18 / 86
第18話 対話を拒んだから
しおりを挟む
村中から敵兵士たちの悲鳴が上がる。
だが、こちらのアンデッドたちは何も考えなしに相手を蹂躙しているわけではない。
少しずつ、少しずつ、兵士たちを村から追い出す形で攻撃を加えていた。
おかげで、村人たちの安全は守られた。
現在、村人たちはアリカが連れている牛たちに護衛されているし、もう心配はないだろう。
「な、なんでだよ……! 敵に召喚モンスター? ありえない! クソが!」
フェガジア・アーガルトは散り散りになって敗走していく兵士たちを見ながら、顔を醜く歪めて悪態を吐く。
しかし、本人は一切その場から動こうとしなかった。
逃げることも、戦うこともしようとしない。
だから、俺は戦意を失った彼のことを不審に思いながらも後回しにして、周囲のアンデッドたちに指示を出していたのだが。
それがこの戦いにおいて、唯一の失敗だった。
相手は文字召喚術を使える騎士。
召喚術師相手のちゃんとした実戦が初めてだった俺は知らなかったのだ。
戦闘において、文字召喚術師が行う代表的な行為。
それが――顕現待ちの時間稼ぎだということを。
フェガジア・アーガルトの口元がぐしゃりと持ち上がった。
俺から見えないように隠していた彼の右手には、魔法記述具である万年筆があった。
そして青く光る文字が刻まれ、宙に浮かんでいるのは、同じく魔法記述具である羊皮紙。
やられた。アーガルトは文字召喚を起動していたのだ。
「ふははははははッ!! 一体、何人がかりでこんな数のアンデッドを召喚したのかは知らないが、指揮を執っているのがこんな素人だとはなッ! お前がオレ様を見逃した七分間ッ! それだけあれば、俺の身を守るモンスターくらい召喚できるッ! 何せ、オレ様は帝国の誉れ高き召喚騎士であるのだからッ!」
アーガルトの哄笑と共に、彼の背後の空間が歪曲して、円形の暗い穴が開く。
その穴から鉄骨よりも太い、巨大な青色の右腕が勢いよく突き出した。
巨人のものと言われて納得できるようなその腕はアーガルトの身体を包み込む。
「あ、あれは……省略召喚です! モンスターの身体の一部だけを優先的に顕現させることで、召喚時間を短縮できる秘法ですよ! だとしても、たった七分であんな凶悪なものを召喚するなんて……。気をつけてください、シュウトさん!」
俺の後方、見守る村人たちの中から、レーナが忠告をくれる。
なるほど、省略召喚。そんなこともできるのか。と感心しつつ、俺は巨人の腕を眺める。
硬質な筋肉に覆われた巨人の右腕を傷つけるのはなかなか大変そうだ。どうしたものか。
そんな時、ある声が俺の耳に届いた。
「――え? ああ、そうなの? じゃあ、お願い」
「はははははッ!! この『海王ガルゴーム』の右腕は低級なモンスターの攻撃など弾く! まずは守りだ……そしてこの後、二時間をかけて『海王ガルゴーム』の全身をじっくり召喚してやる! その時がお前たちの――」
アーガルトの言葉は最後まで終わらなかった。
彼の優越の叫びの途中、『海王ガルゴーム』の右腕および歪曲空間に対し、天から放たれた凄まじい裁きの稲妻が直撃したのだ。
一瞬、村全体が激しい発光に包まれ、次の瞬間、大爆発を起こした。
地面がめくれ、『海王ガルゴーム』の右腕は瞬時に蒸発する。歪曲空間はその形を保っていられず、元の空間に戻った。
「ぐああああああああああああああッ!!!」
激しい衝撃を受けたアーガルトは地面に叩きつけられ、その痛みに絶叫する。
しかし、不思議と俺や村人たち、また村への被害はゼロだった。
そんなことを可能にするのは、天に坐す神秘の翼の聖なる光だけだ。
『――召喚主。ギルダム自治区全体を守護領域として設定。敵性存在の排除を確認。以後、ギルダム自治区全体を拠点として守護致します』
俺の頭の中に響く声は、『拠点を守護する天使翼』のものだった。
俺がどうやって巨人の腕を排除するか悩んでいたあの瞬間、『天使翼』の方から、拠点情報のアップデートを提言されたのだ。
ギルダム自治区は拠点登録されていない、もし拠点登録するのであれば、暗黒城上空からの精密攻撃が可能である、と。
こうして、この結果が目の前に導かれた。
アーガルトへの直撃は避けてもらい、あくまでモンスターの排除を頼んだため、彼自身はまだ辛うじて動くことができた。
恨めしい視線で俺を睨み、彼はよろよろと立ち上がる。
「くそが……くそがぁぁぁ!!!」
彼は最後の抵抗のつもりか、もう一度強く指を鳴らした。
すると、周囲に倒れていた同じく瀕死の鳥人たちが三匹ほどふらふらと起き上がり、最期の一撃を加えるため、一斉に俺へと飛びかかってくる。
「召喚主ッ!」
それを間一髪で防いだのは『地獄骸』。
だがその隙を突いて、アーガルトは剣を抜き、満身創痍の身体で俺へと突進してきた。
「おおおおおおおおおッ!! お前だけでも――死ねッ!!」
アーガルトが『地獄骸』の横をすり抜ける。咄嗟に振り向いた『地獄骸』は叫ぶ。
「召喚主! これを!」
そう言って、彼は八本の腕に持った剣の一つを、俺に向かって投げた。
アーガルトが俺に到達するその数瞬前に、その剣は俺の手にわたる。
そして俺は、傷を負った身体で駆けてくるアーガルトのことを、彼の銀色の鎧の上から激しく叩き斬った。
「うぐぅ……ぁああ……」
