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第74話王を撃墜するための一撃
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熱閃を潜り抜ける。
凄まじい熱量だった。熱閃は余波だけで岩を溶かし、火事を引き起こす。空気もその場にいるだけで火傷を負ってしまいそうな程熱い。
朝霧が身に着けている先祖代々受け継いできた黒の軍服。これが耐熱素材で出来ていなかったら、今頃朝霧は火達磨になっていただろう。
「——ハァッ!!」
口を開く度に、焼ける様な熱が喉を通ってくる。それでも構わず大声を出すのはより強く、より早く敵を殺すため。
様子見などしない。1発1発に渾身の力を込めていた。
「温い」
ペナンガランはそれを嗤う。
ひらりと身を躱し、振り向きざまに熱閃を放つ。舌打ちをした朝霧は、迫る熱閃を瓦礫を蹴って回避する。
宙を漂っていた頃とは違い、ここは地獄壺の内部。足場にできる場所などいくらでもあった。
「ちょろちょろと——」
「するに決まってるだろうがァッ」
瓦礫を投げ飛ばすが、全て熱閃に撃ち落される。
脇腹を熱閃が抉った。
「イッ——!!」
表情を歪めて堪らず膝を着く。
脇腹に手をやると激痛が走るが、歯を食いしばり痛みに耐える。血は流れていない。そして、思った程傷は深くはなかった。
「(軍服に助けられたな)」
軍服の袖を掴む。
これを残してくれた父に感謝をして朝霧は立ち上がる。その視線の先には鬼の形相をしたペナンガランがいる。
「その衣服。ただの素材で出来ていナいナ」
「私の先祖代々が貴方達を倒すために作ったものだからね」
「ふん。調子二ノるナ」
汗が流れるが、すぐに熱によって蒸発する。
朝霧の体温は上昇する一方だ。周囲の温度も更に上がっている。このままいけば、石上を捕らえていた部屋の温度を超えるのは時間の問題だ。
そうなれば朝霧は体力を消耗し、長時間の戦闘も困難になる。
まるで炎の中で戦っているかのような状況。それでも構わずに朝霧は笑みを浮かべる。
「別に調子に乗ってないわよ。誇っているの。貴方にそんなものはないだろうから、分からないだろうけど」
瞬間、朝霧は駆け出す。
一瞬遅れて、朝霧が立っていた場所に熱閃が通った。熱閃は地獄壺の外壁をも貫き、常夜街を照らす。
「カアァア!!」
それだけに留まらず、ペナンガランは熱閃を放出したまま薙ぎ払った。
柱が破壊され、建物は揺れ、地獄壺が崩壊し始める。瞬間衝撃吸収壁も熱閃までは防ぐことは出来なかった。
放たれ続ける巨大な熱閃。
天井に張り付いてそれを回避する。崩れる速度が速くなる。上からは瓦礫が降り、ペナンガランの異能によって熱されて赤く光る。下に溜まって光る様子はまるで溶岩のようだった。
「(牽制は無意味)」
瓦礫を投げつけるのは子供の遊びにもならない。とこれまでの戦闘から判断し、朝霧は駆ける。落ちて来る瓦礫の隙間を駆け抜け、ペナンガランの元まで一直線。
「もう貴様ノ動きは読めるぞ」
ペナンガランが熱閃を放ちながら、刀を振るうかのように右から左へと薙ぎ払う。縦横無尽に飛び回り、瓦礫を死角に近づいても反応速度によって覆された。
「上等ッ」
だが、そんなことは朝霧も承知の上だった。
右腕を盾のように掲げ、歯を食いしばる。右腕に熱閃が浴びせられる。本来ならば、溶けて形も無くなる所だ。しかし、朝霧は耐熱素材で出来た軍服を着こんでいる。
右腕を犠牲にしながらも、朝霧は蹴りを放った。
「ダッッッラアアアアアアァァ!!!!」
