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侯爵の件
しおりを挟む馬車に入った俺にマコトが言う。
「トウジ、キツイ事を言い過ぎ。あの人達は本当に力もないから、貴族から理不尽な事を言われても従うしかないのよ。じゃなきゃ始末されるわ。適当な理由でね。それに、今までにも国に進言しようとはした筈だろうけどその侯爵の息のかかった者が国の中枢にも必ずいるわ。だから、問題が国王にまであがってない可能性が高いの······」
俺はマコトの言葉を聞いて一人で外に出た。そして、先程の人達に入る前に言った言葉は撤回すると申し出た。
「この国の現状も知らずに偉そうな事を言ってしまった。すまなかった。お詫びに必ず俺がこの国の王にハゲラースだったか? 侯爵の理不尽な態度を進言して止めさせる事をここに誓おう。どうか、それで許して欲しい」
そう言って頭を下げると、人々からはプッと吹き出す声が······ ん? 俺は笑うような事を言ったかな? そう思って皆を見ると、我慢出来なくなった一人が、笑いをおさえながら言った。
「くっ、くふふっ、あんた、ハゲラースじゃなくて、ハーベラスだよ。誰だよ、ハゲラースって······ ククク、その名前の侯爵って言われても王も困惑するだけだよ。ハハハハ」
それに釣られて皆がおさえながらも笑いをもらす。そして、
「いや、さっきあんたに言われた事も確かなんだ。俺達は何も動かずにいた。いや、進言はしたんだが、いつも届いてなかったようなんだ。だから半ば諦めが染み付いてしまってな······ だが、あんたが今誓ってくれたから俺達にも希望が生まれたよ。それに、あんただけに任せずに俺達も何かしら出来ないか考えて動く事にするよ」
そう返事を返してくれたのだった。俺は黙って頭を下げて馬車に戻った。
馬車の中ではオッサンと三姉妹と妻二人が談笑していた。そして、オッサンが俺を見て、
「トウジさん、この馬車はどうなってるんだ? 見た目と中の広さが一致してないぞ?」
と少し興奮気味に言ってくる。しまった、忘れていたな······ 俺は考えながら言った。
「悪いがそれについては内緒だ。教える事は出来ない」
「むう、それもそうか······ スキルに関わる事なんだろうしな······ 分かった、この事は誰にも言わないし、俺ももう聞かない。それと、遅くなったが姪っ子達を助けてくれて有り難う。俺は防塞都市ナーズで野菜や果物等を売っている、マダラと言う」
マダラがそう言うと三姉妹が自己紹介を始めた。
「助けていただいて有り難うございます。私は長女でアナです」
「次女のカナです」
「三女のサナだよ」
三人は上から十六歳、十四歳、十二歳だそうで、家には他に長男と次男、三男と四男がいるそうだ。大家族だ。長男と次男は既に結婚して家業である農園の手伝いというかほぼ経営を任されていて、三姉妹は都会に出て見たかったのもあるが、二人の兄の嫁さんと折合いが悪くて、家に居づらかったそうなので、叔父のマダラが気をきかせて誘ったらしい。
そんな話を聞きながら俺は馬車の中を少しずつ広げていった。サヤとマコトが言うには侯爵に目を付けられたからには、防塞都市まで俺達の馬車で連れて行った方が良いらしいから。十二畳の広さでは流石に女性五人、男性二人が休むのには狭すぎるので、俺は中を更に二十畳程足した。そして今夜はそのまま休む様に言ってから、外に出て近くにいる人達に俺達は先に出るからもし侯爵の部下が来たら逃げたと言っておいてくれと頼んだ。
皆が了承してくれたので、俺は馬車を動かして道を戻り、皆から見えなくなった所で馬車ごと無在をかけて移動を始めた。トズキとサズキには防塞都市方面に向かってくれと頼んだ。
その頃、侯爵は女と馬車の調達に失敗した部下の報告を聞いていた。
「と言う訳でS級の冒険者だと言う事でしたので、分が悪いと思い撤退してまいりました······」
「何が、と言う訳なのだ? たかが冒険者風情だろうが! 私はこの国の侯爵だぞ! S級だろうが関係ないだろうが、この無能めっ!」
叫びながら侯爵は剣を抜き報告した部下を左肩からバッサリと斬り下げて絶命させた。そして、震えている秘書官に言う。
「このゴミを片付けろ! 早くしろっ!」
言われた秘書官は外に出て護衛の兵士に声をかけて死体を運び出させ、女官を呼んで掃除させた。全てが終わってから侯爵にまだ震える声で喋りかける秘書官。
「こ、侯爵閣下。か、片付けが終わりました。それとその冒険者についてなのですが、閣下の威光に恐れをなしてどうやら逃げ出したようであります」
「ふんっ! 逃げただと! どうせ防塞都市に行くのであろう! ならばそこで捕らえてしまえば良い。S級冒険者だろうが王にバレなければ良いのだ。それよりも今夜の女はどうした? 早くどこかから連れて来い! 居なければメイドの中から見目良い女を見繕え!」
「ハッ、た、只今すぐに!」
