上 下
10 / 86

第10話 暗黒城の朝食風景

しおりを挟む
「さあ、召し上がれっ」

 アリカがたくさんの牛を引き連れ、暗黒城へとやってきた翌日の朝。

 暗黒城三階にある食堂。その食卓についた俺の目の前に、レーナが元気よく皿を置いた。

 朝食のメニューはトーストにスクランブルエッグ、それにサラダという簡素なもの。

 だが実際に食べてみると、このスクランブルエッグの塩味と甘味のバランスが絶妙で、俺は朝から気分が高揚した。

「お前、こんなおいしい料理もできたんだな」

 俺は目を輝かせながら、称賛を口にした。

「えへへー、それほどでも~」

 レーナは顔をふにゃりと緩ませて、照れたように頬に手を添える。
 そんな彼女に、俺は笑顔を浮かべたまま言う。

「いや、お前のことは褒めてない」

「え~~!? 酷いですよ、シュウトさま~!」

「だってお前は皿運んできただけだろう……」

 そう言って、俺は近くでわちゃわちゃとうるさいレーナを手でどかす。

 その向こうにはキッチンがあり、そこにはエプロン姿をした美少女が――いるわけもなく、流しで料理器具を洗っているのは、エプロン姿の『地獄骸』だった。

 てか、『地獄骸』のお腹には二つの目玉がついていたはずだが、完全にエプロンで隠れてしまっている。

 いいのだろうか……ああ、料理の汁とか飛んだら目に入るからいいのか? よくわからないけど。

『地獄骸』の料理スキルは驚異的だった。

 彼が持つ腐りかけの八本の腕は、全てがそれぞれの役割を完璧にこなし、一つの料理工程をハイスピードで進めていった。
 
 そして、大した時間もかからずに俺やレーナ、あとはまだ起きてこないアリカの分を作ってしまった。

 ちなみに、城のアンデッドやアリカの牛たちは腹が減らないため、食堂には俺とレーナ、そして『地獄骸』の三人だけがいた。

「喜んで頂けたようで、何よりです。召喚主」

 仕事が一段落ついた『地獄骸』が濡れた八つの手を布で拭きながら、俺のそばまで歩いてきた。

「ああ、大満足だよ。多分、この城の中にいる女性陣よりも女子力高いぞ。『地獄骸』」

「それは……名誉なことなのでしょうか……」

「俺にもわからん……」

 二人で顔を見合わせて、はぁーっと息をつく。

 レーナも俺の弟子を自称するのであれば、料理の一つくらいやってほしいところだが……実際問題として、彼女に任せたら手間が増える気がするので、これからも料理を頼むことはないだろう。

