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第47話 二人だけのブリーフィング

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「アルギア召喚宮殿は、捻くれ者の集まりなんですよ」

 レーナが宿屋の俺の部屋を訪れた翌日。

 彼女は出立の準備を全て終えた格好で、早朝の俺の部屋をもう一度訪れていた。

 ちゃんと支えると決めたからには、貢献できるように頑張りたいのだと言って、レーナは身支度をする俺にアルギア召喚宮殿のことをぽつりぽつりと話してくれていた。

「捻くれ者、ね」

 俺は鏡を見ながら、寝癖を直していく。

 配下たちの前を行くリーダーが寝癖を残していたら、格好がつかない。

 念入りにチェックしながらも、耳はベッドに腰掛けたレーナの言葉に傾けている。

「すでに気付いていると思うんですけど、王国での文字召喚術の地位はあまり高くないんです。王国防衛の中枢は所属魔術師たちによって形成されている大魔術宮殿となっていて、召喚宮殿はその下についている形になります」

 俺は峡谷村でのオルビークとの会話を思い出した。

 魔術師という存在は根の部分から、文字召喚術師を見下している。

 その一番の原因は顕現待ちという、実戦に不向きな特性のせいだろう。

「それで連中の性根は捻くれたってことか」

「まあ、そうですね……。もちろん、他にも色々と問題はあって、四方八方から圧力をかけられています。それらの複合的な影響が捻くれという形で出ているんですよ」

「捻くれって言い方すると、まるで子供が駄々こねているみたいだな……」

「あと、召喚宮殿の所属文字召喚術師の性格が捻じれてしまう理由の一つに、その人材調達手段が関係していると思います」

「人材調達……?」

 俺が聞き返すと、レーナは少し困ったように肩をすくめて、苦笑してみせる。

「わたしも、なんですけど……召喚宮殿は、文字召喚術に対する高い適性を持った子供を強制的に、宮殿へ引き込んでいるんです。肉親から引き離して」

 伏せられたレーナの瞳には悲哀の輝きが浮かんでいて、俺はかける言葉を見つけられなかった。

「魔術師の場合は元々の血筋と、後天的な努力、そのどちらの道を辿っていっても、高位の魔術師になることができます。ですが、文字召喚術師の場合は高等技術を身に着けるために、ある程度の適性が必須なんです。だから、召喚宮殿は王国に掛け合って、才能のある子供を強制的に連れてくることを可能にする法を作りました」

「なるほど、魔術師は上昇志向を持った人間たちの集まりで、対する文字召喚術師は無理やり連れて来られて育てられた人間たちの集まり、ってことか」

 それでは、最終的に育つ人間の性質は変わってしまうだろう。

 常に上を向いて歩んできたのか、下を向いて歩んできたのか。

 それは人間の人格形成に大きな影響を与える。

「もちろん、わたしみたいに文字召喚を好きになって、頑張ってる子もたくさんいるんですよっ。でも、全員がそうではありません……。特にアルギア召喚宮殿の上層を占める文字召喚術師さまたちは、大魔術宮殿との地位を逆転させようと、独断で動くことが多くなりました。暴力的なことも多くなって……」

「……それが、今回の原因か」

 レーナの話しぶりからして、そこが本題なのだろうと俺は思った。

 髪型を整え終えた俺はシャツの襟を正し、服装の最終チェックをする。

「はい……。おそらく、今回の件はアルギア召喚宮殿の高位文字召喚術師たちによる独断作戦だったんだと思います。お師匠が宮殿にいた時は、彼らをなんとか押さえ込もうとしていたみたいなんですが……お師匠が不在になったこの隙に、急速に進めようとしているみたいですね」

 大方の事情は了解した。

 やはり、宮殿内部は好戦派と穏便派に分かれているようだ。

 俺が予想していたように、レーナとアリカ二人だけが穏便派というわけではなさそうなので、襲撃には多少の注意が必要かもしれない。

 昨日のレーナとの一件で、俺の頭もだいぶ冷静になった。

 敵対の意思を持たず、避難をしようとしている子供たちなどには手を出さないようにしようと思う。

 だが、問題は敵か味方か判断に迷う人間だ。

「よし、レーナ。お前とアリカは召喚宮殿襲撃が始まったら、俺と一緒に前線に出て、交戦の意思がない人間の脱出を誘導しろ」

 俺がそう言うと、レーナはベッドに腰掛けたまま、不安げにこちらを見上げてくる。

「わ、わたしが前線に……? だ、大丈夫でしょうか?」

「問題ない。俺が守ってやる」

「きゃあっ、大胆発言ですっ!」

 レーナは紅潮させた頬を包み込んで、楽しそうにそう言った。

 なんでこんな嬉しそうなんだこいつ……。

「いや、戦闘能力がない奴を守るのは、リーダーとして普通だろう……」

「今の台詞、もっかい言ってください!」

「嫌だ」

 そう言って俺は服装のチェックを終えて、レーナに向き直る。

「さて、馬鹿なこと言ってないでいくぞ」

「あ、はい。もうそろそろ集合時間ですもんね」

 レーナも立ち上がって、部屋の扉を開けた俺の後についてくる。

 そんな彼女に向かって、俺はくるりと振り返り、ずっと思っていたことをあることを口にする。

 それは、さっきからずっと言おうかどうか迷っていたことだったが……やっぱり違和感がぬぐえないので聞いてみたのだ。

「なんか、今日のレーナの話し方、バカじゃないみたいだったよな」

 俺の言葉を聞いて、さっきの赤面とは全く違う意味で、レーナは顔を赤くする。
 
 そして、彼女は強い語気で言った。

「わ、わたしはバカじゃないんですっ! ただ、お、おっちょこちょいなだけなんですっ!」
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