その場に崩れ落ちていくのは、フェガジア・アーガルト。
彼の信じられないという瞳を一瞥して、俺は呟く。
「対話を拒むからこうなるんだ」
そうして、村の人々の無事を確かめるため振り返った俺の耳に、背後でフェガジア・アーガルトが地面に倒れ込む音が聞こえた。
だが、こちらのアンデッドたちは何も考えなしに相手を蹂躙しているわけではない。
少しずつ、少しずつ、兵士たちを村から追い出す形で攻撃を加えていた。
おかげで、村人たちの安全は守られた。
現在、村人たちはアリカが連れている牛たちに護衛されているし、もう心配はないだろう。
「な、なんでだよ……! 敵に召喚モンスター? ありえない! クソが!」
フェガジア・アーガルトは散り散りになって敗走していく兵士たちを見ながら、顔を醜く歪めて悪態を吐く。
しかし、本人は一切その場から動こうとしなかった。
逃げることも、戦うこともしようとしない。
だから、俺は戦意を失った彼のことを不審に思いながらも後回しにして、周囲のアンデッドたちに指示を出していたのだが。
それがこの戦いにおいて、唯一の失敗だった。
相手は文字召喚術を使える騎士。
召喚術師相手のちゃんとした実戦が初めてだった俺は知らなかったのだ。
戦闘において、文字召喚術師が行う代表的な行為。
それが――顕現待ちの時間稼ぎだということを。
フェガジア・アーガルトの口元がぐしゃりと持ち上がった。
俺から見えないように隠していた彼の右手には、魔法記述具である万年筆があった。
そして青く光る文字が刻まれ、宙に浮かんでいるのは、同じく魔法記述具である羊皮紙。
やられた。アーガルトは文字召喚を起動していたのだ。
「ふははははははッ!! 一体、何人がかりでこんな数のアンデッドを召喚したのかは知らないが、指揮を執っているのがこんな素人だとはなッ! お前がオレ様を見逃した七分間ッ! それだけあれば、俺の身を守るモンスターくらい召喚できるッ! 何せ、オレ様は帝国の誉れ高き召喚騎士であるのだからッ!」
アーガルトの哄笑と共に、彼の背後の空間が歪曲して、円形の暗い穴が開く。
その穴から鉄骨よりも太い、巨大な青色の右腕が勢いよく突き出した。
巨人のものと言われて納得できるようなその腕はアーガルトの身体を包み込む。
「あ、あれは……省略召喚です! モンスターの身体の一部だけを優先的に顕現させることで、召喚時間を短縮できる秘法ですよ! だとしても、たった七分であんな凶悪なものを召喚するなんて……。気をつけてください、シュウトさん!」
俺の後方、見守る村人たちの中から、レーナが忠告をくれる。
なるほど、省略召喚。そんなこともできるのか。と感心しつつ、俺は巨人の腕を眺める。
硬質な筋肉に覆われた巨人の右腕を傷つけるのはなかなか大変そうだ。どうしたものか。
そんな時、ある声が俺の耳に届いた。
「――え? ああ、そうなの? じゃあ、お願い」
「はははははッ!! この『海王ガルゴーム』の右腕は低級なモンスターの攻撃など弾く! まずは守りだ……そしてこの後、二時間をかけて『海王ガルゴーム』の全身をじっくり召喚してやる! その時がお前たちの――」
アーガルトの言葉は最後まで終わらなかった。
彼の優越の叫びの途中、『海王ガルゴーム』の右腕および歪曲空間に対し、天から放たれた凄まじい裁きの稲妻が直撃したのだ。
一瞬、村全体が激しい発光に包まれ、次の瞬間、大爆発を起こした。
地面がめくれ、『海王ガルゴーム』の右腕は瞬時に蒸発する。歪曲空間はその形を保っていられず、元の空間に戻った。
「ぐああああああああああああああッ!!!」
激しい衝撃を受けたアーガルトは地面に叩きつけられ、その痛みに絶叫する。
しかし、不思議と俺や村人たち、また村への被害はゼロだった。
そんなことを可能にするのは、天に坐す神秘の翼の聖なる光だけだ。
『――召喚主。ギルダム自治区全体を守護領域として設定。敵性存在の排除を確認。以後、ギルダム自治区全体を拠点として守護致します』
俺の頭の中に響く声は、『拠点を守護する天使翼』のものだった。
俺がどうやって巨人の腕を排除するか悩んでいたあの瞬間、『天使翼』の方から、拠点情報のアップデートを提言されたのだ。
ギルダム自治区は拠点登録されていない、もし拠点登録するのであれば、暗黒城上空からの精密攻撃が可能である、と。
こうして、この結果が目の前に導かれた。
アーガルトへの直撃は避けてもらい、あくまでモンスターの排除を頼んだため、彼自身はまだ辛うじて動くことができた。
恨めしい視線で俺を睨み、彼はよろよろと立ち上がる。
「くそが……くそがぁぁぁ!!!」
彼は最後の抵抗のつもりか、もう一度強く指を鳴らした。
すると、周囲に倒れていた同じく瀕死の鳥人たちが三匹ほどふらふらと起き上がり、最期の一撃を加えるため、一斉に俺へと飛びかかってくる。
「召喚主ッ!」
それを間一髪で防いだのは『地獄骸』。
だがその隙を突いて、アーガルトは剣を抜き、満身創痍の身体で俺へと突進してきた。
「おおおおおおおおおッ!! お前だけでも――死ねッ!!」
アーガルトが『地獄骸』の横をすり抜ける。咄嗟に振り向いた『地獄骸』は叫ぶ。
「召喚主! これを!」
そう言って、彼は八本の腕に持った剣の一つを、俺に向かって投げた。
アーガルトが俺に到達するその数瞬前に、その剣は俺の手にわたる。
