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後編

いきなり出現、美少年?

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 引越しすることになった。

 今まで住んでいた王城の離れが、ティーナとルーカスによってぐっちゃぐちゃにされたので。

 やっぱり王城内の王太子夫妻の居室は居心地があんまり良くなくて、それを薄々察したらしいローデリヒ様が離宮への引越しを提案してくれた。
 王城の盛んに人が出入りしている場所に居室はないけど、人気は今までお比べて格段に多い。勿論、王城の離れが直ったら戻るという期限付きで。

 キルシュライト王国に嫁いできてから、ほぼ王城に引きこもっていたので、離宮の存在は知っていたものの、行く機会はなかった。

 今回は王城に比較的近い離宮に行くんだって。

 私の安定期を待ってからの移動……、という予定で、てっきりアーベルと、ゼルマさんとかイーナさんみたいな侍女数人と護衛と一緒に行くものだと考えていたのだけれど、ローデリヒ様も行くらしい。

 ……アーベルの事可愛いがりまくってるもんね。

 ローデリヒ様の王太子としてのお仕事は大丈夫なのかと聞いたら、なんでもたまには国王様に仕事してもらわないといけないという返事が返ってきた。

 国王様って仕事してないの……?


 そして現在、お引越しの準備をしています。

「……ええ?キス場面しかないじゃん……?」

 荷物の整理も兼ねて、前に住んでいた所から本を持ってきてもらった。記憶喪失直後のローデリヒ様とのやり取りがどうしても気に掛かっていたからだ。

 私がキルシュライト語が読めなかった頃、ローデリヒ様に濡れ場シーン見せるなとか言われたのを思い出す。流石にローデリヒさんに何を見せたのか自分でも気になって読み返してみたら、キスシーンで拍子抜けした。

 だって、あんなオーバーリアクションとられたら、もっとすごいの見せてしまったと思うよね?

 20代の男性が、キスシーンであんなに顔真っ赤にする?

 子供もいるのに?しかも2人目私のお腹の中にいるんだけど。

 もしかして、ローデリヒ様ってそういった方面に免疫ないの……?

 いやいや、そんな事ないよね。仮にも王太子様なんだし。側室はまだいないけど、練習相手とかいそうだし。
 私は主に屋敷に引きこもってばかりだったから、娯楽系の小説ならかなり色々読み漁ってた。退屈だったし。

 反対にローデリヒ様は法学とか、兵法とか小難しい本を読んでいるか、実用的な雑学系が多いみたい。この前は『ねこの習性』とかいう本を読んでいた。
 ……どこで使うんだろうその知識。


 とまあ、そんな事が昼間にあって――、

 現在真夜中です。眠すぎる。

 私とローデリヒ様の間でぐっすり眠っていたはずのアーベルが、甲高い声で泣き始めた。夜泣き、というやつなんだと思う。

 今日だけじゃなくて、ここ数日も続いてたりする。
 今まで夜泣きなんてした事は無かった。それどころか、かなり大人しい子であんまり手がかからないとゼルマさんが言っていた。

 侍女も乳母もいるし、子育てが意外と楽だなんて余裕ぶってたけど、この夜泣き続くと気が滅入りそうになるわ……。まだ数日だけどすっかり寝不足でしんどい。

 本当、アーベルって手のかからない子だったんだね……。

 いきなり夜泣きし始めたから、最初は体調でも悪いんじゃないかって慌てた。ジギスムントさんが体調は問題ないって言ってくれて、一安心はしたのだけれど……。

 今日も泣きながら起きたアーベルを抱っこして、背中をトントンと叩いていると段々としゃくり上げるだけになってきた。私の寝間着を握り締めているのを見たローデリヒ様は、自分の出番は早々にないと悟ったらしく、今日も長丁場になりそうなアーベルの夜泣きに対抗する為の助っ人を呼んできてくれている。

 ゼルマさん達に任せて寝ればいい、とは言われるのだけれど、最近のアーベルは夜になると私にべったりくっ付いたり、私達のベッドに潜り込んできたりするものだから、ついつい甘やかしてしまう。

 でも夜泣きでローデリヒ様も起きてしまってるし、やっぱり考えるべきだよね……。

 ローデリヒ様、特に公務の予定が入っていない私とは違って、昼間は王太子の仕事やってるし。私と同じく寝不足なはずなんだけど、睡眠時間よりもアーベルの方が心配らしい。ローデリヒ様も寝不足で倒れないか私は心配している。

 私は基本的に予定は何もないから、多少寝不足でもお昼に寝たりとかできるし……、ローデリヒ様と寝室別にした方がいいかなあ。

 グリグリと私の胸元に頭を擦り付けるように甘えてくるアーベルの背中を撫でながら、後で提案しようと決めた。

 椅子の上で丸まっていたローちゃんが、伺うようにこちらを見ている。猫も人の気持ちが分かるのか心配しているらしい。

 扉の外からローデリヒ様の声が聞こえる。少しだけ苛立ったような、そんな雰囲気の声音。

 ゼルマさん達と何かあったのかな?と思いながら、アーベルへと視線を戻して――、ギョッと目を見開いた。

 何やらアーベルの背後の空間がゆらゆらと歪んでいる。例えるなら、水面からお風呂の底を覗いたような感じ。

 疲れているのか、と目を瞬かせてみるけれど空間の揺らぎは相変わらずにある。なんだか怖くなって、一歩後ずさった。しかし、アーベルにまとわり着いてくるかのようにこちらへと広がる。その空間はどんどん波紋のように大きく揺れていき――、

「やああああ!!!!」
「ちょ……?!」

 いきなり火がついたようにアーベルが泣き出したかと思うと、突然ポフンと間抜けな音を立てて、

 アーベルが、爆破した。

 目の前が密度の高い白い濃煙で覆われて、思わずむせる。

 それでも、手の中のずっしりとした幼児の重みがいきなり消え失せた事に焦燥感を感じた。

「アーベル?!」

 それでも両方の手のひらには服らしき布の手触りが伝わってきて、思わずその服を握り締める。その感覚を頼りに、勢いよくギュッと抱き寄せた。

「ぶっ?!」

 何やら、硬い感覚が顔を直撃する。
 意地でも手だけは離さずに、恐る恐る目を開けると煙が徐々に晴れてきて、状況が見えてきた。

 月光のような金の髪に、よく晴れた海の色の瞳。白い肌は人形のよう。背丈は私が少し見上げる程度。
 10代半ばくらいのやや幼さを感じさせる容貌は、毎日よく見る誰かさんにそっくりだった。

「……あ、間違った」
「……………………え?」

 私と視線を合わせたまま、びっくりしたように呟いた彼。私も呆然としたまま聞き返した瞬間、凄まじい勢いで寝室の扉が開いた。

「おい?!すごい音がしたが、何があっ――」

 私といきなり現れた少年が扉の方を向くと、息を切らせたローデリヒ様が固まった。手に持っていたらしいお盆を滑り落とす。お盆に乗っていた茶器が、派手な音をたてて割れる。

 唖然とした表情のまんまフリーズしたローデリヒ様の背後から、国王様がひょっこりと顔を覗かせた。

「なんじゃなんじゃ?!浮気かの?!修羅場かの?!」

 そう、とても楽しそうに――。
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