14 / 21
14.暴走へのカウントダウン
しおりを挟む
ホワイトストーン病院のロビーに入ったとき、すでにいつもと違う雰囲気だった。
普段なら音量を下げられているテレビが、大きな音で臨時ニュースを伝えていた。それに誰も文句を言わず、テレビの周りには人垣ができつつある。
『ご覧下さい! 管理者が次々とロイドに倒されていきます。すでに内部はロイドに制圧された模様です。暴走しているのは原子力発電所勤務のロイド30体! これまでの暴走とは違い、整然とした動きにも見えます。ああ、また一人、倒されました!』
「……狂言なのよね?」
「限りなく本物に近い、ね」
受付でルージュが名乗ると小百合が飛んできた。
「またあなたですの? いい加減になさいませ。何度来たところで永瀬様は渡しませんわ」
「ニュース見たでしょ? あれを鎮圧できるのはクウヤだけなのよ! お願い。クウヤの力が必要なの! クウヤを呼んで!」
「ワタクシからもお願いします。このままでは、罪のないロイドたちまでもが逆境に立たされてしまいます。そんなこと、協会として見逃すわけにはいきませんのでね」
「緑川」
小百合が『様』をつけずに人の名前を呼ぶのをルージュは初めて聞いた。
「協会が絡んでいるのでは、この事件も鵜呑みにはできませんわね」
「そんな、誤解ですよ。ワタクシはルージュさんに、ここで起きた暴走事件のお話を伺っていただけです。たまたま事件が起こったので一緒にここに来た。それだけですよ」
「たまたまですって? 協会に都合のいい『たまたま』が、最近、多くありませんこと?」
(接点がなさそうだけど、この二人って仲が悪かったのかしら?)
「なにを騒いでいるんだね」
「お父様!」
「静かにしなさい。ここは病院だ。ただでさえ事件が起きてピリピリしているのだから」
「ごめんなさい」
小百合はしゅんとなった。その様子に頷くと、院長は小百合の肩に優しく手を置いて静かに言った。
「永瀬君のことだが、このままというわけにもいくまい。彼は今にも飛び出さんばかりの勢いだよ? そんな彼を、おまえの我儘で籠に入れておくのかい?」
「わがままでは、ありませんわ」
「そうだね。永瀬君を心配してのことだろう。けれど、それだけで縛り付けるのが正しいことか、よく考えなさい。白石のモットーはなにか、覚えているね?」
「もちろんですわ」
「ニュースは見たね?」
「はい」
「では、どうするのが一番良いと思う?」
「……永瀬様を呼んでまいります」
つかの間、ルージュの中で、事件のことも空也のことも消えていた。
幼い小百合は自分のできることを精一杯やろうとしている。それをわかっているから院長も小百合を一人前に扱っている。たった短いやりとりでも、お互いを信頼しているのがわかる。
(いいなぁ)
ルージュはそんな二人が羨ましかった。
院長がルージュに目を止めた。
「君は……。君のことは覚えているよ」
ルージュも覚えている。あの事故のときに担当してくれた医師だ。
「あの時はお世話になりました。おかげさまで無事に回復しました」
「それは良かった。そうだ、あの時の答えは出たのかな?」
院長の言葉はルージュには覚えのないものだった。
(以前の私がなにか約束でもしていたのかしら?)
詳しく聞きたかったが、緑川が耐えかねたように口を挟んできた。
「そろそろワタクシの存在を認めていただいてもよろしいんじゃないんですかねぇ」
院長は眉をしかめた。
(どうやら白石と協会の仲が悪いみたいね)
「そんな露骨に嫌そうにされるとは心外ですね。病院も大繁盛。景気が良さそうで何よりじゃないですか」
「病院の景気がいいのは、良いような悪いような複雑なところだがね。まぁ良くやっているよ」
「偽物の人間を作るのに大忙し、ですか?」
「ここでその話をするつもりはない。用件を済ませて、さっさと出て行きたまえ」
「相変わらず短気ですねぇ。ワタクシもね、あれから随分と勉強したんですよ。『クローン』と呼ばれるものについてね。あれは結局」
「緑川。二度は言わない」
「お待たせいたしましたわ!」
間に割って入るように小百合が戻ってきた。少し遅れて懐かしい姿があった。
「クウヤ! 良かった。無事に目覚めたのね」
少しも変わらない姿にルージュはほっとした。が、空也は強張った顔で言った。
「あなたがラピス・ラビアル家の方ですか。その節は、どうもお世話になったそうで」
(そうだ。クウヤとは、また初対面からなんだわ)
「永瀬様。もう一度聞きますけど、本当によろしくて? ここを出たら、確実に一番初めに永瀬様をお起こしできるという保証はできませんのよ?」
「いいんだ。ここに僕のクローンがあるなら、もしも別の僕が先に目覚めても、いつか小百合ちゃんが本当の僕を目覚めさせてくれるんだろ? 今はアクアを助けることが先だよ」
「わかりましたわ。必ずお起こしいたします」
小百合はすれ違いざま早口にルージュに囁いた。
「一連の事件についてはすべて永瀬様にお話ししています。くれぐれも永瀬様をよろしくお願いしますわよ」
(この子、本当は一緒に来たいのよね。それが無理だから私にお願いまでして)
真剣な表情の小百合にルージュも囁いた。
「安心して。もうあんなヘマはしないわ。クウヤは絶対守る」
「当然ですわ」
皮肉気な声も、もうルージュは気にならなかった。
「初めまして、クウヤ。私のことはルージュって呼んで。いきなりで悪いんだけど、ロイドの暴走を止めるために、私たちと一緒に来て欲しいの」
「アクアを止められるのならどこへでも行きます! ぜひ連れて行ってください!」
小百合と院長に一礼すると、ルージュたちは空也を連れて病院を出た。
全員が車に乗り込む。運転席に緑川、二列目にルージュと空也、三列目に護衛アクアが乗った。
走り出して少しも行かないうちに、空也がつぶやいた。
「気のせいかな? 行き先が違うような気がするんだけど」
車は海沿いにある原子力発電所ではなく、山のほうへと向かっている。
「そういえば、どこに向かってるの? 私はてっきり、AQA本社に行くんだと思ってたけど」
AQA本社も通り過ぎてしまった。
「おやおや。ルージュさんが先程ご自分で言ったんじゃありませんか。ロイドを止める所へ行くんですよ」
「それなら反対方向だし、暴走は狂言だって言ったじゃない。クウヤから話を聞くんじゃないの?」
「暴走がウソ? どういうことだ?」
(しまった。うっかり言っちゃったわ)
「永瀬さん。ワタクシがあなたに伺いたいのは、ロイドの暴走を止める方法なんですよ」
「それなら原発に行ってくれないと。暴走が事実なら、だけどね。そうだよ。考えてみれば、暴走したアクアがあんな風に計画的に動けるはずがない。僕を白石から出す策略だったんだな。そのためにどれだけの犠牲が出ると思うんだ! 現場だけじゃない。暴走が一度起きれば、アクアだけじゃなく、ロイド全体のイメージが悪くなるのに」
「もちろん存じております。ですが、それ以上の犠牲をくいとめるために、必要なことだと判断したのです。まだ間に合ううちにもっと大きな暴走を止めないと」
(もっと大きな暴走? 他でも暴走事件が起きているの?)
緑川が話している間にも車は自動運転を続けていた。
住宅街を通り抜けて、どんどん山のほうへと近づいていく。
「まさか、ホームに行くつもりなのか?」
空也の顔色が変わった。
(ホーム? そういえば、あの時)
『君には代わりがいないだろう? もう一人の僕に会ったら、ホームにある箱を開けろって、伝え、て……』
死の境目で確かに空也はそう言った。
ルージュは隣にいる空也にだけ聞こえるように聞いた。
「ねぇクウヤ。ホームにある箱を開けたらどうなるの?」
クウヤは息を飲んだ。
「君、誰からそのことを? それは先輩にも誰にも言ってない。僕だけの秘密なのに」
「昨日クウヤが私に言ったのよ」
「……君は、僕にとって、いったいどういう人だったの? 小百合ちゃんは、恋人じゃなかったって言ってたけど、僕がそのことを誰にでも話すとは思えない」
(それは私が知りたいわよ。どうして私を信用したの? なんで私を部屋に入れたの? どうして、どうして何度も私を忘れてしまうのよ!)
しかし努めて冷静にルージュは言った。
「クウヤの近くにいたのが、たまたま私だったからじゃない?」
「でもそれも、凶弾から君をかばってのことなんだろう?」
(あの子ったら、そんなことまで話したのね)
「そうね。クウヤはこうも言った。『君には代わりがいないだろう?』って」
「昨日の僕はマヌケだな。この僕にすらクローンが用意されていたんだ。ラピス・ラビアル家の人間に代わりがないわけないじゃないか」
(ラピス・ラビアル家ってだけでここまで態度が違うと、さすがに傷つくわね。まぁ今のクウヤには、自分がクローンだと知ってのショックもあるんだろうけど。それにしても、もうちょっと言葉を選んで欲しいもんだわ)
クローンだということは、自分が『偽者』だと言われるようなものだ。
完全クローン体とはいえオリジナルのコピーだ。本物に限りなく近いが本物じゃない。クローンになった時点で多少なりとも『記憶を失う』からだ。
誰にも失った自分の気持ちはわからない。
当時の状況を聞いても、その時の自分がどう考えていたのか、どうしてそういう行動に出たのか。たとえ同じ考えに到達しても確証が得られない。考え出したら、今の自分のすべてが不安になる。なにが『本当の自分』なのかわからなくなる。それが余計に、自分は偽物なのだと思い知らされることになる。
そのことをルージュは身を持って知っていた。
「クウヤはね、私がラピス・ラビアル家の者だって知らなかったのよ。どうしてかっていうと、私が家出しているから、本名を言わなかったからなの。確かに私にもクローンはあるわ。でも、記憶のバックアップデータはないの。だから正直言うと、今の私が消えてしまわなくて、本当にほっとしたわ。遅くなったけど、昨日は助けてくれてありがとう。そして、ごめんなさい。今日は私のことは気にしないで。今度は私がクウヤを守るから」
空也は目を瞠る。
「僕は君を知らないのに?」
「私がクウヤを知ってるわ」
「お取り込み中に申し訳ありませんが、間もなく到着ですよ。先立って、『箱』にはなにが入っているのか教えていただけませんか?」
「どうしてあんたも『箱』のことを知っているんだ?」
「昨日のお二人の会話は調査済みなんですよ。さて、質問の答えは?」
「調査済みなら知ってるんだろう?」
「察するに、アクアを消すプログラムのようなものだと推測していますが。見てのお楽しみ、ですか。ただ、早くしないと、暴走が現実になるかもしれませんがね」
「どういうことよ?」
「言葉通りですよ。ワタクシが時間までに合図を送らなければ、暴走させるように申し渡してきましたのでね」
「なっ。そんな話じゃなかったでしょ?」
「何度も言いますが、ワタクシはロイドの暴走を止めたいんですよ。『アクアという名の暴走』をね」
空也は険しい表情のまま黙り込んだ。
普段なら音量を下げられているテレビが、大きな音で臨時ニュースを伝えていた。それに誰も文句を言わず、テレビの周りには人垣ができつつある。
『ご覧下さい! 管理者が次々とロイドに倒されていきます。すでに内部はロイドに制圧された模様です。暴走しているのは原子力発電所勤務のロイド30体! これまでの暴走とは違い、整然とした動きにも見えます。ああ、また一人、倒されました!』
「……狂言なのよね?」
「限りなく本物に近い、ね」
受付でルージュが名乗ると小百合が飛んできた。
「またあなたですの? いい加減になさいませ。何度来たところで永瀬様は渡しませんわ」
「ニュース見たでしょ? あれを鎮圧できるのはクウヤだけなのよ! お願い。クウヤの力が必要なの! クウヤを呼んで!」
「ワタクシからもお願いします。このままでは、罪のないロイドたちまでもが逆境に立たされてしまいます。そんなこと、協会として見逃すわけにはいきませんのでね」
「緑川」
小百合が『様』をつけずに人の名前を呼ぶのをルージュは初めて聞いた。
「協会が絡んでいるのでは、この事件も鵜呑みにはできませんわね」
「そんな、誤解ですよ。ワタクシはルージュさんに、ここで起きた暴走事件のお話を伺っていただけです。たまたま事件が起こったので一緒にここに来た。それだけですよ」
「たまたまですって? 協会に都合のいい『たまたま』が、最近、多くありませんこと?」
(接点がなさそうだけど、この二人って仲が悪かったのかしら?)
「なにを騒いでいるんだね」
「お父様!」
「静かにしなさい。ここは病院だ。ただでさえ事件が起きてピリピリしているのだから」
「ごめんなさい」
小百合はしゅんとなった。その様子に頷くと、院長は小百合の肩に優しく手を置いて静かに言った。
「永瀬君のことだが、このままというわけにもいくまい。彼は今にも飛び出さんばかりの勢いだよ? そんな彼を、おまえの我儘で籠に入れておくのかい?」
「わがままでは、ありませんわ」
「そうだね。永瀬君を心配してのことだろう。けれど、それだけで縛り付けるのが正しいことか、よく考えなさい。白石のモットーはなにか、覚えているね?」
「もちろんですわ」
「ニュースは見たね?」
「はい」
「では、どうするのが一番良いと思う?」
「……永瀬様を呼んでまいります」
つかの間、ルージュの中で、事件のことも空也のことも消えていた。
幼い小百合は自分のできることを精一杯やろうとしている。それをわかっているから院長も小百合を一人前に扱っている。たった短いやりとりでも、お互いを信頼しているのがわかる。
(いいなぁ)
ルージュはそんな二人が羨ましかった。
院長がルージュに目を止めた。
「君は……。君のことは覚えているよ」
ルージュも覚えている。あの事故のときに担当してくれた医師だ。
「あの時はお世話になりました。おかげさまで無事に回復しました」
「それは良かった。そうだ、あの時の答えは出たのかな?」
院長の言葉はルージュには覚えのないものだった。
(以前の私がなにか約束でもしていたのかしら?)
詳しく聞きたかったが、緑川が耐えかねたように口を挟んできた。
「そろそろワタクシの存在を認めていただいてもよろしいんじゃないんですかねぇ」
院長は眉をしかめた。
(どうやら白石と協会の仲が悪いみたいね)
「そんな露骨に嫌そうにされるとは心外ですね。病院も大繁盛。景気が良さそうで何よりじゃないですか」
「病院の景気がいいのは、良いような悪いような複雑なところだがね。まぁ良くやっているよ」
「偽物の人間を作るのに大忙し、ですか?」
「ここでその話をするつもりはない。用件を済ませて、さっさと出て行きたまえ」
「相変わらず短気ですねぇ。ワタクシもね、あれから随分と勉強したんですよ。『クローン』と呼ばれるものについてね。あれは結局」
「緑川。二度は言わない」
「お待たせいたしましたわ!」
間に割って入るように小百合が戻ってきた。少し遅れて懐かしい姿があった。
「クウヤ! 良かった。無事に目覚めたのね」
少しも変わらない姿にルージュはほっとした。が、空也は強張った顔で言った。
「あなたがラピス・ラビアル家の方ですか。その節は、どうもお世話になったそうで」
(そうだ。クウヤとは、また初対面からなんだわ)
「永瀬様。もう一度聞きますけど、本当によろしくて? ここを出たら、確実に一番初めに永瀬様をお起こしできるという保証はできませんのよ?」
「いいんだ。ここに僕のクローンがあるなら、もしも別の僕が先に目覚めても、いつか小百合ちゃんが本当の僕を目覚めさせてくれるんだろ? 今はアクアを助けることが先だよ」
「わかりましたわ。必ずお起こしいたします」
小百合はすれ違いざま早口にルージュに囁いた。
「一連の事件についてはすべて永瀬様にお話ししています。くれぐれも永瀬様をよろしくお願いしますわよ」
(この子、本当は一緒に来たいのよね。それが無理だから私にお願いまでして)
真剣な表情の小百合にルージュも囁いた。
「安心して。もうあんなヘマはしないわ。クウヤは絶対守る」
「当然ですわ」
皮肉気な声も、もうルージュは気にならなかった。
「初めまして、クウヤ。私のことはルージュって呼んで。いきなりで悪いんだけど、ロイドの暴走を止めるために、私たちと一緒に来て欲しいの」
「アクアを止められるのならどこへでも行きます! ぜひ連れて行ってください!」
小百合と院長に一礼すると、ルージュたちは空也を連れて病院を出た。
全員が車に乗り込む。運転席に緑川、二列目にルージュと空也、三列目に護衛アクアが乗った。
走り出して少しも行かないうちに、空也がつぶやいた。
「気のせいかな? 行き先が違うような気がするんだけど」
車は海沿いにある原子力発電所ではなく、山のほうへと向かっている。
「そういえば、どこに向かってるの? 私はてっきり、AQA本社に行くんだと思ってたけど」
AQA本社も通り過ぎてしまった。
「おやおや。ルージュさんが先程ご自分で言ったんじゃありませんか。ロイドを止める所へ行くんですよ」
「それなら反対方向だし、暴走は狂言だって言ったじゃない。クウヤから話を聞くんじゃないの?」
「暴走がウソ? どういうことだ?」
(しまった。うっかり言っちゃったわ)
「永瀬さん。ワタクシがあなたに伺いたいのは、ロイドの暴走を止める方法なんですよ」
「それなら原発に行ってくれないと。暴走が事実なら、だけどね。そうだよ。考えてみれば、暴走したアクアがあんな風に計画的に動けるはずがない。僕を白石から出す策略だったんだな。そのためにどれだけの犠牲が出ると思うんだ! 現場だけじゃない。暴走が一度起きれば、アクアだけじゃなく、ロイド全体のイメージが悪くなるのに」
「もちろん存じております。ですが、それ以上の犠牲をくいとめるために、必要なことだと判断したのです。まだ間に合ううちにもっと大きな暴走を止めないと」
(もっと大きな暴走? 他でも暴走事件が起きているの?)
緑川が話している間にも車は自動運転を続けていた。
住宅街を通り抜けて、どんどん山のほうへと近づいていく。
「まさか、ホームに行くつもりなのか?」
空也の顔色が変わった。
(ホーム? そういえば、あの時)
『君には代わりがいないだろう? もう一人の僕に会ったら、ホームにある箱を開けろって、伝え、て……』
死の境目で確かに空也はそう言った。
ルージュは隣にいる空也にだけ聞こえるように聞いた。
「ねぇクウヤ。ホームにある箱を開けたらどうなるの?」
クウヤは息を飲んだ。
「君、誰からそのことを? それは先輩にも誰にも言ってない。僕だけの秘密なのに」
「昨日クウヤが私に言ったのよ」
「……君は、僕にとって、いったいどういう人だったの? 小百合ちゃんは、恋人じゃなかったって言ってたけど、僕がそのことを誰にでも話すとは思えない」
(それは私が知りたいわよ。どうして私を信用したの? なんで私を部屋に入れたの? どうして、どうして何度も私を忘れてしまうのよ!)
しかし努めて冷静にルージュは言った。
「クウヤの近くにいたのが、たまたま私だったからじゃない?」
「でもそれも、凶弾から君をかばってのことなんだろう?」
(あの子ったら、そんなことまで話したのね)
「そうね。クウヤはこうも言った。『君には代わりがいないだろう?』って」
「昨日の僕はマヌケだな。この僕にすらクローンが用意されていたんだ。ラピス・ラビアル家の人間に代わりがないわけないじゃないか」
(ラピス・ラビアル家ってだけでここまで態度が違うと、さすがに傷つくわね。まぁ今のクウヤには、自分がクローンだと知ってのショックもあるんだろうけど。それにしても、もうちょっと言葉を選んで欲しいもんだわ)
クローンだということは、自分が『偽者』だと言われるようなものだ。
完全クローン体とはいえオリジナルのコピーだ。本物に限りなく近いが本物じゃない。クローンになった時点で多少なりとも『記憶を失う』からだ。
誰にも失った自分の気持ちはわからない。
当時の状況を聞いても、その時の自分がどう考えていたのか、どうしてそういう行動に出たのか。たとえ同じ考えに到達しても確証が得られない。考え出したら、今の自分のすべてが不安になる。なにが『本当の自分』なのかわからなくなる。それが余計に、自分は偽物なのだと思い知らされることになる。
そのことをルージュは身を持って知っていた。
「クウヤはね、私がラピス・ラビアル家の者だって知らなかったのよ。どうしてかっていうと、私が家出しているから、本名を言わなかったからなの。確かに私にもクローンはあるわ。でも、記憶のバックアップデータはないの。だから正直言うと、今の私が消えてしまわなくて、本当にほっとしたわ。遅くなったけど、昨日は助けてくれてありがとう。そして、ごめんなさい。今日は私のことは気にしないで。今度は私がクウヤを守るから」
空也は目を瞠る。
「僕は君を知らないのに?」
「私がクウヤを知ってるわ」
「お取り込み中に申し訳ありませんが、間もなく到着ですよ。先立って、『箱』にはなにが入っているのか教えていただけませんか?」
「どうしてあんたも『箱』のことを知っているんだ?」
「昨日のお二人の会話は調査済みなんですよ。さて、質問の答えは?」
「調査済みなら知ってるんだろう?」
「察するに、アクアを消すプログラムのようなものだと推測していますが。見てのお楽しみ、ですか。ただ、早くしないと、暴走が現実になるかもしれませんがね」
「どういうことよ?」
「言葉通りですよ。ワタクシが時間までに合図を送らなければ、暴走させるように申し渡してきましたのでね」
「なっ。そんな話じゃなかったでしょ?」
「何度も言いますが、ワタクシはロイドの暴走を止めたいんですよ。『アクアという名の暴走』をね」
空也は険しい表情のまま黙り込んだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
日本国転生
北乃大空
SF
女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。
或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。
ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。
その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。
ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。
その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。
【完結】元ドラゴンは竜騎士をめざす ~無能と呼ばれた男が国で唯一無二になるまでの話
樹結理(きゆり)
ファンタジー
ドラゴンが治める国「ドラヴァルア」はドラゴンも人間も強さが全てだった。
日本人とドラゴンが前世という、ちょっと変わった記憶を持ち生まれたリュシュ。
しかしそんな前世がありながら、何の力も持たずに生まれたリュシュは周りの人々から馬鹿にされていた。
リュシュは必死に強くなろうと努力したが、しかし努力も虚しく何の力にも恵まれなかったリュシュに十八歳のとき転機が訪れる。
許嫁から弱さを理由に婚約破棄を言い渡されたリュシュは、一念発起し王都を目指す。
家族に心配されながらも、周囲には馬鹿にされながらも、子供のころから憧れた竜騎士になるためにリュシュは旅立つのだった!
