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第14話吸血鬼の殺し方

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 コンクリートの壁が轟音と共に弾け飛ぶ。その光景は巨大なトラックでも突っ込んでこなければ起きることがない現象。しかし、ここは工場の4階。地面から離れた高く場所であり、大型トラックの車体を優に超えている高さだ。間違ってもトラックが壁の向こうから突っ込んでくることなどない。

「外に出ろっ!!」

 結城が声を上げて2人に命令を出す。
 襲ってきたのは十中八九吸血鬼。それも中級クラスに違いない。このような狭く視界の悪い場所では連携も取れはしないと判断した結城達は迫る鉄骨を身を捻って回避して、窓ガラスを突き破り外へと躍り出る。
 ドゴンッ!!と壁をぶち抜く音が響き、何かが物を薙ぎ倒す音が続けて耳に入る――が、そんなことを気にしている余裕はなかった。

「――ッ」
「やっべぇ」

 眼下に広がるのは暗闇に浮かぶ無数の赤い光。それが、窓から飛び出した3人をしっかりと捉えていた。
 ぞわり――と冷たい感覚が背中から感じ、冷や汗が頬を伝う。
 下にいるのは下級の吸血鬼。腹をすかし、新鮮な餌が降りてくるのを見て、狂乱気味に嬉しがっている。
 このままでは着地する前から群がられる。そうなる前に結城が動いた。

異能ブラッドアビリティ発動」

 瞳が黒から青に、吸血鬼の血のような赤い瞳とは真逆の淡い青色へと変化する。血が沸騰したかのように体が熱くなり、感覚が鋭くなる。されだけでなく視覚、聴覚、嗅覚、触覚も鋭くなり、正確に把握できなかった下級の吸血鬼の数も把握できるようになった。

「(数41、速攻で片付ける)――押し潰れろ!!」

 掌を下へと向けて異能を発動させる。異能――ブラッドアビリティとも呼ばれるそれは複数の吸血鬼の血を取り込み、吸血鬼が保有していた複数ある能力の中から1つを特化させたものだ。
 力は何が発症するかは出てくるまでは分からない。しかし、間違いなく吸血鬼を傷つけることができる力を持つことができるのだ。
 結城えりの異能は念動力サイキック。応用性の高く、肉体強化よりも珍しい希少な力だ。
 落ちてくる3人を貪ろうと群がる吸血鬼達が血に伏せ、地面に赤い花を咲かせる。

「うっげぇ、気持ちわり」
「そんなこと言ってないで走れっ!! 追ってきてるぞ」

 吸血鬼が地面に押し潰され、果実が潰れたように中身を曝け出しているのを見て加賀が顔を顰める。戦闘衣《バトルスーツ》のおかげで身体能力が強化されていた北條と加賀は異能がなくとも難なく着地ができていた。無理な動きのせいで筋肉が悲鳴を上げるが、それよりも靴の裏側の柔らかい感触の不快感が勝っていた。
 それは北條も同じだ。確かに気持ち悪いし、直視もしたくない。だが、そんなことを言っていられる暇もないのだ。
 腰に身に着けたベルトから銃を引き抜く。標的の頭を狙い、素早く3発叩き込む。先頭を走る結城の援護に回る。
 口径9mmの弾丸が額に命中し、脳漿を破壊する。しかし、それでも倒れない。額を撃たれるものの吸血鬼は仰け反り、脚を一瞬止めるだけで再び動き出す。下級と言えども吸血鬼。体の一部を傷つけた程度では殺すことはできない。
 舌打ちを一つ、やはり唯の弾丸では歯が立たない。脳を撃ち抜いても肉が弾丸を体外へと吐き出し、傷を癒しているのが目に入った。