そして俺は、傷を負った身体で駆けてくるアーガルトのことを、彼の銀色の鎧の上から激しく叩き斬った。
「うぐぅ……ぁああ……」
その場に崩れ落ちていくのは、フェガジア・アーガルト。
彼の信じられないという瞳を一瞥して、俺は呟く。
「対話を拒むからこうなるんだ」
そうして、村の人々の無事を確かめるため振り返った俺の耳に、背後でフェガジア・アーガルトが地面に倒れ込む音が聞こえた。
0
お気に入りに追加
1,587
あなたにおすすめの小説
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
異世界転移は分解で作成チート
キセル
ファンタジー
黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。
そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。
※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。
1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。
よろしければお気に入り登録お願いします。
あ、小説用のTwitter垢作りました。
@W_Cherry_RAITOというやつです。よろしければフォローお願いします。
………それと、表紙を書いてくれる人を募集しています。
ノベルバ、小説家になろうに続き、こちらにも投稿し始めました!
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。
異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~
結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は
気が付くと真っ白い空間にいた
自称神という男性によると
部下によるミスが原因だった
元の世界に戻れないので
異世界に行って生きる事を決めました!
異世界に行って、自由気ままに、生きていきます
~☆~☆~☆~☆~☆
誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります!
また、感想を頂けると大喜びします
気が向いたら書き込んでやって下さい
~☆~☆~☆~☆~☆
カクヨム・小説家になろうでも公開しています
もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~>
もし、よろしければ読んであげて下さい
女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう
サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」
万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。
地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。
これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。
彼女なしの独身に平凡な年収。
これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。
2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。
「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」
誕生日を迎えた夜。
突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。
「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」
女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。
しかし、降り立って彼はすぐに気づく。
女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。
これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。
社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル
14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった
とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり
奥さんも少女もいなくなっていた
若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました
いや~自炊をしていてよかったです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる