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出会い
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「あの、それより――」
ぶつかったことは意に介さないらしく、女性が控えめに続けた。
「本町に行かれるんですか? 私たちも行くんですけど……大阪に初めて来たので少し不安で。息子さん、うちの子と同じぐらいみたいですし、よければ駅まで一緒に行ってもらえませんか?」
ツン、と澄まして――いや、不機嫌そうな――視線を合わせようとしない息子の頭を撫でるようにしながら、女性が言う。
それには母も渡りに船だったようで『もちろん!』と優希に確認する前に返事をした。こうして、考えるより先に言葉が出てしまいがちなのが母だ。けれど、それ故に裏表がない。素直すぎて、いつか騙されやしないかと優希の方が不安になるほどの人の良さも、母のいいところで悪いところだ。
「ありがとうございます!」
母の言葉に笑う女性は、やはり花のように美しかった。そして、
「あ、でも私も岡山から来てて、地下鉄に乗るのは初めてなのであんまり役には立たないかもしれませんけど」
値段を確認して、目的地が同じならまとめて購入してしまおうと母が女性から小銭を預かり、発券する。母の方が年上なのもあるだろうが、頼るような女性に申し訳なさそうに言えば、女性は大きな目をさらに大きくした。
「え、私たちも岡山なんですよ! 実は、バスでこっちについたばっかりで……」
「え!?」
「あの、実は……息子さんとの会話でちょっと……もしかしたら、同じかもって思ってて。あ、この子ちょっとバスに酔っちゃってて。態度悪くてごめんなさい」
邪魔になるので発券機の前から移動して、そう言った女性。少年は不機嫌なわけではなく、慣れない長時間のバス移動で気分が悪くなっていただけだという。息子のフォローをしつつ、女性は続けた。
「多分……津山ですよね? 同じバスには居られなかったみたいですけど」
「え! すごい、よくわかりましたね」
女性の言葉に、母は素直に感嘆する。
やっぱり、と女性は上品に笑った。鈴の音のような――と、よく使われる例えがぴったりと当てはまるような声音で。
まさか、だった。岡山県の津山市は第三の都市とは言われているが、岡山市と倉敷市に比べると随分田舎だと優希でさえ思っていたのだ。子供の遊び場は少なく、ちょっとそこまで買い物に――も、車がなければ成り立たない。その代わり田畑が多く、今はもう居ないが犬を飼っていた頃は車を気にすることもなく長々と散歩に出かけたものだ。
「しゃべってると結構わかりますよ」
「へ――!」
また、母が頷いた。
一言に岡山県出身とくくられても、市によって方言が違うのだと女性は続けた。以前広島のアパレルショップに行った際、津山市出身の店員にすぐに気付かれたのだと言う。
「ほんとにそんなにわかるのかと思ってたら、確かにわかるってさっき思いました!」
「そうだったんですね!」
女性に、母もにこにこと笑う。
地元の話で盛り上がりかけたところ、女性の息子が『ちょっと』と彼女の袖を引く。
「あ、ごめんなさい。そろそろ行きましょうか」
本来の目的を忘れて話し込みそうだったところで、女性がそう切り出した。
息子は仕方ないな、とでも言いたげに盛大なため息を吐いた。もしかしたらいつものことなのかもしれない。同じく、目的を忘れてしまいがちな母をいつも見ている優希は『お互い苦労するな』とため息をついた。
ぶつかったことは意に介さないらしく、女性が控えめに続けた。
「本町に行かれるんですか? 私たちも行くんですけど……大阪に初めて来たので少し不安で。息子さん、うちの子と同じぐらいみたいですし、よければ駅まで一緒に行ってもらえませんか?」
ツン、と澄まして――いや、不機嫌そうな――視線を合わせようとしない息子の頭を撫でるようにしながら、女性が言う。
それには母も渡りに船だったようで『もちろん!』と優希に確認する前に返事をした。こうして、考えるより先に言葉が出てしまいがちなのが母だ。けれど、それ故に裏表がない。素直すぎて、いつか騙されやしないかと優希の方が不安になるほどの人の良さも、母のいいところで悪いところだ。
「ありがとうございます!」
母の言葉に笑う女性は、やはり花のように美しかった。そして、
「あ、でも私も岡山から来てて、地下鉄に乗るのは初めてなのであんまり役には立たないかもしれませんけど」
値段を確認して、目的地が同じならまとめて購入してしまおうと母が女性から小銭を預かり、発券する。母の方が年上なのもあるだろうが、頼るような女性に申し訳なさそうに言えば、女性は大きな目をさらに大きくした。
「え、私たちも岡山なんですよ! 実は、バスでこっちについたばっかりで……」
「え!?」
「あの、実は……息子さんとの会話でちょっと……もしかしたら、同じかもって思ってて。あ、この子ちょっとバスに酔っちゃってて。態度悪くてごめんなさい」
邪魔になるので発券機の前から移動して、そう言った女性。少年は不機嫌なわけではなく、慣れない長時間のバス移動で気分が悪くなっていただけだという。息子のフォローをしつつ、女性は続けた。
「多分……津山ですよね? 同じバスには居られなかったみたいですけど」
「え! すごい、よくわかりましたね」
女性の言葉に、母は素直に感嘆する。
やっぱり、と女性は上品に笑った。鈴の音のような――と、よく使われる例えがぴったりと当てはまるような声音で。
まさか、だった。岡山県の津山市は第三の都市とは言われているが、岡山市と倉敷市に比べると随分田舎だと優希でさえ思っていたのだ。子供の遊び場は少なく、ちょっとそこまで買い物に――も、車がなければ成り立たない。その代わり田畑が多く、今はもう居ないが犬を飼っていた頃は車を気にすることもなく長々と散歩に出かけたものだ。
「しゃべってると結構わかりますよ」
「へ――!」
また、母が頷いた。
一言に岡山県出身とくくられても、市によって方言が違うのだと女性は続けた。以前広島のアパレルショップに行った際、津山市出身の店員にすぐに気付かれたのだと言う。
「ほんとにそんなにわかるのかと思ってたら、確かにわかるってさっき思いました!」
「そうだったんですね!」
女性に、母もにこにこと笑う。
地元の話で盛り上がりかけたところ、女性の息子が『ちょっと』と彼女の袖を引く。
「あ、ごめんなさい。そろそろ行きましょうか」
本来の目的を忘れて話し込みそうだったところで、女性がそう切り出した。
息子は仕方ないな、とでも言いたげに盛大なため息を吐いた。もしかしたらいつものことなのかもしれない。同じく、目的を忘れてしまいがちな母をいつも見ている優希は『お互い苦労するな』とため息をついた。
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