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【五章】
一
しおりを挟む王の死に、真っ先に動いたのはリァーカムの3人の側近だった。彼らはロフォーオゥの前に膝をつき、頭を垂れた。
「新王陛下の御誕生をお慶び申し上げます」
「エクハルト殿、なにをいったい」
仲間の突然の態度にうろたえるダーフィト。エクハルトと呼ばれたその側近は、彼には答えず言葉を続ける。
「わたくしどもは、新王認定の任をレイ・スヴェンリンナから密かに任されておりました。こちらを伺うと前王がお決めになられた時期を鑑み、新王認定もありうるとし、このたびの遠征に志願致した次第」
「え、そうなの!?」
思わず素で驚いてしまうダーフィト。
レイ・スヴェンリンナ―――ヴェーレェンの国教の総本山。
息を呑むロフォーオゥ。
まさかリァーカムの一行に、そのような者が入っていたとは。
「わたくしはブロル・エクハルト。こちらはセゼネア・ギーレンとジェルク・ザウアー。ともに新王認定の任にございます。ロフォーオゥさま。ダーシュさまの血を召されませ。それをもって、新王認定に入ります」
抱き締める綾の身体が、びくりと震えた。
ロフォーオゥがちらりと目を腕の中に落とすと、彼女は顔面蒼白で視線も定まらない。リァーカムのあんな最期を目にしたのだから、当然か。
少し考えたロフォーオゥは、エクハルトに目を戻す。
「いまはまだできない」
「! 何故ですか!」
思いもかけない言葉にエクハルトは身を乗りだす。そんな彼に、ロフォーオゥは唇を引き結び、答える。
「いまはまだ、その〝時〟ではない」
「その時ではないと!? ではいつになるのです。明日ですか、10日後ですか。なんのためにあなたは2ヵ月もダーシュさまを保護なさっておいでだったんです!?」
エクハルトの疑念はもっともだ。自分が無理を言っていると充分判っていた。判った上で、更に続ける。
「近いうちに必ず行う。ただ、少しだけで構わない、時間を貰いたい」
「勝手をおっしゃられてはなりません」
強い口調で食い下がるエクハルト。
「ロフォーオゥさん、わたし」
時間が欲しいと言うのは、きっと自分を気遣ってのことだと、嵐のように動揺する意識の中、綾は思った。
ロフォーオゥはなだめるように小さく首を振った。
「無理強いはしたくない。―――いますぐに血を吸わねばどうこうなるわけではないのだろう?」
「厳密に言えば、そうですが」
「ならば時間を。待ってもらいたい。リァーカムさまのこともある。おれは逃げないし、アヤも逃げはしない。まずはリァーカムさまのご遺体を、鄭重に王宮に戻して差し上げて欲しい」
「―――承知いたしました」
『陛下』と呼んでいたリァーカムを、『さま』付けに変えて呼んだロフォーオゥ。毅然とした態度とも相まって、エクハルトは渋々ながら了承をする。
「リァーカムさま……」
ダーフィトがしょんぼりと肩を落とす中、エクハルトたちはてきぱきと動きだす。
ロフォーオゥの胸に添えた手を、綾は無意識にきゅっと握り締めた。
流されそうだった。
リァーカムがあんなふうに死んだばかりなのに、時間ばかりが強い勢いで流れてゆく。
待ってと本当は言いたかった。
綾には、エクハルトたちのようには割りきれない。
ひとりの人間が、いまここで、苦しみながら死んだのに。
ひとつの命が、いまここで、無情に失われていったのに。
命の喪失すらひとつの段階として捉えてしまうエクハルトたちに、寒気すらした。
時は動き、無情にも次の段階へと状況は進む。
次の段階―――ロフォーオゥが綾の血を吸うこと。
身体が、冷えていく思いがした。
―――血を、吸われる。
〝辺縁の姫君〟としての責務。
エクハルトたちがすぐそこで言葉を交わしているその中に時折出てくる『ダーシュさま』という単語。
自分は、そう、〝辺縁の姫君〟。
リァーカムの死への動揺と、辺縁の姫君として自分に課せられる責任の重さに、頭は混乱して収拾がつかない。
リァーカムの死。
(死ん、だ……?)
―――違う。『死んだ』のではなく、『殺された』のだ。
100年の命が約束されていたのだから。
そのリァーカムを殺したのは……。
(殺したのは……)
頭の奥が、きんと痛んだ。
彼に血を与えなかったのは―――。
ロフォーオゥに抱き締められたまま、綾は自分が引き起こしたもののを大きさに、唇をきつく噛み締めた。
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