蹴り飛ばされたペナンガランはまだ無事だった柱に激突し、上から降って来たがれきの下敷きになる。
足を振り切った後に襲い掛かって来たのは石上の異能による反動。
体中に激痛が走り、体が硬直する。そのせいで着地も上手くできず、朝霧は床を転がった。
「(不味い。こんな時に——)」
筋肉が引き攣り、動かない。指一本動かそうとすると激痛が走り、呼吸も上手く行かない。
時間制限が来てしまった。まだペナンガランは倒せていない。朝霧の視界の隅には瓦礫の中からペナンガランが浮かび上がる姿が見えた。
「この、ままじゃッ」
「じっとしていろ。楽ニ殺してやる」
ギロリ——と睨み付けられるのが分かった。殺意が肌に刺さる。
「腕が千切れても、焼かれても戦意がナくナる所か増えるか。ナらば、頭を潰してやる」
「離れてないでこっちに来たら? そんな所からじゃまた外れるかもよ?」
「では、避けてみるがいい」
ペナンガランが標準を朝霧の頭へと合わせた。
頭上に浮かぶペナンガランを朝霧は睨み付ける。睨み付けた所でペナンガランは中級吸血鬼ではないのだ。怯むこともしない。
宙に浮かぶペナンガランと床に転がる朝霧。両者の見上げる距離が互いの位置関係だとペナンガランは言っているように感じた。
「朝霧さァんん!!」
上から声が響く。
ペナンガランの更に上。上層から下層に向けて朝霧が空けた穴から現れたのは巨大なムカデ。とその上に乗る石上と北條。
「ったく。静かに後ろからぶち殺しなさいよ」
思わず悪態尽く。が、それほど悪い状況ではない。とほくそ笑む。
状況が好転した。
標的は2つ。異能を放つ銃口は1つ。どちらに向けるかなど決まっていた。
「止まれ」
「止まらねぇよ。今のコイツは俺の操り人形だ」
ペナンガランが巨大ムカデに向けて指示を出す。暴れれば地獄壺にも甚大な被害を齎すため、念入りに調教を重ね、ここの管理の吸血鬼の命令しか聞かないはずの怪物。
しかし、今は石上の命令しか聞かない人形となっていた。
「ナらば——焼き尽くす」
「その前にお前を殺してやるよ!!」
巨大ムカデがペナンガランへ向けて突っ込んでいく。
下に行くにつれて熱は高まり、巨大ムカデと言えども命の危険はある。だが、自分の意思では動けない巨大ムカデに反応はなく、火傷を負いながらも下に降りていく。
巨大ムカデの代わりに反応をしたのは北條だった。
「アッツ!? 何でこんなに熱いんだ!?」
異能を使わない北條にこの熱は厳しかった。直ぐに目すら開けれなくなり、片手で顔を覆う。だが、それで熱が完全に防げるはずがない。
「直ぐに離れろ!! このままじゃ、お前が持たん!!」
「——ッ。お願いします!!」
石上の言葉に北條は従う。
巨大ムカデの頭から飛び降り、床へと転がり落ちて行く。それを見届けてから石上も巨大ムカデの頭の上から飛び降りた。
巨大ムカデが熱閃によって真っ二つにされる。頭が縦に割れ、断末魔を上げて炎熱地獄の底に落ちて行く。
「——よう。久しぶり」
石上とペナンガランの視線が交わる。
熱閃を放とうとするペナンガランに石上は魔眼を開いて対抗した。
「相変わらずの熱閃か。ワンパターンだなァ!!」
熱閃が見当違いの方向に飛んでいく。
「——幻覚ッ」
「大当たり」
石上の異能は目を合わせた相手の限界を引き出すだけではない。目を合わせた相手を幻覚に嵌めることすら可能だ。上級吸血鬼相手には一瞬しか通じないが、逆に言えば一瞬は通じるということ。
タイミングさえ間違わなければ、その効果は確実に表れる。
朝霧と石上の眼が合う。それだけで、動かなかった朝霧の体はこれまで同様に、彼女の意識とは関係なく動き出した。
メキ、ブチッと朝霧の体が悲鳴を上げている。それでも構わず石上は命令を出す。
「王撃を放て」
朝霧が尋常ならざる脚力で床を蹴る。
朝霧が石上を背中に庇い、ペナンガランに向けて腕を振るう。その手は、いつもより硬く握られてはいなかった。
脅威など感じない。殺気も抑えられている。ペナンガランから見てもそれは今まで受けてきたどの拳よりも軟弱なものだと感じた。
「笑止」
そんなもので殺すつもりなのか。と怒りを込めて熱閃を放つ。
もう幻術に嵌ることがないように石上から目を逸らし、目の前の朝霧にのみ集中する。
空中で身動きは取れない。幻術にはもう嵌らない。誰の手助けも入らない。朝霧が今度こそ死ぬことは確実——のはずだった。
朝霧が更に跳躍して、熱閃を躱した。
ペナンガランが目を見開く。
熱閃は朝霧を貫く代わりに、朝霧が背中に庇うように隠し、直線状にいた石上を貫いていたのだ。
「(いや、違う。庇ったノではナい。足場二するためニ自分ノ後ろ二隠したノか!!)」
朝霧に意識はないため、足場にさせた。の方が言い方としては正しいのだが、それは兎も角、ペナンガランはその異常性に驚く。自分の命を踏み台にさせるなど、吸血鬼には考えられない行為だったからだ。
「頼むぞ」
小さく呟かれた声は誰にも聞こえない。
だが、朝霧は石上の行動を無駄にはしなかった。熱閃が放たれると同時にペナンガランと同じ位置まで飛び上がった朝霧は、意識を宿した瞳でペナンガランと対峙する。
意識は残らずとも、記憶は残っている。石上に何を命令されたか。ハッキリと朝霧は覚えていた。
「ナめるナァ!!」
ペナンガランの口から炎が放たれる。それは熱閃のように収束された熱の塊ではない。朝霧を殺す威力はない。だが、放つまでのタイムラグが熱閃よりも速かった。
拳の届く距離での炎による広範囲ブレス。
炎が朝霧を包み込む。
「——ギギッ!!」
後ろに仰け反りそうになる。体が弾かれる。
左腕は嚙み千切られ、何処かにいっている。腕も跳躍と共に潰した。残っているのは焼け焦げた右腕のみ。
これは使えない。最後の一撃にしか使えない。今力を籠めれば詰むのは自分だと歯を食いしばる。
「(根性で耐えろ。前に身を投げろ。行け行け行け行け行けェ!!)」
思いは強い。けれどそれだけで前に進めるかどうかは別だ。
朝霧の覚悟とは裏腹に体は後ろに行ってしまう。
炎が弱まる。ペナンガランが勝利を確信したのだ。
「全て、無駄だったナ」
機嫌が良さそうな声に聞こえたのは朝霧の気のせいではない。ペナンガランの中ではもう朝霧が逆転する目はないと判断していた。頭の中にあるのは、今後の地獄壺の立て直しと警備の強化だ。
悠々と終わったことを考えて、ペナンガランが大きく口を開ける。
「(——嘘でしょ)」
朝霧が呆気に取られる。彼女の頭にあったのは走馬灯。これまでのこと。この戦いの事。そして、北條が何処で巨大ムカデから飛び降りたか。
朝霧の視界に収束するのは朱い閃光。——————とペナンガランに飛び掛かる北條の姿。
「(お前がここで来るか!!)」
丁度、朝霧とペナンガランがいる位置は、北條が巨大ムカデから飛び降りた位置だった。
飛び降り、体を痛めて戦いを眺めていた北條は、常に準備をしていた。仲間が戦っているのに1人見ているだけなのは、北條自身が許さなかった。
しかし、北條は異能を使えない。使えば朝霧にも石上にも見られてしまう。結城は何やら勘違いをしてくれたが、2人もそうなってくれるとは思えない。
人は土壇場でこそ成長するもの。
北條もまたここで成長をした。
——装備はない。でも異能を使うことはバレてはいけない。あの戦いにどうすれば入れる。入らない。不意を突け。どうやって不意を突く。
