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 渋るリックを引き連れ、賑わっている商店の方へ向かう。
「あの、ミリア様」
「んー?」
「こんなことウィリアム王子にバレたら」
「…別にいいでしょ?リックも知ってるくせに。今日も正妃様とデートしてること」
「……ただ、オーゼル様の案内をしているだけでしょう」
「違う違う。どうせ今頃二人で楽しんでるんじゃないの?」
 だって、とミリアは自嘲気味に笑った。ミリアが側室に入る前まで、ウィリアムと正妃の仲は評判になるほど良かったのだ。
 二人の仲の良さを覚えている者からすれば、ミリアは二人の仲を引き裂いた悪女といったところだろう。
「たまにね、思う時があるの」
「え?」
「私はこのまま一生、あの狭い部屋に縛り付けられて、殿下の気が向いたときに遊ばれて、そうやって人生を終えるのかなって。私がもしも普通の人と普通に結婚して、地位とか立場とかに縛り付けられない、そんな子供を産めたら……どんなに幸せかなぁって」
 前世でも『お母さん』になりたかった。いつか大好きな人と結婚して、大好きな人の子供を産んで。
 そう出来たらどんなに幸せだろうと、何度考えただろう。
 年老いても仲良く連れ添う夫婦を羨ましいと、あんな風になれる人を探したいと、何度願っただろう。
「私と殿下は、そういう風にはなれないのよ」
 そもそも私が側室に入ることすら歓迎されていなかった。今や城に居場所などない。後ろ盾も、正妃様から逃れられるほどの力はない。
「ここから逃げ出せたら楽なのにな…」
「…貴女は」
「?」
「逃げ出したいんですか?」
「……さぁ?」
 どうだろうね。逃げ出した先が今より幸せとは限らないし。
「貴女にとっての幸せって、なんですか」
「なんだと思う?」
「…平凡?」
 平凡。平凡かぁ。
 けれどそれは私の願いだからなぁ。記憶を思い出す前のミリアは、何が幸せだったか。考えなくとも思い出せる。
 どうな方法でも、ウィリアムの側にいたかった。誰に何と言われようと、彼の隣にいたかった。
「…リック」
「はい?」
「アイス食べよう!」
「…はぁ」
 ふと目に付いたアイスクリームの屋台。ここの世界のアイスクリームはやたらと甘いから好きではないけれど、今はそんなうざったいほどの甘さが欲しかった。
「すみませーん、アイスクリーム二つ下さい!」
「はいよー」
 やる気のなさそうな店員が金額を言ってくる。財布から出そうとすれば、隣から伸びてきた手が二人分の代金を払ってしまった。
「え、私が出すよ?」
 振り返ればリックが釣りをもらっている。
「…女性に払ってもらうわけにもいかないでしょう」
「やだイケメン」
「それはどうも」
 それに、とリックが付け加える。
「あの頃と違って、貴女のおかげで、俺はちゃんと仕事をして、給料も貰っている。払わせて貰えた方が嬉しいです」
「……イケメン」
 顔がカアっと熱くなるのを感じた。
 渡されたアイスをひと舐めして、リックを見上げる。見れば見るほどいい男。
「…ミリア様」
「あ、な、なに?」
「…貴女が本当に逃げたいと思うなら、俺はいつでも貴女を攫いますよ」
「っ……」
 もうやだイケメン!!!
「…ねぇ、リック」
「はい?」
「それわざと?」
 口の橋をトントンと押すと、首を傾げられる。意外と子供っぽいところがあるらしい。苦笑しながら、彼の口の端についたアイスクリームを取ってあげる。
 なんか勢いでそのまま舐めてしまったけれど、よく考えたらイケメンの……あああああ!!!
「…貴女も付いてますよ」
 同じように拭われ、口に運ばれ。
 もうやだイケメン!
 後になって、これを後悔することになる。浮かれすぎて気が付かなかったことを。
「……リック?お前謹慎中なのに何をし、て」
「「!!」」
 聞き覚えのある声に、ミリアとリックは二人揃って振り返る。
 そこにいたのは他でもなく、使節団としてこの国にやって来て、それから、ウィリアムと正妃様のデートのきっかけを作った。
「オ、オーゼル、様」
 リックの戸惑った顔。
 だがそれ以上に戸惑った、オーゼルの顔。
「ミリア様?何故ここにいる?」
「あの、これは、その」
 そしてここで逃げなかったことを、更に後悔することとなる。
「…ミリア…?」
 オーゼルの後ろからやって来たのは、やはり他でもない、ウィリアムだった。
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