「北條、改造弾だ」
「ありがとよっ」

 唯の弾丸では吸血鬼は殺せない。ならば、吸血鬼を殺すために改造した弾丸を使うまで――。
 弾丸も素材も金も乏しい現状では手間と金がかかる改造弾を使うことは憚られるが、命に代えられるものはない。
 後ろから投げられた弾倉を受け取り、素早く装填。近寄ってきた吸血鬼の額、そして心臓目掛けて引き金を引く。
 改造弾にも種類はある。炸裂式にして脳内で爆破させる弾丸、対象に向かう途中に燃える弾丸、ロケットの切り離しの構造の弾丸の先端を威力が弱まった時に発射させるものもあるし、羽を付けて弾道を変則的にしたものもある。
 北條が放った弾丸は燃える弾丸を更に改良し、弾丸の中に銀を取り入れたものだ。
 弾丸の温度は900度を超え、紅い光を灯しながら、吸血鬼の額と心臓を撃ち抜く。肉が焦げる匂いが鼻に届き、返り血が北條の顔に飛ぶ。
 吸血鬼は弾丸では到底殺すことはできない。その理由は、高い再生能力があるからだ。刃で傷をつけても、弾丸で穴を開けても怪我をした瞬間から再生は始まる。
 先程の弾丸が良い例だ。本当ならば、肉体を貫くはずの弾丸も肉の再生能力に押されて、威力を殺され、いずれ体外へと吐き出される。だが、逆を言えば、風穴を開けることできなくとも弾丸をめり込ませることはできるのだ。
 ならば、その弾丸に銀を内蔵し、吸血鬼の頭目掛けて打ち込んだらどうなるか。
 銀はダイヤモンドの次に金属の中で最も熱伝導率に優れている金属だ。約900度の温度で溶けだし、冷めるのも早い。
 内蔵された銀は弾丸の中で熱され、溶けだす。弾丸にも対象にぶつかった瞬間に砕けるようにすれば体内で銀が傷口の表面を覆うという仕組みだ。
 今度こそ、弾丸を撃ち込まれた吸血鬼が倒れ伏す。二度と起き上がることはなく、もう指一本動かすことができない本当の死人と化す。
 吸血鬼が死なないのは再生能力が高いから、死が訪れる前に何事もない状態に戻るからである。
 では、傷口を塞ぎ、再生能力を妨げれば…………結果は御覧の通りだ。
 吸血鬼は殺せるのだ。
 続けて迫る吸血鬼に向けて引き金を引いていく。横からは加賀が短機関銃を乱射して吸血鬼を寄せ付けないようにしている。
 そして、2人の前方、最も吸血鬼を退けている結城は正に無双状態。下級の吸血鬼を千切り、押し潰し、圧壊させていた。
 時間にして10数秒。人外の化け物の包囲網を3人が破った時間だ。吸血鬼に囲まれて尚包囲網を抜け出せたのは結城の存在が大きいだろう。能力を使えない2人に変わって前に立ち、道を開かなければ全員が餌になっていたはずだ。勿論、結城だけでなく北條と加賀も背中ががら空きになった結城をカバーしなければ結城は牙を突き立てられていただろう。
 結局誰が欠けても無理だったのだ。包囲網を突破しようと指示されることもなく、恐怖に捕らわれることも動いた3人は優秀だった。
 だが、この3人でも、包囲網を突破するのに数10秒の時間がかかってしまった。そんな短い時間でもそれだけあれば、中級の吸血鬼が彼らに追い越し、目の前で待ち構える何て朝飯前だった。

「どうもお嬢さん、こんにちは」

 目の前にいたのは東洋風の顔をした紅い目の吸血鬼。その存在感は、先程相手をした下級の吸血鬼とはわけが違った。
 例えるならば鋭利の刃物を突き付けられているかのような。

「「結城ィ!!」」

 2人の声に結城が意識を回復させる。能力を発動させ、障壁を作り目の前に躍り出た吸血鬼に向けて突撃する。
 対して吸血鬼は貫手の構えを取った。人間よりも強靭な肉体を持つ吸血鬼の貫手は、素手でも槍と同様の威力になる。
 赤と青の視線がぶつかり合う。
 吸血鬼と人、肉体と能力、矛と盾。一方は歪んだ笑みを浮かべ、もう一方は殺意で冷たい表情を作った。
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