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後編

変なこと。(ローデリヒ過去)

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 勢いで言ってしまったようだった。

 ハッと息を詰めたべティーナは、ローデリヒの険しい顔つきに黙り込んだ。しばしの無言の後に、べティーナはポツリポツリと事情を説明しだす。

 人体の構成には魔力が不可欠だ。
 誰もが魔力を持っている。そして、胎児が成長するのにも魔力が必要になる為、妊婦には魔力不足に陥りやすい。

 それは、両親の魔力差があればあるほど顕著に現れる。
 だから、魔力の少ない平民と多い貴族との婚姻はほとんど行われない。婚姻しても子供が出来ないからだ。
 つまり、国王ディートヘルムと侍女であったべティーナの大恋愛は非常に珍しく、国民に持て囃された。
 しかし、やはり平民と国王の魔力差は大きかった。

 貴族の血を引いていたべティーナでも、先祖返りと言われていたディートヘルムとの魔力差は埋められず、妊娠中は常に魔力不足になっていたらしい。一時は意識朦朧とするほど悪かった。その時、子供が無事に産まれても、虚弱体質だろうと宮廷医には言われていたのである。

 ようやく月満ちて産まれた待望の子供は、人の形をしていなかった。

「だから、アロイス。貴方が今こうしているのは奇跡なのよ」

 ローデリヒの肩に手を乗せて、べティーナは真剣な声音で説得する。

「私は貴方が健康で居てくれればいいの。アロイスが無茶する方が私には耐えられない」
「母上……」

 念を押すように「無理はしちゃ駄目、分かった?」とべティーナは再度言う。ローデリヒは困惑しながら、頷いた。

 肩に食い込んだ指が、少し痛かった。

 ローデリヒの返事に満足したらしいべティーナは、ようやく安心したように微笑む。

「分かってくれて良かった……。後宮ここも危ないから、ディートヘルム様に行って離れましょうね」

 ローデリヒに毒を盛った実行犯は、既に捕まっている。背後にいた側室の一人も同様だ。だから、安全だという漠然とした認識が幼いローデリヒにはあった。
 ずっと過ごしてきた王城から離れるというイメージがローデリヒには湧かなかったが、あまりにも取り乱す母親に従った。

 結論から言うと、王城から出ることは叶わなかった。

 現国王の唯一の子息。当たり前だった。
 国王ディートヘルムが許さない上に、他の重要ポストに就いていた貴族も難色を示す。例え国王の後宮に側室として親族を入れている貴族でも、現在の王子はローデリヒしかいないのは充分に分かっている。キルシュライト王族の事を考えると、このまま王城に留まって家庭教師に勉学を教わり続けているのがいい。

 その頃になると、側室の数と子供の数、国王の魔力の大きさも考えると、ローデリヒの後に子供が出来ないかもしれないという話も裏で出ていた。

 それでもべティーナは諦めなかったようだったが、ローデリヒは素直に父親に言われた事をこなしていた。幼いながらもべティーナに対する風当たりが更に強まっている事を分かったからこそ、更に真面目に打ち込んだ。

 家庭教師達からローデリヒの努力を聞いていたのだろう。国王はべティーナの元に来なくなった代わりに、近衛騎士団長と訓練するローデリヒの元に来るようになった。休憩中のローデリヒに近付いてきた国王は、ニコニコしながら隣に腰を下ろす。ローデリヒは額に流れる汗をグイッと乱暴に拭いた。

「ローデリヒ。頑張っているようだな」
「父上……」

 そんな父親にローデリヒは難しい顔をして、問う。

「父上。何故母上の元へ行かないのですか?」
「そうだな……。今ちょっと喧嘩中だからだな」
「喧嘩……?」
「ああ。私は謝っているんだがなあ……、中々許してはもらえなくて」
「そうなんですか……」

 家庭教師なら、頭の良い人なら何か知っていると思って、聞いてみたのだ。両親の仲をどうすればいいのか、と。

 二人は恋愛結婚で仲良しだったから、きっと仲直り出来ると家庭教師達は困ったように答えてくれた。
 ならば、大丈夫なのかもしれない。そうローデリヒは不安を感じつつも思った。

「僕の、せいですか?」

 ローデリヒの落ち込んだ声に国王は苦笑しつつ、頭を撫でる。

「お前のせいじゃない」
「でも……」
「ほら、そう気負うな」

 ぐしゃっと国王は自身と同じ色をしたローデリヒの髪を乱す。「でも……」とローデリヒは声が喉に張り付くのを感じた。とても言いづらかった。だが、それでもローデリヒは聞いたのだ。

「母上が言っていたんです。僕が産まれた時、人の形をしていなかったって」

 国王の手がピタリと止まる。あとはもう勢いだった。

「どうして僕は生きているんですか?」

 周りの喧騒が遠い。近衛騎士達は国王とローデリヒから離れた位置で休憩をしている。親子の時間を邪魔しようとする者はいない。

 頭の上に乗ったままの手が動かなくなったのを感じて、ローデリヒは高い位置にある父親を見上げた。自分と同じ色の瞳がやや見開かれている。予想外の疑問だったらしい。

 だが、国王は我に返るのが早かった。小さく息をつく。

「それは、べティーナから聞いたのか?」
「……はい。虚弱体質だからって」

 べティーナの方がよっぽど虚弱体質だ。すぐに季節風邪にかかるべティーナに会っても、ローデリヒは何ともない。

「……お前は虚弱体質ではない。あまり風邪も引かないだろう」
「はい。でも、昔はどうだったんですか?」
「昔もお前は健康体だった。病気もしていないな」

 なんだ、とローデリヒは胸をなでおろした。自分が健康体だと認識していたものの、父親に肯定されるまで心配だったのだ。

「よかった。また母上が変なこと言ってるだけだったんですね」
「変なこと?」

 国王が眉をひそめる。ローデリヒは不満そうに唇を尖らせた。子供らしく、文句を言う。

「だって、母上、いつも僕の誕生日を間違えるんですよ」

 母親は少々おかしくなる時がある。いつもの事か、と納得をして水を飲んだ。いつの間にか乾いていた喉が潤っていく。

「……まあ、べティーナも生死をさまよったからな。あまり鮮明に覚えておらぬのだろう」
「聞いてます」

 だからこそ、ローデリヒは母親が悪く言われることが許せなかった。

「どうだ?べティーナはお前を可愛がってくれているか?」
「……最近ちょっと鬱陶しいです」

 可愛がられている。それはもう過保護な程に。ローデリヒを心配していると分かっているからこそ、あまり何も言えなかった。

 だが、その言葉を聞いた国王は、満足そうに頷いた。

「そうかそうか。なら、お前をべティーナの元で育ててよかったのかもな」

 ローデリヒは意味が分からずに瞬きをした。国王は気付かずに「励め」と一言告げて公務に帰っていく。その後ろ姿を見送りながら、ローデリヒは腑に落ちない顔をしたが、すぐに近衛騎士団長に呼ばれてそちらに意識が向いたのだった。



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「べティーナ。貴女、殿下をどうするつもりなの?」

 赤いリップを引いた唇が不機嫌そうに歪む。後宮の主とも言われているハイデマリーは、その出身の家のこともあり、後宮の中では誰も逆らえなかった。

 べティーナもハイデマリーがいきなり来ても追い払わずに中に入れていた。時々顔を合わせるハイデマリーをローデリヒは苦手としていたが、べティーナはそうでもないらしい。

「アロイスには危ないことをして欲しくないだけです」

 カリカリと神経質そうに言うハイデマリーにべティーナはのんびりと返す。間に挟まっているローデリヒは、黙ったまま話の行方を見守っていた。
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