Cocktail Story

夜代 朔

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#009 モスコミュール

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    付き合って5年目の彼女と喧嘩した。

    せっかく一緒にバーへ飲みに来たというのに、ちょっとしたことで言い合いになり、30分。
    お互い一言を交わすことなく、酒が入ったグラスを手にしている。
    僕も彼女も、グラスには一口も口を付けてはいなかった。

    それよりも、この後をどうしようかと考えているのだ。
    早く仲直りして、一緒に飲みたい。たくさん話がしたい。そう思っているのに、お互いなかなか口を開くことが出来ない。

    自分から謝りたくない。なんていうプライドは僕たちの中には存在していない筈なのだが、なにせ喧嘩をしたのが久しぶり過ぎるせいで、どう切り出したらいいのかわからなくなっているのである。

    たった一言、言えばいいだけなのに。

    手元に置いてあったスマホを手に取り、「仲直り 方法」なんていう間抜けな検索ワードを入力する。

    素直に謝るのが一番。というのはわかっているし、できることなら今すぐにでも彼女の手を取って謝りたい。
  それなのに…

   「ごめんなさい」

    ふと、彼女の声が聞こえる。
    僕は驚いて、隣に座る彼女に目を向けた。

    「変な意地を張ってしまってごめんなさい。こんなことで喧嘩してもお互いの為にならないのに…」

    申し訳なさそうに謝る彼女の口元には、柔らかな笑みが浮かんでいる。
    
    「ごめん」
    この言葉を言い出すまでにどれくらい考えてくれたのだろう。結局、彼女に言わせてしまうなんて。自分が情けなかった。

     「…僕の方こそごめん」

    僕が言うと、彼女は何も言わずただ笑った。
    この笑顔で、僕は何度救われてきたことだろう。
    彼女に手をひいてもらわなければ何もできないような僕を、彼女はこうしていつも笑って見守ってくれている。
    それが嬉しいと思いながらも、あまりの情けなさで泣きそうにもなった。

    しっかりしなければ…
    彼女を全力で守れるような、そんな男にならなければならない。僕は、これからずっと彼女と共に生き続けると決めたのだから。

    僕はグッと握りしめたグラスの中身を、全て口の中へ流し込んだ。
    ちょうど彼女も飲み終わったらしく、2人で新しいカクテルを注文する。

    しかし、バーテンダーは僕らが注文するよりも前に、新しいカクテルを作っていた。
    
    「モスコミュールでございます」

    バーテンダーはそう言って、僕らの前にグラスを置いた。
     もちろん、そんなカクテルは注文していない。

    「今のお客様に、ピッタリなカクテルですので…」

    僕らは少しの戸惑いを見せながらも、せっかくならという思いでグラスを手に取り、顔を合わせる。
    僕を見つめる彼女は、僕が大好きないつもの笑みを浮かべている。

    「…乾杯」

    お互いの目を見つめ合いながら、僕達はグラスを合わせた。

ー完ー

    今回のカクテル 「モスコミュール」

    ロバに蹴られた時のように効いてくるお酒ということで、「モスクワのロバ」という意味を持つ。

    ウォッカをベースにしたカクテル。
    ライムジュース、ジンジャエールと混ぜて作られるカクテルで、度数は高め。

    アメリカのバーテンダーが生み出したカクテルで、銅製のマグカップに注がれ、スライスされたライムが飾られる。

    カクテルの意味 「喧嘩をしたらその日のうちに仲直りする」

   

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