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前編

目覚めたら、誰?

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「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」

 起きたら白髪の知らないおじいちゃんにそう言われた。

 ……え、誰?

「ほ、本当か……?!嘘を言っているんじゃないだろうな?!」

 優しそうなおじいちゃんに詰め寄ったのは、おとぎ話から抜け出てきた王子様そのまんまな金髪碧眼のイケメン。ワイシャツにシンプルなベストを着ている。

 ……え、こっちも誰?

「何故嘘をつく理由があるのですか?素直に喜んではいかがですかな?」

 おじいちゃんが眉を寄せて、険しい顔付きでイケメンを見る。イケメンはその剣幕にたじろいだ様だったが、やや困惑した顔つきで私とおじいちゃんを見比べて断言した。

「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」

 指名された私は、ベッドに横になったまま恐る恐る手を挙げる。

「あの~、すみません。ちょっと、いいですか?」
「なんだ?」

 眉間に皺を寄せて威圧的に見てくるイケメン。顔が良いと迫力あるなあ、とどうでもいい事を考えながら、私はずっと思っていた疑問を口にした。

「あの、お二人共、どちら様ですかね?」

「……は?」
「奥様?」



 ーーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー



 白髪のおじいちゃんはお医者さんらしい。
 名前はジギスムントさん。かっこいいけど、噛みそうな名前だ。

 顔はしわくちゃだけれど、鼻筋は通っていて、若い頃はさぞかしイケメンだったんだろうなあって予想できる。

 それでおとぎ話の王子様のような金髪碧眼のイケメンは、ローデリヒさん。
 にこやかにしていたら絶対モテそうなのに、ずっと険しい顔つきで腕組みをしている。そんな姿も様になっているのだけれど。

 何回かジギスムントさんとやり取りした結果、難しい顔で結論を出した。

「……記憶が、混濁されている可能性があります」

 いや、全くそんな事ないんだけど……。

 達川有紗(たつかわありさ)という自分の名前も、新川(にいかわ)女子高校二年生という身分もしっかり覚えている。

 ……ただ、私は全国チェーンのファストフード店で友達とお喋りしていた所を最後に、記憶がブッツリ途切れてしまっているんだ。

 今時の女子高生らしく、隣のクラスの王子様系女子がかっこいいだの、誰と他校の人が付き合ってるだの、そんな恋愛話をしていた。残念ながら、私に浮いた話は一つもないんだけど。

 そこまではハッキリ思い出せるのに、この状況もジギスムントさんとローデリヒさんの記憶は全くない。

 むしろ本当に会ったことある?って感じ。だって、二人共西洋系の顔立ちだし、外国の人との関わりなんて今まで一切なかったんだもの。

 内心ジギスムントさんの言葉を否定してみるけど、正直ここがどこだかもよく分かっていない。

 そして、衝撃な事が一つ。

 何故か達川有紗から、アリサ・セシリア・キルシュライトという名前に変わっていた。

 ……え、私いつの間に外国人って感じの名前にしたの?

 黙って見ていたローデリヒさんが口を開いた。

「演技という可能性はないのか?」
「奥様は階段から落ちた際、頭を強く打っておられるのですよね?」
「そうだ。私の目の前で右の側頭部と上体から床に落下していた。侍女のゼルマも目撃している」
「でしたら、一時的に記憶が混濁されている可能性は充分にあります。処方出来る薬はありませんし、経過観察になるかと」

 ローデリヒさんは顎に手をあてて考え込む。
 考え込んでいたけれど、結論が出なかったのか深々と溜め息をついた。

「……そうか。だが、私は演技という可能性を捨てたわけではない。アリサ自身の受け答えがしっかりしているからな。ジギスムント、しっかり見極めろ」
「はい」

 おじいちゃん先生に偉そうに言ったローデリヒさんは、今度は私を視界に映した。冷たい雰囲気を持つ彼に見られて、自然と背筋が伸びる。

「貴女も自分一人の身体ではないからな。気を付けろ」

 なんか私にもすごく偉そうに言ってきたのだけれど、気圧されて頷いた。

 キリッとキメて、ローデリヒさんは堂々と部屋から出て行った。すごいな、イケメンだから様になっている。

 そして、ずっと私は疑問に思ってたんだけど……。

「ジギスムントさん。ここ、どこですか?」

 この中世から近世のヨーロッパの貴族の宮殿みたいに豪華な部屋、一体どこなんだろうか?