自問自答を繰り返し、ルスヴンに見守られ、北條は異能をコントロールする。
出力は大き過ぎず、小さすぎず。体温のみを低くする。
人の体は28℃以下になると昏睡状態になり、25℃で仮死状態となる。
本来なら動けるはずがない。だが、異能とは常識を超えて来るものだ。
「行くぞ」
標的を視界に捉える。
今がこの時だと直感が合図を出す。
石上が施した集中状態はまだ切れていない。ゆっくりと周囲が動いていく中、北條も動き出した。
死体と見間違う体でペナンガランの感知能力を掻い潜り、懐に潜り込む。懐に掻い潜ればもう異能による偽造は関係ない。
火傷する程の熱が北條の体を直ぐに熱していく。
ペナンガランに飛び掛かった北條はそのまま腕を振るい、ペナンガランの左目に腕を突っ込んだ。
グチャリ——と気味の悪い感触が腕に残る。
肉が盛り上がり、再生をして中にある北條の腕も押し潰さんとする。こんなことをしていても意味はない。腕を犠牲にするだけの行動。
しかし、それは後に続く者がいなければの話だ。
「良くやった」
滅多に褒めることのない朝霧が心の底から北條の行動を称賛する。
瞳に力を戻し、体を回転させて遠心力を利用して距離を詰める。体が僅かに後ろに言った分。自分がペナンガランに押し負けた分だけ。
床に転がる位置からここまで。体を犠牲にし、敵を操り、仲間を踏み台に、部下が繋いで届いたこの位置。
「王撃」
いつもは固く握る拳を広げ、脱力した状態で放つ一撃。
その一撃に型はなかった。いつでも、どんな状態でも放てるようにと型そのものを無くしたのだ。だからこそ、重症である彼女も放つことが出来る。
全力を賭けた一撃よりも重い究極の一撃を。
腕がしなり、加速する。狙うはペナンガランの中にいる本体。
ペナンガランの視界から朝霧の腕が消えた。
吸血鬼《王》を撃墜するために生まれた一撃が、吸血鬼へと届いた。
凄まじい熱量だった。熱閃は余波だけで岩を溶かし、火事を引き起こす。空気もその場にいるだけで火傷を負ってしまいそうな程熱い。
朝霧が身に着けている先祖代々受け継いできた黒の軍服。これが耐熱素材で出来ていなかったら、今頃朝霧は火達磨になっていただろう。
「——ハァッ!!」
口を開く度に、焼ける様な熱が喉を通ってくる。それでも構わず大声を出すのはより強く、より早く敵を殺すため。
様子見などしない。1発1発に渾身の力を込めていた。
「温い」
ペナンガランはそれを嗤う。
ひらりと身を躱し、振り向きざまに熱閃を放つ。舌打ちをした朝霧は、迫る熱閃を瓦礫を蹴って回避する。
宙を漂っていた頃とは違い、ここは地獄壺の内部。足場にできる場所などいくらでもあった。
「ちょろちょろと——」
「するに決まってるだろうがァッ」
瓦礫を投げ飛ばすが、全て熱閃に撃ち落される。
脇腹を熱閃が抉った。
「イッ——!!」
表情を歪めて堪らず膝を着く。
脇腹に手をやると激痛が走るが、歯を食いしばり痛みに耐える。血は流れていない。そして、思った程傷は深くはなかった。
「(軍服に助けられたな)」
軍服の袖を掴む。
これを残してくれた父に感謝をして朝霧は立ち上がる。その視線の先には鬼の形相をしたペナンガランがいる。
「その衣服。ただの素材で出来ていナいナ」
「私の先祖代々が貴方達を倒すために作ったものだからね」
「ふん。調子二ノるナ」
汗が流れるが、すぐに熱によって蒸発する。
朝霧の体温は上昇する一方だ。周囲の温度も更に上がっている。このままいけば、石上を捕らえていた部屋の温度を超えるのは時間の問題だ。
そうなれば朝霧は体力を消耗し、長時間の戦闘も困難になる。
まるで炎の中で戦っているかのような状況。それでも構わずに朝霧は笑みを浮かべる。
「別に調子に乗ってないわよ。誇っているの。貴方にそんなものはないだろうから、分からないだろうけど」
瞬間、朝霧は駆け出す。
一瞬遅れて、朝霧が立っていた場所に熱閃が通った。熱閃は地獄壺の外壁をも貫き、常夜街を照らす。
「カアァア!!」
それだけに留まらず、ペナンガランは熱閃を放出したまま薙ぎ払った。
柱が破壊され、建物は揺れ、地獄壺が崩壊し始める。瞬間衝撃吸収壁も熱閃までは防ぐことは出来なかった。
放たれ続ける巨大な熱閃。
天井に張り付いてそれを回避する。崩れる速度が速くなる。上からは瓦礫が降り、ペナンガランの異能によって熱されて赤く光る。下に溜まって光る様子はまるで溶岩のようだった。
「(牽制は無意味)」
瓦礫を投げつけるのは子供の遊びにもならない。とこれまでの戦闘から判断し、朝霧は駆ける。落ちて来る瓦礫の隙間を駆け抜け、ペナンガランの元まで一直線。
「もう貴様ノ動きは読めるぞ」
ペナンガランが熱閃を放ちながら、刀を振るうかのように右から左へと薙ぎ払う。縦横無尽に飛び回り、瓦礫を死角に近づいても反応速度によって覆された。
「上等ッ」
だが、そんなことは朝霧も承知の上だった。
右腕を盾のように掲げ、歯を食いしばる。右腕に熱閃が浴びせられる。本来ならば、溶けて形も無くなる所だ。しかし、朝霧は耐熱素材で出来た軍服を着こんでいる。
右腕を犠牲にしながらも、朝霧は蹴りを放った。
「ダッッッラアアアアアアァァ!!!!」
蹴り飛ばされたペナンガランはまだ無事だった柱に激突し、上から降って来たがれきの下敷きになる。
足を振り切った後に襲い掛かって来たのは石上の異能による反動。
体中に激痛が走り、体が硬直する。そのせいで着地も上手くできず、朝霧は床を転がった。
「(不味い。こんな時に——)」
筋肉が引き攣り、動かない。指一本動かそうとすると激痛が走り、呼吸も上手く行かない。
時間制限が来てしまった。まだペナンガランは倒せていない。朝霧の視界の隅には瓦礫の中からペナンガランが浮かび上がる姿が見えた。
「この、ままじゃッ」
「じっとしていろ。楽ニ殺してやる」
ギロリ——と睨み付けられるのが分かった。殺意が肌に刺さる。
「腕が千切れても、焼かれても戦意がナくナる所か増えるか。ナらば、頭を潰してやる」
「離れてないでこっちに来たら? そんな所からじゃまた外れるかもよ?」
「では、避けてみるがいい」
ペナンガランが標準を朝霧の頭へと合わせた。
頭上に浮かぶペナンガランを朝霧は睨み付ける。睨み付けた所でペナンガランは中級吸血鬼ではないのだ。怯むこともしない。
宙に浮かぶペナンガランと床に転がる朝霧。両者の見上げる距離が互いの位置関係だとペナンガランは言っているように感じた。
「朝霧さァんん!!」
上から声が響く。
ペナンガランの更に上。上層から下層に向けて朝霧が空けた穴から現れたのは巨大なムカデ。とその上に乗る石上と北條。
「ったく。静かに後ろからぶち殺しなさいよ」
思わず悪態尽く。が、それほど悪い状況ではない。とほくそ笑む。
状況が好転した。
標的は2つ。異能を放つ銃口は1つ。どちらに向けるかなど決まっていた。
「止まれ」
「止まらねぇよ。今のコイツは俺の操り人形だ」
ペナンガランが巨大ムカデに向けて指示を出す。暴れれば地獄壺にも甚大な被害を齎すため、念入りに調教を重ね、ここの管理の吸血鬼の命令しか聞かないはずの怪物。
しかし、今は石上の命令しか聞かない人形となっていた。
「ナらば——焼き尽くす」
「その前にお前を殺してやるよ!!」
