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第59話異能解禁

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 ——地獄壺にミサイルが着弾した同時刻。

 北條と結城は1体の吸血鬼と対峙していた。
 黒いスーツに赤いシャツ。白と黒が混じり合った髪をした吸血鬼。
 北條と結城は先に進んだ12番の部隊の者達と合流するべく先に進んでいた時に、突然天井を破壊して降って来たのだ。

 まるでここから先は通さないと言わんばかりに。
 北條も結城も侵入を阻むために1つ上の層から降って来るとは思っておらず、反応が遅れてしまったのだ。
 上から降ってきた吸血鬼に機銃の銃弾が浴びせられるが、吸血鬼は傷1つ負うことはなかった。
 銃弾を浴びながらも土煙を上げて着地する吸血鬼。ゆっくりと上げて見えた赤い瞳からは確かに知性を感じさせるものがあった。

 突如として現れた吸血鬼に北條達は動けなかった。
 驚いたことは確かだ。しかし、それだけで動けなくなる2人ではない。目の前に降り立った吸血鬼から特大の殺意がぶつけられたからだ。

「————ッ」
「!!————」

 息を飲み、構える。しかし、それ以上のことは出来なかった。
 それまで落ち込んでいた結城も、全身に殺意を受けて完全にスイッチが切り替わった。
 ラクシャサとの戦闘で結城の装備は殆どが破壊されている。そのため、異能でしか吸血鬼と戦う術はない。
 念力(サイキック)の発動を現す淡い光を両手に灯し、構える。

「————」

 対して吸血鬼は構えもしない。
 ポケットに手を突っ込み、ただ殺意だけを北條と結城に叩き付けている。
 北條は息を飲んだ。
 これほどの殺意を最初から持っていた吸血鬼はいなかった。大抵がこちらを舐めて、手傷を受けてから殺意をぶつけてくるのだ。
 最初から殺意をぶつけられる理由には心当たりがある。恐らくは先程戦った中級吸血鬼を殺されたことからだろう。
 戦いを見られたということは、こちらのことも把握しているはずだ。吸血鬼は倒しておらず、何処かに消えたということになっているので、結城は最初から殺意をぶつけられる理由に見当はないだろう。

「人間相手に癪だが、慢心してどうなったかの結果はラクシャサが示している。ペナンガラン様からの指示もあるしな。手っ取り早く終わらせよう」

 そう言って吸血鬼はポケットから手を取り出す。その手には1つのリモコンが握られていた。
 リモコンを操作する。すると、壁に据え付けられた機銃の銃口が全て北條達へと向けられた。

「マジかよッ!?」

 北條の驚愕の声は直ぐに銃撃によってかき消される。
 四方からの容赦のない銃弾の雨。大声すら掻き消してしまう銃撃の嵐。それは3分もの間、続けられた。
 四方からの集中射撃。人間なら原型を留めることなどできない弾幕。その中を北條達は生き延びていた。

「————ッ」

 念力による防御。
 結城の十八番とも呼べる防御術で銃弾の雨を凌ぐ。念力の障壁は銃弾では突破することは出来ない。いくら機銃の数を増やしても同じだ。障壁の内側にいる以上、北條達が傷つくことはない。
 目の前の吸血鬼さえいなければ——。

「死ぬがいい」

 吸血鬼が拳を振るう。
 機銃の弾を防げる障壁も吸血鬼の拳を防ぐことは出来なかった。一瞬の拮抗ののち、障壁が破られる。

「下がれッ」

 北條が動く。
 ここで動くべきなのは自分なのだと直感で動いた。12番の部隊が持っていた展開式防弾壁は持っていない。戦闘衣バトルスーツの人工筋肉を膨らませ、両腕をクロスさせて吸血鬼と結城の間に体を滑り込ませる。
 直後——凄まじい衝撃が北條の体を襲った。
 無理やり滑り込ませた態勢では、上手く踏ん張ることもできなかった。いや、例え踏ん張ったとしても同じだっただろう。
 後ろにいた結城も巻き込んで後方へと吹き飛んでいく。
 3度バウンドしてようやく態勢を整えられた結城がブレーキをかける。

