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 コンコン、と自宅の執務室の扉をノックする。そこは父の書斎にもなっており、父が家にいる時の大半の時間はここで過ごしていることは生まれた時から知っている。
 入りなさい、という声がやがて聞こえた。
「失礼します、お父様。それから何度も申しますけれど、相手を確認した方がよろしいですわよ」
「ノックするリズムで分かるようになった。お前は几帳面に、二回叩けば返事が来るまで何もせず待っているからな、すぐに分かる」
「それは素晴らしいですが、念のためを思っているのです」
「分かったよ、次から気を付ける。それで?夜会はどうだった」
 飄々と言ってのける限り、やはり仮病だったのだろう。侯爵家当主でありながら、父は社交界というものを嫌う。
「とても面白いことがありましたわよ」
「面白いこと?」
 笑顔を浮かべるお父様に、私もめいいっぱいの笑顔を見せる。
「えぇ。ファミール王子が婚約破棄を、会場で言い渡しましたわ」
「……はぁ」
 意味が分からないのか、それとも私の説明が悪いのか。
「それも、アスラーナに」
「……んん?なんでアスラーナ嬢?」
「婚約者をアスラーナだと思っていたそうですわよ。私のことは存在自体を知らず、完全にモブ扱いですわね」
「……お前の存在を知らなかった?お前がファミール王子の婚約者じゃあないのか」
「えぇ。けれど学園で、余りにも堂々と不貞を働くものですから。会話はしておりませんでしたの」
「…つまり、なんだ?ファミール王子は、婚約者の目の前で、婚約者でない女性に、婚約破棄を言い渡した、と」
「そういうことですわね」
「馬鹿なのか?」
「そは私も思いました、けれど…。国王陛下もどうやら、今回のことだけはお許しにならないそうですよ」
「そりゃあ…。陛下は何と?」
「お言葉も少なく、顔面蒼白で倒れられましたわ。ファミール王子の傍らにいた男爵令嬢がファミール王子に、あの老いぼれを処罰しろと」
「は?男爵令嬢?」
「えぇ、そうですの。アンジェリカ様、でしたかしら」
 後で調べておく、と言われて礼を述べる。
 こちとら、前代未聞の婚約破棄をされたのだ。まだ婚約破棄の矛先が私だったならまだしも、存在すら認識されていなかった。
 慰謝料はしっかり請求しなくては。
「それにしても、婚約者の目の前で、婚約者ではない女性に婚約破棄」
「えぇ」
「…聞いたことないなぁ」
「過去にそういった愚か者がいなかったということでしょう。嘆かわしいことですわね」
「というか国王陛下は大丈夫なのか?」
「それはお父様が見舞いへ行ってください」
 慰謝料の請求もそちらの方が早いだろうし。私はもう城には参りたくございません、と付け加えると、お父様は頭を抱えました。
「私だって老いぼれに会いに行きたくなんかないさ。無理を言われても何とか承諾したのに、恥をかかされた」
「かかされるほどの恥がお父様にありましたのね」
「泣くよ?」
「どうぞ、お好きに」
 老いぼれ。そう思うのは個人の自由だし、何よりも大切なのは人前で口に出さないことだ。
 あの男爵令嬢は……オツムが弱いのですわね、きっと。
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