王都で竜騎士になるための試験を受けるリュシュ。しかし配属された先はなんと!?
竜騎士を目指していたはずなのに思ってもいなかった部署への配属。さらには国の争いに巻き込まれたり、精霊に気に入られたり!?
挫折を経験したリュシュに待ち受ける己が無能である理由。その理由を知ったときリュシュは……!?
無能と馬鹿にされてきたリュシュが努力し、挫折し、恋や友情を経験しながら成長し、必死に竜騎士を目指す物語。
リュシュは竜騎士になれるのか!?国で唯一無二の存在となれるのか!?
※この作品は小説家になろうにも掲載中です。
※この作品は作者の世界観から成り立っております。
※努力しながら成長していく物語です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
アカペラバンドガールズ!! 〜島の女神様とわたし(見習い)のひみつの関係!?〜
Shooter
ライト文芸
「……一緒に、歌お?」
──これは、日常と非日常が絡まり合った、あるガールズアカペラバンドの結成と成長の物語。
南西諸島の島、音美(ねび)大島。
高校一年の遠矢桜良(とおやさくら)は、幼馴染の横峯早百合(よこみねさゆり)と偶然再会したことで、合唱に興味を持ち始める。しかし、早百合には何か秘密があるようで、体育祭の時終始浮かない顔をしていた彼女のことが、何となく気にかかっていた。
そんな折、桜良は夢の中である綺麗な女性と出会う。不思議なその人からの助言を元に、後日早百合を黒いもやから助け出すことに成功した桜良は、後日一緒に音楽活動をしようと提案する。
そしてその日の夜、再び目の前に現れた女性が口にしたのは、
「自分は神様で、あなたは『ユラ』という天命を持って生まれた子」だという、あまりにも非現実的なことだった……。
神秘的なオーラが漂う南の島を舞台に、時に笑い、時に泣き、常に全力で青春を駆け抜けた女子高生6人。そんな彼女たちとお茶目な島の女神様が紡ぐ、ちょっとだけ不思議な一年半の軌跡を紹介します。
現実世界が舞台の青春偶像劇ですが、一部ファンタジー要素があります。
【お知らせ!】
・7月連休をもって、無事完結致しました!
(現在続編、及びその他表現方法や媒体を模索中)
・劇中ガールズアカペラバンド『Bleθ』(ブレス)は、小説外でも活動中です!
公式YouTubeチャンネル → https://youtube.com/@bleth-felicita
⭐︎OPテーマ「Sky-Line!!」、EDテーマ「fragile」、歌ってみた(カバー)楽曲「Lemon」を公開中!
☆ 素晴らしいイラスト制作者様 → RAVES様
(ありがとうございます!)
三度目の庄司
西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。
小学校に入学する前、両親が離婚した。
中学校に入学する前、両親が再婚した。
両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。
名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。
有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。
健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
独り日和 ―春夏秋冬―
八雲翔
ライト文芸
主人公は櫻野冬という老女。
彼を取り巻く人と犬と猫の日常を書いたストーリーです。
仕事を探す四十代女性。
子供を一人で育てている未亡人。
元ヤクザ。
冬とひょんなことでの出会いから、
繋がる物語です。
春夏秋冬。
数ヶ月の出会いが一生の家族になる。
そんな冬と彼女を取り巻く人たちを見守ってください。
*この物語はフィクションです。
実在の人物や団体、地名などとは一切関係ありません。
八雲翔
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる