あと1年、彼の隣に

伊月 慧

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本編

5日目~煌夜side~

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 懐かしい、夢を見た。

 幼い頃…幼稚園の時だった。走ることが出来ず、みんなで遊ぶ時も1人だけ日陰で休んでいる咲良。
 どうして、と聞いても教えてくれなくて、何となく悔しかった。咲良のことは俺が全部知っておきたいという、幼馴染の意地だったのかもしれない。

「お前、病気ってマジかよ」

 大人が話していたのを聞いて、咲良をからかった。
「運動できない病かよ!」
 ただ、いっしょに遊びたい一心だったのだ。鬼ごっこもかくれんぼも、咲良がいたらきっと、もっと面白いのに。
「ち、違うもんっ!さくら、病気なんかじゃないもんっ!」
「嘘つけ、病気だろ!」
「違うもんっ…!」
 その頃の咲良は、自分が病気だと認めるのが嫌だったらしい。
 だから、俺は挑発した。
「なら走ってみろよ。俺と競争しろ」
「な、なんで競争なんか…」
「…やっぱ、病気なんじゃねーか」

 そうして始まったかけっこ競争。
 咲良が走るのが珍しくて、みんな集まって見物していた。
 ゴールまであと少しという時、咲良が倒れた。
 俺はゴールしてから、咲良の方を振り返った。
 けれど、咲良は起き上がることはなく、ただ泣きながら胸を押さえてうずくまっていた。
 その後、幼稚園に救急車が来た。先生や親に物凄く怒られたのを覚えている。
 しばらく咲良は幼稚園に来なくて、ずっと入院していた。
 数ヶ月して戻って来たアイツは、久しぶりに見た俺の顔に笑った。
「なんて顔してるの、煌夜」
「…あの、あのとき、」
「もういいよ。それより、かけっこじゃなくて別のことであそぼ。ね?」
「…うん」
 当然だが、咲良の両親は激怒していたし、それこそ引っ越しと転園までをも考えていたらしい。
 それを咲良は説得して、最後には嘘をついた。
『私が煌夜とおいかけっこしたいって言ったの。だから、幼稚園やめるなんて言わないで』

***

 そんな風に今も昔よりもっと近くにいる彼女は、現在隣にいる。

「ねぇ、煌夜。いつまでそうやって怒ってるの」
 そっぽを向いていた俺に、咲良が呆れたように呟いた。
「そんな、ケーキくらいで…」
 そうだ、俺は怒っている。咲良の作ったケーキくらいで。
 昨日、料理部でシフォンケーキを作った咲良はあろうことか、それを元恋人である瀬尾智樹に渡したのだ。
 しかも、俺に渡す予定の物を。
「…なんで瀬尾と喋ってんだよ」
「だから、たまたまぶつかって…」
「たまたま?ワザとじゃねぇのかよ」
「煌夜!」
 駄目だと思っているのに、口は止まらない。
「…チッ」
 全部、咲良が悪いのだ。ここまで俺をはめさせたから。
 どれだけ揶揄われても、咲良とだけはあり得ないと思っていたのに。
 時折見せる、俺にだけ気を許した表情はどうしようもなく可愛い。
(あぁ、もう、ちくしょう…!)
 先に惚れたが負け、なんて…誰がそんなこと言い出したのだ。
 きっと俺の方がこの女にハマってしまっているのだ。もはや恋なんてレベルではなく、愛なのだ。
「…全部お前が悪い!」
「はぁ?」
 そうだ、全部、俺の目につくお前が悪いのだ。
 だから多少の束縛は許せ。
 …まぁ、口には出さないけれど。
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