていた。

そのために発生する“滞在費用”は、確かに“第一王子の予算”から支出されていた筈だった。

だが、それを懐に入れ、肥えていた者たちがいた。王子である私を軽んじ、フォークス家を困窮・弱体化させ、隣国への侵攻を目論む者。

その『うみ』とも言うべき存在に、私はそれまで気付いていなかったのだ。


君が望んでいた初等学校への入学。

その夢を妨げたのは、私だった。

両親から愛を与えられず泣いていた君。

君が家を出されたのは、私の力が足りないせいだった。


それでも謝ることさえ許されない『王』という立場。


君の旅を影ながら支援すること。

君が生きるこの国を住みやすくすること。

フォークス家の敵…つまり我が国の『膿』を徹底的に除去し、君の曽祖父様がくれた平和を守ること。


つまり、私に出来る君への唯一の償いは『王』であり続けることだけだったのだ。


私は危うく、君の曽祖父様への恩を仇で返すところだった。


『天上の大草原』を巡る隣国との争いに終止符を打つことが出来たのは、君の曽祖父様の偉業ゆえ。

さもなければ、今の私は『戦争』という難題に頭を悩ませることになっていただろう。


王が“偉業を成した彼の名”を『英雄』として世に残すべく、初等学校の教科書に記したのは、隣国への侵攻を目論む奴らへの牽制だったのかもしれない。


…いや、それだけではないな。

我が曽祖父の日記によると、当時の“争い”に限ってはその“土地のみを巡ってのものだけではなかった”ようだ。

我が国の王と隣国の王は、曽祖父様アルトイールを愛していたのだという。

つまり、彼の名を“王と並ぶ者”として高める必要があったのではないだろうか。

だが、それが庶民の間にまで広まらなかったのは、ひとえにアルトイール本人がそれを望まなかったからだ。

自身の『伝記』出版を差し止めたり、偉業を讃える歌を作らせるべく吟遊詩人を王城に呼ぼうとした王を止めたりしていたようだ。

王に懇願され、教科書に名を載せられることまでは止められなかったようだが…。


なんと慎ましく、高潔な方だろう。



アルト。

もしかすると君は、その『英雄』である曽祖父様に似ているのかもしれないよ。


君がこれまで報告してくれた事は、この国の民や私にとって、本当に意義があることだったんだ。


例えば

『山から妙な音がする時、崖が崩れる』

『湧水の異変、濁りはその前兆』

これは君がある高齢女性から聴き、私に伝えてくれた言葉だ。

視察中だった私がその異変に気付き、麓の村人たちを避難させることができたのは、あの言葉のお陰だったんだ。

『なにを世迷言よまいごとを』と肩をすくめて嘲笑っていた騎士団長が、まだ年若い私に従うようになったのは、あの一件があってからのことだった。


遠くにいても君は、民の命と私、その両方を助けてくれた。


今の私が『王』として立っていられるのは、君が報告書を送ってくれていたから……



……!



「もしかして、…君がマイカ草の煙を吸ってしまったの?」

報告書の内容が『誰か』に聞いた話なら、彼は必ず話を聴いた場所、日付、時間、どのような人物に聴いたものか等の情報を添えてくれる筈だ。

だが今回は、それらの情報が何も書かれていない。


君が蚊遣の煙によって旅先で乱れ、誰かの手に堕ちてしまったのではないか。

その相手に捕まってしまったのではないか。




焦燥感を落ち着かせるべく、アルトの手紙と報告書を何度も読み返す。




…あぁ、そうか。


よく見ると君の字は踊っている。

今の君は幸せなんだね?


楽しかったこと、嬉しい出会いがあった時、

君が書く文字はこんなふうに踊るんだ。



「誰か、大切な人を見つけてしまったのかい?」



私の初恋の人。

本当は君と一緒に旅をしたかった。

あの美しい大草原を君にも見せたかった。


そして、

君と、結ばれたかった。







君がどこからこの手紙を出したのか、君の兄たちは口を揃えて『分からない』と言う。

私が託した手紙の返事と謝礼の金品は、渡し先不明で屋敷へ戻って来てしまったそうだ。



「アルトイール。今の君はどこにいるの?」



今すぐ君を探しに行きたい。

心が身体を置いて飛び出して行きそうだ。

それでも…。



『僕の敬愛する王様』。

私は、この言葉を贈ってくれた君の期待を決して裏切らない。

『王』としての務めを完璧に最後まで果たす。



それこそが、私が君のために出来るたった一つの償いなんだ。



成し得ることの全てを成し遂げ、

王位を次の世代へ渡すことが出来たなら、

私が君を探す旅に出ることを許してほしい。



例え老いて姿が変わっていたとしても、

きっと私は君を見つけ出す。



君が見つけたその場所で、

私の『幸福な未来』を祈ってくれたように、

私もこの場所から祈ろう。



どうか末永く健勝であれ。

日々を生きる君が幸せでありますように。



そして、

いつかまた

君と私の歩く道が交わる日が来ますように。
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