上 下
87 / 102

86

しおりを挟む


 和樹の実家へ再度結婚の了承を貰うべく、結子は着ていく服を買いにわざわざデパートへ来ていた。
 と言っても手土産を買うついでであり、和樹もそこまで凝ったものは要らないと言ったのだけれど。

 和樹は仕事に出向き、今日は久しぶりに一人で買い物ーーということに、気分が浮いていたのだけれど。それを打ち消す出来事が起こってしまった。

「結子?」
「………」

 何でいる。元カレの翔大。

「…一人?」
「………」

 どうしたものかと考えた。あれでも意外と嫉妬深い和樹。偶々会ったというだけでもわんやわんや言われそうだ。
 けれど無視するのも何だか悪いし。後ろめたいことなんてないんだから、堂々としていればいい。

「…うん、まぁ」

 翔大はそれを確かめるようにクルリと周りを見渡して、「そう」と呟いた。

「買い物?」
「あ、うん。服と、お菓子を」
「ふーん……」

 気まずい。じゃあって終わらせていいものか。

「…翔大は?」

 それを待っていたかのように、翔大はパッと表情を変えた。

「俺も、買い物。休日に一人でゴロゴロするのもなんだから出てきたんだ。けど、することなくて」
「へぇ、そうなんだ」
「そういえば結子、昼飯は?」
「ん?まだだけ、ど……」

 マズイと思った。馬鹿正直に答えてしまった。

「…俺も、まだなんだけど。一緒に食べる?」

 なんで一緒に食べないといけないのよ。振ったのそっちのくせに。

「……やめとく」
「え…」

 断られると思ってなかったかのような顔。それに少しだけイラッときて、ついつい余計なことを口にした。

「彼に悪いから」
「…彼って」

 分かっていて聞いているのか、本当に分からなくて聞いているのか。前者だろうと思いながらにっこり笑う。

「この前も会ったでしょう?あの人」
「あぁ、あのチャラそうな…」

 余計な御世話だわ!!!チャラそうに見えても意外と一途だし、しっかりしてるし、やろうと思ったことはちゃんとやり遂げるし!!何より私のこと大事にしてくれてるしっ!!

「チャラそうで悪かったわね」
「あ、いや、別に」

 しまったと思ったのか、翔大は焦り出す。別に今更だし、これ以上私の人生において翔大と関わることもないだろう。
 一応ちゃんと好きだったんだけどなぁ、なんて思う。それが恋情なのか、ただの情なのか、それは知らないけれど。

「でも別に、メシくらい…バレなきゃいいじゃん」
「悪いけど、そういう問題じゃないし。そもそも一緒に食べる意味ある?」

 今のは中々手厳しかったか、なんて思う間にも翔大は食い下がってくる。

「何だよそれ…別にいいだろ、少しくらい。…後悔してるんだよ、一方的に別れ告げたこと」

 そうだ。一方的に別れを告げておいて、何なのだ。

「そう思うなら、こうやって気安く話しかけないで」
「なぁ、やり直そうぜ。俺が悪かったからさ」

 何だろう、この気持ち。こうやって諦めない彼が好きだった。温和で、優しくて、けど諦め悪くて。今はそれがとてもウザったく感じる。こんな私は冷たいのかな。

「やり直す必要ないよ。あのね、私、結婚するの」

 その時の翔大の保けた顔をいったら、間抜けすぎる。
 しばらくの沈黙の後に、翔大が結子の左手を見た。そこに嵌められた綺麗な指輪を見て、何かを言おうとしてグッと飲み込んだ。

(…そんな顔、されても…)

 振られたのはこっちだ。その後どうしようと私の勝手だろうに。

「…結婚って、あの男と……」
「まぁ、うん」

 何なの、その顔は。見ているだけで腹立つ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完]僕の前から、君が消えた

小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』 余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。 残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。  そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて…… *ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

離婚届と喘ぎ声

ヘロディア
恋愛
私は今、離婚届を書いている。夫に突きつけられた離婚届だ。ー 結婚生活に行き詰った男女の物語。 しかし、主人公にとって、捨てたのは恋だけだったのかもしれないー

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

男装の公爵令嬢ドレスを着る

おみなしづき
恋愛
父親は、公爵で騎士団長。 双子の兄も父親の騎士団に所属した。 そんな家族の末っ子として産まれたアデルが、幼い頃から騎士を目指すのは自然な事だった。 男装をして、口調も父や兄達と同じく男勝り。 けれど、そんな彼女でも婚約者がいた。 「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」 「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」 父も兄達も殺気立ったけれど、アデルはローマンに全く未練はなかった。 すると、婚約破棄を待っていたかのようにアデルに婚約を申し込む手紙が届いて……。 ※暴力的描写もたまに出ます。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

痛みは教えてくれない

河原巽
恋愛
王立警護団に勤めるエレノアは四ヶ月前に異動してきたマグラに冷たく当たられている。顔を合わせれば舌打ちされたり、「邪魔」だと罵られたり。嫌われていることを自覚しているが、好きな職場での仲間とは仲良くしたかった。そんなある日の出来事。 マグラ視点の「触れても伝わらない」というお話も公開中です。 別サイトにも掲載しております。

離婚活

詩織
恋愛
急に離婚を言われ、何がなんだか… 数日前まで仲良くショッピングモールにも行ってたし、どういうことかさっぱり理解できない。

処理中です...