36 / 58
2023/01/29 BGM: Massive Attack - Be Thankful For What You've Got
しおりを挟む
今日は休みだった。今朝、図書館に行き鈴木邦男『愛国者は信用できるか』を借りる。私自身の十代の頃を思い出す……高校生の頃、私は極左の思想にカブれていた。いじめられっ子だったことはいつも書いている通りだが、そんな風に孤独だったことがさらに自分の攻撃性を強めたのだろう。とはいえさして勉強して理論武装に務めたわけでもなく、小林よしのり『ゴーマニズム宣言』にイカれて右翼とは別の意味で「憂国の志士」を気取っていたにすぎず、つまりは(今に始まったことではないが)ただのアホだったということになる。今思い出しても汗顔の至りというか、ここから教訓として導き出せるのは「人間、孤独をこじらせるとロクなことにならないのだなあ」ということかなと思ってしまう。
その後私は(なぜかわからないが)早稲田に入り、そして深刻なアイデンティティ・クライシスに悩むことになる。というのは私はそれまで周囲に敵意を募らせることによって自我を保っていたところがあったので、「自分以外は敵だ」と思い込んでいたのだった。それが、大学に入ってみると全国から(海外からも)普通に自分と接してくれる人と過ごすことになり、私は「自分以外は敵だ」という思い込みを捨てなければならないことになる。そうなると、人とどう接していいかわからないという悩みを抱えることになる。心を許し、開く。そんな簡単なことさえできない自分がいることに気付かされ、結果として友だちを作ることはおろか普通に挨拶することさえできないことを思い知ったからである。
危なかったな、と思ってしまう。世が世なら私はまさにネット右翼になっていてもおかしくなかった。左翼や右翼問わず常に何かを盲信してその盲信をバネに他人を見下し、結果として周囲を敵に回し孤立して生きる人生を送っていたかもしれない、と思う。これは図書館に行って『ネット右翼になった父』という本を見かけて思ったことだ(もちろん読んでみるつもりだ)。結果論として自分はネット右翼にならず、左翼としても相変わらず出来損ないのまま大人になってしまったのだけれど、そんな自分と秋葉原無差別殺傷事件を起こした犯人やあるいは安倍元総理を暗殺した男との距離は近かったと私は確信している。私自身がもしかしたら取り返しのつかないことをしでかしていたかもしれない、と。
結局私はその後郷里に戻り、自分はいざ小説を書けばそれが周囲に認められて人生一発大逆転のグランドスラムを成し遂げられると確信して(こう書いて、「やはり自分はアホだなあ」と思ってしまう)、でも結局何も書けずに酒に溺れる人生を送ることになる。太宰治に倣って「恥の多い生涯」だったと言うべきか。今は断酒会があり、その他にも多くの場所で仲間を作ることができて幸せを掴めたと思っている。その仲間を通して、私は初めて自分の輪郭を掴めて「自分は無敵だ」「才能がある」「天才だ(世間が認めないだけだ)」という万能感を手放すことができたのだった……そうして大人になれたことは難しい言葉を使えば「重畳」なこと、何よりもラッキーなことだと思うのだった。
その後私は(なぜかわからないが)早稲田に入り、そして深刻なアイデンティティ・クライシスに悩むことになる。というのは私はそれまで周囲に敵意を募らせることによって自我を保っていたところがあったので、「自分以外は敵だ」と思い込んでいたのだった。それが、大学に入ってみると全国から(海外からも)普通に自分と接してくれる人と過ごすことになり、私は「自分以外は敵だ」という思い込みを捨てなければならないことになる。そうなると、人とどう接していいかわからないという悩みを抱えることになる。心を許し、開く。そんな簡単なことさえできない自分がいることに気付かされ、結果として友だちを作ることはおろか普通に挨拶することさえできないことを思い知ったからである。
危なかったな、と思ってしまう。世が世なら私はまさにネット右翼になっていてもおかしくなかった。左翼や右翼問わず常に何かを盲信してその盲信をバネに他人を見下し、結果として周囲を敵に回し孤立して生きる人生を送っていたかもしれない、と思う。これは図書館に行って『ネット右翼になった父』という本を見かけて思ったことだ(もちろん読んでみるつもりだ)。結果論として自分はネット右翼にならず、左翼としても相変わらず出来損ないのまま大人になってしまったのだけれど、そんな自分と秋葉原無差別殺傷事件を起こした犯人やあるいは安倍元総理を暗殺した男との距離は近かったと私は確信している。私自身がもしかしたら取り返しのつかないことをしでかしていたかもしれない、と。
結局私はその後郷里に戻り、自分はいざ小説を書けばそれが周囲に認められて人生一発大逆転のグランドスラムを成し遂げられると確信して(こう書いて、「やはり自分はアホだなあ」と思ってしまう)、でも結局何も書けずに酒に溺れる人生を送ることになる。太宰治に倣って「恥の多い生涯」だったと言うべきか。今は断酒会があり、その他にも多くの場所で仲間を作ることができて幸せを掴めたと思っている。その仲間を通して、私は初めて自分の輪郭を掴めて「自分は無敵だ」「才能がある」「天才だ(世間が認めないだけだ)」という万能感を手放すことができたのだった……そうして大人になれたことは難しい言葉を使えば「重畳」なこと、何よりもラッキーなことだと思うのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる