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しおりを挟む和樹の実家へ再度結婚の了承を貰うべく、結子は着ていく服を買いにわざわざデパートへ来ていた。
と言っても手土産を買うついでであり、和樹もそこまで凝ったものは要らないと言ったのだけれど。
和樹は仕事に出向き、今日は久しぶりに一人で買い物ーーということに、気分が浮いていたのだけれど。それを打ち消す出来事が起こってしまった。
「結子?」
「………」
何でいる。元カレの翔大。
「…一人?」
「………」
どうしたものかと考えた。あれでも意外と嫉妬深い和樹。偶々会ったというだけでもわんやわんや言われそうだ。
けれど無視するのも何だか悪いし。後ろめたいことなんてないんだから、堂々としていればいい。
「…うん、まぁ」
翔大はそれを確かめるようにクルリと周りを見渡して、「そう」と呟いた。
「買い物?」
「あ、うん。服と、お菓子を」
「ふーん……」
気まずい。じゃあって終わらせていいものか。
「…翔大は?」
それを待っていたかのように、翔大はパッと表情を変えた。
「俺も、買い物。休日に一人でゴロゴロするのもなんだから出てきたんだ。けど、することなくて」
「へぇ、そうなんだ」
「そういえば結子、昼飯は?」
「ん?まだだけ、ど……」
マズイと思った。馬鹿正直に答えてしまった。
「…俺も、まだなんだけど。一緒に食べる?」
なんで一緒に食べないといけないのよ。振ったのそっちのくせに。
「……やめとく」
「え…」
断られると思ってなかったかのような顔。それに少しだけイラッときて、ついつい余計なことを口にした。
「彼に悪いから」
「…彼って」
分かっていて聞いているのか、本当に分からなくて聞いているのか。前者だろうと思いながらにっこり笑う。
「この前も会ったでしょう?あの人」
「あぁ、あのチャラそうな…」
余計な御世話だわ!!!チャラそうに見えても意外と一途だし、しっかりしてるし、やろうと思ったことはちゃんとやり遂げるし!!何より私のこと大事にしてくれてるしっ!!
「チャラそうで悪かったわね」
「あ、いや、別に」
しまったと思ったのか、翔大は焦り出す。別に今更だし、これ以上私の人生において翔大と関わることもないだろう。
一応ちゃんと好きだったんだけどなぁ、なんて思う。それが恋情なのか、ただの情なのか、それは知らないけれど。
「でも別に、メシくらい…バレなきゃいいじゃん」
「悪いけど、そういう問題じゃないし。そもそも一緒に食べる意味ある?」
今のは中々手厳しかったか、なんて思う間にも翔大は食い下がってくる。
「何だよそれ…別にいいだろ、少しくらい。…後悔してるんだよ、一方的に別れ告げたこと」
そうだ。一方的に別れを告げておいて、何なのだ。
「そう思うなら、こうやって気安く話しかけないで」
「なぁ、やり直そうぜ。俺が悪かったからさ」
何だろう、この気持ち。こうやって諦めない彼が好きだった。温和で、優しくて、けど諦め悪くて。今はそれがとてもウザったく感じる。こんな私は冷たいのかな。
「やり直す必要ないよ。あのね、私、結婚するの」
その時の翔大の保けた顔をいったら、間抜けすぎる。
しばらくの沈黙の後に、翔大が結子の左手を見た。そこに嵌められた綺麗な指輪を見て、何かを言おうとしてグッと飲み込んだ。
(…そんな顔、されても…)
振られたのはこっちだ。その後どうしようと私の勝手だろうに。
「…結婚って、あの男と……」
「まぁ、うん」
何なの、その顔は。見ているだけで腹立つ。
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