「アッ——アァッッ」

 結城を庇おうと割り込んだ北條の両腕はあらぬ方向へと曲がっている。
 痛み、恐怖から声が引き攣り、体が震える。痛みで意識を手放しそうになるが、そうなったら最後、死しかないと自分を無理やり奮い立たせた。

「こんっの——」

 結城はそんな北條を無視して吸血鬼へと突撃する。
 ベキィッと大木が折れたような音を皮切りに戦闘が始まった。

「ヒッ——」

 喉から引き攣るような悲鳴が出る。
 両腕からは絶えず激痛が走っている。骨も見えている。視線を腕に向けたくない。逃げたい。怖い。嫌だ。
 ざわざわと感情が荒ぶり、汗が流れる。
 内臓をやられた時よりも恐ろしく感じる。恐らく、骨や血管が見えているからだろう。怪我の度合いが見えることが恐怖を高めていた。

『安心しろ。余がここにいる』

 その恐怖をルスヴンが収める。

『落ち着け。傷は治る。大丈夫だ。殺させはしない』

 先程とは違い、どこまでも落ち着いた優しい声色。
 それを聞いた北條は少しばかり落ち着く。
 そうだ。1人ではない。自分にはルスヴンがいる。腕が捥がれてもルスヴンは傍を離れずにいてくれる。

「あっ————ㇵァッハァッ!!」

 今まで息を忘れていたかのように精一杯空気を吸い込む。
 ルスヴンの言った通り、少しずつ痛みは引いてきた。思考が回るようになってきた北條は取り敢えず、這うようにして吹き飛んだ際に落としてしまったAAA突撃銃の所まで移動する。

「(ルスッヴン。状況はッ!?)」

 だが、まだ完全に落ち着いた訳ではない。
 それでも状況を把握しようとルスヴンに問いかける。先程の優しい声音ではなく、いつも通りの威厳ある声色でルスヴンは状況を説明する。

『お主も予想はしておろう。小娘の方が不利だ。何度も吹き飛ばされては突撃しておるわ』

 視界には捕らえられなくとも、鋭い第六感で背後がどうなっているかをルスヴンは察知していた。
 このまま数分で結城は敗北を喫することになる。いや、最悪後1分も持たないかもしれない。
 それを聞いて北條は顔を青ざめる。

「(どうすれば良い?)」
『傷を治すぞ。それから異能も使え』
「(でも——)」
『でももくそもないわ。降って来た吸血鬼はジャララカスだ。体内に蛇を保管し、強化する異能を持っておる。本人もかなりの武闘派だ。油断してない分さっきのラクシャサよりも手強い相手だぞ。余の異能を使わず勝てる相手ではない』
「ッ——」

 ルスヴンの言葉に息を飲む。
 このままでは結城は死ぬ。そして、自分も。
 あの吸血鬼と戦うには対吸血鬼装備では歯が立たない。異能を使うしかない。しかし、ここにはまだ結城がいる。
 考える。僅かな時間にこれまで以上に思考を速く回す。
 人は追い詰められてようやく本気を出すというが、北條もその例には漏れなかった。
 そして、決断する。

「(ルスヴン。力を貸してくれ)」
『よかろう。存分に使え』

 北條は覚悟ずる。
 人前で異能を使うことを。
 覚悟が決まれば戸惑うことはなかった。結城は仲間だ。レジスタンスの仲間だ。不愛想な所があり、怒りっぽいが仲間だ。
 何より、彼女にはここに助けたい人物がいる。それを北條は知っている。

 ルスヴンの力が体の隅々まで巡る。
 先程中級1体を食事したことでストックは十分溜まった。それでも無駄遣いは出来ない。力のストックは本来ルスヴンの復活のためのものだ。
 だからこそ、最速最小の力で吸血鬼を殺すと決める。
 まずは腕を元に戻し、敵に悟られないようにうつ伏せのまま気を窺う。
 ルスヴンのおかげで感覚は研ぎ澄まされている。視線を向けなくても手に取るように背後で何が起こっているかを理解することが出来た。
 結城が地面に叩き付けられ、ほんの少し、ほんの少し吸血鬼と距離が開き、吸血鬼が北條が起き上がらないことで、もう問題ないと意識を逸らした瞬間を狙う。
 そして、その時が来た。
 抑えつけられていたバネのように地面から飛び起き、壁を蹴り、油断した吸血鬼の顔面に蹴りを放った。
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