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なんでそこであたしに振るのよ

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 あ、ハーフのひとがいる、って思った。
 それが、唐澤からさわ課長への最初の印象。
 次に感じたのは、やる気のなさ。もちろん課内をちゃんとまとめているし、ミスをすればそれなりに叱られる。うまく業務が処理できたりすると、目じりのしわを深くして褒めてくれる。
 でも、なんていうのかな、どこか遠いんだ。叱ってても笑みを浮かべて褒めるときも、こういう状況ではこういう仕草をするものだってプログラミングされているロボットみたいな印象。
 冷めてるというのか退廃的というのか、枯れているというのか、
「人生それで楽しいのかなって、思うときあります」
 忘年会の席で、サワーを飲みながらそう言ったのは、今年入ってきた坂田さかた柚実南ゆみなちゃん。横線ばっかりな自分の名前が好きじゃないんです、って歓迎会で吐露してから、かわいそうにも「よこ」ってあだ名がついてしまっている。
 話題の主である唐澤課長は、毎度ながら今回も欠席。こういう席に参加している姿を、あたしはここに移動してから四年、見たことがない。
 ちなみにあたしも、よこちゃんから
加持かじ先輩。彼氏作んないで平気でいるだなんてダメですッ! 人生もっと楽しまなくちゃ! 今度一緒に飲み会行きましょ! ね!」
 と、積極的にアピールされることしばしば。
 いや、あたしべつに人生つまんないとか語るつもりないし、てか思ってないし、勝手に寂しいお局扱いしないで欲しい。
 よこちゃんからすると、あたしは課長と同列なんだろうか。
 なんかそれは、ヤかなぁ。
「職場で『人生楽しい!』って、気持ち悪いだろが」
 苦笑交じりに答えたのは、あたしの三期下の富樫とがし。下の名前は覚えてない。職務に関係のないことに記憶力使いたくないもん。
「違いますよ。そういうんじゃなくて、哀愁漂いすぎっていうか、いろんなことに興味なさすぎっていうか……、判ります、加持先輩?」
「……え、あたし? なんでそこであたしに振るのよ」
 間にふたりも人間を挟んでおきながらナニユエあたしに同意を求める?
 がははと一期上の宮田先輩が笑ってくださりやがる。
「お前も寂しい人生だもんなー、加持」
 ―――ちッ。
 ムカつく。覚えてろ宮田めが。もう次から仕事詰んでも手伝ってやるもんか。課長に溜息つかれて怒られろ。
「だって同じ女子だし、それにあたしだけ課長批判してたって思われたくないし……」
「ソーデゴザイマスカ」
 お局認定されたあたしが後方支援していれば、新人ちゃんだけが課長に目をつけられる心配もない、って計算ですか。さようでございますか。
 いいけどべつに。
 いいけど。
「課長さ、でも、クルマの話してたら普通に通じたって、昔、林が言ってたよ?」
「え、ホント?」
 意外な情報を教えてくれたのは、同期の佐藤。ちなみにコイツ、あたしの貴重な独身同期仲間の彩香さやかちゃんと去年、結婚しやがった。ちょっと軽いが、話題に出た林さんのほうがもっと軽い。林さんは二年前までウチの隣の課にいた男で、いまは本社に移動している。
「マジ? だって林ってクルマオタクだろ?」
「オタクってほどじゃないとは思うけど、かなり詳しいっすよね」
 佐藤が宮田先輩に頷く。佐藤もそこそこクルマ好きだって彩香ちゃんがそういやぼやいてたな。
 そんな佐藤が詳しいって言うんだから林さんのクルマの知識は高いんだろう。話が普通に通じるっていう課長も。
 へぇぇ、意外だな。
「言われてみたら、課長、週末にクルマいじりとかしてそう。いいパパって感じで」
「よこちゃん~、なになに~? 課長、見直しちゃったとか~?」
 夢見がちな目をしてたもんだから、ちょっとからかってみた。よこちゃんは慌てて顔の前で手を振った。
「そういうことじゃなくてです!」
「パパって言えば、お前んとこ、もうすぐだっけ?」
 宮田先輩が思い出したかのように佐藤に訊く。バターが溶けるみたいという表現そのまま、佐藤は顔をとろけさせた。
「そーなんすよ。もういまから楽しみで楽しみで」
「彩香ちゃんはいましかできないって、独り身を謳歌してるって言ってたけど」
 ぼそっと突っ込んでみる。
 一気に佐藤は不機嫌に顔を歪ませた。
「独り身ってね、一応おれの嫁さんなんだけど?」
「やぁね、これだから男ってのは。子供生まれたら自分の時間なんて女にはなくなっちゃうってこと」
「出た出た、上から目線な女子被害者的発言。正真正銘の独身が正論な知識だけで頭でっかちになっちゃって」
 なんだとう!?
「本当のこと言ってるだけでしょ! 彩香ちゃんぼやいてたわよ、『ダンナはなーんもしないから、子供生まれても自分の気分次第でかわいがるだけの都合のいいパパ決定』って」
「ななッ! お前、ウチのことに頭突っ込んでんじゃねェよッ!」
「ほらね。自分に都合が悪くなるとすぐそうやってキレるんだから。彩香ちゃんもカワイソ」
「ふんがー!!」
 鼻息荒く身を乗り出してきた佐藤に、宮田先輩たちがまぁまぁとなだめにかかる。
 莫迦じゃないの。
 男っていいよね。あー羨ましい。
 あたしだってね。ホントだったらいま頃は……、……、もういいや。済んだことだし。
 ふんだ。
 結局そのあとしばらくわいわいと騒ぎながらも忘年会はお開きとなった。
 二次会になだれ込む一団もあったけど、あたしはパスした。よこちゃんは「やだ、加持先輩も一緒に行きましょうよぅ」ととろんと酔ったかわいい顔で迫ってきたけど、気になることがないわけじゃなかったから、やめといた。
 お局のあたしがいないほうが盛り上がるだろうし。
 ……つまんないな。そういうこと考えるようになっちゃうなんて。