巨大ムカデがペナンガランへ向けて突っ込んでいく。
下に行くにつれて熱は高まり、巨大ムカデと言えども命の危険はある。だが、自分の意思では動けない巨大ムカデに反応はなく、火傷を負いながらも下に降りていく。
巨大ムカデの代わりに反応をしたのは北條だった。
「アッツ!? 何でこんなに熱いんだ!?」
異能を使わない北條にこの熱は厳しかった。直ぐに目すら開けれなくなり、片手で顔を覆う。だが、それで熱が完全に防げるはずがない。
「直ぐに離れろ!! このままじゃ、お前が持たん!!」
「——ッ。お願いします!!」
石上の言葉に北條は従う。
巨大ムカデの頭から飛び降り、床へと転がり落ちて行く。それを見届けてから石上も巨大ムカデの頭の上から飛び降りた。
巨大ムカデが熱閃によって真っ二つにされる。頭が縦に割れ、断末魔を上げて炎熱地獄の底に落ちて行く。
「——よう。久しぶり」
石上とペナンガランの視線が交わる。
熱閃を放とうとするペナンガランに石上は魔眼を開いて対抗した。
「相変わらずの熱閃か。ワンパターンだなァ!!」
熱閃が見当違いの方向に飛んでいく。
「——幻覚ッ」
「大当たり」
石上の異能は目を合わせた相手の限界を引き出すだけではない。目を合わせた相手を幻覚に嵌めることすら可能だ。上級吸血鬼相手には一瞬しか通じないが、逆に言えば一瞬は通じるということ。
タイミングさえ間違わなければ、その効果は確実に表れる。
朝霧と石上の眼が合う。それだけで、動かなかった朝霧の体はこれまで同様に、彼女の意識とは関係なく動き出した。
メキ、ブチッと朝霧の体が悲鳴を上げている。それでも構わず石上は命令を出す。
「王撃を放て」
朝霧が尋常ならざる脚力で床を蹴る。
朝霧が石上を背中に庇い、ペナンガランに向けて腕を振るう。その手は、いつもより硬く握られてはいなかった。
脅威など感じない。殺気も抑えられている。ペナンガランから見てもそれは今まで受けてきたどの拳よりも軟弱なものだと感じた。
「笑止」
そんなもので殺すつもりなのか。と怒りを込めて熱閃を放つ。
もう幻術に嵌ることがないように石上から目を逸らし、目の前の朝霧にのみ集中する。
空中で身動きは取れない。幻術にはもう嵌らない。誰の手助けも入らない。朝霧が今度こそ死ぬことは確実——のはずだった。
朝霧が更に跳躍して、熱閃を躱した。
ペナンガランが目を見開く。
熱閃は朝霧を貫く代わりに、朝霧が背中に庇うように隠し、直線状にいた石上を貫いていたのだ。
「(いや、違う。庇ったノではナい。足場二するためニ自分ノ後ろ二隠したノか!!)」
朝霧に意識はないため、足場にさせた。の方が言い方としては正しいのだが、それは兎も角、ペナンガランはその異常性に驚く。自分の命を踏み台にさせるなど、吸血鬼には考えられない行為だったからだ。
「頼むぞ」
小さく呟かれた声は誰にも聞こえない。
だが、朝霧は石上の行動を無駄にはしなかった。熱閃が放たれると同時にペナンガランと同じ位置まで飛び上がった朝霧は、意識を宿した瞳でペナンガランと対峙する。
意識は残らずとも、記憶は残っている。石上に何を命令されたか。ハッキリと朝霧は覚えていた。
「ナめるナァ!!」
ペナンガランの口から炎が放たれる。それは熱閃のように収束された熱の塊ではない。朝霧を殺す威力はない。だが、放つまでのタイムラグが熱閃よりも速かった。
拳の届く距離での炎による広範囲ブレス。
炎が朝霧を包み込む。
「——ギギッ!!」
後ろに仰け反りそうになる。体が弾かれる。
左腕は嚙み千切られ、何処かにいっている。腕も跳躍と共に潰した。残っているのは焼け焦げた右腕のみ。