 さっき、『地獄骸』の手伝いでトーストを一枚だけ焼いていたが、なぜか黒焦げの炭になっていたし。

「わ、わたしだって、やればできますよっ」

 食べかけのトーストを持ったまま、レーナは両手をぶんぶんと振り回してむくれる。

 子供のような抗議の仕方だ。ああ……塗っていたバターが床に飛び散って……。

「いや、いい。お互いのためにやめておこう」

 話を長引かせると、暗黒城の床が危険だ。
 そうやって、俺がバッサリと話題を終わらせると、今度は食堂の扉が開いた。

「おはよぉーございますぅー……」

 そんなほぼ寝言のような、ぼんやりとした声と一緒に現れたのは、アリカだった。

 いつものクールな外見もどこへやら、寝ぐせだらけのボサボサの髪と乱れた白のワンピースを着ただらしなさすぎる格好だ。

 というか、着方がおかしいのか、胸元が大きく開いている。
 
 いつもより肌が露出していて、もう少しひらけたら色々と見えてはいけないものまで見えそうだ。

 俺は慌てて駆け寄ると、彼女の身だしなみを直していく。

「な、なんて格好で城内をうろついているんだ……」

「お師匠さまは朝が弱いんですよー」

 レーナはアリカの変貌ぶりにも驚くことなく、スクランブルエッグを口に運ぶと、そのあまりの美味さに大きく目を見開き、『地獄骸』に向かって、親指を突き立ててみせた。

 楽しそうだね……。

「にしてもだな……」

「うう~~ん、ふぅ…………はっ!」

 周りの騒がしさでアリカはどうやら正気を取り戻したようだ。
 
 身だしなみを直してやっている俺に感謝の言葉でもあるかな、と思っていたら、

「きゃ、きゃ~~~! シュウトさんが私のワンピースに手をかけています! 襲われる~~!?」

 まさかの解釈だった。
 そして、彼女は大きく右手を振りかぶると。

「お、おい……やめろー!」

 バチーン、と俺の右頬を思いっきりはたいたのだった。



「すいませんでした」

 目の前でアリカが土下座をしています。
 なんだこれ。土下座がこんなに日常茶飯事な城は嫌だ。

「そこまで謝らなくてもいいから……」

「え? これがシュウトさんの国での謝罪なんですよね?」

「いや、あれは最上級の謝罪で……」

「……? そこまで謝罪されるようなこと、私たちされていませんよ?」

「……っ! そ、それもそうだな!」

 危ない。危うく、アリカたちを無慈悲なる天の光によって滅した事実が明るみに出るところだった。

 何とかごまかせたな……。

「なら、私はこの謝罪方法で謝ります」

 ピンチを脱した代わりに、土下座継続。

 はたから見ると、女の子に土下座させている外道にしか見えないよね? これ。
 
 アリカは寝ぐせも酷いままだし、かなりみすぼらしさが出ていて、見ていていたたまれない。

「頼むから顔を上げてくれ……アリカ」

「許してくれますか?」

「もちろん。そもそもそんなに怒っていないから」

 そこまで言って、ようやく彼女は土下座をやめて立ち上がってくれた。

「でも、今のはそんなに謝ることじゃないんじゃないか? 口で謝れば済むレベルだぞ」

 すると、アリカは不思議そうな顔をして首を傾げた。

「シュウトさまはたいへん特殊なお方なのですね」

「その言い回しだと、俺が変人奇人の類のように聞こえるんだが……」

「実際そうです。召喚術師の師弟関係は本来とても厳格な物です。師匠に弟子が手をあげたとなれば、かなりのお仕置きが行われて然るべきでしょう」

 そう説明したアリカの瞳に、冗談を言っているような様子はなかった。
 
 え、マジでそんな世界観なの、ここ……。

「お仕置きって……どんな?」

 すると、アリカは恥ずかしげに頬を染め、目を背けると潤んだ瞳で、

「痛いものから、ここでは言えないような、恥ずかしいものまで……種類は師匠の趣味で決まります」

 い、一体どんなお仕置きが……。
 
 アリカの反応もあいまって、なんかとてつもなくエッチなものを想像してしまうぞ……。

「お師匠さま、またシュウトさまの視線が嫌らしく!」

「お前ほんと鋭いな!」

 相変わらず、嫌らしさには敏感なレーナの指摘に慌てる。
 
 べ、別に本当に何かするわけでもなし、一瞬、想像したくらい許してくれ……。

「さて、そろそろ食して頂かないと、用意した朝食が冷めてしまいますな。アリカ殿」

 騒然としてきた場をシェフ『地獄骸』が収めてくれた。
『地獄骸』も城の騒がしさのコントロール方法がわかってきたようだ。

「そうだな。早く食べてくれ、アリカ。今日は外に出る」

 俺は食べ終わった食器を台所の流しまで持っていく。『地獄骸』が「我がやりますので、召喚主さまは座っていてください!」と慌てていたが、これくらいは自分でやらないと気が引けてしまう。

「どこにお出かけするんですか? シュウトさま」

 レーナの問いに俺は答える。

「周辺のことをもっと知っておきたいからな。今日はレーナが派遣されたという村を訪れてみようと思う」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

異世界転移は分解で作成チート

キセル
ファンタジー
 黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。  そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。  ※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。  1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。  よろしければお気に入り登録お願いします。  あ、小説用のTwitter垢作りました。  @W_Cherry_RAITOというやつです。よろしければフォローお願いします。  ………それと、表紙を書いてくれる人を募集しています。  ノベルバ、小説家になろうに続き、こちらにも投稿し始めました!

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜

白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。 光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。 目を開いてみればそこは異世界だった! 魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。 あれ?武器作りって楽しいんじゃない? 武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。 なろうでも掲載中です。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

賢者の兄にありふれた魔術師と呼ばれ宮廷を追放されたけど、禁忌の冴眼を手に入れたので最強の冒険者となります

遥 かずら
ファンタジー
ルカスはバルディン帝国の宮廷魔術師として地方で魔物を討伐する日々を送っていた。   ある日討伐任務を終え城に戻ったルカスに対し、賢者である兄リュクルゴスはわざと怒らせることを言い放つ。リュクルゴスは皇帝直属の自分に反抗するのは皇帝への反逆だとして、ルカスに呪いの宝石を渡し宮廷から追放してしまう。 しかし呪いの宝石は、実は万能の力を得られる冴眼だった。 ――冴眼の力を手にしたルカスはその力を以て、世界最強の冒険者を目指すのだった。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

処理中です...