「早くするんだぞ、首と胴が別れる前にな······」
そう笑いながら言う侯爵の前から秘書官は慌てて出て行った。その日は新人メイドが犠牲になったようだ······
俺達は無在のお陰と馬車の性能が良いので夜通し進み後一キロも走れば防塞都市ナーズに着く場所に来ていた。そこで停まり、無在を解いて朝が来るのを待っていた。俺とマダラは起きていて防塞都市についてマダラから話を聞いていた。
マダラは農耕の町から出て、防塞都市で兄の農園から仕入れた野菜や果物を売る商会を立ち上げて十五年になるらしい。
「今までにも貴族の視察はあったんだが、まさかハーベラス侯爵が視察に出るとは思ってなかった。どうやら王都でも流石に噂になりだしたようで、悪さをするのに地方が都合が良いと考えたようだ」
「ふん、この国の国王はどうなんだ? 今まで侯爵の悪い噂が国王の耳に入ってないなんて事があるのか?」
「ああ、トウジさん。実はこの国では前年に代替わりした所でな。急死した前国王に変わって王位についたのは、魔道具の国ヤーマーラに長く留学していた第二王子なんだ。第一王子は前国王と同じ病で三年前に亡くなっていたから」
「長く留学していたって、どれくらいヤーマーラにいたんだ? その国王は」
「今の国王陛下は幼い頃から魔道具を作る才能が凄かったらしくて、自身も三歳の頃にはヤーマーラに行きたいと言い出してな。結局は五歳からヤーマーラに留学していたんだ。現在は十八歳だから、十三年間留学していた事になるな。だからこの国の貴族についてもあまりご存知ないんだ。性格は温厚で、筋は通される方だと聞いているから、誰かが確実に国王陛下に進言すれば侯爵も処分されると思うんだが·····」
「ふーん、そうなのか。分かった。防塞都市にも冒険者ギルドはあるよな? ならギルド経由で手を打ってみるさ」
「冒険者ギルド経由では時間がかかるだろう? その間にあの侯爵の手がトウジさんに伸びると思うぞ」
「なに、その時はその時だ。俺も伝手があるからな。その伝手にも手を貸してもらう予定だし。そんなに時間はかからないと思うぞ。それに、マダラ達にも手を出させないから安心してくれ」
「いや、まあそう言ってくれるのは嬉しいんだが、本当に大丈夫なのか?」
「うん、まあ大丈夫だろうと思う。それよりも長く話し込んでしまったな。俺達も少しぐらいは寝ておこう」
「ああ、分かった」
俺達二人は馬車に入り夜が明けるまで眠りについた。夜明けと共に馬車はしまってから徒歩で門に向かい、門衛に冒険者カードを出した。するとあっさりと通れたのでアガンさんの名前を出す必要がなかったなと思いながら町に入った。
マダラ達は商会には戻らずに隠れ家がに向かうそうだ。そこに俺達もついていく。商会にはマダラの妻と息子がいるので、すぐに戻らなくても大丈夫だそうだ。
隠れ家は門から入ってすぐ右に曲がり、真っ直ぐに進んだ場所で、普通の家にみえたが一番奥の部屋に地下への入口があって、その地下で隠れてすごすそうだ。俺達も取りあえずそこを借りて、侯爵に鉄槌を下す為に動く事になった。
実はここに来るまでにナッツンに連絡を入れてあり、ゴルバードから正式にカインの国王に話が行く様に手配してもらった。ナッツンはカイン国王とも(留学していた時にヤーマーラ経由で)親しくしていたらしく、直ぐに話をすると約束してくれたのだ。後はナッツンから連絡がついたら教えてくれるそうなので、取りあえず急いで何かする必要がない。
俺はそれをサヤとマコトに言ってマダラにも頼りになる伝手と連絡がついたから、暫くは連絡待ちだと言っておいた。
マダラは俺達を信用してくれているのか、分かったと言って隠れ家で大人しく待つのを了承した。
そして、ナッツンから連絡が届いた。
『キヒヒヒ、トウジさん、国王陛下に連絡がつきましたよ。それで、炙り出す為にトウジさんには防塞都市の冒険者ギルドで色々と依頼を受けていただいて侯爵のちょっかいを誘って欲しいのですが、構いませんか?』
『ああ、お安いご用だ。それで、それは今日からでも良いのか?』
『いえ、そちらの国王陛下が三日後にはその都市に着くそうなので、明日辺りからの方が良いと思いますよ。』
『へえ、国王自らが動くんだな』
『現カイン国王のタイサン様は曲がった事が嫌いな方でしてね。今まで何故報告がなかったのかも含めて国内の貴族達のこれまでの動向を見直すと約束してくださいましたよ』
『そうか、分かった。それじゃあ明日から冒険者ギルドに行って派手に活動するよ。有り難うな、ナッツン』
『キヒヒヒ、いえいえ。頂いた結婚祝いに比べれば、これぐらいではお返しにもなりませんよ』
そう言ってナッツンは通信を切った。さあ、俺達も明日から動くぞ。俺は妻二人にナッツンとの通信内容を伝えて、明日から冒険者ギルドで活動すると言った。マダラにもその事を言って、三~四日で侯爵の件は片付けると約束した。
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