 あたしがこの会社に入ったのは七年前だ。
 さほど大きくはない物流会社ではあるけど、親会社は一応上場企業だ。だからって、ウチの会社がどうなるってわけじゃないんだけど。
 入社して三年は現場に配属されてた。四年前に商品管理課に移動となってそれからずっとこの部署にいる。通勤は少し面倒になったけど、細々とした手間を考えると引っ越すほどでもない。
 一応あたしにだってね、三十路に足を突っ込んじゃった年齢に見合った経験はあったりするわよ。黒歴史だけど、不倫もある。まぁ、三つ股が発覚してすぐに気持ちさめちゃったけど。
 就職してから何人か付き合ったひともいるけど、最後のひとには仕事が忙しい時期に略奪婚された。思い出すのも嫌になるけど、ちょうどこの時期だ。年末年始でいっそがしい時期にやられたんだよね。
 あれももう、二年も前になるのか。
 プロポーズもされて、「Yes」って返事もして有頂天な時期だったな……。
 有頂天すぎたんだな……。
 ……。
 やめよやめよ。
 思い出したってどうにもなんない。
 冷たく凍えた風が足元を駆け抜ける。うぅ、寒い。早く部屋に帰って温まろ。ほっけを抱っこして、ふわふわな毛並みにもふもふしたい。
 あたしはいそいそと玄関の鍵を開けて、部屋に入った。
「ただいまー。ほっけー? ただいまー。帰ったよー」
 ほっけとは、猫の名前だ。猫を四匹飼ってる実家に、近所のひとから「四匹も七匹も変わらんだろ?」と、庭で産み落とされたという仔猫が三匹連れ込まれたそうで、そのうちの白い一匹をもらってきたのだ。ペット対応の部屋だったから押しつけられたという説もあるけれど。
 最初は面倒だなと思ってたけど、仕事に行くときお見送りしてくれるし、帰ると脇目もふらずに駆け寄ってくれる。毛はふわふわしてて気持ちいいし、あの青い瞳で見つめられると佐藤真っ青の勢いで顔が蕩けちゃう。
 ……。
 ……あれ?
「ほっけ? ただいまー。帰ったよー……。! ほっけッ!?」
 いつもなら転がるようにして駆けてくるほっけなのに、全然そんな気配がない。爆睡してるんだよね? と祈りながらリビングに繋がる扉を開けると、ぐったりと動かないほっけがいた。
「やだ、ちょっと、ほっけ!? 大丈夫!? しっかりして!」
 慌てて、でもそっとほっけを持ち上げる。もともとが小柄なのだろうほっけは、生まれてまだ半年くらい。両の手のひらに載ってしまうくらいまだ小さい。その背中が、ひくひくと小刻みに震えている。
 昨日ほっけは、どこをどう上ったのか、箪笥の上からフローリングの床へと頭から豪快に落ちている。落ちてしばらく動かなかったからすごく心配だったんだけど、夜間診療もしている動物病院に連れて行こうと用意してる間に正気に戻ったのか、普段どおりに動いてくれた。今朝もいつもと同じ様子だったから忘年会に参加しちゃったんだけど、申し訳ないことしたよ。
 頭の打ち所がやっぱりやばかったんだ。
 莫迦だ。
 あたしの莫迦。
 人間だって頭ぶつけたら、しばらくは様子を見てなきゃいけないっていうのに。
「やだよ、ほっけ。ほっけ、がんばれ。先生に診てもらおうね!」
 あたしは帰ったそのままで、動物病院に車を走らせる。悪い予感が無きにしも非ずだったから、今日はアルコールは飲まなかったんだ。
 こんな予感、当たって欲しくなかったのに。


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