never coming morning

高山小石

文字の大きさ
上 下
13 / 31

12.2024年のマリア1

しおりを挟む
読んでいただきありがとうございます。
すみません。気分の悪くなる内容があります。
嫌な予感がしたり、辛かったりしたら、15まで飛んでください。マリアのエピソードが抜けますが、大筋にはそれほど関係ありません。







 無意識に握りしめていた手の感触に、マリアは目を覚ました。
 目を開いても暗闇なのは窓がないせいだ。真っ暗な部屋にマリアの浅く速い呼吸音だけが響く。左胸の傷はこの夢を見るといつもずきずき痛んだ。
 しばらくして、マリアは水を飲もうと起きあがった。床に足を下ろすと、ベッドのフットライトが自動で点灯する。
(何度も何度も何度も見た夢、あの日の再現……)
 コップを片手に、マリアはサイドテーブルの上の透明な立方体に触れた。ふぅっと浮かび上がったのは、初めて見た正装のミスズ。記憶が薄れないうちにと、Y博士に頼んで作ってもらったものだ。真紅の民族衣装のような服を着たミスズの額には、同じく真紅の化粧でデフォルメされた目が描かれている。『館』にいた頃はすごく年上のようなイメージがあったのに、キューブの中のミスズは今のマリアより若いように見える。
(あの時あなたはいくつだったの? ハタチにすらなってなかったんじゃない?)
 優しい笑みを浮かべるミスズに、マリアは心の中で話しかける。今のマリアには、『館』がどんな所だったのか想像できた。
 言うならば高級娼館。孤児のきれいな女の子を集めて、14歳になるまで大切に育てる。逃げてもわかるように、胸に『印』を刻まれた少女は、なにも知らず育つのだ。そして14歳になった途端、『館』での自分の存在意義を知らされる。もう逃げられやしない。逃げる伝手も術も場所もない。どうしようもなくなった自分のそばには、昔の自分のようになにも知らない少女たちが連れられて来るのだ。少女にすべてを話そうか? いや、どうしようもないことを早くに言わないほうがいい。黙っていれば、しばらくは幸せに暮らせるのだから……。こうして『館』は保たれていたのだろう。
(あの生活を抜け出すには、エリーのようになるか、私のように『外』に出るかだった。でもわからない。どうしてミスズは私を『外』に出したの? 私は『外』に出たいなんて一度も言ったことはなかったし、ミスズがいればきっと『館』でもやっていけたのに)
 ぼろぼろの状態だったマリアはY博士に助けられたが、しばらく危険な状態だった。胸や身体の傷もさることながら、ミスズに裏切られたような気分だったのだ。
(不思議な力のあったミスズ。ミスズなら私がこうなることもわかっていたはず。そしてあの時も、私の声が聞こえていたはずなのに! なのに、助けてはくれなかった……)
 特殊メイクを習い別人の姿を手に入れることでマリアは回復していった。やっと外を自由に動きまわれるようになると、すぐにマリアは『館』に行った。いや、行けなかった。たった一年の間に『館』は跡形もなく消えていたのだ。まるで最初からなにもなかったみたいに。
 すっかり気力を無くしたマリアに、Y博士は巧みに知識を与えた。今ではマリアはY博士の片腕とも言える存在になっている。Y博士はある研究のため、地球にいるすべての人間を把握したかった。それでマリアは『ブラウン・マリア』を始めたのだ。
 『ブラウン・マリア』は願いを無償で叶えると思われているが、本当は無償ではない。契約時アダマスにつなぐコードから個人データをもらっているのだ。専用のマシンに直接つなげばすぐに手に入るデータなのだが、地球人に違和感を抱かせず、データを集めていることを宇宙人に知られないためには、慎重な行動が必要だ。宇宙人に管理されている今、長い時間と手間をかけないと地球人のデータは手に入らない。
「今日はミライの様子を見て、ヤナギの依頼を聞かなくちゃ」
 時計に目を向けるともう起きる時間だ。着替えるために服を脱ぐ。左胸ではいびつな十字架のように見える傷がフットライトに照らされ、血だまりのような影を落としていた。

 身体をきれいにして乾かすと、まずは特殊溶液に浸かり『肌』を作る。色や厚みを変えることによって、人種・体型も思うままにできる。しかも頑丈なので、少々の荒事に巻き込まれても大丈夫という優れ物だ。
 『肌』が乾くと、服を着てカツラをつける。仕上げにメイクを完璧にすると、そこにいるのは見知らぬ女性だった。
 今日は金髪を軽くウェーブさせたおっとりとした若奥様風だ。のほほんとした表情になるように意識しながらマリアはノースへの道を歩く。『光』で直接行くとどうも役が作れないので、いつも少し手前から歩くのだ。ノースの周囲は住宅街なので、親子連れやノースに向かうであろう子供たちがちらほら歩いていた。表情を作りながら何気なく眺めていると、全身の血が逆流し、体中の毛が逆立つかというほどの激情がマリアを襲った。
(あの男!!)
 老けてはいるが、あの日マリアを襲った男の一人に間違いない。
 ブラウン・マリアをしているのだから、いつか遭遇するかもしれないとは思っていたが、まさかここで遭うとは思わなかった。全身に震えが走り、その場に崩れそうになるのをマリアは必死になだめる。
(大丈夫。大丈夫よ。絶対に私だと気づかれない。それに今の私なら誰にもわからないように殺すことだってできる。その力があるわ!)
 マリアは冷たい瞳でその男を見つめた。以前よりこざっぱりとして、仕事にでも出かけるような格好をしている。
(冷静にならなくちゃ。焦ったらダメ。まずは行動パターンを調べる。それからよ)
 長く息を吐き出すと、マリアは怪しまれないように男を追った。うまくいけば他の男たちとも会えるかもしれない。
(計画は綿密に練らないと)
 この日はブラウン・マリアとしての仕事もあり男の住処を突き止めるだけで終わったが、次の日は仕事の合間に男を観察し、他の男たちの住処も突き止めた。
 埃っぽい町に住みながらも彼らはそれぞれ結婚したらしく、妻や子供がいた。それぞれの家と道に小型の情報収集機を設置した。マリアの研究室で手元のモニターにうつる映像は、平凡な『家族』の毎日だった。
(私をこんな目にあわせておきながら、この男たちはのうのうと『家族』として暮らしているのね)
 暗い想いがマリアの中で起こる。マリアには『家族』がいなかった。だから『家族』というものが本当はよくわからない。でも話に聞いて、あこがれのような感情ができていた。
(理由がなくても一緒にいられる人、一緒にご飯を食べたり、同じ家に住んだり、無条件で愛したり愛されたりする人たち)
 彼らを観察する目がさらに冷たくなるのを、マリアは止められなかった。
(あんたたちの幸せなんて絶対に許さない!)
「マリア」
 アンジュの声に慌てて手元の映像を切ると、いつものマリアに戻って振り返る。
「アンジュがここに来るなんて珍しいわね。緊急の用事?」
「ええ。聞きたいことがあって。ミライとあの男たちの記憶を消したの?」
 とがめるような言い方のアンジュに、マリアは強く言い返した。
「もちろんよ。あんな記憶、無くした方がいいに決まってるわ!」
 ミライは数人の男に襲われていたのだ。そのミライの記憶を、マリアは何日もかけてゆっくりと丁寧に消した。その後ミライに関しては後遺症がないか毎日チェックしている。
 しかしアンジュは厳しい声で言った。
「それは違うわ」
「どうして? ミライの依頼は『苦しみから解放して欲しい』だった。私は『ブラウン・マリア』として当然のことを」
「違う。あなたは『あなたが望むこと』をしたのよ、マリア」
「…………」
「あの男たちがまた同じ事を繰り返す可能性があるわ」
 アンジュは小さなモニターをマリアに手渡した。 
「あの男たちに『虫』をつけたの。しばらく様子を見てちょうだい」
 部屋を出ていくアンジュをマリアは呆然と見送ることしかできなかった。
(私が望むこと? いいえ。ミライが望んだのよ)
 モニターにうつっているのは若い男たちの集会だった。似たような髪の色・髪型・服装の青年が倉庫のような部屋に3人、だらしなく座っている。今の地球に不満を抱えている者の典型的なスタイルだ。動物園的な扱いに苛立ち、なにをしていいのかわからず、自分の気持ちや力を持て余しているのだ。
「まったくやってらんねーよ」
「食べ物が支給はわかるけど、エロ本も支給って、なぁ?」
「オレたちゃなんだってんだよ!」
「……『狩り』に行こうぜ?」
「そうだ。こんな腐った生活してたら、おかしくなっちまう」
「今度はどいつを『狩る』?」
「『上』の連中の子供がいいな。幸せそうにへらへら笑いやがって、ムカつくんだよ!」
「よし! じゃあ計画を練ろうか?」
 男たちは手慣れたように計画を練っていく。その様子をマリアは燃えるような瞳で見ていた。
(コイツらはこの前のことが初めてじゃないのね!)
「確かにこれじゃあまたミライが襲われるかもしれない。どうすれば」
 男たちを見張り次に起こる事件を未然にふせいだとしても、二度と繰り返さないとは限らない。もっと根本的な所を解決しないことには、いたちごっこになってしまう。
「とにかく、あの男たちと同様にしばらく観察してみるしかないわね。事件が起こりそうならこまめに邪魔をして」
 マリアは『虫』からの情報を元に、男たちの住処、行きつけの場所、すべてに情報収集機をセットした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

雪町フォトグラフ

涼雨 零音(すずさめ れいん)
ライト文芸
北海道上川郡東川町で暮らす高校生の深雪(みゆき)が写真甲子園の本戦出場を目指して奮闘する物語。 メンバーを集めるのに奔走し、写真の腕を磨くのに精進し、数々の問題に直面し、そのたびに沸き上がる名前のわからない感情に翻弄されながら成長していく姿を瑞々しく描いた青春小説。 ※表紙の絵は画家の勅使河原 優さん(@M4Teshigawara)に描いていただきました。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

処理中です...