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 例えば。シーラが危篤状態だというのに、仕事が大変だからと知らされず、ようやく帰って来れば、二日前に最愛の女性が亡くなっていたと告げられる。
 しかも親友だと思っていた二人の嘘が原因で、会えなかったら。
 恨まれても仕方のないことをした。どれだけグラシルクのためだと言っても。結局は、自分が怖かったのだ。シーラの親友であり、自分にとっても大切な親友で。
 彼女からの死に目を背けるために、グラシルクを使ったのだと。きっと彼はそれに気が付いたからこそ、余計に怒りを露わにした。


「あの時は悪かった。お前はアイツの願いを聞いてやっただけなのに、な」

 いつからか。グラシルクは、サシャの名前を口にしなくなった。同時にモランのことも、シーラのことも。
 それでもいつか、また笑いあえる日が来ることを願って。サシャの遺言通り、リオナとオルキスを出逢わせたのだ。生まれた時に見た限りのオルキスは数年すればハッキリと、サシャに似てきていた。
 今だから言えることだが、私がまたグラシルクと普通に交友を取り戻せたのはオルキスのおかげだった。
 オルキスは父親が自分に愛情は無いのだと思い込んでいた。誰から聞いたのかは知らないが、サシャの亡くなった原因がオルキスだと、それを知ってしまったらしい。

 長い付き合いの私から見れば、グラシルクは照れ隠しをしているだけで、酒の席では如何に自分の息子が愛らしいかということを何時間でも話すような男だ。
 けれどいつも泣きそうになっているオルキスを見ると、やはり黙っていることも出来ずに。

「おい、何をやっているんだ!自分の息子だろう!ちゃんと分かりやすく愛してやれ!」
「…それで壊れてしまったら?ネオハルトはいいな。お前は、沢山の約束をして貰えた。思えばアイツは、私に何の約束もしなかった。していたこともあるが、アイツは簡単に破ったな」
「っ……」
 サシャのことを持ち出されると、何も言えなくなってしまうのだ。
「だから、宝物のように、大切にしたいんだ」
 壊れてしまわないように。ずっと、この男なりに。あの日から、ずっと。
 その関係に、その想いに反対できるほどの立場になかった。むしろ、グラシルクがオルキスを恨まなかったことが唯一の救いと言うべきか。
 自分たちへの恨みが幼い子に向かなくて良かったというのは、シーラの言葉で。
 自分たちが許してもらえる日は来るのだろうか、そう毎日考えながら、私は今日も元気だった彼女と、シーラと、私とグラシルクの四人でいた日のことを思い出すのだ。
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