上 下
9 / 18
異世界編

8.エルフの知識を使うわよ

しおりを挟む
 先輩聖女とアタシが領主のお屋敷に戻った頃には、すでに領主の息子が寝室に運び入れてくれた後だったわ。
 お医者様を呼んだか聞いたら、領主の息子も先輩聖女もなんとも言えない表情になったの。

「私が癒やしの歌をうたっている間、あなたたちには他の仕事をお願いしたいわ」

 先輩聖女にやんわり部屋を出されてすぐ、領主の息子が説明してくれたわ。

「母上は医者を呼ぶと怒るから、呼べないんだ」

 お医者さん嫌いな人ってたまにいるわよねぇってその時は思ったの。
 それ以上に気になることがあって、深く考えなかったのよ。

「なんで跡取り息子アンタまでアタシと一緒にお掃除してるのよ?」

「他にする人がいないからだ。気にしないでくれ。慣れてる」

 確かに、ぞうきんをしぼるのだってすっかり堂に入った動きなんだけど。
 普通、お屋敷にはお手伝いさんとかがたくさんいるものよね?

「まさかとは思うけど、この建物にいるのって、おばぁちゃんメイドさんだけなの?」

「あの人はメイドじゃない。母上の乳母だった人だよ。下手に手を離すと人質にされかねないから、ここで暮らしてもらってる」

 話を整理すると、このこぢんまりした領主のお屋敷にいるのは、領主の奥さん、領主の息子、奥さんの元乳母のおばぁちゃん、ローテーション先輩聖女、新米聖女なアタシ、以上! みたいなのよ。

 ちょっと待って。いわゆるメイドや侍従、料理人や執事や庭師といった、お屋敷を維持するために必要な人材が一人もいないってこと? そんなことないわよね?

「ここでの食事は誰が作っているの?」

「母上だ。自分で作る方が毒の心配がないと言って、料理人を解雇した」

「もしかして普段のお掃除やお洗濯も?」

「母上だ。妙な仕掛けがされたら困ると言って、メイドも執事も芸術的な物もすべて排除した」

 領主の奥さんの本業って農作業と領主業なのよね?

「……倒れたのって、もしかしなくても過労じゃないの」

「そうだ。以前にも何回か倒れている」

 いくらこのお屋敷がこぢんまりしているからって、別荘くらいには広いのよ。
 誰が来ても大丈夫なように毎日お掃除して、みんなのご飯作って、洗濯して、聖女じゃなくなっても聖女の仕事もして、でもメインの仕事は農作業と領主業って……。オーバーワークにもほどがあるわ! そりゃ倒れるわよ!

 いったい何時に起きて何時に寝てるのよ!
 そんな生活続けていたら草太みたいに死んじゃうわよ!
 いくら可愛い息子のためとはいえ、死んだらなんにもならないでしょ!

「領主様のお仕事、アンタもうできるの?」

「領主印がいらないものなら」

「すごいのね! アタシ、書類仕事はできないから、お掃除とお洗濯と食事作りは任せて!」

 「一人じゃ時間がかかりすぎるだろう」と心配してくれる領主の息子を言いくるめて、仕事部屋に押し込んだわ。
 悪いけど一人の方が都合いいのよね。
 ここは自然豊かな土地だから、教会よりも簡単にエルフの術が使えるはず。

 アタシは久しぶりに、受け継がれたエルフの知識からエルフ語の呪文を唱えたの。
 一瞬でお屋敷全体がスッキリクリーンな状態になったわ。
 ついでに汚れ防止の呪文もかけて、と。

 この呪文の効果は教会で胃腸炎みたいなのが流行った時に確認済みよ。

 範囲が広いし、あの時ほど強めていないから、効果も除菌殺菌までいかなくて普通の掃除くらい、汚れ防止の持続期間も短いけれど、とりあえず今日の掃除と洗濯はこれでいいわよね。
 明日からのことはまた明日考えればいいのよ。

 なんでエルフ族にこんな呪文が受け継がれているのかしらって不思議だったけど、寿命が長いから編み出されたのかもしれないわね。家事って、たまにすると楽しいけど、毎日まいにちだと億劫おっくうなのよねぇ。