これは使えない。最後の一撃にしか使えない。今力を籠めれば詰むのは自分だと歯を食いしばる。
「(根性で耐えろ。前に身を投げろ。行け行け行け行け行けェ!!)」
思いは強い。けれどそれだけで前に進めるかどうかは別だ。
朝霧の覚悟とは裏腹に体は後ろに行ってしまう。
炎が弱まる。ペナンガランが勝利を確信したのだ。
「全て、無駄だったナ」
機嫌が良さそうな声に聞こえたのは朝霧の気のせいではない。ペナンガランの中ではもう朝霧が逆転する目はないと判断していた。頭の中にあるのは、今後の地獄壺の立て直しと警備の強化だ。
悠々と終わったことを考えて、ペナンガランが大きく口を開ける。
「(——嘘でしょ)」
朝霧が呆気に取られる。彼女の頭にあったのは走馬灯。これまでのこと。この戦いの事。そして、北條が何処で巨大ムカデから飛び降りたか。
朝霧の視界に収束するのは朱い閃光。——————とペナンガランに飛び掛かる北條の姿。
「(お前がここで来るか!!)」
丁度、朝霧とペナンガランがいる位置は、北條が巨大ムカデから飛び降りた位置だった。
飛び降り、体を痛めて戦いを眺めていた北條は、常に準備をしていた。仲間が戦っているのに1人見ているだけなのは、北條自身が許さなかった。
しかし、北條は異能を使えない。使えば朝霧にも石上にも見られてしまう。結城は何やら勘違いをしてくれたが、2人もそうなってくれるとは思えない。
人は土壇場でこそ成長するもの。
北條もまたここで成長をした。
——装備はない。でも異能を使うことはバレてはいけない。あの戦いにどうすれば入れる。入らない。不意を突け。どうやって不意を突く。
自問自答を繰り返し、ルスヴンに見守られ、北條は異能をコントロールする。
出力は大き過ぎず、小さすぎず。体温のみを低くする。
人の体は28℃以下になると昏睡状態になり、25℃で仮死状態となる。
本来なら動けるはずがない。だが、異能とは常識を超えて来るものだ。
「行くぞ」
標的を視界に捉える。
今がこの時だと直感が合図を出す。
石上が施した集中状態はまだ切れていない。ゆっくりと周囲が動いていく中、北條も動き出した。
死体と見間違う体でペナンガランの感知能力を掻い潜り、懐に潜り込む。懐に掻い潜ればもう異能による偽造は関係ない。
火傷する程の熱が北條の体を直ぐに熱していく。
ペナンガランに飛び掛かった北條はそのまま腕を振るい、ペナンガランの左目に腕を突っ込んだ。
グチャリ——と気味の悪い感触が腕に残る。
肉が盛り上がり、再生をして中にある北條の腕も押し潰さんとする。こんなことをしていても意味はない。腕を犠牲にするだけの行動。
しかし、それは後に続く者がいなければの話だ。
「良くやった」
滅多に褒めることのない朝霧が心の底から北條の行動を称賛する。
瞳に力を戻し、体を回転させて遠心力を利用して距離を詰める。体が僅かに後ろに言った分。自分がペナンガランに押し負けた分だけ。
床に転がる位置からここまで。体を犠牲にし、敵を操り、仲間を踏み台に、部下が繋いで届いたこの位置。
「王撃」
いつもは固く握る拳を広げ、脱力した状態で放つ一撃。
その一撃に型はなかった。いつでも、どんな状態でも放てるようにと型そのものを無くしたのだ。だからこそ、重症である彼女も放つことが出来る。
全力を賭けた一撃よりも重い究極の一撃を。
腕がしなり、加速する。狙うはペナンガランの中にいる本体。
ペナンガランの視界から朝霧の腕が消えた。
吸血鬼《王》を撃墜するために生まれた一撃が、吸血鬼へと届いた。
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