この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお

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後編

悪い面は、似るものらしい。(ローデリヒ)

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 ふと、話している内容に違和感を感じた。
 長年の付き合いだからこそ感じるような、そんな些細なもの。

 勿論、ローデリヒとの付き合いは浅い。浅いが、半分血を分けた血縁者であったから、感じ取れたものだったのだろうか。

 片付けが終わったと報告があったので、アリサを先に寝室へと帰し、改めて彼――アーベルへと向き合う。国王も神妙な顔つきでアーベルの隣に腰を下ろした。

「……能力を使用した時の制約、それだけではないだろう?」

 穏やかな海色の瞳をほんの少しだけ見張って、アーベルは笑みに苦いものを滲ませた。まさかバレるとは思っていなかった、そんな雰囲気で。

「……分かってしまいましたか」
「制約について全てを話している訳ではなかったからな」
「そうですね。父様の仰る通りです。……僕は全てを話していた訳ではない」

 ローデリヒは腕を組んで厳しい表情を浮かべた。

「……そして、話すつもりもない、ということか」
「深刻な話ではないですから……」

 己とそっくりな顔をして微笑むアーベルに、ローデリヒの瞳は細くなる。だが、これ以上話すつもりはないのだと分かり、早々にため息をひとつついて、追及の手を緩める。

 あまりにも大それた事ならば、おそらく制約の事情を分かっているであろう未来の自分が止めているだろうから。

 しかし、とアーベルの隣に座る国王をチラリとローデリヒは横目で見る。
 全く、どうやら悪い面は似るものらしい。
 アリサがいた時にはふざけていた国王は、今では何やら考え込むような顔をしていた。

「それにしても、お前の能力が優秀そうでよかった。生まれは確固たるものだが、それでも口さがない者達は幾らでもいるからな」

 魔力の扱いに長けているローデリヒは、アーベルの魔力の大きさも感じ取って、一安心したように息を吐く。だが、アーベルはゆっくりと首を横に振った。

「いえ、利便性は全く良くないので、一概に優秀とは言えないかと。ただただ、珍しいだけです」
「だが、その希少性も王族が求心力を持つ所以でもあるからのう。利便性があっても普遍的な能力だと、国民はあまり価値のあるようには思えないのじゃ」

 ずっと沈黙していた国王が、アーベルの言葉に口を開く。

「アーベル。お主はがあると言っておったな?間違ったとはいえ、わざわざ能力を使うということは、それなりの大事がこれから先起こる……あるいはもう起こった後、という事かの?」
「……それは」

 アーベルの瞳が僅かに揺らいだ。だが、それは一瞬の事。

「それは……、僕の口からは申し上げられません」
「つまり、ワシらに言うと問題があるという事かのう」

 仕方ないといったように息をついた国王は、ゆっくりと立ち上がる。そして、アーベルを立ち上がらせて、そのままヒラヒラと軽く手を振る。

「もう夜も遅いんじゃし、とりあえず今は解散じゃ。続きは明日のワシらに任せるかのう。ワシ、もう眠いし」
「ちょ……、父上?!」
「ローデリヒ、最近ろくに寝てないじゃろ?隈が酷いぞ」
「ですが……っ!」
「そういえばアーベル、お主いつ帰るのじゃ?」

 ローデリヒの呼びかけを華麗に無視した国王に、アーベルは気まずそうに答える。

「一日後……、ですかね。滞在時間をコントロールする事は出来ないんです」

 だから、利便性良くないんですよ、とアーベルは困ったように微笑んだ。
 アーベルの能力は、一日よりも長い滞在は不可能であると同時に、一日未満の滞在も出来ない代物だった。



 ーーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー



「……今日はまた、一段と酷い顔色してますね」

 王太子の私室まで迎えにきたイーヴォは、顔を合わせるなり呆れ半分で肩を竦めた。流石に寝不足で頭が重いことは自覚していたので、ローデリヒも反論はしない。目の下の隈も相まって、恐ろしく無愛想な顔になっていたが。

「……引越しまでに出来ることはやっておきたいからな。アリサの体調も今は安定しているとはいえ、出来るだけ調子の良い時に合わせておきたい」
「それで殿下がぶっ倒れてしまったら、元も子もないんじゃないですか?」
「今を乗り越えれば少しは休めるんだ。問題ない」

 大ありな顔してるじゃないですか、と文句を垂れ流しつつ、イーヴォはローデリヒに従った。離宮で家族でのんびり出来る時間を、ローデリヒが楽しみにしていることを知っているから。

 執務室に着くなり、昨日の続きから取り掛かった二人の元には、徐々に決裁の書類を持った文官達が集まってくる。王太子家族が離宮に行くだけであって、文官達は王城に残留予定であるが、それでも仕事には影響があるのだろう。文官達の顔も非常に疲れきっていた。

 少しだけ申し訳ない気分になりながらも、ローデリヒは迷いなく書類を片付けていく。文官達の列を捌いていると、明らかに青白い顔で汗を沢山かいている一人の文官が、震える手で分厚い書類をローデリヒに差し出した。