 手で掃除する方が達成感があるし、お日様の匂いがする洗濯物の方が好きなんだけど、今は時間が惜しいから、ありがたく活用させてもらうわよ。

 次は調理ね。
 厨房ちゅうぼうに行くと、おばぁちゃんが窓際でひなたぼっこしながらうとうとしていたわ。

「ねぇおばぁちゃん。ここ使っても大丈夫? アタシがお食事を作ってもいい?」

 こっくり頷かれたので、ついでに質問する。

「今いる人たちの苦手なものってあるかしら?」

 ゆっくりふるふる首を横に振られたから特にないみたい。そもそも苦手な食材は仕入れていないのかもしれないわね。
 アレルギーがなさそうならいいのよ。
 食材倉庫の場所と入室していいかをおばぁちゃんに確認してから、食材を物色よ。

 ひんやりした倉庫にはさすが農場ね。食材がたっぷり入っていたわ。
 でもまずは領主の奥さんに疲労回復薬が必要よね。

 エルフの知識には薬もあったけど、ここにある材料で作れそうな疲労回復系は……あったわ。サングリア風の、果物とお酒とハーブと呪文でできる飲み物!
 普通に美味しそうだけど、ポーションを華やかにした感じなのかしら?

 この世界のお酒、アタシはまだ飲んだことがないから、おばぁちゃんに味見してもらうことにしたのよ。
 病人にキツすぎたら大変だもの。 
 おばぁちゃんは一口飲んだ後、ちょっと止まっていたけれど、その後は一気飲みしたわ。

「ちょ、ちょっと。そんなに急に飲んで大丈夫なの?」

「すごく美味しいじゃないのさ! こんな美味しいの飲んだことないよ! もう一杯おくれよ!」

 おばぁちゃんん? 
 なんだか表情も姿勢もシャッキリしてなぁい?

「酒精もこの程度なら、あの子たちも気に入るはずだよ。早く持っていっておやり」

「え、ええ」

 さっきまでのよろよろしていたのは演技だったのか気になったけど、今はとにかく領主の奥さんに飲ませてあげなきゃね。
 あの子たちってことは、息子にも持っていった方がいいってことよね。
 せっかくだから先輩聖女にも飲んでもらいたいわ。

 アタシは追加で四人分作って、おばぁちゃんにおかわり分を渡した後、持っていったの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ファンタジーな世界でエロいことする

もずく
BL
真面目に見せかけてエロいことしか考えてないイケメンが、腐女子な神様が創った世界でイケメンにエロいことされる話。 BL ボーイズラブ 苦手な方はブラウザバックお願いします

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

[R18] 転生したらおちんぽ牧場の牛さんになってました♡

ねねこ
BL
転生したら牛になってて、毎日おちんぽミルクを作ってます♡

弟いわく、ここは乙女ゲームの世界らしいです

BL
――‥ 昔、あるとき弟が言った。此処はある乙女ゲームの世界の中だ、と。我が侯爵家 ハワードは今の代で終わりを迎え、父・母の散財により没落貴族に堕ちる、と… 。そして、これまでの悪事が晒され、父・母と共に令息である僕自身も母の息の掛かった婚約者の悪役令嬢と共に公開処刑にて断罪される… と。あの日、珍しく滑舌に喋り出した弟は予言めいた言葉を口にした――‥ 。

からっぽを満たせ

ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。 そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。 しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。 そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー

転生したら同性から性的な目で見られている俺の冒険紀行

BL
ある日突然トラックに跳ねられ死んだと思ったら知らない森の中にいた神崎満(かんざきみちる)。異世界への暮らしに心踊らされるも同性から言い寄られるばかりで・・・ 主人公チートの総受けストリーです。

捨てられ子供は愛される

やらぎはら響
BL
奴隷のリッカはある日富豪のセルフィルトに出会い買われた。 リッカの愛され生活が始まる。 タイトルを【奴隷の子供は愛される】から改題しました。

処理中です...