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中村茜音 十八歳
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しおりを挟むアイドルの世界は地獄のようだと言う。
その世界において、彼は異質なほど向いていなかった。
高橋叶羽には恵まれた容姿も、強靭なメンタルも、人心を掌握する華も、歌唱力も、運動神経も、凡そアイドルには必要とされるものがどれ一つとしてない。
そんな彼がこの世界で生きていくことになった原因の全ては中村茜音にある。
茜音は叶羽が好きなのだ。
感情の発芽がいつの頃だったかはもう茜音自身も覚えていないが、気付いた時には誰よりも叶羽が好きになっていた。
どれだけの人が叶羽を貶めようが関係なかった。
『――この子も?』
『はい』
思い出すのは、事務所の社長に声をかけられた時のこと。
母親の仕事関係で出会った社長にアイドルにならないかと声をかけられたのがはじまりだった。アイドルに興味はなかった茜音だが、脳裏を過ったのは叶羽のこと。
アイドルは恋愛出来ないという――つまり、叶羽をアイドルにすれば彼は二度と誰のものにもならない。
この時、叶羽は初めての恋人に振られたばかりだった。――それも、彼女は叶羽の兄の方が好きだったのだという――最低な恋愛をした後だった。
それでも叶羽は彼女の事が好きで、振られたショックに閉じこもりがちになっていた。
上手く彼を引きずり出すことが出来れば。同じ世界に閉じ込めることが出来るなら。
彼女が出来てから、叶羽は茜音を顧みることが減った。元々学年が違うのもあり、家が隣であるにも関わらず、登校時間が被ることもなくなっていた。
叶羽の妹である美羽が同じクラスだった為、何度か様子を聞いてやっと彼女が出来たことを知った。――叶羽本人の口からは、彼女が出来たことも――振られたことも知らされなかった。
何一つ知らされなかったことに腹が立った。
そして訪れた転機。
事務所に誘われたからといって、確実にデビュー出来る保証はない。
しかも誘われたのは茜音であって、社長は叶羽の写真を見て表情が一気に暗くなった。
『この子なら――お兄さんの方が向いてそうだけどね』
『……お兄さんがいるの知ってるんですか』
『二年ぐらい前かな。渋谷で声かけたけど断られたんだよね。その時、この子――叶羽くん? あと、妹も一緒だったんだよね』
妹も可愛かったよね、と社長がため息交じりに言う。
二年も前のことだというのに、一度見ただけの少年の顔を覚えている。
さすがだとは思うが、叶羽の容姿がけなされているのを気付かないわけがなかった。
『俺は叶羽と一緒にアイドルがしたいです。彼を誘ってもいいですか?』
『――いいけど。一緒にデビュー出来るとは限らないよ』
『大丈夫です。叶羽は努力の人なので』
我儘が過ぎるだろう茜音の言葉に、社長は深いため息を吐きながらも了承した。この出来事は大変幸運だったのだ。初対面だというのに無礼な発言をした茜音に『もういいよ』と言うこともなく、受け入れてくれた。もしかすると、美形の兄と妹がいる叶羽が化ける方に期待したのかもしれない。
そうして、茜音は叶羽を引きずり込むことに成功した。
大衆が茜音を天性のアイドルだと表現する度に、この事を思い出し自嘲する。
天性のアイドルなどではない――乾きかけの血のようにねばついた深い赤黒さを、誰も知らないだけだ、と。
アイドルという檻の中にさえいれば恋人を作らないことすら美化される。
そんな都合がいい場所に、自らを落とした。
幼馴染に対する叶わない恋慕を吐き出すことも、捨て去ることも出来ないままみっともなく生きているだけ。
それが本当の中村茜音だ。
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