「……おい。どうした?顔色が悪いぞ」
「い、いえ……、な、なんでも……」

 明らかに体調が悪そうだと、ローデリヒはイーヴォとチラリと目を合わせた。イーヴォは近くに控えていた侍従を呼び、具合の悪そうな文官を医務室まで連れて行くように命じる。

「この書類は決裁しておく。とりあえず診てもらえ」

 そうは言いつつも、医務室に行っている間は時間がかかるだろうと、先に列に並んでいる文官達の書類を片付ける。ある程度こなすと、列は自然となくなっていた。

「うわあ……、随分と量ありますね……」

 イーヴォが面倒くさそうに体調不良の文官が持ってきた書類を見やる。イーヴォが片付ける訳ではないだろう、とローデリヒは呆れた声で突っ込んだ。
 例の文官はまだ戻ってきていない。今のうちに終わらせておこうと、一枚目の書類に目を通して印鑑を押し――二枚目にいこうとして手が止まった。

「……は?」

 ローデリヒがあげた声に、なんだなんだとイーヴォが覗き込んでくる。そして原因が分かって渋面を作った。

「うわ……、釣書じゃないですか……。なんでこんなもの決裁待ちの書類に紛れ込ませるかなあ?」
「まだ嫁にはやらんぞ」
「いや、殿下には息子しかいないでしょ……。というか、これ、たぶん殿下に向けてですよ。ほら」

 イーヴォが人差し指でとんとんと示すのは、一番上の釣書に記載されている年齢。ローデリヒの年齢よりも3つ下の数字は、間違いなくローデリヒと釣り合うくらいの年頃だ。

「……側室候補か」
「そうでしょうね……。殿下が真正面から受け取らないと踏んだ上で、こうやって回りくどい事をしたんでしょう」

 その悪知恵を他に生かせ、とローデリヒは思わず罵った。誰が入れたのか分かるかもしれない、とバラバラと釣書を眺めるが上は侯爵令嬢、下は男爵令嬢まで身分は様々。共通点といえば皆大人しそう……というか、将来の夫に従順そうな雰囲気という事だろうか。

 どうやら差出人は記憶喪失になる前のアリサが、ローデリヒの好みだと思っているらしかった。

 普段ならば見るつもりどころか、受け取るつもりのない釣書を受け取ってしまったし、不本意ながら見てしまったローデリヒは深々と息を吐いた。

 側室の話はアリサがアーベルを懐妊した事を発表した頃から上がっていた。国王の後宮を幼い頃より見ていたローデリヒは、面倒だと容赦なく断ってきたが。
 この側室候補の釣書を不意打ちのように渡してきた派閥がどこだかも推測出来ない。文官に直接問いつめるしかないか、と渋々席を立った。

「側室をとる気は相変わらずないんですよね?」
「ああ、当たり前だ。子供が二人もいる。側室なんて不要だ」

 ローデリヒの返答にイーヴォは密かに安堵の息をついた。
 アリサとローデリヒかずっと仮面夫婦である事をイーヴォも心配していたのである。ローデリヒもアリサも、二人して夫婦の距離を縮めようとはしなかったし、ローデリヒ自身、結婚にそこまでの夢を抱いていなかった姿を見てきた。だが、ローデリヒは一応アリサの事を気にはかけていたし、やっぱり身近な人に幸せになってもらいたい、というのも自然な流れである。

 ローデリヒも夫婦間に距離があった事を反省していた。なにせ一国の王太子。相手から近付いて来る事はあっても、自分から歩み寄ることなんてした事がなかった訳で、――要するに人との関係構築は下手くそだった。

 アリサの性格が物静かでもなんでもなく、むしろほぼ真逆だったとは思わなかったが、元気そうなのでまあいいかという気持ちでいる。
 出来るだけ自身の妻と話す時間を設けてみると、親近感は湧いてくるし、彼女のまだまだ知らない一面を見たりして、意外と楽しかったのだ。

 それに、ローデリヒにはアリサと仲良くしておきたいがあった。

 アーベルとアリサのお腹の子供である。
 記憶喪失だった時のアリサは非常に不安定で、どうやって支えればいいものか全くといっていいほど分からなかった。アリサが立て直してくれたので結果的にはよかったが、あのままではどちらも危なかったのではないかと考えると今でも血の気が引く。

 これから生まれてくる子供の為にも、両親の仲は良い方が良いだろう。

 これは、ローデリヒの勝手な持論だった。
 世間的にどういった事が子供に良い影響を与えるとか、そういった論ではなく、ローデリヒ自身の勝手なもの。

 今でもローデリヒの中に残っている古い記憶。
 かつて、ピンク色の薔薇に囲まれた庭園で、親子で過ごした時間を。

 よく体調を崩しがちだったローデリヒの母親は、庭で遊び回るローデリヒ達を穏やかに見つめて微笑んでいて、
 細身だが逞しい父親の腕の中へと思いっきり飛び込んだ、幼い頃の記憶が、

 一番幸せだった家族の形だと思っているから――。
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