「ここはローデリヒ様の所有するお屋敷ですぞ。キルシュライト王国首都キルシュのほぼ中央部に立地しております」
「へえ、キルシュライト王国。……全然知らないや。地理ちゃんと勉強しとけば良かったかも」
「はははは。キルシュライト王国は大陸でも五つ指に入る程の大国ですぞ。やはり少し記憶が混濁されている可能性がありますな」

 …………おかしい。おかしくない?

 さすがに大国五カ国位は覚えている。というか、その大国の基準ってなに?面積?人口?

 記憶が混濁していると結論付けられちゃったんだけど、これってもしかして何を言っても記憶が云々って話になってしまうの?

「……っていうか、ここローデリヒさんのお家だったんですね」

 家具とかがシックに纏めているのに、壁に掛かった絵画の額縁が金色だったり、そこまで華美でないシャンデリアがあったり、今寝てるベッドなんか天蓋付きだし……、これ、素人目から見ても分かる。絶対内装にお金かかってる。

 ローデリヒさん、絶対金持ちだ……。イケメンなのにお金持ちって、多少愛想なくてもモテるわ……。
 壁に掛かった絵画の価値は全く分からないけど。

「ローデリヒ様のお屋敷であると共に、奥様ーーアリサ様のお屋敷でもありますよ」
「え、私の?!なんで?!」
「それは勿論、ローデリヒ様とアリサ様はご夫婦でいらっしゃいますからな」

 一瞬、部屋に沈黙が訪れた。

 ……え?夫婦?
 ……あの王子様っぽいイケメンと?

 私、めちゃくちゃ平均的な日本人顔なんだけど、隣並んだら顔面偏差値違い過ぎない?

「……えっ、夫婦?」
「そうですよ」

 にこにこと穏やかな笑みを浮かべるジギスムントさん。
 どう見ても冗談を言っているような雰囲気ではない。……雰囲気ではないんだけど、私、いつの間に結婚してたの?

 というか、夫婦なのに子供が出来る心当たり1回しかないって……。ローデリヒさんの態度を見ても、どうやら夫婦仲はそんなに良くないみたいだし。

 でも離婚してないってことは、これって所謂仮面夫婦ってやつなのでは……?

「奥様が階段から転落されたのも、おそらく妊娠によるめまいかもしれませんね。悪い病気でもないので、記憶の方も経過観察になります」
「は、はあ……。あの本当に私、妊娠してるんですか?」
「ええ。お腹にハッキリと紋章が出ていますから」
「紋章?」

 ワンピースタイプの寝巻きを着ていたので、襟元からお腹の方を覗いてみた。胸が邪魔して見えなかった。

 昨日までまな板だったのに、巨乳になっている。

 ちょっとテンションあがった。違う、問題はそこじゃない。

「妊娠すると約1ヶ月から2ヵ月くらいに下腹に紋章が浮かび上がってくるのです。紋章は母親側の家紋なんですよ」
「……へぇー。なんかすっごいファンタジー……」
「一般的ですよ」

 え、紋章出てくるとか聞いたことない。

 とりあえず、ジギスムントさん的には妊娠は確実らしい。

「とりあえずゼルマを呼びましょうか。女性同士の方が話しやすいこともありますからな」

 よっこいしょ、と声を出し、何やら重そうなトランクケースを持ったジギスムントさんは扉を開けて出て行く。

 その扉も細かい模様が彫られているらしくて、見るからに高そう。

 目が覚めたら、結婚してて、しかも妊婦になってたって展開が急すぎる。

 私、一応結婚できる歳だけど、まだ高校生。まだまだ恋愛すらしてないし、結婚だって実感が湧かない。

 ファーストキスすらまだなはずなのに、いきなり妊娠。

 ねえ、こんなの無理だよ。

 子供産むって、出来るわけないじゃん。
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